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    yo_lu26

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    シャッフルオクタ2の企画パロ参加作品。アズールと双子で魔女集会パロです。
    書き終わりました!

    #アズイド
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    アズイド魔女集会パロ 災厄の地、と呼ばれたその場所に一人の痩身の男がぬらりと現れた。呪いに汚染され、人が住めなくなったその土地に一切の人影はない。男は、かつては村があったその場所に美しい魔法陣を描いてまわった。建物や地面に掌サイズのものや家一軒分ほどの大きなものまで大小さまざまな陣が散りばめられていく。どれにも細かい紋様がびっちりと精密に描きこまれていてまるで芸術品の様だった。白地図に新しく地形を描き込んでいくように、男は何日もかけて村中に魔法陣を敷き詰めた。塗料に混ぜ込まれた発光体が村中を明るく照らして薄紫に光り、この世のものとは思われぬような幻想的な光景が広がる。その地方に住む住民達は遠方からこの不思議な紫の光を見て、何かの凶兆かと囁き合い怯えていた。
     全ての準備を整えて、男がまじないの言葉をぷつぷつと唱えながら手に持っていた錫杖をタンッと勢いよく地面に打ちつける。その途端、バヂバチバチバチッと稲光に似た青白い閃光が村中を蛇のようにのたうちまわった。バチ! ジュブ! ゾブッ……パチパチ……パチパチ……。魔法陣の線の上を走るように、浄化の光が村中を包む。男が短く一言、最後の呪文を口にすると一際激しく白い光が地面からカッと噴き上げ、次の瞬間、音も光も、描かれていた魔法陣も綺麗さっぱり消え去った。何事もなかったかのように、廃墟と化した村はいつも通りの荒れ果てた姿のまま、夜明け前の群青色の静けさの中に沈んでいる。しかし、辺り一体を覆っていたよくない類の空気は綺麗さっぱり消え去っていた。空気は澄み渡り、立ち込めていた澱んだ瘴気のような霧もなくなっている。
     夜が明けていく。一仕事終えた男が目深に被っていたフードを脱ぎ去ると、白銀の髪があらわになった。世の人々から魔女と呼ばれているその男、アズール・アーシェングロットは「ああ。これでやっと、余計な雑音のない、僕だけの場所を手にいれることができました」と独り言を呟くと酷薄そうな口元に笑みを浮かべた。
     この一部始終を見ていたのは村の裏手にある森の動物達と、茂みの奥に光る二対の光る瞳だけだった。

     アズールは優秀な魔法の使い手だった。この国では魔法を使える存在は全て「魔女」と呼称されるので、深海の魔女と渾名されている。彼は話術も巧みで、商売の才能もあったので手広く色々なことをしていた。魔法薬を売ったり、依頼をうけて魔法を使ったり、常連客には、よろず相談のようなことも行っている。彼は美貌に秀でていたため、アズールとしては必要な時しか周囲のカモ、もとい客と関わりを持ちたくないのに、周囲がアズールを放っておかなかった。最近では有象無象どもにいちいち対応する手間が、相手との関係性を維持するメリットを上回るようになってきている。アズールはもともとはそこまで社交的なタイプではなく、商売につなげるために仕方なく交わりを持っている部分も多かった。ある程度まとまった資金も貯めることができたので、もっと魔法の研究や魔法薬づくりに集中できる環境を求めて、良い転居先はないものかとあちこち探し回っているところだった。そんなときに、呪われた土地の噂を耳にした。一年前に無人となったその場所ならば、アズールの望む静謐(せいひつ)な環境と条件が合致する。しかも、近くの森は薬草の宝庫だった。薬草が採取し放題ならば元手がかからないし、さらに儲けもあがるというもの。呪いの地、と呼ばれている場所の多くは、そう呼ばれることになった原因が呪いのせいではないことが多い。それに、万が一本当になんらかの呪いが残っていたとしても、アズールは浄化できる技術を持っている。アズールは早速下調べをし、入念に準備をして、その土地に足を踏み入れたのだった。アズールの読み通り、そこは災厄の地、呪われた地、と呼ばれてはいたが、実際は不幸な事故による汚染地域だった。単体では無毒な物質が、混ざると有害になることがある。魔法薬の知識が豊富なアズールにはすぐにこの村に何が起きたのか分かった。たまたまこの村を通った行商のものであろう荷馬車が二台広場に転がっていたからだ。路地の溝にはわずかだが白い粉がこびりついている。おそらく、大量に小麦粉を積んだ荷馬車が石灰を積んだ馬車と接触し、そこら中に小麦粉と石灰が撒きちらされたのだろう。空気中に舞ったそれらが、その時期に丁度満開を迎えていた周辺の薬草の花の花粉と混ざり、強烈なアレルギー症状を引き起こす有毒な塵となってしまったのだ。焼けこげたような跡もあるので、もしかすると粉塵爆発も起きたのかもしれない。空気を吸うだけで病になる土地となってしまった上に、あちこちで爆発や火災が起きるとなれば、呪いだと恐れて住民達が出ていってしまうのも無理はない。しかし、アズールにはこの呪いとされてしまった現象の原因を推測して理解するだけの豊富な知識があった。この地に残る有害な毒は魔法で全て浄化できる。安全な土地になった上で、あらためて森の近くに居を構えよう。そうすれば人は寄りつかないものの、不便なほど人里から離れているわけでもない、という最高の立地に家を建てることができる。そうしてアズールは、一人黙々と浄化の陣を描き上げるのだった。

