水無月に一日一茂島梅雨入りしたという知らせが入った。斎藤茂吉は雨が降り注ぐ外に視線を向ける。
「入梅だな」入梅は梅雨入りをしたという意味だ。
梅雨が来る前に対策をうっておいたので、心配はない。
「買い物に行ってくる」
「買ってきてほしいものはある?」
医務室にいると島田清次郎と小川未明が来た。
彼等はこれから買い物に出かけるらしい。
「私も行こう」
買ってきてほしいものはと未明に聞かれたが、茂吉は二人についていくことにした。
雨が躍る外に三人で出る。
「かっこいい和傘があったし使用許可ももらったのでこれで行く」
「なくしちゃだめだからね。凄く高いものだから」
清次郎は青色の和傘を差していた。未明は黄色い傘をさしている。茂吉もあった紫色の和傘をさした。
「なくさないように術式はかかっているだろうが……雨にぬるる 廣葉細葉の 若葉森 あが言ふこゑの やさしくきこゆ」
「ここは森じゃないぞ」
「思い出したからな。新しい短歌も今ならできるが」
「さすがだな。……雨だからなんかお前の声が凄いな」
「凄いのか?」
「凄い」
行き先は商店街だ。辿り着くまでは時間がかかる。雨の中を三人で進む。声を凄いと言われたが、
「そういわれると嬉しいものだな」
素直に言えば清次郎が戸惑う。そんな二人を見て未明が息を吐いた。
食堂が止まる日は、食堂を取り仕切っている料理長が休む日である。この日は外食や自炊が推奨されているのだが、外に出たくないやご飯を作りたくない者もいる。料理が出来る文豪がまとめて食事を作るということで乗り切るところは乗り切っていたのだが、
「今日はそうめんとうどんだ。暖かいものにもできる」
「露伴先生が食堂当番ですか」
「カレー大戦が起きたからな」
斎藤茂吉が食堂に来ると幸田露伴がいた。
カレー大戦、それは文豪の中でも料理のできる志賀直哉が食堂が止まる日はほぼほぼカレーにするという日である。いつの間にかカレーが出来ているのだ。
グリーンカレーやらラムカレーやらにしてもカレーはカレーである。
ついに反乱がおきて食堂が止まる日のルールが改めて決定された。カレーは禁止。取り仕切るものが作るである。
「俺も手伝ったんだぞ」
島田清次郎が来る。手伝ってくれていらしい。
「偉いな。島田君は」
「……いちいちお前は褒めすぎだ」
「褒めたかったんだ」
「褒めることがいいことだぞ。斎藤も頑張っている」
尊敬する露伴に褒められ茂吉は嬉しくなる。清次郎も照れていた。
潜書当番は皆に平等に回ってくる。
斎藤茂吉は本日の潜書当番であった。有碍書内で刃を、槍を持っている。
「おいらが弓でドイルさんが銃で独歩さんも銃」
指環の力で彼等は武器を変えていた。指環のお陰で弓も人数が増えたと彼等を転生させた特務司書の少女が言っていた。
「弓は使い慣れてきたのか?」
「清次郎君も手伝ってくれているからもうそろそろでカンストするよ」
「島田君も図書館になじんでくれていてよかったよ」
図書館には様々な文豪がいるし、衝突もあっただろうが清次郎は馴染んでいる。
「夢野君もそうだが、図書館がよいところなのだろうね。彼がカレーで反乱をするとは思わなかったが」
「一週間に二度以上カレーだからな。ここ。食べたくない時にカレーを出されたら怒るぜ」
ドイルと独歩が言う。確かにとなりつつ最奥で侵蝕者を倒して浄化を終えた。一度戻る。
「帰ったか。さすがに早いな」
清次郎が迎えてくれた。まだ浄化作業は続くのだが、
「ただいま。島田君」
「ああ。侵蝕がなくてよかった。おかえり」
ただいまが言える相手がいる。返してくれる相手がいる。それが、嬉しい。
「川端康成が死んでしまったんだ!」
『瀕死なだけだ。勝手に殺すな』
「原因は一体……」
六月十四日、穏やかだった朝の医務室は島田清次郎の声によって静寂が破られる。テディベア姿の『くま』が呆れた様子で呟いていた。
瀕死になってしまったというが。
