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    コナギ

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    コナギ

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    半獣アレクとミナトの話、たぶんぜんぶ書き直す…………中途半端だけど上げる…………

    ##ミナアレ

    半獣アレクとミナトの話(仮)『噛みません。言うことをよくききます』
    『目が大きく、やんちゃです』
    『大人しいです。そばを離れません』
    『やさしく撫でるとよく懐きます』

     貼り紙に手書きで記された“紹介文”と値段たち。夕方の空の下、剥き出しの鈍色の檻に掲げられたそれが目に入るたび、薄い寒気が首筋を伝った。
     不定期で開かれる闇市の中心には箱のような檻が集められ、その日の“目玉”が並べられる。犬、猫、兎、狸──の特徴を持った少年たちだ。人間の体に動物の耳と尾がついた彼らをケモノと呼んで、愛玩動物として飼うのが最近の趣味の悪い流行らしい。人間に限りなく近い、むしろ進化しているともとれる彼らをどう扱うかはまだ議論の段階で、ましてや商品として売り買いするのは完全に違法だった。
     大学のサークル仲間に面白いところがあるからと連れてこられたが、これは完全に僕の落ち度だろう。気軽に犯罪の沼へ片足を突っ込めるような性格はしていないのだから、そもそも闇市へ来た時点で引き返せば良かったのだ。仲間たちはそんな僕を尻目にどんどん前へ行き、興味深そうに檻の中を覗き込んでいる。
    「……ねぇ、ごめん……僕、家の用事あるからさ……」
     誰も声を聞き届けてくれそうにない。そもそも勝手に帰ったらいいのではないか。ようやくそこまで思考が行き着いて、足を一歩後ろに引いた、その時だった。
     後ろにも檻があったことに気付かず、背中を強くぶつけてしまう。鈍い金属の感触が骨まで響き、痛みにその場で踞ってしまった。
     じんじんと背中が脈打っている。さするにさすれない場所の感覚に必死に耐えていると、不意に涙目の視界が真っ暗になるほどの影で覆われた。顔を上げると、檻の中から誰かがこちらを見下ろしているのが見える。
     鋭く冷たい紫水晶の瞳。夏を閉じ込めたような褐色の肌。
    「なにしてんだよ」
     低く腹に響く声。覗く牙。
    「唸られると睡眠の邪魔だ。失せろ」
     草木の色をした髪、ぴんと生える二つの尖った耳。
     ──オオカミだ。
     貼り紙に値段はなく、ただ一言『健康体です』とだけ書かれた彼の名前を、僕は無性に知りたくなった。


     ケモノたちがいつから現れて、いつから人類が彼らを従属させようとし始めたのかはよく分かっていない。江戸時代に猫耳の女中がいたという文献もあれば、鹿の角が生えた男と人間の女性が仲睦まじく写っている、明治に撮られたとおぼしき写真もある。記録が曖昧になっているのは、戦争により多くの書物が失われたことと、同時期からケモノたちの姿も同時に見られなくなったことが関係しているらしい。時代が進み、信憑性のない伝承として忘れられ始めた頃に彼らは再び現れた。しかしその姿は少年や青年ばかりで、現代では成体としてのケモノは闇市でも見つかっていないという。
     目星をつけた文献を読み漁るだけでもかなりの時間が経っていた。図書館には閉館のアナウンスが流れ、カウンターに駆け込みで本を借りていく人たちの列ができている。僕は机に積み上げていた本を慌てて抱え、民俗学の棚に差し込んでいった。
     昨日見たケモノ、オオカミの彼の不機嫌な顔が頭から離れない。結局あのあとすぐ警察が取り締まりにやってくるという伝令を聞いて急いでその場を去ってしまい、闇市がどうなったか、そしてケモノたちの檻がどうなったかは分からずじまいだ。サークル仲間はあっけらかんとしていて、どうせああいうのはうまく逃げるだろうと笑っていたし、きっと自分もそう考えるべきなのだろう。多くの人々と同じように、ケモノは人類とは別のもの、軽いものとして考える。
     ──そんなこと、できるはずない。
    「熱心だね。半獣に興味があるのかい?」
     手が、背表紙を押し込む形のまま止まっていた。迷子になっていた思考がすっと現実に戻ってくる。振り返ると、銀の長い髪を垂らした男性が人の良さそうな笑みでこちらを見ていた。