     ***

     その日、森のそばに建てたアズールの家のドアをこんこん、とノックする音がした。随分と低い位置から聞こえてきたその音に、アズールは怪訝な顔をする。この村に人は住んでいない。商いの客の誰にもアズールは自分の棲家を明かしていない。自分を訪うものなど、いないはずなのだが……。しかし、アズールは腕に覚えのある魔女であったので、どんな事態にも対処できる自信があった。不測の事態に備えて、錫杖を手に取ると玄関のドアをガチャリと開ける。
    「……?」
     しかしそこには誰もいない。不審に思って眉を寄せると、下の方から声が聞こえた。
    「ねぇ、おにーさん。この家に住んでる人?」
     ほとんど俯くくらいの角度まで首を曲げて視線を落とすと、そこには質素な服を着ている小さな子供が立っていた。大きな目でこちらを見上げている。廃村に子供がいるはずもない。整いすぎた容姿に珍しい色違いの瞳。さては人外の類かと、アズールは魔物避けのための祝福を込めた銀の鈴を即座に子供の足元に転がした。この子供が魔物なら祝福された聖なる銀には触れられないし、反射的に飛び退るはずだ。
    「あれ、なんか落ちたよ」
     子供はさっと拾い上げ、はい、と短い腕を伸ばしてアズールに向かって銀の鈴を掴んだ手を差し出した。
    「ああ……どうも」
    「綺麗な鈴だね」
     アズールは拍子抜けした。てっきり、子供に化けた魔に属する相手なのではと思ったのだが、どうやら普通に人間の子供であるらしい。アズールの疑いを含んだ眼差しを、子供は不思議そうな表情で受け止めた。
    「ねえ、この家にはおにーさん一人?」
     再度、子供が聞いてくる。挨拶もしない無作法で怪しげな子供に丁寧に答えてやる義理もないので、アズールは無愛想に頷きだけを返した。アズールがそっけない態度でも子供は気にした様子もなく、ぱぁっと顔を輝かせた。

