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    「説明できない」49.帝都・下
    赤クロ青ロレの話です。

     フェルディナントはクロードと同い年だ。あの年の生まれの特徴なのか好奇心が旺盛で素直で渇いた海綿が水を吸うように物を覚えていく。先程フレンやクロードに見せた仕草も兵士たちから教わったのだという。

     彼は共にいると気持ちが良い人物でローレンツは今も昔もフェルディナントのことが大好きだ。忌まわしかったミルディン大橋を乗り越えようやくアンヴァルまで辿り着いた。フェルディナントが出撃するというなら共に戦い以前は目の前で死なせてしまった彼をこの手で守りたい。そう考えてローレンツはベレトに彼と同じ部隊にして欲しいと志願した。ローレンツにとってクロードの死は実感がない。きっと見ていないからだろう。やり直しの機会が与えられたローレンツは理論よりも感情や身体感覚の方を優先させてきた。理詰めの行動ゆえに死に追いやられた経験が無意識にそうさせるのだろう。

     城門を潜ったのでフェルディナントもローレンツも攻撃に備え左手で手綱を持ち槍を右手で構えている。

    「ヒューベルトくんの射程範囲内に入る直前にマジックシールドをかけるから突出しないでくれたまえ」
    「分かった。気は逸るが心がけておく」

     魔獣だらけのこの地区は炎のブレスで殆どの建物が半壊しつつある。ローレンツも応戦するためにアグネアの矢やライナロックを放っているので心配する筋合いではないのだが再建の道のりは険しいものになるだろう。兵たちの流した血が雨水のように美しく敷き詰められた石畳の溝を伝っていく。フェルディナントは呪文を詠唱しようとしたウォーロックの喉元に手槍を投げつけ絶命させた。彼は魔法に弱いので先手必勝ということらしい。

     順調に前進していたのでヒューベルトのサンダーストームの射程範囲まであとわずかとなった。ローレンツが半壊した建物の影に隠れて様子をうかがっているとやはりフェルディナントは気づいておらず更に前進しようとしたので彼を呼び止めマジックシールドをかけてやった。魔法に弱い彼を守ってやらねばならない。

    「これでよし。それと正規品ではなく私物で申し訳ないがこの特効薬を持って行ってくれたまえ」
    「礼を言うよローレンツ」

     ローレンツはミルディン大橋で命を落とした時、共に戦っていたフェルディナントが持たされていなかった特効薬を彼に渡した。実家から送られてきたもので包みに家紋が入っている。親友を軽んじたエーデルガルトへのささやかな意趣返しは思ったより愉快だった。

    「あと少し待てばマリアンヌさんも援護に来てくれるがそれでも今行くかい?」

     マリアンヌは戦場中を駆け巡り怪我人に回復魔法をかけるのが主な任務だが敵兵の魔法発動を妨害するサイレスも巧みなのでウォーロックだらけの場所に突入するときは絶対に共にいて欲しい戦友だ。

    「ああ、今なら彼と話せそうなのでね」
    「分かった。では僕は後ろからついていくよ」

     サンダーストームは隣接してしまえば当たらないので懐に入れば怖くないが射程範囲が広いので懐に入る前に直撃を食らってしまう。だが微妙に距離をとりながら複数の兵で射程範囲内に入ってしまえばウォーロックは誰を撃つか決めねばならない。つまりヒューベルトはローレンツとフェルディナントどちらかを確実に撃つが片方しか撃てないのだ。撃たれなかった方が彼の懐に飛び込んで槍を振るえば良い。

     実際はフェルディナントが懐に入ると決定済みだがヒューベルトに迷いが生じることが大切なのだ。ヒューベルトは突進してくるフェルディナントに向かってサンダーストームを放った。ローレンツのかけたマジックシールドが多少ではあるがフェルディナントを守っている。豊かな橙色の髪はところどころ焦げていた。手綱や槍を握る手も痺れていることだろう。それでも彼は強い意志を持ってヒューベルトの懐に飛び込んだ。

     フェルディナントはローレンツが渡した特効薬を口にしてヒューベルトに向かって何か語りかけている。ローレンツとフェルディナントはそれぞれヒューベルトの標的になるためわざと距離を取っていたので二人が何を話しているのかは聞こえない。ローレンツが知るべき内容、と判断すればフェルディナントは何を話したか教えてくれると知っている。

     魔法に強く物理攻撃に弱いヒューベルトと魔法に弱く物理攻撃に強いフェルディナントは組んで戦えば互いの弱点を打ち消しあう素晴らしい仲間となった可能性もあった。

     だがその可能性はフェルディナントの槍によって潰えた。

     全ての将を討ち取ったのでこれでようやくエーデルガルトが待つ宮城に入り込むことができる。戦闘が終了しローレンツとフェルディナントが教会前にシルヴァンたちが張った天幕で物資を受け取りメルセデスから怪我の治療を受けていると慌ててレオニーが駆け込んできた。

