さて、次は和菓子屋だ。 繁華街のど真ん中、ビルの一回に居を構える老舗有名和菓子店に、カナヲは玄弥を伴って入っていった。ショーウインドウに並ぶ上品な和菓子をよそ目に、カナヲは店員に声をかける。
「産屋敷です。盆に使う羊羹の詰め合わせをお願いしておりますが」「産屋敷様、お待ちしておりました。こちらが品物になります」「ありがとうございます」
黒地に金色の虎が三体印刷された紙袋。それを三つ受け取って、カナヲは有名和菓子店を出た。玄弥も無言でそれに続く。
さっきまで、ワンコインの定食屋で唐揚げを山ほど頬張っていた男子中学生にしては、堂々とし過ぎている。よく来ているのだろう、と玄弥は深く考えずにカナヲの買い物に続いた。
かりんとう、最中、クッキー。銀座に点在する多種多様なお菓子の店をカナヲは機械的にはしごした。増えた荷物は玄弥にも分担してもらう。疲れたら休みなさい、と言われて兄から渡された五千円札を思い出し、玄弥に休憩を提案する。三時過ぎ。人を殺すような暑さと、冷房との気温差にやられてしまう。
兄たちと入ったことのあるビルの一角。喫茶店とは結び付かない店構えの扉を開く。おどおどしながらついてくる玄弥に、兄さんからお金貰ってるからここは出すよ、と伝え、中に入る。男子中学生にはだいぶ敷居の高い店なのだろうか。以前は兄たちと入ったので、特に何も感じなかった。
「……何頼んだらいーのかわかんねェ」
メニューを眺めること五分。音を上げた玄弥からメニューを取り上げ、ざっと眺める。
「今の気分は」「疲れた、暑い」「じゃあかき氷。味はどれ」「うーん……」「お腹すいてる?」「……少し」「じゃあ宇治金時。甘さは必要?」「……あると嬉しい」「じゃあ練乳追加でお茶はあさぎり……勝手に決めたけど、いい?」
最早、カナヲが何を言っているのかわからない。玄弥は力なく頷き、オーダーはカナヲに任せてスマートフォンを起動した。店の名前を検索。それなりに名の知れた店だということが判明した。スマートフォンから顔を上げ、カナヲの顔を視る。どうした? とでも言わんばかりの涼しい顔。一体どういう育ちなんだ。玄弥は本日何度目かの溜息を吐いた。
しばらくすると、かき氷とお茶が二人分運ばれてきた。宇治金時・練乳がけと、いちごの練乳がけ。お茶も二つ。あさぎりは玄弥に、紫苑はカナヲに。
シャリシャリと二人でかき氷をほおばりながら、口火を切ったのは玄弥であった。
「……栗花落んち、どーなってんの」
「どう、って?」「フツー、男子中学生はこんな店知らねえよ」
きょとん、とした顔でカナヲが首をかしげる。カナヲとしては、兄と来た、近くにある、かき氷とお茶が美味しかった。この三点から判明した店に入っただけで、特に他意はない。玄弥の顔をじっと見つめれば、はた、と思い出したように手を叩いた。
「そうか。僕は変な家に住んでいるかもしれない」
ふむふむ、と一人でうなずきながらかき氷を発掘する手を早める。
「何から話したらいいのかな……」「話しやすいところからでいいんじゃね」
わかった。しゃくしゃくと色の違うかき氷をほおばりながら、カナヲが話し始めた。
「僕は『産屋敷』に住んでいる。ちゃんとした町名とか番地があるんだけど、産屋敷家関連の親類が多く住んでいるから、大体は『産屋敷の栗花落』で通じるんだ。そして、産屋敷家は大きい。たくさんの家がある。その中に、僕の……栗花落の家がある。
僕の家は二世帯住宅で、栗花落の家と、胡蝶の家がつながってる。僕が生まれたのは胡蝶の家、で……実の兄さんが二人。カナエ兄さんとしのぶ兄さん」
ふう、と息を吐く。お茶を一口すすって、緑の水面に波紋が浮かぶ。
「ンー……っと、つまり、栗花落の実家は隣の胡蝶家で、胡蝶家と栗花落家は合体してて、それも産屋敷の一部、ってことか?」
「うん。大体そう」
しゃくり。カナヲが苺の果実を食べる。玄弥はあずきの部分を食べる。
「この仏具とお菓子の量、オマエんち新盆なの?」
ぴしり、と。カナヲの荷物量を指して玄弥が言った。一家の盆を迎える割には、大量過ぎる。店頭に赴かないと購入できない部分は、宅配を頼んでいた。
「……産屋敷家は合同で盆を迎えるんだ。毎年、これを用意して僧侶が来る。ヒメジマさんっていう、さっきの仏具店の縁者」
