Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    yo_lu26

    @yo_lu26

    マシュマロ嬉しいです→https://marshmallow-qa.com/yolutwsttcp?utm_medium=url_text&utm_source=promotion

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💜 🙏 😍 👍
    POIPOI 61

    yo_lu26

    ☆quiet follow

    さ部イドWEBオンリー「僕らの非科学レンアイ方程式」展示作品です。2022年1月23日(日) 10:00~22:00開催。
    サ部イド花吐き病パロディ。

    #サ部イド
    ssid
    #ルクフロ
    luxflo
    #トレジェイ
    Trey Clover/Jade Leech

    恋を吐く病 ジェイドとフロイドが病気らしい。風邪をこじらせると肺炎になるように、片想いをこじらせた末に悪化させて、とうとう病を得てしまったのだと言う。アズールは二人からその話を聞いたときに、実はさほど心配していなかった。あの二人が恋煩い? それならすぐに解決するだろう。そう思っていた。なにせ、二人はそれはもうモテる。ミドルスクールの頃から、言い寄られている場面をたびたび見てきたし、なんだかんだでハニートラップ紛いのやり方で相手から望む返答をひきだすのが上手い。相手をその気にさせるさじ加減が絶妙なのだ。ジェイドは類まれなる話術で難しい相手にも取り入ることができるし、フロイドは甘え上手であらゆる人の懐に入る天才だ。
     彼らならどんな相手でも、望めば手に入れることができる。だから、ほどなく意中の相手と両想いになるだろう。行動を共にしていると、非常に扱いにくくて厄介だと感じることも一度や二度ではないが、心を捧げる相手にはきっと、彼らなりの誠意を尽くすのだろうから。特にその必要がない限り、口に出してやるつもりはないけれど、アズールは他の人間と比較しても、彼らが雄として劣っている要素など見当たらない、と評価していた。

     しかし、ジェイドとフロイドがかかった病は一向によくなる気配がなかった。それは奇妙な病だった。不意に『あるもの』を吐いてしまう奇病。二人が養護教諭に相談して分かったのは、片想いをした場合に罹る、ということだった。主な症状は異物の嘔吐。命に関わる病気ではないが、罹った患者は精神的苦痛を訴える。対処療法として、意中の相手のことを考える時間を減らすことで、少し症状が緩和されるらしい。基本的に自然治癒はしない。治すためには、両思いになるか、恋心そのものを失くしてしまう必要がある。通常は花を吐いてしまうという症例報告が多く上がっているが、道ならぬ恋や邪な気持ちの恋、絶望的な恋をしている場合にはその限りではないらしい。稀に花以外のものを吐いてしまうケースもあるようだ。
     オレとジェイドの恋心は、よほど邪悪であるらしい。一般的には花を吐き出すと聞いて、フロイドは思わず自嘲気味に笑った。隣でジェイドも同じことを思ったのか、似たような表情を浮かべている。
     オレ達の口から花なんて綺麗なものは出てこない。オレ達の恋が『絶望的』だからかもしれない。

    「おえっ……」

     また不快感がこみ上げてきて、口元を押さえる。重たく、どろりとした黒いものが口の中にいっぱいになる。げぇっと、二人同時に吐き出せば『泥』が保健室の白い床を汚した。
     泥。そう、オレとジェイドが吐き出すのは泥なのだ。これが花なら、まだお互いの想い人に差し出して、綺麗だとほめてもらえることもあったかもしれないのに。
     愛した相手のことを想い続ける限り泥を吐くしかないなんて、随分滑稽だ。





    「フロイド先輩、やたら部活に気合い入ってますね。ここんところ、いつ行ってもモストロで先輩見かけるし、シフトもめっちゃ入ってそう。サボるのやめたんすかね」
     エースがジャミルにこそこそと話しかける。ジャミルはたいして興味もなさそうな相槌を返してきた。
    「どうせいつもの気まぐれだろう。フロイドがやる気を出してるから試合も余裕で勝てる、なんて油断して、サボるんじゃないぞ」
     内心を見透かされて釘を刺されたエースは、へいへい、と、これまた適当な返事をした。休憩中の二人の視界には、一心不乱にボールをついて走り回り、汗だくになってゴールを目指してはダンクを繰り返すフロイドの姿があった。