    「じゃあさ。オレを、ここで働かせてよ」
    「は?」

     突拍子も無い申し出に、アズールの蒼い瞳が驚きに見開かれる。突然やってきて働きたい、だって? 道に迷った、迷子なので助けてほしい、と言われた方がまだ納得できる。
    「……はやく家に帰りなさい」
     当然、迷わず断った。
    「ヤダ。おにーさん、魔女でしょ? 働くのがダメなら弟子にして。お願い」
    「同じことでしょう。生憎ですが、弟子はとっていません」
    「あ、もしかして、おにーさんじゃなくておねーさんだった……?」
    「そういうことじゃない。とにかく、ご両親が心配するでしょう。家はどこですか。魔法で案内させますから、はやく帰りなさい」
    「親はいない」
     はっきりと子供はそう言った。
    「オレ、この村に住んでたんだ。呪いのせいで親は死んだ。だから、お願い。一生懸命、役に立つから。ここで働かせて」
     アズールは一瞬、たじろいだ。しかし、身寄りのない子供というのは本当なのだろうか。この子供の言うことが嘘であれば、自分は誘拐犯になってしまう。アズールがいい顔をしていないので、子供はさらに言い募る。
    「オレ、結構役に立つと思う。薬草見つけるの得意だから。呪いが起きた時も、オレは森に薬草をとりに行ってたから助かったの」
     ふむ、とアズールは考える。親がいないのは本当だとしても、今この子供を引き取って生活している大人がいるだろう。親戚の家や施設にいるならば、いきなり彼が消えれば騒ぎになる。
    「親がいないなら、お前は今どこで生活しているんですか」
    「路上とか、森の中とか。森の奥に炭焼き小屋があるから、夜はそこにいる」
     人の多くいる街に行って物乞いをしたり、森で食べ物を得て生活しているらしい。随分過酷な生活をしている子供である。確かに、子供にしてはスラリとしている、というか痩せすぎている。この子供に、身元を引き受ける大人がいないというのは本当かもしれない。同情心が湧かないわけではなかったが、それでも、用心深いアズールは納得しなかった。
    「貴方が言っていることに嘘がない、という証拠はありますか」
    「証拠……」
     黙ってしまった子供をアズールはじっと見つめる。
    「では、これはなんだか分かりますか?」
     子供の目の前に、一枚の葉を差し出す。
    「知ってる。これは食べると甘い葉っぱ。毒はない。体力を回復させる効果がある薬草でしょ」
     子供なりの拙い説明だったが、おおむね正解だった。森で生活をしている、という話に信憑性が増す。
    「この葉っぱと、あそこの棚の瓶詰めのベリーを足すと、お腹を壊した時によく効くよ」
     これも正解だった。子供にしてはそれなりに薬草の知識があるようだ。頭の回転も悪くない。それでも、他者がいる煩わしさを疎んでここにきたアズールは、弟子をとる気はさらさらなかった。食べ物を与えてやって、身なりを綺麗に整えて、それから街に連れて行ってしかるべき施設に預けよう。アズールは脳内で勝手に結論づける。
    「いいでしょう。とりあえず中に入りなさい」
     手招きをされた子供は嬉しそうに破顔した。
    「お前、名前は」
    「オレは、フロイド」
    「フロイド。僕のことは、先生と呼びなさい」
    「名前、教えてくれないの?」
    「魔女は一般的に、名前を教えることを好みませんので」
     ふぅん、とフロイドはつまらなそうな声をあげたが、アズールが温かいココアを出してやると喜んで上機嫌になった。魔女は、名指しの呪いを受けることを避けるために基本的に本名は名乗らない。同業者に恨みを買っている自覚のあるアズールは子供相手でも大人にするのと同じくらいの用心をしていた。どうせ、明日には施設に預けてしまうのだ。名乗る必要もないだろう。テーブルの向こうで嬉しそうに大きなマグカップを傾けている子供を見ながら、アズールは自分の分の珈琲を淹れに席を立つのだった。

    ***

     翌朝、アズールはソファに寝かせたフロイドを起こす。
    「今日は街に行きましょう」
     まだぼんやりとしているフロイドにもう一度シャワーを使わせた。今日はこの子を施設に預けに街に行くので、特に身綺麗にしておく必要があった。洗った服に着替えさせ、髪を整えてやり、パンとサラダとウィンナーとベーコンとスクランブルエッグの乗った皿の前に座らせると、彼ははっきりと目を覚ましたらしく、目の前の食事に腹を鳴らした。先に食べていてもいいですよ、と声をかけると「いただきます」ときちんと食前の短い祈りを唱えてからパンに手を伸ばした。昨日は挨拶もできない無作法者だと思ったが、食事のマナーは案外きちんとしているらしい。アズールが二人分のスープを椀にいれて戻ってくると、皿の上が綺麗に空になっていた。アズールが食卓から目を離したほんのわずかな時間で、すべて平らげてしまったらしい。よほどお腹が空いていたのだろう。
    「もっと食べますか」
     尋ねるとフロイドは遠慮がちに頷いた。追加のパンを数枚焼き、ウィンナーを五本、ベーコンを四枚、ゆで卵を三つだしたところで、そろそろ出かける時間になってしまった。おそらく時間さえあればまだまだ食べそうな気配だった彼を見ながら、やはり弟子なんて冗談ではない、とアズールは密かにため息をもらした。

     街までは歩いて小一時間ほどの距離があった。道中、フロイドはしきりに後ろを振り返り気乗りしない様子だった。
    「なんで街に行くの?」
    「買い物や、こまごまとした用事を済ませるためです」
    「オレ、戻って留守番してちゃダメ?」
    「荷物を持ってもらいたいので」
     アズールはのろのろと歩くフロイドに焦れたように、彼の手を引いて歩きはじめた。歩幅の違いから、フロイドは少し駆けるようにして歩かねばならなかったが、アズールは歩く速度をゆるめたりはしなかった。子供の扱いなんて分からない。育てるつもりもない。さっさとしかるべき場所にこの子を預けて、平穏な日常に戻る。アズールにとってそれが何よりも最優先だった。