白ちょうちんは理解できる。盆が終わったら使ったちょうちんを燃やす風習がある。ただ、松の木と抹香はわからない。松の木は迎え火と送り火に焚く。初盆に初めてあの世から帰ってくる故人が、迷わないように焚くものだ。抹香は言わずもがな。初盆でもない家で、盆に焼香をすること自体がおかしい。まして、周囲の姻戚関係が薄れている現代では尚更である。
「……毎年、だれか亡くなってンの?」
玄弥は、なるべく言葉を選んで核心を突いた。カナヲは少し戸惑って、視線を逸らす。
「そういう、わけじゃないだろうけど……いかんせん、産屋敷は関連する人が多いから、毎年だれか亡くなっていてもおかしくはない、かも」
ああでも。しゃくり。一合目まで崩したかき氷が、液体になり始めている。
「カナエ兄さんなら、産屋敷家をほぼ網羅しているから……誰が亡くなったとか、知ってるかもしれない」
ぼそぼそと呟いて、二人はかき氷とお茶を飲み干した。フルーツのたっぷり乗ったスイーツは、あっさりとしたお茶で流された。
◆◆◆
玄弥の目的とした和菓子屋は、店名を伊黒という。二人の入った定食屋の近くに店を構え、最近は凝り性の店主が趣向を凝らしたカラフルなおはぎを作ることで有名になった。
「こんにちは」「失礼します」
引き戸から二人が入る。店主は作業をしていた。こちらをひと睨みし、特に接客する様子はないようだ。昔ながらの木箱に、彩鮮やかなおはぎが並んでいる。
「すみません。粒あんときなこと青のり、三つづつ下さい」
無言で店主が動く。奥からパックを取り出し、玄弥の言ったおはぎ三種類を詰めて、紐でくくる。それを三つ。会計をしている間、カナヲは店のなかでもいっとう鮮やかなおはぎを眺めていた。
ちいさな木箱に、ブリザーブドフラワーを詰めたようなおはぎが彩りあざやかに咲いている。
「栗花落、終わったぞ」「うん」
じい、と。カナヲはその芸術品に魅入られている。
「……欲しいのか」
はた。マスク越しに店主の声がした。隔てられた向こう側に立つ店主をよく見れば、きれいなオッドアイをしていた。
「いえ、ええと、きれいだなと思って、見てました」
「……産屋敷か」「は、い?」
虚をつかれたカナヲが返事をする。店主が息を吐いて、二人に座っていろと指示をした。店のすみっこに、二人でちょこんと座る。
「……何だろう」「さあ」
会話はそこで途切れた。待つこと五分。店主が、ちいさな木箱を持ち出した。
「ツユリ」「……、はい!」「これを胡蝶しのぶに」「は、い」
カナヲは言われるまま木箱をのぞき込む。中には、色鮮やかな、金魚と鶴を模したおはぎが詰まっていた。
「えっと、お代は」「貰っている。伊黒から、と言えば通じる。宇髄でもいい」
関係者だろうか。カナヲはそう判断して、伊黒からおはぎを預かった。
その日は駅で玄弥と別れ、帰路についた。屋敷へ戻り、荷物の整理をする。カナエに報告し、おつりを返そうとすると、小遣いにしていいと言われたので、そっと財布に仕舞った。小銭の中に、円形のフィルムがひとつ。紛れている。
◆◆◆
「兄ちゃん、いる?」「実弥は出かけてるぞ」「粂野サン、」
匡近でいいって。いつもそう言って、粂野――匡近は笑う。にこにことした笑みの彼は、兄の同期らしい。こうしてちょくちょくあったりするが、玄弥に直接の面識はない。
「実弥は盆に戻るってさ。今は東北に行ってる」
匡近はそう言うと、風が起こった。木々がざわめく。とある森の一角にある、古めかしい神社にて。二人は会話をしている。人好きのする笑顔を浮かべる匡近に、玄弥はなんとなく苦手意識を抱いていた。何なら、今も抱いている。
「実弥に何かすんの?」「美味しいおはぎを友人から紹介されて、兄ちゃんに買ってこようかと」
いいねいいね。匡近はにこにことして、玄弥の手を取った。俺の分もよろしく。は、はぁ。気圧されるまま玄弥は承諾の返事をする。
「あ、実弥なんだけど……帰ってきたらいつもの場所で打合せみたいだから。その後は確かフリーだよ」
風がざわめく。木々が揺れる。玄弥は鳥居を見上げた。
木製の鳥居、その上に、匡近が居る。足をぶらぶらと投げ出して、人には到底たどり着けない高さに腰かけている。
「んじゃ、またな。玄弥」
匡近が、鳥居から飛び降りた。玄弥はそれを見守っている。風が数度、巻き起こる。匡近は背から生えた翼をばさりとはためかせ、どこかへ飛んで行った。
◆◆◆