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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    takami180

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    恋綴4-3
    注意書き忘れてましたが、4のテーマには跡継と妻帯についてが含まれます。
    ご注意ください。
    なお、話の内容は徹頭徹尾曦澄です。

    #曦澄

     夕刻の冷たい風が江澄の頬をなでた。隣にあるはずのぬくもりを求めて、手がパタパタと敷布の上をさまよう。
    「らん、ふぁん?」
     かすれ声が出た。しかし、いつもなら応えてくれるやさしい声はない。何にも触れなかった指先を引っ込めて、江澄は目を開けた。
     帳子が風に揺れている。
     その向こう、露台に白い背中があった。何を考えているのか、真剣な面持ちで蓮花湖を見下ろしている。
     江澄は素肌の上に掛布を羽織って、「藍渙」と名を呼んだ。
    「阿澄」
     振り返った藍曦臣はいつもの笑顔を浮かべて、素早く牀榻へと戻ってきた。
    「なにをしていたんだ」
    「湖を見ていました」
     彼は牀榻に腰かけると、江澄の頬をなでた。手のひらはあたたかく、冷えた風の感触を消していく。
    「江澄、お願いがあります」
     一転、藍曦臣の声がかたくなった。
     江澄は目を瞬いた。急に異質なものが転げ込んできたかのように、胃の腑が縮んだ。
    「正月が明けたら、雲深不知処に来てください」
    「それは、構わないが」
    「私と一緒に、祠堂に参っていただけませんか」
     静かに、熱が引いていく。
     頭からつま先まで、血の流れが凍りついていくかのようだった。
    「それから、こちらの祠堂にも」
    「無理だ」
     江澄は胸を押し返して身を引いた。
     続く言葉は聞きたくなかった。
    「そんなこと、できるわけないだろう。あなたもわかっているはずだ」
     江澄は江家宗主であり、藍曦臣は藍家宗主である。自分たちがどうなろうとそれは変えようのないことであり、変えたいとも思っていない。だからこそ、望めることには限りがあった。
    「私は、無理だとは思っていません」
     藍曦臣は江澄の両肩をつかんで、のぞきこむようにして視線を合わせた。
    「制限はあるでしょう。でも、私は」
    「聞きたくない」
     江澄はさえぎって、藍曦臣の手から逃れた。牀榻から降りて、床に落ちた衣を拾おうと身をかがめたが、指先がふるえてつかみそこねた。
     その手を横からさらわれた。江澄は藍曦臣の腕にとらえられていた。両手で頬をおさえられて、むりやりに目を合わせられた。
    「江澄、私の話を聞いて」
    「うるさいっ」
     聞いたところで応えられないとわかっている。わざわざ言わせる気かとにらみつけると、藍曦臣は思わぬ強い視線を返してきた。
    「私はあなたを雲深不知処に連れて帰るつもりはありません。宗主としての立場もわかっています」
    「わかっているなら無理だと」
    「何故です。方法はあるはずです。私はこの先もあなたと一緒にいたい」
    「だから、そんなことは!」
     無理だろう。どんなに願ったとしても、手の届く範囲でしかかなえられない。言葉をつづけられずにいると、藍曦臣がその後を引き取るかのように口を開いた。
    「無理、ですか」
     江澄は下唇をかんだ。
     藍曦臣の目から怒りの火が消えていく。
    (知っている)
     この色を。
     風のない日の湖面のように凪いだ表層の下にあるのは、きっと諦めに違いない。
    「あなたは、私との先を考えていないと?」
    「……そうじゃない」
     江澄はようやく藍曦臣がそのことを考えていないのだと気が付いた。跡継ぎについて、同じような立場だと思っていたのは自分だけだった。
     凍りついたと思っていた指先がさらに、痛みを伴うほどに冷たくなった。
    「では、何故」
     江澄は答えなかった。口に出したくない。いつかは妻を迎えなければいけない、などということはそのときが来るまで忘れていたかった。
    「私はあなたに気持ちを伝えたときから、いつかは道侶に、と思っていました。もし、あなたがそうでないのだとしたら」
    「俺と、あなたに、先があるとは思っていなかった」
     藍曦臣ははっきりと傷ついた顔をした。
     手のひらが離れていって、また、頬が冷える。
     江澄は敷布をかき合わせて、藍曦臣に背を向けた
    「客坊で待っていてくれないか。着替えたら行くから」
    「江澄……」
     しばらくして、帳子がすれる音がした。足音が遠ざかるのを聞きながら、しだいに江澄の胸は黒雲がかかるようにふさいでいく。
     江澄には譲れないものがある。
     蓮花塢が第一であるし、その次はと問われれば金凌の名を出すだろう。だからこそ、藍曦臣とのかかわりに今以上を求めていなかった。
     肩から掛布がすべり落ちた。床に丸まった白い絹を拾い上げる者はなく、素肌の肩を包み込んでくれる手のひらもない。
     先に話をするべきだった。
     ぜんぶ預けてしまう前に、応えられる範囲を確認しておくべきだった。
     求められて、浮かれて、予想していなかった自分が悪いのだ。
     江澄はのろのろと衣を身に着けた。
     その間に、赤かった空は群青色に変わってしまった。
     風も冷たさが増している。
     藍曦臣とは、この上ないほど気まずい雰囲気の中で夕食を取った。藍氏の黙食にならうかのように、一言も口をきかなかった。
     亥の刻の前に江澄は客坊を辞した。
     別れ際に藍曦臣が言った。
    「明日は、朝のうちに出発します」
    「そうか」
    「しばらく、こちらには来られません」
    「わかった」
    「しばらく……、会わないほうがいいのでしょうね」
    「そう、だな」
     江澄はひとりで自室へと戻った。
     牀榻の内に入って、整えられた敷布の上に寝転ぶ。
     夕方までたしかにここにいた人は、もう二度と戻らないかもしれない。
     江澄は顔を敷布に押し付けた。
     明日が永遠に来なければいい。彼を蓮花塢に引き止めたまま、また同じ日をくり返して過ごしたい。
     早々に昇った月は、もう西の空をくだっている。
     光の入らない房室で江澄はひとりきりだった。
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    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
    「何をしている!」
     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
     魏無羨と藍忘機は、二人を宿の二階から動かさないことを決めた。各世家の総意でもある。
     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
     江澄は眉間にしわを寄せた。
    「おかげさまで、俺は無事だったが。しかし、あなたがそ 1337