     身寄りのない子供たちが集められる孤児院の門扉の前に立つと、フロイドはアズールの意図を察したようだった。心細そうな表情が消え、能面のような顔になる。幼い子供らしからぬその表情の変化にアズールはおや、と一瞬思ったがそのままノッカーを打ち鳴らした。
    「誰も、オレのことは引き取らないよ」
     フロイドが子供らしからぬ無感情な瞳ではっきりと声に出した。そんなことはない、子どもというのは保護されるべき存在なのだから、とアズールは優しい声を出したが、フロイドは冷えた瞳をするだけだった。現実には、そうではない場合があることを知っている瞳だった。フロイドの表情の変化の理由は、出てきた孤児院の年老いた修道女の対応をみてすぐに分かった。フロイドの顔を見るや否や、怯えて引き攣ったような顔をして、帰ってくれ、と大声で言い出したのだ。身なりからして、その老婆は孤児院の院長のようだった。相手の言葉を借りるのであれば、フロイドは「呪われた子」なのだと言う。彼が住んでいた村が呪われ、住めなくなったのはフロイドのせいだ、とその老女はまくしたてた。修道女の姿をしてはいるが、その心根は慈悲深さとは対極の位置にあるらしい。恐怖と嫌悪を瞳いっぱいに湛えて、フロイドの引き取りを頑として拒んだ。この子は孤児ですよ、引き取らないなんて話がありますか、とアズールと院長が押し問答をしていると、庭番らしき男や、郵便を届けに来た配達夫も近くに寄ってきて、皆揃って院長の味方についた。
    「この子のせいであの村が滅んだだって? 馬鹿馬鹿しい。いいですか、呪いなんかじゃない。あれは事故だったんです」
    「あれは呪いだ。この子の目を見ろ。そんな目をしている子供は普通じゃない」
    「あの村に嫁いだ俺の姉は、呪いのせいで病を患って苦しんで死んだんだ。お前のせいだ」
    「その子を近くに寄らせないでおくれ。また呪われるかもしれない」
     到底子どもに投げつけられていい言葉とは思えぬ言葉が次々と彼らの口から発せられる。アズールは、どうやら呪いの原因がフロイドである、ということはこの街の人間全員の総意であるらしい、ということに気がついて眉間に皺を寄せた。
    「皆さん、落ち着いて。この子は、まだ10歳にも満たない子供ですよ。呪いや災いを招くような、そんな力はありません。魔女である僕が保証します。この子供は普通の子です。きちんとした大人の保護が必要だ」
     なんとか彼らの良心に訴えようとアズールは食い下がった。
    「そんなに言うなら、貴方が引き取ったらいいだろう」
     そう言われてしまうと、アズールは二の句が継げなくなる。
    「ほらみろ。引き取る気がないなら、構わんでくれ」
    「何も知らない余所者風情が、余計な口出しをするな」
    「もう帰ってください」
     これ以上話す余地はない、とばかりに開きっぱなしだった孤児院の扉に院長が手をかける。そのとき、扉の奥から幼い子供達がわらわらとこちらを興味深そうに覗いているのがちらりと見えた。
    「院長先生、あの子だれ?」「わあ、綺麗な人。養子を探しに来たのかな」
     院長が子供たちの方を振り返ると、わちゃっと歓声をあげて口々に言いたいことを言い始める。すると、先ほどまでは般若のような形相だった院長が聖母のような優しい微笑みを浮かべて、子供たちに声をかけた。慈愛に満ちた、とても優しい声だった。
    「あの人は、少し御用があっていらしただけよ。もうお話は終わったから、みんなで一緒におやつのクッキーを焼きにいきましょう」
     クッキーと聞いて子供たちは色めきたった。孤児院にいる子供たちは、それなりに豊かに楽しく暮らしているようだった。子どもたちは院長の手を引っ張り、裾にまとわりつき、じゃれついて、跳ねまわる様にして我先にとキッチンに向かっていく。表情も明るく子供らしく活き活きとしているし、肌艶も良くてフロイドよりもよほど健康的な体つきをしている。孤児院の建物も古いが、よく手入れされていて居心地がよさそうだ。ここに迎え入れてもらえたなら、きっとフロイドは今の路上生活よりもうんとマシな暮らしができるだろうと思われるのに、院長はこちらに背を向け後ろ手に重い扉を閉めてしまった。庭番も仕事に戻り、配達夫も次の家へと去っていく。
     フロイドと通りに取り残されたアズールは、唖然とした。あの様子では、アズールがあの村に起きた悲劇は呪いのせいではないことを丁寧に説明したとしても全く聞き入れないだろう。客観的事実が偏見に敗北する、というのは、アズール自身何度も経験してきたことだが、何度でも怒りが込み上げるし、信じられない気持ちになる。別に、特別フロイドに情が湧いたわけではないけれど、これはあんまりな仕打ちではないか。罪のない子供を捕まえて、変わった見た目を理由にして不合理の因果をなすりつけるとは。
     フロイドは、終始子供らしからぬ冷めた表情でアズールの隣に黙って立っていた。楽しそうな子供たちをみても羨ましそうな顔もしなかったし、傷ついたような顔もしなかった。
    「ほらね、言ったでしょう」
     分かりきっていたことの再確認をした、と言わんばかりの大人びた声だった。
    「オレのせいで呪われたんだって、皆言ってる。前はもっと酷かったよ。今日は石を投げられたりしないだけマシ」
     街に行くのを渋った理由はこれだったのか。アズールは、はああああ……と大きな溜息を吐いた。厄介ごとはごめんだった。子育てなんて、するつもりはない。カツカツと靴を鳴らして、石畳を歩いていく。フロイドは少し離れた後ろをおずおずとついてくる。くるり、とアズールは振り返った。フロイドは少しびくっとして、小走りにアズールの元に駆け寄ってくる。その目は不安げに揺れていた。
    「ここで待っていなさい」
     アズールは、橋のそばの石造りの腰掛けを指さした。フロイドは、アズールの意図を探ろうと注意深く見つめ返し、やがて奇妙な表情で笑って頷いた。フロイドはそのまま、ぼんやりと遠ざかっていくアズールの背中を見送った。

