家出息子たちの帰還.12───ダスカーでは葬儀を終えた一週間から四週間後に巫者を呼ぶ。巫者は遺族や故人の友人たちの前で死後の世界へ旅立ったばかりの故人の魂を呼び戻し、己の身体に憑依させる。遺族や友人は故人と生前の思い出話をして死後の世界での暮らしぶりを聞き、何かして欲しいことがないか、言い残したことがないかを問う。この場では遺族と死者との口論が起きることも珍しくない。葬儀は死者を悪霊ではなく祖霊にするための儀式で、巫者による呼び戻しは死者個人のために行われる───
昨日は本当にいい日で、フェリクスとイングリットがそれぞれに踊る姿を見たディミトリはずっと微笑んでいた。彼の伯父であるイーハ公は絶対に認めようとしないが、ディミトリは他人の幸福に喜びを見出す。それなのに続いて欲しい日常は儚い。
ディミトリの箍が外れつつあった。父の死、が目の前でくりかえされたからだ。心中で起きていること、と現実で起きていること、の違いとはなんだろうか。たとえ遺言があったとしても死者たちの最後の願いは想像するしかない。きっとそこが生者と死者を分ける最後の一線なのだろう。その空白を事実で埋めるのは不可能だ。
シルヴァンは兄を自らの手で討ったのでゴーティエ家のものは他人を恨まずに済む。兄の仇はシルヴァン自身で───仇を討とうとするなら自裁するしかないし、当然そんなことをするつもりもない。だからディミトリがひどく遠い。察したドゥドゥーがすぐに寮へ連れ帰っていた。これくらいしか彼のために出来ることがないので、同じ武器を扱うシルヴァンとローレンツが彼の槍を手入れしている。魔獣を相手にしていたせいか返り血を拭う感触がどことなく違う。
「これも刃こぼれしている」
ディミトリは他者と槍の使い方が違った。シルヴァンもローレンツも槍を敵に突き刺すのだが彼は槍を打撃用の武器として使う。敵兵の頭を割り、腕や肋骨の骨を折るのだ。
「こっちもだ。全部ドゥドゥーに研いでもらわないとだめだな」
傷み方が違うので穂先の汚れを拭き取り、錆止めの油を塗るだけでは足りない。だが単純作業が気を紛らわせてくれる。フェリクスが刀の手入れを好む理由が今更ながらシルヴァンにもわかった。グレンを失った時も一人で刀を研いでいたのかもしれない。
「彼は器用だな。温室で植物の世話しているところを見たことがある」
「料理も上手いよな」
シルヴァンもローレンツもジェラルド本人とベレトについて話すことが出来なかった。ディミトリたちは今頃どんなことを話しているのだろう。いや、そもそも会話が成立しているのだろうか。
ローレンツとクロードが下らない意地の張り合いをしていられるのもエルヴィンとオズワルドが健在だからだ。星辰の節が終われば一年の終わりは近い。自領に戻れば周囲から未来の領主としての振る舞いを求められ、こんな風にクロードの私室へ招かれる機会もなくなる。舞踏会の晩のいざこざも子供時代の思い出になることだろう。
「何というか、密偵の報告を受けているような気分になるな……」
旧礼拝堂の顛末を聞いたクロードはそういうと杯に口をつけた。滅入った気分も飲み込んでいるのかもしれない。酒瓶の残りも想像より遥かに血生臭い学生生活も残り僅かだ。
「それでも伝えないわけにはいかないだろう?」
クロードは微かに痙攣する瞼を指で抑えている。彼も士官学校で起きた一連の騒動を現在の盟主であるリーガン公に伝えないわけにはいかない。
「……それもそうだな。俺もお前が知るべきだと思うことを話すよ。話すんだが、まずは最後まで黙って聞いてくれ」
故人の部屋に入り込み、その日記を勝手に読む、という貴族らしからぬ行いが吹き飛ぶほど異常な話だった。お産で亡くなった母、笑わず鼓動が聞こえない赤ん坊。不審な火事に乗じて団長という位を投げ打ち、ガルグ=マクから出奔する父。
ローレンツも杯に口をつけた。鏡が手元にないから確認できないが、きっと先程のクロードと同じ表情をしていることだろう。
「何をされたのか分からない状態は不気味だ。距離を取りたい気持ちは理解できる」
「俺たちと先生、それにジェラルドさんには共通点がある」
クロードが指摘した通り四人ともその身に紋章を宿している。ローレンツは黙って彼の言葉を待った。
「俺の身体は俺の持ち物のはずなのに、俺より教会の方が俺の身体についてよく知ってる」
その静かな怒りをローレンツは理解できる。だが、自分一人分ならきっと押さえ込んでしまう。
「先生はジェラルドさんにとって、一人息子というだけではない。奥方の忘れ形見でもあったから思い切ったことが出来たのだろう」
ローレンツも自分のためならその怒りを押さえ込んでしまうだろう。だが家族を守るためならきっと躊躇しない。