     フロイドは珍しく部活に授業にモストロ・ラウンジの業務に取り立てに、と忙しく動き回っていた。もともと暇なわけでもないが、いかんせんこなすペースにムラがあるのが彼だ。予定があっても、気分が乗らなければそこまで。そこから先は強制的に彼の自由時間となることも多かったが、最近の彼はしっかりと全て、決められた役割をこなしていた。
     ジェイドも自分のシフトを増やして、副寮長の仕事以外にアズールに頼まれたり、自分で気を回して自発的に行なっている裏の仕事もハイペースでこなすようになった。二人とも、趣味の時間や暇な時間ができると、どうしても想い人のことを思い浮かべてしまう。だから、やるべきことで忙しくして他のことに集中していた方が症状はまだマシだった。二人は主に夜に泥を吐く。眠りにつくまでの時間に、恋心の相手が瞼の裏に浮かんでしまうからだ。幸いお互いが同室なので、気兼ねする必要もない。

    「ウミネコ君……」
    「トレイさん……」

     泥と共に、小声で囁かれるその名前。兄弟はお互いの想い人を知っている。そして、自分達の恋の道行(みちゆき)がいかに絶望的かということも。相手は男だ。しかも、彼らがかしずく相手は既に決まっている。共に副寮長である彼らは、寮長のみを絶対とする。ルークは奮励の女王の美の僕であるし、トレイは真紅の女王の忠実なトランプ兵だ。そこにどんな感情があるのかまでは知らないが、ルークとトレイにとって、寮長が大切な相手であることは間違いない。彼らと恋人になるということは、彼らの女王サマと対等か、それ以上の存在になるということだ。
     フロイドとジェイドは、自分達がそれほどまでに彼らの心を掌握しているとは、とてもではないが言い切れなかった。

     ルークはフロイドによく構いにくる。でもその頻度が、レオナや他の人に構いに行く頻度と比べてあからさまに多いかと言われれば、それは分からなかった。単純な時間でいえば、ルークはヴィルと一緒に過ごす時間の方が当然多い。たびたびフロイドに対して賞賛の言葉を投げてくるが、まさしく投げるだけなのだ。フロイドが受け取ったかどうかは意に解さない。フロイドが喜ぼうが、嫌がろうが、あまり関係ないらしい。それはコミニュケーションとして成立しているのか、甚だ疑問である。誰にでも彼はそんな風だから、フロイドだけが、彼を自分の『特別』な場所に立たせているのだと痛いほど分かっていた。

     トレイはジェイドに優しい。でも、彼に対してだけ特別に優しいというわけではない。彼の優しさはフラットなのだ。均等に平等に分配される。フラットなのに、誰にでもこうするわけじゃないぞ?というニュアンスを含んで提供されるので性質が悪い。まるで、「お前は他のどうでもいいヤツとは違うから、丁寧に接したいんだ」と言わんばかりの甘さと誠実さを、お手製のクッキーと共に満遍なく配り歩くような男だ。油断すれば、誰でもすぐに絆されてしまうだろう。ジェイドだって、よく分かっている。リドルが絡んだときだけトレイは目の色を変えるし、ケイトとの仲の良さははたから見ていても明らかだった。ハーツラビュルは団結力が強い。特別な相手がいるにせよ、いないにせよ、ジェイド自身が他寮である限り、トレイの中で自分は部外者の立ち位置から一歩も動けないだろう。
     
     想いを拗らせるのは、次の満月の晩まで、とフロイドとジェイドは二人で決めた。その晩までに、どうにもならなかったら、恋心を消してしまう薬を飲もうと二人で話し合った。自分達はどうも、アズールのような粘り強さは持ちあわせていないようだ。三人でなら、泥水を啜ろうが、何をしようが、目的のために、どこまでも図太くいられるのだが、こと自分個人のこととなると、どうにも諦めがはやいところがある。特に恋愛なんて、最も個人的な事柄だ。相手に伝えなければ、自分一人で全て完結してしまえる。アズールはその点、一人でも諦めない。きっとどんなことでもやり遂げるか、なんらかの結果を出すだろう。そんなところを、双子は面白く好ましく、またほんの少し羨ましく思っていた。