    「……ド、フロイド、フロイド」
     ゆさゆさと揺さぶられて、フロイドははっと気がついた。あたりは大分、薄暗くなっていた。いつのまにか、寝入っていたらしい。
    「長く待たせましたね、すみません」
     自分を起こしたのがアズールであると知って、フロイドは驚いた様な顔をした。
    「なんですか、信じられないものをみるような顔をして」
    「……もう、戻ってこないと思った」
     フロイドは正直に思っていたことを口にした。大人が、待っていなさいと言うということは、そういう意味だろうと聡い彼は理解していた。親が子供を捨てるときの常套句だからだ。
    「置いていかれると思ったんですか」
     こくりと頷く。まだ彼は呆けたような顔をしている。よほど驚いたらしい。自分がそんな薄情なことをする男だと思われていたことが心外で、アズールはやや憮然とした顔をした。こう見えても、「親切」で「慈悲深い」魔女として名が通っているというのに。
    「お前に必要なものを一通り買い揃えてきたんです」
     アズールは手にした紙袋の中から板チョコレートの包みを取り出すと、フロイドに押しつけた。
    「いい子で待っていたご褒美です。さ、家へ帰りますよ」
     フロイドは半分だけ食べると、残りは大切そうに握りしめた。溶けますよ、とアズールに言われても、自分で持っていたいのだと離さなかった。帰りの道もまたアズールと手を繋いで帰ったが、今度はアズールはフロイドに歩幅を合わせてやったので、フロイドが小走りになる必要はなかった。
     発想の転換だ、とアズールは考えた。子育てをする必要はない。助手の卵を手に入れたと思えばいい。厄介ごとを背負ったわけではない。迫害してくる人々と関わろうとしなければ、別に何も厄介ではないのだ。フロイドは呪いとは無関係だと、自分が一番よく知っているのだし。無料でこきつかえる労働力が手に入ったと考えれば、そう悪い話でもないかもしれない。これは、将来への投資である。手懐けて、逆らわぬようによく仕込んで、存分に役立ててやろう。