「徳田さんが世界で一つだけの川端さんに書いた本をプ誕生日プレゼントとして渡したので」
「……それは、瀕死になってしまうな」
本日は川端康成の誕生日である。プレゼントは彼が敬愛してやまない徳田秋声が川端のために書いて作った本だったらしい。
松岡譲の答えに茂吉は納得した。
「図書館に収めるようとは違う奴だ。俺の提案によって川端が死んでしまうとは」
「勝手に川端君を殺してはいけないよ。川端君は嬉しすぎて瀕死になってしまったようだね」
「俺のプレゼントを前座にしたのだ。アイツには好物の甘納豆をやった」
「偉いぞ。島田君」
『川端を運んでいいか?』
「構わない。充実した誕生日のようだ」
「誕生日というのはそういうものだからな!」
誕生日を祝われて嬉しかったので誰かに返すようにする。清次郎の成長を茂吉は喜んだ。
衣裳というのは今の対侵蝕者の戦いで重要な要素である。侵蝕者によっては属性を持ってしまったのでこちらも属性を付与することになり、
属性は四属性あるので切り替えも出来るようにと考えたら衣装が適格となったらしい。
「芥川君と久米君の衣装か」
「派手なのにしたんだよ」
斎藤茂吉は特務司書の少女と話していた。芥川龍之介と久米正雄に新しい衣装が作られた。白を基調とした礼服だ。タキシードである。
「機嫌が悪いようだが」
「白が苦手なだけで」
彼女との付き合いもそれなりにあるがメンタル面で苦手らしい。白い衣装が得意ではないようだ。
「俺も新しい衣装が欲しい」
「しませいさんは学ランと鎧を作ったでしょう」
「あっているが何のことだとなるな」
司書室に島田清次郎が来る。衣装は出来る限り作るようにしているがモチーフがいるらしく文豪によっては少ない。
「衣装か」
「芥川も久米も新衣裳だしな。アンタは……白衣があるな」
白と言えば白衣らしい。
「……通常状態だと衣装の力だけを見ると弱いので私も白い衣装を」
「凄い白衣か」
「それでいいかもしれないが」
特務司書の少女はそんな二人のやりとりを聞いて表情を消していた。
「白衣ハイパーは駄目」
梅雨であり、今日も雨である。
「……湿度さえなければいいのに」
「君は、何故医務室でごろ寝をしている」
「菓子を待っているんだ」
斎藤茂吉が医務室にいるとシャルル・ボードレールがベッドで転がっていた。怠そうである。
「今日は和菓子の日だから和菓子が安いから買ってきたぞ!」
島田清次郎が元気に戻ってきていた。
「僕の菓子は」
「和菓子ケーキを買ってきた」
「……わがしけーき」
「和菓子の日特製のやつだ!」
期待をしていたボードレールだったが和菓子ケーキと聞いて微妙な顔をした。
「……どらやきはあるかな」
「あるぞ」
「そちらの方がいいだろう」
日本での生活が一年ほどになるとはいえ、和菓子ケーキのインパクトにボードレールは耐えられないようだ。
「美味そうなのをたくさん買ってきた。食べるぞ」
「私とか」
「ああ。そのために買ってきた」
「それならば紅茶を淹れよう。ココアがいいかな」
ボードレールにはどら焼きが渡される。和菓子の日だからと大量の和菓子が清次郎の手にはある。茂吉も喜んだ。雨の日、だけどお茶会はとても、晴れやかだ。
今日は晴れていた。
「帝国図書館文庫の新しいのが出来たぞ」
医務室にて斎藤茂吉が書類仕事をしていると島田清次郎がやってくる。
帝国図書館文庫はこの図書館にいる文豪たちが作った作品が収録された本だ。雑誌形態のもある。
図書館は貸し出さないということを条件にいくつかの術式をかけて制作されていた。
「出来ていたのか」
「俺の新しい作品もある」
「仕事が終わったら読もう」
「疲れていないか?」
聞かれて、考え込む。
書類仕事はいつもの通りにしているし、潜書もいつものとおりであるのだが、
「疲れているのだろうか……?」
「休め。定期的に休め。茶とかないか菓子とか」
言ってみればいつの間にか茂吉のテーブルの上に珈琲と菓子が置いてあった。菓子は煎餅である。