     恋心を消す薬を作ってほしい、と双子が揃ってアズールの元へと訪ねてきた。アズールは二人が想定外の頼み事をしてきたのに驚いた。どうにも恋心を扱いあぐねて、薬で全てなかったことにする道を選んだようなのだ。なにを弱気なことを。そんな選択はお前達らしくもない。もっと自信を持て、と言おうとしたけれど、目の前の二人があまりに憔悴しきった様子なので、きっとさんざんすり減らし尽くして、最後の頼みとしてここに来たであろうことを察してしまい、「な」と一言発しただけで、後の言葉を飲み込んでしまった。二人のこんな表情は初めてみた。夜もよく眠れていないのだろう。病は未だに治っていないらしかった。アズールは仕方なく、次の満月の晩までに薬を作ることを了承した。どうやら、彼らは負け戦をしているつもりらしい。アズールとしては、薬を作ることを請け負ったものの、甚だ不本意であった。彼らはどう見ても、状況を見誤っているとしか思えない。恋は盲目とはよく言ったものだ。せめて想いだけでも伝えてみてはどうかと伝えたけれど、二人からは覇気のない返事が返ってきた。二人がこの様子では、まるっきり駄目だな、とアズールは肩をすくめた。

     フロイドは忙しくしていたけれど、それでもルークと全く会う機会がないわけでもなかった。ルークは神出鬼没で、どこからか隙をついて現れる。というか、尾行されてるんじゃないかと思うことも度々だ。何が面白いのか分からないけれど、ルークはフロイドを驚かせるのが楽しいらしい。フロイドも大概悪戯好きだが、ルークは気配を完全に絶って近づいてくるので、驚かされると本能的な身の危険を感じる。矢文を届けてくることもあるけれど、いつも片側のメッシュを掠めるようにして、正確に矢が放たれてくるので、心臓に悪い。ルークのことが本当はそれはもう大好きなのだけれど、警戒が勝ってしまうのでそういう絡まれ方は苦手だった。だから、ルークがトリッキーに現れるといつも苦い顔をしてしまう。好きな相手に会えて嬉しい、という気持ちを、態度に表情にストレートに表せたらどんなにいいだろう。現実に出てくるのは驚かされたことに対する不満や、憎まれ口に近い言葉ばかりだった。これで、相手と恋人同士になりたいと夢みているのだから我ながらあまりの矛盾に笑える。強いやつが好きだけれど、ルークに向ける好きはソレとは全く別物だった。ルークへの好きは、戦いたいとか、そういうんじゃない。触れてほしい。一緒にいたい。声を聞いていたい。そういう好きだ。

     ルークはことあるごとに、フロイドに花をくれる。
    「フロイドくん、花は好きかい?」
     そう言って差し出されるのは、いつも同じ大輪の花。フロイドは花に詳しくないので、名前は知らないけれど、特徴的な甘い香りが蠱惑的に香る美しい花だった。別に花は、好きでも嫌いでもない。けれど、ルークがものをくれるのが素直に嬉しかった。
    「うん。好き。綺麗だね……。ありがと」
     ルークと話すときは、いつも照れてしまって、仲が良い親密な者同士のようなやりとりなんてほとんどできないのだけれど、お礼だけはなんとか言うことができた。フロイドは受け取った花をずっと握りしめていた。はやく花瓶に活けなくてはいけないのに、ずーっと握りしめているので、いつも早々に萎れてしまう。部屋に持って帰って、花を離さずに手の中で弄りながら眺めていたら、ジェイドに「そんなに見つめていたら花に穴が空いてしまいそうですね」と、微笑ましげに笑われた。フロイドが花を枯らしてしまっても、ルークは頻繁に花をくれた。フロイドはいつもそれを楽しみにしていた。