     猫は玉を転がすように喉を鳴らして、黒川冷と名乗った男性の脚にすり寄っている。案内されるがままに着いてきてしまったのはプリズムストーンというカフェで、いかにも女性が好みそうな可愛らしい内装をしていた。ここはペットショップも兼ねていて、足元を自由に通り抜けていく猫や、窓際で丸くなって寝ている犬も、冷さん曰く「仲良くなれれば」引き取ることが可能だという。
    「素敵なお店ですね」
    「ありがとう。オーナーや店長さんたちが頑張ってくれてるおかげなんだよ」
     冷さんはこの店の運営をしていると言っていたもののオーナーや店長とはまた違うらしい。動物のことには当然詳しいし、半獣たちのこともよく知っているようだが、何を目的に僕に声をかけたのかはまだ分からない。
    「そのあたりは追い追い、ね」
     冷さんに微笑まれると、好奇心がふわりと溶かされるようだった。
     注文したアイスカフェオレに紫色のコースターがついている。不意に昨日の彼のことが思い出されて、僕は少しだけ吐き出すことにした。
    「昨日、初めて闇市に行きました」
     一応、周囲を伺いながら言葉にする。
    「檻がいくつかあって、その中にケモノの彼らがいて。商品みたいに……実際その通りなんだと思いますが……値札みたいなものが貼られていて。僕らみたいに……あ、ええと、サークルの仲間に誘われて行ってしまったんですが……」
     落ち着いて話そうと思うのに説明がうまくいかない。何せ昨日の夜からずっと闇市の光景が頭から離れず、講義にも身が入らなくて、いてもたってもいられないから図書館で彼らのことを調べたのだ。押し込んだ知識と浮かんだ疑問、自分の中の価値観と周囲の温度差への憤慨、いろいろなものが渦巻いて絡まって、もしこれが数日続いたら脳がショートしてしまうかもしれなかった。
     冷さんはそんな僕のしどろもどろな説明にも嫌な顔せず、頷きつつ聞いてくれている。たまに足元の猫を撫でたりしながら。
    「それで、僕らみたいに興味本位で冷やかしに行った人が大半だったかと思うんです。でも人混みの中には妙に綺麗なスーツを着た人が、じっと値札を見ていたりして、僕はそれがなんだか怖くて」
    「あそこは見ていて気持ちいいものではないよね」
     君が正しい価値観の持ち主でよかったと冷さんは言い、僕も全く同じ気持ちだった。
    「ひとり、気になる人がいて。他のケモノたちより大人びてて、たくましくて。『健康体です』とだけ書かれているのがひっかかりました。確かに元気そうだった。でも、なんだか、違和感があるような……」
     商品を売り込みたいという一般的な目線で考えれば、健康体であるのは最低限ではないだろうか。たとえばペットショップなら血統書がついているとか、おとなしい子ですとか、活発ですとか、将来の飼い主に向けて特徴を伝えるべきだろう。ペットショップと同じにするのはあまりにも倫理的にそぐわないが、闇市バージョン、というとても嫌なことを考えるのであれば。
     健康体。乱暴な口調。ほかのケモノより大人びた身体。
     それから──値段が、無かった。
    「君は、半獣と動物の違いは何だと思う?」
     不意に問いを投げかけられて思考が霧散した。慌てて顔をあげると、冷さんは猫を抱き上げて膝の上に乗せたところだった。
    「たとえばこの猫と、猫の耳がついた半獣の違いは?」
    「……言葉が喋れる、とか」
    「そうだね。動物と半獣……君が昨日見たケモノたちを比べたら、違うところはたくさんあると思う」
     撫でられた猫が嬉しそうに鳴いた。
    「じゃあ、半獣と人間の違いはなにかな?」
     檻の中にいた彼を思い浮かべる。褐色の肌はたくましく、紫の瞳は宝石のようで、緑の髪は力強く立ち上がっていた。その間から生えたオオカミの耳はぴんと上向きで、長めの毛が柔らかそうに見えた。しっぽも視界の端に映っていたと思うが、顔にみとれていてほとんど覚えていない。
     美しいひとだった。檻の中にいるのがまったく似合わない、力強さを感じる目だった。
    「……わかりません」
     僕の返答に、冷さんは興味深そうに目を細めた。
    「少なくとも見た目じゃないと思ってる?」
    「はい」
     動物の耳としっぽ、ただそれだけの要素じゃないか。同じ言語を使って、同じ世界にいて、きっと彼だって僕らと同じように笑うのに、一方的に不自由を強いられるなんておかしいだろう。
     にぎった手のひらに爪が食い込む。僕は彼らのことを知りもしないのに、まるで自分や家族のことのように、やるせなさを感じている。
    「……その、変なことを言っているかもしれないですが」
     意を決して冷さんを真っ直ぐ見つめる。
    「僕、昨日見た彼に一目惚れしてしまったみたいで。だから彼のことを少しでも異端だととられるような表現がどうしてもできなくて」
     猫が鳴いた。高く甘えた声を出して、まるで僕に賛同するように。
     冷さんは、白い歯を見せて、今日一番の笑顔を見せた。
    「COOL! 君は本当に良い子だ!」
     その瞬間。銀髪の頭頂部あたりから、大きなふたつの三角形が、景気よくポンと現れた。



