さめししSS 私が写真で褒められたのは、七五三あたりが最後だったのではなかろうか。その後もありとあらゆる場面で家族写真や集合写真を撮られたが、話題はほとんど兄の朗らかな笑顔に集中していた。私もそれが当然だと思っていたし、自分の写真になど何一つ興味はなかった。
だが、それがブライダル写真とあれば話は別だ。今の私は確実に危機に瀕している。開いたスケジュール手帳には、今日から三日後の日付のところに、間違いなく自分の筆跡で「写真館」と記してあった。そして私はスマホのトーク画面と見比べる。そこには先日叶に撮られた写真がいくつか送られてきていた。
顔色が、悪い。頬はこんなにも青白く、暗い隈を際立たせている。叶が持参したライトが眩しすぎたというのは、共に写る他四人が健康的な肌色をしているので言い訳にならない。これはつまり、私があまりにも写真写りが悪いということなのではないか。
四人のうち一人は、兄によく似た輝かしさで笑っている。私が三日後に並んで写るのはこの男だ。この太陽のように強く美しい男と、私が。
気にするべきは獅子神がその写真を見たときどう思うかだ。人の容姿をどうこう言うような人間ではないが、一生の思い出となる写真に死神より物騒な人相をした男が並んでいるというのは、気分がいいものではないだろうと想像がつく。
私は考え、調べ、そしてようやく、助言をもらうべきという結論に辿り着いた。
◇
「というわけで明明後日までに私の顔色をマシにしろ」
「村雨さん、もう夜だから実質丸二日しかないよ?」
「加工アプリなしでってこと? 無理ゲーに近いぞ……」
自宅に集めたのは獅子神を除く三人だ。テーブルを囲んで事情を説明し、全員が呆れた顔をするので怒りが湧いたものの、本日は助力を願う側なので不本意ながら抑えることにした。
「神はもう寝る」
天堂が立ち上がって堂々と言い放つ。確かに、退勤後に連絡したので集合時間は遅くなってしまったが、二十二時に寝るのはいささか早すぎるのではないか。逃げる口実か、と睨めつけていたところ、シルクのパジャマに着替えてきた男は客室には行かずわざわざ私の前に立った。黒い隻眼が真っ直ぐにこちらを見下ろす。
「睡眠をとらずして肌つやが保たれることはない」
妙な説得力がある声だ。それがこの男の特技であり、遠回しかつ確実に人を動かすときの常套手段だった。
「……とにかく寝ろ、と?」
「ここで無駄な問答をし、眉間の皺を深くし、落ち窪んだ目で獅子神くんと並びたいのであれば神は止めない」
それだけ言ってマヌケ神は部屋を出て行った。残された私と二人は顔を見合わせる。
「ま、オレもユミピコには賛成。とにかくこの二日間はよく寝てよく食べてマッサージすることだ」
「マッサージ?」
「よくあるだろ、眼精疲労に、とか、ツボ押しみたいなやつ。オレも配信前とかにやるけど、目がぱっちり開くぞ」
「やり方は」
「動画のURL送っとく。グループ……はネタバレだからやめとこうな。個別のほうに送っとくよ」
迅速に送られてきた動画は10分程度のマッサージ動画だった。保湿クリームを使うといいと言うので白色ワセリンで代用できるだろう。大変不本意ではあるが、いつもマヌケな友人たちに思い切って教えを請うという判断は誤っていなかったようだ。やることが決まれば行動は早いほうがいい。シャワーを浴びて寝る準備をしなければ。
立ち上がったとき、マッサージ不要の整った顔をした男がこちらを興味深そうに見上げていた。
「ボクのアドバイスはいらない?」
真経津は子供のように、歌い出しそうな話し方で言う。
「カメラの向こうにも獅子神さんがいると思えばいいよ」
「……隣にいる予定なのだが」
「好きな人に向けて笑えば、いい笑顔になるんだって。騙されたと思ってやってみてよ」
実際に賭場で欺かれたことのある人間の言葉では疑ってしまうが、今日の私は教えを請う側。再度こらえて呑み込んだ。
「……善処しよう」
「頑張ってね」
「オレたちにも写真見せろよ!」
私は頷き、客人たちにも早く寝るよう促した。あと二日。きっと恐るべき速さで進むことだろう。
◇
純白のタキシードに身を包んだ獅子神は、もはや内側から発光するような眩しさだった。私も揃いの衣装だが、どちらが似合っているかなど誰から見ても明らかだ。だが獅子神だけは違うらしく、先ほどからそわそわとして、私をちらりと見ては顔を赤くして目を逸らした。
そして私たちは写真館のスタッフに指示されるがまま立ち位置に留まり、カメラの調整を待っている。
「……なぁ、センセ」
婚約しても、獅子神はそう呼ぶことが多い。特に照れ隠しのときにそうするのだと知っている。
「今日、すっげー格好良い、な。照れちまう」
「……私が?」
「そうだよ。似合ってる。こんなんじゃ式の日は心臓爆発するかもな」
結局。私の二日間の努力は、薄いメイクと強い照明でかなり補正されていた。とはいえ化粧の粉がちゃんと乗ったことや、病的な顔色にはなっていないあたり、何もかもが無駄ではなかったと思う。そして補正されているのは、獅子神の赤く染まった耳も同じことだった。
しかし私には見えている。健康的な肌色に、艶やかに光る頬。そして私を見る、夏の日差しに似た瞳。
この瞬間を一生の思い出として残せることを、心から感謝した。
「お二人とも、いい顔してますね。このまま撮りましょう!」
眩しい光が私たちを包む。アドバイス通りに愛する人間を思い浮かべていれば、この硬い口角ですら、緩まずにはいられなかった。
END