     今日が満月というその日。今日もまた、ルークが花を差し出す。ふわっと香る良い匂い。彼に告白。してみようか。ふと、フロイドはそわついた気分になった。今日しかない。もう、言うなら今日しかないのだ。どきどきと動悸がうるさい。しかし、口を開いたところで、タイミング悪く気分が悪くなる。いつものあれだ。病の症状。苦しくてうずくまるオレをみて、ウミネコ君が心配そうに背を撫でてくれた。
    「フロイド君! ひどく体調が悪そうだよ。大丈夫かい?」
     地面にほとんど額をこすりつけるようにして、オレはなんとか彼に吐くところをみられまいとした。脂汗が浮くほど我慢したけれど、とうとう彼の前で泥を吐いてしまった。みっともないところを見られた。醜くて汚い、オレの恋心。ちっとも綺麗なんかじゃない。苦しくて、辛くて涙が出そうだった。こんな泥まみれのオレから好きだと言われたって、彼は困った顔をするに違いない。彼のことだから、明確な返答は避けて、柔らかくはぐらかされる。思わせぶりなことをして悪かった、と見当違いの謝罪をされて、そして、きっと花はもう二度ともらえなくなるだろう。最悪だ。
    「フロイドくん……。その泥は……」
     彼がそっとハンカチを差し出した。オレは受け取らなかった。立ち上がって、俯いたまま告げる。
    「ウミネコくん、大丈夫。オレは平気」
     身体がまだ震えている。真っ青な顔をしている自覚があった。
    「ノン! とても放ってはおけないよ。医務室に行こう」
     そう言って、優しく腕をとられたけれど、無理矢理振り切ってオレは走って逃げた。

     走って走って、自室のベッドに倒れ込む。夕暮れが終わっても、長いことそうしていた。ふと窓の外を見ると月が丸く輝いていた。タイムリミットだ。オレのみじめな恋は夜を越えられない。