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    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
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     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

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    PROGRESS恋綴3-2(旧続々長編曦澄)
    転んでもただでは起きない兄上
     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

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    DOODLE曦澄/訪来、曦臣閉関明け、蓮花塢にて
    攻め強ガチャのお題より
    「いつか自分の方から「いいよ」と言わないといけない澄 こういう時だけ強引にしない曦がいっそ恨めしい」
     蓮の花が次第に閉じていくのを眺めつつ、江澄は盛大にため息を吐いた。眉間のしわは深く、口はむっつりと引き結ばれている。
     湖に張り出した涼亭には他に誰もいない。
     卓子に用意された冷茶だけが、江澄のしかめ面を映している。
     今日は蓮花塢に藍曦臣がやってくる。藍宗主としてではなく、江澄の親しい友として遊びに来るという。
     江澄は額に手の甲を当てて、背もたれにのけぞった。
     親しい友、であればどんなによかったか。
     前回、彼と会ったのは春の雲深不知処。
     見事な藤房の下で、藍曦臣は江澄に言った。
    「あなたをお慕いしております」
     思い出せば顔が熱くなる。
    「いつか、あなたがいいと思う日が来たら、私の道侶になってください」
     しかも、一足飛びに道侶と来た。どういう思考をしているのか、江澄には理解できない。そして、自分はどうしてその場で「永遠にそんな日は来ない」と断言できなかったのか。
     いつか、とはいつだろう。まさか、今日とは言わないだろうが。
     江澄は湖の向こうに視線を投げた。
     行き交う舟影が見える。
     藍曦臣はいったいどういう顔をして現れる気なのだろう。友というからには友の顔をしてくれ 1659

    sgm

    DONE去年の交流会でP4P予定してるよーなんて言ってて全然終わってなかったなれそめ曦澄。
    Pixivにも上げてる前半部分です。
    後半は此方:https://poipiku.com/1863633/6085288.html
    読みにくければシブでもどうぞ。
    https://www.pixiv.net/novel/series/7892519
    追憶相相 前編

    「何をぼんやりしていたんだ!」
     じくじくと痛む左腕を抑えながら藍曦臣はまるで他人事かのように自分の胸倉を掴む男の顔を見つめた。
     眉間に深く皺を刻み、元来杏仁型をしているはずの瞳が鋭く尖り藍曦臣をきつく睨みつけてくる。毛を逆立てて怒る様がまるで猫のようだと思ってしまった。
     怒気を隠しもせずあからさまに自分を睨みつけてくる人間は今までにいただろうかと頭の片隅で考える。あの日、あの時、あの場所で、自らの手で命を奪った金光瑶でさえこんなにも怒りをぶつけてくることはなかった。
     胸倉を掴んでいる右手の人差し指にはめられた紫色の指輪が持ち主の怒気に呼応するかのようにパチパチと小さな閃光を走らせる。美しい光に思わず目を奪われていると、舌打ちの音とともに胸倉を乱暴に解放された。勢いに従い二歩ほど下がり、よろよろとそのまま後ろにあった牀榻に腰掛ける。今にも崩れそうな古びた牀榻はギシリと大きな悲鳴を上げた。
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