ミスターシービーの誕生日を祝う話「おめでとうございます」
ミスターシービーは彼女を担当している女トレーナーにいわれた。朝練に出た時だ。
「ああ。誕生日」
「ええ」
ミスターシービーも身長が高い方だが彼女はもっと高い。百七十センチを超えている。
「ありがとう」
「誕生日プレゼントについては決めてください」
「今?」
「後でも構いませんが、何にするべきか浮かばなかったので」
相手のことを想って選んだ誕生日プレゼントであっても外れるときは外れてしまう。
それならば、相手に直接聞いて選んだ方が早いし確実だ。今日聞くのかとなったが、聞いている暇は確かになかった。
女トレーナーはミスターシービーのこと以外も忙しいし、ミスターシービーもミスターシービーでやることがある。
「それなら、歌舞伎。一緒に見に行こうよ」
「構いませんが、渋いですね」
「好きなんだけどね。見に行きたいのを言ったら一緒に見てくれる?」
「チケットを取りますし、駄目でも手配します」
駄目でもというのは念のためだろう。
「誕生日。二人きりで祝ってほしい」
「分かりました」
「ありがと」
「……誕生日は楽しく祝うものと教わりましたので」
ミスターシービーは女トレーナーのことをよく知らない。のだが、分かっていることがある。
彼女は家族というものに対して他人事のような、こういうものなのだろうと周囲の反応で認識しているところがある。
ミスターシービーは家族仲がいい。両親は半ば駆け落ちのような状態で家を出て、彼女が生まれた。
女トレーナーがミスターシービーの両親を見たとき、こういうのが仲の良い夫婦なのですねと言っていた。
(両親が生まれてすぐに死んだとか)
いることにはいました、とか言っていた。一番上の姉や周囲に育てられたとも。
「沢山の人に貴方は祝われるでしょうね」
「トレーナーが真っ先に祝ってくれて嬉しいよ」
同室のシンボリルドルフは実家に帰っているのでいなかったし、一番最初に祝ってくれたのは女トレーナーだ。
「それならよかった。――朝練、しましょうか」
自由を愛していて、拘束や束縛されることは嫌っていて、だから”トレーナー”というものは相性が悪くて、離れられたりもしたけれども、彼女は違う。
ミスターシービーのことを面白がっていて、眩しそうにしていて、今までのトレーナーとは違う。
だからこそ、いられるだけこうしていたい。
なんてことは口には出さなくて。
「メニューの方は」
今日はとてもいい日だ。素晴らしい日だ。
ミスターシービーは祝われた誕生日を噛みしめつつ、練習に入る。