     ジェイドは普段よりも輪をかけて忙しくしていたけれど、トレイと全く会わないというわけにはいかなかった。なんといっても、副寮長同士なのだ。雑務のために嫌でも顔を合わせる。あるとき、トレイが腕いっぱいの花束を抱えてきたことがあった。ラウンジにどうだ?と爽やかに笑う。モストロ・ラウンジに飾るには、色合いがやや派手すぎる気もしたが、ありがたく受け取った。ラウンジに飾ってみると、花のある場所だけが昼間のように明るくなった。深海を模した落ち着いたラウンジの中で、そこだけ陸の日差しが照るようで、ジェイドは仕事中に何度もその花を眺めては、目元をふっと和ませた。気づいたフロイドに「ジェイド、ずっと花ばっかみてるー」とからかわれて、バレちゃいましたか、とはにかんでみせたのは、そう昔のことでもない。
     大きな花束以外に、色とりどりの花で作った小さなブーケを渡されることもあった。最近、フラワーアレンジメントに凝ってるんだ、とトレイが穏やかに目を細める。ラウンジに飾れるほど華やかじゃないけど、よかったら自室に飾ってくれよ。ジェイドは受け取りながら、ありがとうございます、綺麗ですね、と営業スマイルを浮かべる。貼り付けたような完璧な笑みとは裏腹に心は浮き足立っていた。ジェイドは花を花瓶にうつして、部屋にきちんと飾った。花が長持ちする魔法をかけて、枯れるまでずっと眺めていた。いくつかは押し花にしようとしたが、やり方がよくないのか、うまく作れなかった。今度、詳しい人に教えてもらわなければ。
     彼は他の人にも花を贈るのだろうか。ジェイドは注意深く観察していたが、どうやらトレイはジェイド以外に花を渡している様子はなかった。トレイは自分だけに花をくれた。卓上に置けるものやミニブーケなど、小さい花だが、どれもカラフルで可愛らしい花だった。自分にだけ!ジェイドは花をもらうたびに、胸の内から小さい泡がぽこぽこ湧いて出てくるような嬉しさを感じていた。
     満月の日。ジェイドはもしかしたら、脈ありかもしれない、と思っていた。いくらトレイが好意を大盤振る舞いする男だからといって、好きでもない相手にこんなに花を贈るだろうか。自分にだけ、というところが、ジェイドを特に喜ばせた。告白をしてみようか。どうせ明日には言えなくなるのだから。最後に勇気を出してみようか。ジェイドは、副寮長会議の議事録に訂正があったので、差し替えたものを渡しに行きます、と何気ない事務連絡を装って放課後にトレイと会う約束をとりつけた。
     今日は休み時間もなんだかそわそわと落ち着かない気分で過ごした。気を紛らわせようと、マジカメの一覧を適当にスクロールしてチェックする。すると、あるひとつの写真がジェイドの目に留まった。ケイトのアカウントだ。更新されたマジカメに見覚えのある花の写真があった。加工され、微妙にぼやけていたが、その色鮮やかさはトレイがいつも持ってくる花だ、と直感的に分かった。ハッシュタグには、#トレイくんのフラワーアレンジメント #練習中 #可愛い#ファイト❤️などの言葉が踊っている。やはり、これはトレイが作ったものなのだ。ジェイドは目の前が真っ暗になるような心地がした。自分にだけだ、と思っていた。トレイはケイトにも花をあげている。好意の根拠にしていたものが、やすやすと覆されてしまった。
    「もう、休み時間は終わっているよ」
     凛とした声をかけられて、ジェイドははっとする。声の主はリドルだった。はやくスマホを仕舞えというように、強い視線が向けられる。言われてみれば、たしかに教師の声が教壇の前から聞こえ始めていた。リドルに静かに目礼を返して、ジェイドはすぐにスマホを仕舞い、教科書を取り出す。先程のマジカメの中の花が、ジェイドの集中力を奪う。うろうろと思考が彷徨ってしまう。隣のリドルは姿勢良く前を向いている。気もそぞろなジェイドがちらっと隣をみると、リドルの胸元に小さいコサージュがあった。初めてみるコサージュだ。ミニバラを加工したものがいくつか、品良くあしらわれている。ジェイドはそのミニバラのコサージュを率直にいい出来だな、と思った。リドルによく似合っている。そして、そんなものを彼に贈る相手の心当たりは一人しかいなかった。授業が終わった後のざわめきの中、ジェイドは、素敵なコサージュですね、と声をかけた。
    「ああ、これはトレイが作ったんだ」
     やっぱり、と思った。トレイがくれる花の中に、何度かミニバラも見かけたことがあった。
    「習作だと彼は言っていたけれど、捨てるのも勿体無いだろう。よくできているのに。だから、僕が譲り受けたんだよ。……? ジェイド、聞いているかい?」
     なおも、リドルは何かを話していたけれど、ジェイドはやけにぼんやりとしてしまって、トレイが作った、という言葉以降の言葉はあまり頭に入ってこなかった。
    「ああ、すみませんリドルさん。僕、これから人と会う用事があるので、お先に失礼しますね」
     にこやかに、されど一方的に断りをいれてから、ジェイドはトレイと待ち合わせている場所に行った。彼は先に一人で部活の用事を済ませている、と言っていたので、部室に行く約束になっていた。ジェイドは先程までの期待に上向いていた気持ちを、渾身の力を込めてぎゅうっとにぎりつぶした。何を浮かれていたんだろう、自分は。トレイは誰にだって花を贈る。自分にだけではない。幼馴染のリドルには、手作りのコサージュだって、作ってあげるのだ。手間ひまをかけて、わざわざ花を加工して。花をもらえたからなんだというのだろう。そこにある想いの差は歴然だった。
    「ジェイド、待ってたぞ」
     部室に着くと、こちらに気がついたトレイがひらりと軽く手を振った。ジェイドは用意していた資料をトレイに差し出した。
    「ありがとうな。ちょうどよかった。俺も渡したいものがあるんだ」
     トレイの明るい瞳がジェイドを見つめた。嬉しそうに、優しげに、きらきらとしている。その途端、もう耐えられない、とジェイドは思った。今すぐにでも、恋心を消す薬を頭から浴びたい。だって、どんどんトレイへの想いは増すばかりなのだ。絶望的だと悟ってもなお。好きになるのを、自力では止められない。胸の内から、黒い塊がこみあげる。ああ、嫌だ。よりによって、こんなときに。彼の前で。ジェイドは呻きながら、崩れ落ちるようにしゃがみ込むと、机の下になんとか這っていって、泥を吐き出した。苦しい。汚い。絶望的な恋に落ちていると泥を吐く。それはまるで見せしめのようだった。これは、泥のような恋なのだ。
    「ジェイド?! どうしたんだ?!……さあ、ゆっくり息を吸って。そう、上手だ。大丈夫か?」
     トレイのあたたかい掌が背中を何度もゆっくりと撫でる。わざわざ机の下に潜ってきてくれたらしい。四つん這いの姿勢で、抱えるように寄り添うように、落ち着くまでそばについていてくれた。なんとか、ジェイドは深呼吸をする。数回、ゆっくりと息を整えた。
    「トレイさん、すみません。ありがとうございます。お陰で楽になりました」
     ジェイドはアイロンのかかったハンカチで口元を拭う。吐いた泥は魔法で処理した。
    「……そうは見えないが? 心配だし、寮まで送っていくよ」
    「いいえ、お見苦しいところをお見せしました。僕はもう平気です」
     嘘だった。僕の哀れな恋心は夜を越えられない。後ろから聞こえてくる彼の声も聞こえないふりをして、部室の扉を閉めた。その後はもう走るようにして、その場を後にした。先程まであんなにはやく消し去りたいと思っていたのに、いざ夜が近づいてくるとなんだか手放し難くて、月が昇るまでじっと、彼とよく過ごした植物園で、ジェイドはぼんやりと物思いに耽っていた。