    ***

    家に帰るとアズールはどっと疲れてしまった。フロイドに風呂の支度をさせようとも思ったが、一から教えるのも面倒でとりあえず先に自分が風呂を使うことにした。夕飯の支度は後回しだ。アズールが風呂から上がると、フロイドは食べながら待っていたらしく、口元にチョコレートがついていた。拭ってやると嬉しそうに構われている。素直な性分であるらしい。子供特有の高い体温と、頬の柔らかさになんだかどきまぎする。こんなに近くで人に触れたのは随分久しぶりのことだった。
     フロイドが風呂に入っている間に食事の支度を整える。いつも自分一人だけの食卓なので、簡単に済ませるのだが今日は二人の食卓だ。買ってきたフロイドの分の皿の上にきのこのソテーを載せ、サラダもつくる。普段からアズールはあまり沢山食べない方だが、この子どもは随分よく食べるようなので、肉をメインに品数もできるだけ多く出すようにと無意識に手間をかけたものを作ってしまった。
    「オレ、しいたけキライ」
     ほかほか湯上がりのまま食卓についたフロイドが眉根を寄せてフォークを噛んだ。表情豊かで、昼間のあの能面のような顔をしていたフロイドとは別人のようだ。
    「好き嫌いはよくありません。量を減らしてやるから、二口は食べなさい」
    「……ううう」
     呻きながらフロイドはなんとか言われたとおり、しいたけを口に含んだ。やだぁーという表情をしたままの彼の向かいで、アズールは黙々と食事を進める。フロイドはあまり話さない。アズールも食事は静かにとりたい方なので、ありがたかった。朝のように素早く平らげるということはなく、どちらかというとおっとりと食事をしていた。夕方も少し眠っていたし、もしかすると眠いのかもしれない。時刻は二十二時を過ぎている。食事を終えたら寝かせなければと思ったが、この家には子ども用のベッドがない。ソファに毎日寝かせるのもなんだし、炭焼き小屋に帰らせるわけにはいかないし、熟慮の結果、アズールは魔法で隣の空き家を住めるように整えてやり、フロイドにはそこで寝起きするように伝えた。フロイドはあっさりと快諾すると、おやすみなさい、の挨拶を残して隣の家に向かった。子どもなのだし一人で寝起きするのは嫌がるかとも思ったけれど、一年近く路上生活をしていただけあってたくましい。
     正直なところ、アズールは四六時中子供と一緒にいるなんてごめんだった。貴重な魔導書、貴重な魔法薬、子供の手の届くところに置いてはいけないものが家の中には山ほどある。夜は別々に過ごす、というのが、この日からアズールの家でのルールになった。

     一人の生活が二人の生活になって一週間が経った朝、アズールは隣の建物にいるフロイドを呼んだ。
    「おはよう、せんせぇ」
     呼ばれたフロイドは素直に建物から出てきた。まだ起きたばかりという格好をしている。
    「出かける支度をしなさい。今日は街に行きますよ」
    「ええ……」
     フロイドは渋い顔をした。無理もない。もうどこか他所にやられるようなことはないだろうけれど、また街のやつらにゴミを見るような目でみられたり、暴言を吐かれたりするのかと思うと気分が下がる。けれど、家主の言うことは絶対だ。フロイドがのろのろと、着替えのために部屋の中に踵を返そうとすると、背中に声がかかった。

    「今日は、もう一人も呼んできなさい」

     え、とフロイドは振り返った。
    「何言ってんの、せんせぃ。ここにいるのはオレだけだよ」
     アズールは、黙ったまま玄関から家の中に入るとまっすぐにフロイドの寝室に行き勢いよく扉を開けた。中には誰もいない。
    「ど、どしたの、急に。もう一人っていったいなんのこと?」
     追いかけてきたフロイドが慌てた様に、アズールの服を掴んだ。アズールは部屋の中を睥睨すると、クローゼットに視線を向ける。アズールの視線の先をみて、フロイドははっとした。アズールが扉に手をかけて開くと、中にはフロイドとそっくりの顔をしたもう一人の男の子がいた。
    「もう一人、というのはこの子のことですよ。フロイド、どういうことなのか説明してもらいましょうか?」
     アズールに見下ろされた吊り目のその子は消沈した様にうなだれていた。