    「ああ、ごめんYO! 嬉しくなってつい……」
     冷さんがとかすように頭を撫でれば、そこに立っていた獣の耳などはじめから無かったかのようになだらかになる。周囲の様子をうかがってみたけれど、たった一瞬の出来事に気付いた人はいないようだった。
    「驚かせちゃったね。でも僕みたいな半獣はたくさんいるよ、うまく隠れているだけでね」
    「姿を変えられるんですか」
    「個人差はあるけど、だいたいは」
    「じゃあ……」
     僕が脳裏に描いた光景を読み取り、冷さんは寂しそうに首を振る。
    「彼らはそれができないから、あそこにいる。そしてその責任は僕らにもある」
     ここにきて初めて聞く、重く噛み締めるような声だ。檻の中にいるオオカミの彼のことを思い浮かべながら話を聞いていると、心ばかりがどんどん焦っていくのを感じる。同種族の冷さんが悲しんでいるということは、きっとあの状況が良いものであるはずはなく、そしてすべてのケモノたちがああした経験をするわけでもないことは分かる。
    「そうそう、ケモノって呼び方なんだけど」
     冷さんは一転して明るく言う。
    「できたら『半獣』でお願いできるかな。彼らの前でも。それを守ってくれたら──彼らを助ける方法、教えてあげるYO」
     この人にウィンクされてめまいがしない人間、いるのだろうか。

     ◇

     闇市は神出鬼没だ。毎日どこで開かれるのか、何時に行けば入れるのか、そしていつまで続くのか、情報は噂として入手するしかない。この間は商店街の真裏というわりと行きやすく警察にも見つかりやすい場所で開かれたが、そういうパターンは少ないのだという。
     講義が終わって友人への挨拶もそこそこに飛び出した僕は、メモを握りしめながら各駅停車に乗り、八つ目の駅で降りる。町工場しかない小さな街が、今夜の闇市の出没地点らしい。
     メモを開くとシンプルな情報量の地図が描かれている。駅を出たら大通りを左へ進み、角にある昔ながらの豆腐屋を目印に裏道へ入った。民家と民家の壁で挟まれた、私道ではないかとひやひやするような道を抜け、ようやく目的地に辿り着いた。
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