     月が煌々と輝きはじめた頃、ジェイドが寮の部屋に戻ってきた。気づいたフロイドがベッドから顔をあげた。ジェイドには扉をきちんと閉める気力もないのか、閉めきれていない扉が僅かに開いている。フロイドも、もう、扉が閉まっていようがいまいが、どうでもよかった。お互い、酷い顔をしている。生憎自分たちは同じ顔だけれど。

    「……ジェイドも、言えなかったの?」
    「……そういうフロイドこそ」
    「あは、オレ達結局おんなじようなことしてるねぇ」
    「全くです」
     双子だからって、こんなところまで似なくてもよかったのに。せめて片割れには想いがか叶ったと笑ってほしかった。幸せになってほしかった。
    「ジェイドはこれでよかったの?」
    「ええ。ハズレだと分かっているクジを引く馬鹿はいませんから」
    「そっかぁ。オレもね。好奇心と恋心は違う、って、よく分かってるから」
     あーあ、かわいそうなジェイド。
     なんて、かわいそうなフロイド。
     きっとこれが最善なのだと、二人はお互いを慰め合った。とても一人ではいられないから、今日はひとつのベッドで眠ろう。アズールにもらった薬が喉を通る。恋心が断末魔をあげる。この魔法薬は、飲めばたちまち眠気が訪れるらしい。うつらうつらと微睡の中に落ちて、完全に眠ってしまって、眠りから覚めれば、恋心とは綺麗さっぱりお別れできる。よかった。明日にはもう、いつもの二人でいられる。恋を知らなかった頃の二人に戻れる。よかったなぁ。喜びの言葉を浮かべながら、二人の目にはうっすらと、光るものがあった。互いの瞳に浮かんだものを見えないふりをして、訪れた睡魔に身を委ねる。二人の瞼が完全に閉じようとした、その瞬間。

    「フロイドくん!」
    「ジェイド!」
     聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。反射的にぱちっと目を開く。開いた扉のところには、ルークとトレイが立っていた。よかった、まだ起きていて、と呟く二人はよほど急いで来たらしく、肩で息をしていた。

    「実は私たちも同じ病にかかっていてね」
    「俺達の病気を治してくれないか」

     花を吐きながら、二人は笑った。
     ルークは甘美な匂いを放つ、豪華絢爛な大輪の花を両手いっぱいに抱えていた。それは、フロイドにくれた花と同じものだった。
     トレイは色とりどりの色んな種類の小さい花をポケットから溢れさせていた。ジェイドが受け取っていたものと同じ花たちだった。

