離婚して再婚するやつ(仮)1 どんなものにも終わりは訪れる。あんなに愛し合っていたのに終わりは呆気なかった。署名済みの離婚届を役所に提出すれば終わる。
「僕の人生から出ていってくれ」
ローレンツがそう呟くとクロードは俺が提出しておくから、と言って離婚届を手に出ていった。君を当てにできない、と声をかける気も起きない。一粒くらいは涙がこぼれおちるかと思ったがそんなことはなかった。
鉛のように重い身体を動かす必要はない。付き合い初めの頃にアメジストのように綺麗だ、と讃えられた瞳をいくつかのダンボールの山に向ける。別居のための荷造りは簡単だった。仕事に忙しい彼は荷解きを終えないまま再び単身者用の官舎に戻る。あとは業者に任せれば良い。
あれは確かクロードが警官になったばかりの頃だったか。ローレンツはあまり馴染みのないダイナーに呼び出された。彼の睫毛は照明の当たり方次第で目元に影を作るので影なのか寝不足由来の隈なのか分かりにくい。書類が入っている大きめの封筒を前に座っているクロードは珍しく神妙な顔をしていた。
「共済に入るように言われたんだ」
危険な仕事なので通常の損害保険や自動車保険それに健康保険には入れないのだという。拭いても少しべたつくテーブルの上にクロードは保険のパンフレットを広げた。
「それは入った方がいいな。僕も金融商品に詳しくはないが……」
意図がわからずローレンツが困惑していると褐色の指が死亡保険金、という単語を指さした。
「受取人になって欲しい」
「君はいったい何を考えているのだ?!」
「恐縮するような額は出ないぜ?」
「君の身に何か起きることなど考えたくもない!」
他人を受取人にするには煩雑な手続きが必要となる。こんなことがきっかけでローレンツはクロードと法律婚をしたが、ローレンツも当時は教師になったばかりで時間的な余裕がなく、式は挙げなかった。手間を省くため互いに改姓せず互いの姓を繋げた複合姓にもしなかった。
彼がもし明日殉職したらどうなるのか。これまでベッドの上で聞いた言葉が事実だとすればクロードはきょうだい仲が悪く家族との縁が薄い。それでも彼らが死亡保険金を受け取るのだろうか。その可能性に気付いた時、初めて白い頬の上を涙が伝っていった。