    「ドゥドゥーが生きてた!!」
    「本当か?!」

     天幕の中にいるファーガス出身者たちが一斉にレオニーに話しかける。レオニーが手短にドゥドゥーの現況を伝えるとアッシュは涙ぐんでいた。

    「ドゥドゥーだけでも生きてくれていてよかった……」
    「そうだな、一緒に戦おうって提案は断られたけど出来る限り助けたいってクロードが言ってたよ。だから勝てば会えるさ」

     ローレンツたちには勝たねばならぬ理由がもうひとつ増えた。
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    MAIKING「説明できない」
    赤クロと青ロレの話です。
    8.背叛・下
     雷霆を振るうカトリーヌの名を聞いた者に多少なりとも英雄の遺産や紋章の知識があったならばそれがとんだ茶番だと判るだろう。だが無謬であるセイロス教会が彼女をカサンドラではなくカトリーヌと呼ぶのならそれに従うしかない。カロン家当主としても令嬢カサンドラに死なれるよりはガルグ=マクで生きていてくれた方が良いのだろう。

     ローレンツは霧深い街道をガスパール城に向けて黙々と進んでいた。前方ではクロードとベレトとカトリーヌが何やら話している。五年前、ローレンツは帝国軍が破竹の快進撃を見せた時に正直言ってファーガス神聖王国がほぼ崩壊したと思った。今の彼らの会話を耳にしてもファーガスが凋落しているという印象が深まっていく。青獅子の学級の学生たちは士官学校に入る前に初陣を済ませている者が多いのはダスカーの悲劇以降小規模な騒乱が後を立たずにいるからだ。

     だからあの時ローレンツはフェルディナントと共にミルディン大橋に立った。ファーガスは近々自壊するだろうしパルミラとの国境を守りながら強大な帝国に抗う力が同盟にはない。ならばせめて領地と領民を守りたいと思ったからだ。霧の立ちこめる行路は人生 2090

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    MAIKING「説明できない」
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    15.鷲獅子戦・上
     フレンが金鹿の学級に入った。クロードにとっては謎を探る機会が増えたことになる。彼女は教室の片隅に座ってにこにこと授業を聞いてはいるが盗賊と戦闘した際の身のこなしから察するに只者ではない。兄であるセテスから槍の手解きを受けたと話しているがそういう次元は超えていた。

    「鷲獅子戦にはフレンも出撃してもらう」

     やたら大きな紙を持ったベレトが箱を乗せた教壇でそう告げると教室は歓声に包まれた。これで別働隊にも回復役をつけられることになる。治療の手間を気にせず攻撃に回せるのは本当にありがたい。今まで金鹿の学級には回復役がマリアンヌしかいなかった。負担が減ったマリアンヌの様子をクロードが横目で伺うと後れ毛を必死で編み目に押し込んでいる。安心した拍子に髪の毛を思いっきり掻き上げて編み込みを崩してしまったらしい。彼女もまたクロードと同じく秘密を抱える者だ。二重の意味で仲間が増えたことになる。五年前のクロードは周りの学生に興味は持たず大きな謎だけに目を向けていたからマリアンヌのことも流していた。どこに世界の謎を解く手がかりがあるか分かりはしないのに勿体ない。
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    MAIKING「説明できない」
    赤クロ青ロレの話です。
    17.惨劇・上
     南方教会を完全に無力化されてしまったことや西方教会対策やダスカーの幕引きでの手腕には疑わしいところがあったがルミール村においてまず疫学的な検査から実施されたことからもわかる通りセイロス騎士団は手練れの者たちの集まりだ。ベレトの父ジェラルドまで駆り出されている異変においてクロードやローレンツのような部外者が介入しても迷惑がられるだけだろう。

     クロードにしてもローレンツにしても記憶通りに進んでほしくない出来事は数多ある。ロナート卿の叛乱もコナン塔事件も起きない方がよかったしこの後の大乱も起きて欲しくない。だがこのルミール村の惨劇は起きてほしくなかった案件の筆頭にあげられる。他の案件の当事者には陰謀によって誘導されていたとはいえ意志があった。嵌められていたかもしれないが思惑や打算があった。だがルミール村の者たちは違う。一方的に理性や正気を奪われ実験の対象とされた。そこには稚拙な思惑や打算すら存在しない。事件を起こした側は村人など放っておけばまた増えると考えたらしいが二人にとって直接見聞していないにも関わらず最も後味が悪い事件と言える。
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