    「つまりは、こういうことなのさ」
    「アズールから聞いたよ」
     ひどいじゃないか。ぜんぶ無かったことにしたいだなんて。
     ルークとトレイが近づいてくる。海中を通して降り注ぐ月明かりが昼間のように明るい。いや、この二人がいる場所はいつでも、陽だまりのように明るいのだった。驚きすぎて、フロイドとジェイドの眠気は吹き飛んだ。急なことに、頭の中の回路がうまく繋がらない。片想いをすると、花などを吐く病がある。この目の前の二人は、目の前で花を口から溢れさせ続けている。病気を治してほしいと、自分達に言った。つまり、そういうことなのか。たっぷり一拍遅れて理解した瞬間、ジェイドとフロイドは、二人から抱きしめられていた。

    「ほら、もう苦しくないだろ?」
     抱きしめられて初めて、ジェイドはもう胸が不快に苦しくならないことに気がついた。すうすうと呼吸が通る。トレイから香るバニラビーンズの香りと花の柔らかい香りを吸い込んで、すり、と頬を擦り寄せた。
    「もう、すっかり私達の病は治ってしまったみたいだね」
     ルークが抱きしめたまま、慈しむようにフロイドの頭を撫でた。フロイドは彼の腕の中で、息があんまり楽にできるので驚いた。こんなことってあるだろうか。もっと撫でてほしい、と言う代わりにルークの掌に頭を擦り付けた。


     ルークは捧げる。彼だけに花を。他の誰にも捧げたことのない花を。言葉よりも雄弁に想いを伝えてくれるから。
     昔から、迸る想いを語れば語るだけ、相手は理解できないという顔をして、少し距離ができてしまう。そういうことを数えきれないくらい繰り返してきた。別に傷つきもしないし、こういう風にしか自分は話せない性分だとよくよく理解している。自分なりの誠実さを貫いた結果、そうなっているだけの話なのだ。だから、フロイドには沢山花を贈った。千の言葉よりも、万の言葉よりも、この花を通して伝えた方が届くと思った。想いのこもった花を、自らの胸の内で育てた花を、彼が綺麗だと受け取ってくれることが、本当に嬉しかった。言葉にはまだしていないけれど、もうルークは告白したも同然のつもりでいた。花をあげるとフロイドは本当にそれはもう可愛らしく喜んでくれるし、遊びに行くとたびたびみせる不機嫌そうな、むくれたような顔も、虫の居所が悪いことを隠そうともしない言葉遣いも全てが愛おしく映った。フロイドのまっすぐな明快さを、彼の気分の浮き沈みごと愛していた。無垢な赤ん坊のような魅力。愛しい愛しい私だけの。モン・べべ。彼と両想いになれたらどんなに素晴らしいだろう。雪の下でひとり震える心は彼の手で掘り返してもらえるのを待っている。そしてきっと、その日は近い。そうルークは確信していた。だから、ルークは今日も花を持ってフロイドの元へ走っていく。
     ねぇ、みておくれ!私の愛しい人!今日もこんなに美しい花が生まれたんだ。君を想って生まれた花だよ。君の手の中にあるのが、この花のあるべき居場所なんだ。君に愛されたくて、生まれた花だ。だから、どうか、受け取っておくれ。そして、私の心の震えをとめて。
     もしこんな風に、君への想いを思うままに、全部言葉にして詩を作ったら、それはもう分厚い束になってしまうだろうから。溢れる想いは、花びらの中にしまっておこう。秘した想いはますますこの花を美しくする。
     ルークはこの世で最も美しいものを、フロイドにあげたかった。

     トレイは贈る。彼だけに最も良い花を。
     ケイトのマジカメに映っていたのは、ジェイドにあげる分の練習用に使っていた、萎びかけたり、花びらが折れてしまっていた花達の寄せ集めだった。捨てる前のそれを、花の形の悪さが分からないように加工して見事に見るに足る写真にしたのはケイトの腕前だった。ケイトとしては、微笑ましい副寮長の恋の努力を応援するつもりで、何の気無しに更新した一枚だった。
     幼馴染が作ったコサージュをリドルがつけていたのはわざとだ。上手に出来たらジェイドにあげるつもりで、いくつもいくつもトレイが苦心して作っているのを知っていた。トレイは器用だが、大切な人のために作るとなると気負いすぎてしまうらしく、なかなか満足のいくものが出来ないようだった。その中でも、比較的出来がよいものをリドルがもらったのだ。ジェイドの視線がしっかりとコサージュに注がれていることに気づいて、リドルは鎌をかけてみた。そして、ジェイドのあからさまな反応に内心にんまりと満足していた。「トレイ、君は本当に見る目がないね。眼鏡をいつになったら新調するんだい」と柔らかく笑いながら、めでたいことに脈ありのようだよ、とすぐにトレイに報告した。奇しくも、トレイがやっとジェイドにあげたいと思える位のコサージュができたのも、その日だった。トレイは待ち合わせた部室に彼が現れるのを心待ちにしていた。紙袋の中にきちんと包んだコサージュを忍ばせて。
     トレイは自らが差し出せる中で最上のものを、ジェイドにあげたかった。