     アズールの家で、二人は揃って机に腰掛けていた。非常によく似ているが、並べてよくよく顔を見てみると細部が違う。一人は垂れ目で、もう一人は吊り目だ。目の色もアシンメトリになっている。
    「で? どちらがフロイドなんです?」
     垂れ目の子供がおずおずと手を挙げた。
    「お前の名前は」アズールは、俯いてしまった子供に名乗る様に促した。
    「ジェイド、です」
     声もよく聞けば、フロイドとは違う。怒られることを覚悟している様子のジェイドの様子をみて、フロイドまで顔を伏せてしまった。
    「二人とも、顔をあげなさい」
     アズールの声に二人の肩がびくっと揺れる。そうっと顔をあげてみると、アズールは無表情だった。
    「……いつから、先生は気づいてたの」フロイドが小さな声で呟く。
    「お前たちが来て三日目くらいからですかね。お前たち、入れ替わりながら僕の前に出てきていたでしょう。でも、食事量も好き嫌いも微妙に違いましたし、たまにですが無人のはずの隣の家から物音がするときもありました。決定的なのは、食料在庫の件です。お前たち食べ物をこっそりとって互いに食べさせあっていたでしょう。子ども一人分にしては食料の減るスピードが早過ぎましたからね。なにかおかしいと思って気をつけて観察していたんです」
     アズールの見込んだ通り、二人は入れ替わって一人の子供としてアズールの家に居候をしていた。はじめにアズールの家を訪れたのはフロイド、眠っている間に入れ替わり、朝食を食べて街に行ったのはジェイドで、アズールがお風呂に入っている間に入れ替わり、ジェイドの残したチョコを食べて夕食を食べたのはフロイドだった。アズールが別の家で寝起きをするように言ったことは、二人にとっては好都合だった。
    「なぜこんなことを?」
    「だって、二人もいたら、住んでいいって言ってくれないと思ったから……」
     フロイドがしょんぼりとした声を出して再び俯く。
    「僕が提案したんです。騙す様な真似をしてしまって、申し訳ありませんでした……」
     丁寧な口調でジェイドが謝罪した。
    「お前たち……全く……」
     アズールが、席を立つ。このまま怒られて、追い出されるのだろうか。双子で、しかも目の色が違う子供は、魔法を使えるこの人にとっても気味が悪い存在なのだろうか。アズールの足音が遠ざかる。しばらくすると美味しそうな匂いがしてきた。双子が顔を見合わせていると、二人の前にそれぞれ朝食の皿が置かれた。ホットケーキが何段にも重なっている。アズールが蜂蜜をたっぷりすくって回しかけてくれた。
    「二人とも、僕がまとめて面倒をみましょう。一人みるのも二人みるのも同じことです。街の大人達があんな風なので、仕方がないかもしれませんが、もっと大人を頼りなさい」
     言われた言葉が一瞬、信じられなくて二人はぽかんと呆けていた。二人とも、ここにいていいだって? 口を開けているうちに、目の前にホットミルクまで置かれてしまう。
    「さあ、朝ごはんを食べたら、出かけますよ。街に行って、お前たち二人のためのものを色々買ってこなくてはいけないんですから」
     アズールは、にっこりと笑った。別にお金に困っているわけでもないし、将来期待できる労働力が二倍になっただけのことだ。せいぜい、恩をたっぷり返してもらうとしましょう。頭の中は大人の計算でいっぱいだったが、アズールは自分が今まで浮かべたことのないような柔らかな笑みを浮かべていることに気がついていなかった。

    ***

     双子を弟子に迎え入れてから、はや十年近い時が過ぎた。
    「ん、んう……ふぅ……あず、るぅ……」
     朝の光が差し込むベッドの上で甘い吐息混じりの寝言が左側から聞こえる。自分にぴったりと抱きついているフロイドの声だ。
    「ふ、ふふふ……おいし、です……」
     右隣には微睡の中で幸せそうに口元を動かしているジェイドがいた。彼の腕はがっちりとアズールの腹に回っている。
     はじめのころは、別の建物で寝起きをする距離感だったのに、いつしか一緒のベッドに寝たがるようになり、もうずいぶん大きくなってからも、ベッドがどんどん大きく拡張されていくばかりで、別々のベッドで眠るという選択肢が存在しないまま今日まで来てしまった。身長が自分よりもずいぶん高く伸びた二人に、子供の頃のままの距離感で抱きしめられながら毎朝目覚めを迎える。手懐けてやろうとは思っていたが、いくらなんでもこれは懐かれすぎではないだろうか。
    「まったく、そんなに無防備にしていると、いつか食ってしまいますよ……」
     冗談半分、真面目が半分の聞かせるつもりのない軽口を呟いて、アズールは身を起こそうとした。しかし、次の瞬間二人に腕を引かれてベッドにばふん、と逆戻りする。なにをするんですか、と言う前に双子がアズールの両腕をぎゅっと捕らえてしまった。
    「僕たち、アズールになら」「いつでも、食べられていーよ」
     くふくふと笑っている双子の言葉をどこまでまともに受け取っていいものか。アズールは黙考する。
     とりあえず二人にキスをしてみてから考えよう。そう結論づけると、二人の頭を柔らかく抱き寄せるのだった。