「出してくれたのか。ありがとう」
出してくれた者は返事をしないが『くま』だと想う。
「俺の作品を読んで休め。無理なら転がっていろ」
「転がっていてもいいのか」
「お前が倒れると心配なんだ」
心配だと言ってもらえている。清次郎を心配しているのは茂吉だが、彼も彼で心配してくれていた。
茂吉は言う。
「休むことにするよ。君の作品を読んで」
仕事をためないようにしていたが、ためてしまっていた。医師組には報告書を書くというのがあるのだ。
斎藤茂吉は自分の分の報告書を書いていた。医療関係のことは医療関係のことが出来る文豪に任せているし、役割だとやっている。
「一休みしろ」
島田清次郎が盆を持って入ってきた。盆の上にはおにぎりとみそ汁がのっている。
「おにぎりか。うなぎだな」
「うな重でもよかったかもしれんが仕事だろう」
「そうだな。半分以上は終わったがまだ残りがある」
おにぎりはうなぎと塩昆布のおにぎりだ。参画に握られている。清次郎が作ったのだろうかとなる。
「君が作って」
「ああ。小川に相談しつつな。ウナギが余ったらきゅうりと酢の物ともあったが余らないだろう」
「余らないな」
清次郎が作ってくれたとなると嬉しくなるし、成長したなと言うか、そう思うときはある。たまに徳田秋声と清次郎について話すのだが、
彼が図書館でトラブルを起こしつつも前に進みながら日々を過ごしてくれるというのは大事なことである。
「食べろ」
「食べるよ」
茂吉は休憩をとることにした。
六月十九日は父の日である。
「父の日は母の日よりは盛り上がっていないな」
『それは言ってやるな』
島田清次郎が分館で『くま』と話していた。
清次郎は分館の本にブックカバーをかけている。これも練習の末上手にかけられるようになった。
「俺は父親のことは覚えていない」
『お前の父親は海難事故で死んでいたな。お前の父親は……ここだと秋声か?』
「……秋声は……俺の認める男……つまり父親でもいいのだろうか」
「ならば挨拶をした方がいいのだろうか……島田君を大事にすると」
そこに斎藤茂吉が来た。茂吉は手に紙袋を持っていたがこれは美味しいバウムクーヘンの店のものだと清次郎は知っていた。
「アンタの場合は……父親みたいなものだと伊藤佐千夫か。正岡子規か?」
「師匠はいも……弟にしか見えないし、子規先生は大先生のような」
「……秋声で言う幸田露伴か? 尾崎紅葉は見た目が……母親だし」
「どうしましたか?」
松岡譲が彼等に声をかけた。
「俺の父親が秋声として斎藤の父親は誰なのだろうと」
「私の場合、漱石先生は義父なので」
「婿養子だからな。君は。私と同じで」
「……婿養子だったのか」
会話の収拾がつきそうにないと『くま』は紅茶でも入れることにして、バウムクーヘンも食べようと準備をすることにした。
「……何をしているんだ?」
「スペアミント、取りました。温室。ミント。作ります。ミントティー」
島田清次郎が飲食室を訪れるとラヴクラフトがざるいっぱいのミントを取っていた。ミントは恐ろしい植物なのでミント温室で育てられている。
「多すぎないか」
「ミントティー。淹れます。沢山」
「それにしては……」
多いだろう、となっている。ミントティーはお湯にミントを入れて煮だして作るお茶だ。
「島田君」
「ミント。多くないか?」
斎藤茂吉が飲食室を訪れる。清次郎は茂吉に話を振った。
「多いな」
「ミントティー以外にミント、使えるのか?」
「ふむ……ミント……」
「ミント……」
三人は各々でミントと呟いていた。
その後。
「ミントを炒めるとは……ラム肉が美味しい」
「ニラとミントもいいぞ」
中島敦の裏人格が調理をしてくれた。茂吉と清次郎は美味しいと食べている。ラヴクラフトが入れたミントティーも置いてあった。
「夏が近いな。ばてそうになる」
「体調には気を付けないとな。島田君も気を付けてほしい」
「解っている」
二人でミントの炒め物を食べる。夏が、近い。