    フロイドとジェイドはじんわりとした幸福に抱きしめられていた。なんにも言えなくなって、時折、くぅくぅと喉の奥を控えめに鳴らす。しかし、はたと重大なことに気がついた。今、自分達は薬を飲んでしまった。恋心を忘れてしまう劇薬だ。眠って起きたら全て忘れてしまう。自分達はなんてことをしてしまったのだろう。どうしよう、と青ざめてしまった恋人に、ルークとトレイは笑いながら大丈夫だよ、とあやすようにキスを落とした。
    「その心配はないよ。モン・べべ」
    「アズールがお前達に渡したのは、ただの軽めの睡眠薬なんだ」
     アズールが、ルークとトレイにそう話したのだと。アズールと二人との間では、すでにうまいこと話がついていたということらしい。自分たちが悲劇の結末を迎えずに、愛しい人の腕の中という納まるべきところへ納まったことへの対価は、あとでたっぷりと請求されるのだろう。しかし、今の二人は喜んで対価を払いたい気分だった。病にかかって絶望しか見えていなかった自分達には一切の光明も見出せなかったけれど、俯瞰していた彼には、このエンディングがちゃんと見えていたらしい。流石はアズールだ。

     口づけを受けながら、更けていく夜にとっぷりと人魚は沈む。愛しい人の手は、いつでもすぐそばにあった。余命わずかだったはずの二人の恋は満月の夜を越え、一片も欠けることなく無事に朝陽を浴びる。

     そして、もう彼らは花も泥も吐かなかった。


    【終】



    ※蛇足
     この奇妙な病の症状は、病にかかった人の主観の恋を反映する。サイエンス部の人間達は恋に浮かれて花を吐き、絶対に叶わないと決めつけて恋に絶望していた深海の人魚達は泥を吐いていたという、そういうお話。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤😭💖💖💖💖💖💖💖😭😭😭😭😭💖💖💖💖💖💖💖😭😭👏👏👏👏💖💖💖💖💖😭😭👏👏💖💖💖👏👏👏👏👏👏👏👏😭💖😭👏💖🌋😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    yo_lu26

    PROGRESSスペース読み原稿
    「三千字のアウトプットに三万字の思考が必要って本当ですか?」
    「成人向けが恥ずかしくて書けないのですが、どうしたらいいですか?」
    上記をテーマにしたスペースを開催しました。読み原稿です。メモ書きなので分かりにくいところもあるかもしれませんが、ご参考までに。
    20240203のスペースの内容の文字起こし原稿全文

    ★アイスブレイク
    自己紹介。
    本日のスペースがどんなスペースになったらいいかについてまず話します。私の目標は、夜さんってこんなこと考えながら文章作ってるんだなーってことの思考整理を公開でやることにより、私が文字書くときの思考回路をシェアして、なんとなく皆さんに聴いてて面白いなーって思ってもらえる時間になることです。
     これ聞いたら書いたことない人も書けるようになる、とか、私の思考トレースしたら私の書いてる話と似た話ができるとかそういうことではないです。文法的に正しいテクニカルな話はできないのでしません。感覚的な話が多くなると思います。
    前半の1時間は作品について一文ずつ丁寧に話して、最後の30分でエロを書く時のメンタルの話をしたいと思います。他の1時間は休憩とかバッファとか雑談なので、トータル2時間半を予定しています。長引いたらサドンデスタイム!
    21341

    related works

    recommended works