    【終】

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    yo_lu26

    MEMO2024年5月5日、都内の某逆三角の建物で行われたハズビンホテルのイベントに初めてサークル参加してきました!
    身内用というかフォロワーさん用備忘録です。私のフォロワーさんの名前、めちゃ出てくる。あとは楽しい雰囲気吸いたい方向け。
    初ジャンルイベント参加めっちゃ楽しかったよレポ やー。初ジャンルでのサークル参加めちゃくちゃ緊張しました〜。なんか全体だと五万人以上参加者いたみたいで、ハズビンも300スペくらいあったっぽい!
     急にハズビンの参加決めたからいつも手伝ってくれる友達が都合つかなくて、とても困っていたら、やこさんがお手伝いしに来てくれて本当に助かった!やこさんはオクタヴィネル寮生コーデで来て、私はアラスター推しコーデだったので、もうジャンルがカオススペースでしたが、やこさんの服はいつもかわいいのでオールオッケーです!ウイングチップの靴私も欲しい。私も心はオクタヴィネル寮生と兼務してる!好きな服を着て戦闘力を高めるんや。ここは戦場だから……。
     イベント当日の話ではないけど、今回来れなかったいつも手伝ってくれる友達が、新刊表紙の概念ネイル作ってくれて写真送ってくれて本当に嬉しかった。器用で天才なのだ。ありがとうございました!!
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    yo_lu26

    PROGRESSスペース読み原稿
    「三千字のアウトプットに三万字の思考が必要って本当ですか?」
    「成人向けが恥ずかしくて書けないのですが、どうしたらいいですか?」
    上記をテーマにしたスペースを開催しました。読み原稿です。メモ書きなので分かりにくいところもあるかもしれませんが、ご参考までに。
    20240203のスペースの内容の文字起こし原稿全文

    ★アイスブレイク
    自己紹介。
    本日のスペースがどんなスペースになったらいいかについてまず話します。私の目標は、夜さんってこんなこと考えながら文章作ってるんだなーってことの思考整理を公開でやることにより、私が文字書くときの思考回路をシェアして、なんとなく皆さんに聴いてて面白いなーって思ってもらえる時間になることです。
     これ聞いたら書いたことない人も書けるようになる、とか、私の思考トレースしたら私の書いてる話と似た話ができるとかそういうことではないです。文法的に正しいテクニカルな話はできないのでしません。感覚的な話が多くなると思います。
    前半の1時間は作品について一文ずつ丁寧に話して、最後の30分でエロを書く時のメンタルの話をしたいと思います。他の1時間は休憩とかバッファとか雑談なので、トータル2時間半を予定しています。長引いたらサドンデスタイム!
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    49shigure

    PROGRESS*卒業後の🦐🦈
    🦐がモブ女と結婚し子供がいる描写あり
    前に書いていたものの加筆です まだハッピーに持っていけていない
    つまりは絶賛地獄に落ちている最中なので注意が必要
    ループもの仕事がずっと忙しくてイライラしていた。
    だからあの時あんなひどいことを、思ってもいないことを口にした。

    【小エビちゃんなんかに
        出会わなければよかった】


    そう口にするととても傷ついて今にも泣きそうな表情をしていた小エビちゃん。
    「そっか…わかりました」と呟くとそのまま家を飛び出していった。またやっちゃった。思ってもいないのにまたやってしまった。何度目だ?もう分からない。小エビちゃんは何も悪くない。いやでももう少しオレをあまやかしてくれてもいいんじゃない?でも明日には謝ろう。そうしようと思っていると急に視界がぶれ始めた。そしてそのまま意識を失った。


    目を覚ますとオレはベッドの上だった。そのまま横に手を伸ばしても暖かいものはなく、あこれ帰ってこなかったやつだといやでもすぐに分かった。ふと辺りを見回すと何か違和感を感じる。なんだろう。何かが違う。なんだがそわそわする。違和感を感じるけれどそれが何なのかはわからない。ベッドから降りて家の中を歩いてみた。此処は間違いなくオレの家だ。でもなにか違う気がする。
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