2.大池に棲む魚の怪異 60% 1/3「彼について知りたければ、大池に棲む魚の怪異を訪ねるといい。今の時間だったら、茶室にしのぶが居るはずだから」
彼に義勇を呼び出してもらいなさい。
チケットのような言葉を頼りに、アオイは大池のほとりにある茶室へ向かった。長い廊下を静かに歩いて、木材のきしむ音を聞く。湿気と使い勝手の悪さとで、あまり使われていない茶室だ。ただ、最近は
「おや、アオイじゃないですか」
どうしました、こんなところで。
振り向けば、胡蝶の次男、しのぶさまが茶室にいらした。そういえば、最近はこの茶室がお気に入りらしい。休日はいつもここにいると、カナヲが言っていた。胡蝶家の三兄弟は産屋敷でも有名である。
長兄カナエ、次兄しのぶ、末弟カナヲ。
茶の湯を嗜む胡蝶家は、三人の男兄弟に恵まれている。年が近いこともあって、アオイは胡蝶家に預けられることが多かった。
そもそも、親類は産屋敷の邸宅に預けられることが多い。幼い子どもは子ども同士で、遊ばせておくのが一番なのだろう。
茶室へ向かう廊下で、しのぶと鉢合わせたアオイは、思わず声を出した。出した声が形にならないまま、それを受けてしのぶがあいまいにほほ笑む。
「どうしたんですか。何か変なものにでも会ったんですか」
「は、ッ……い」
胡蝶の次兄は、長兄とも違う不思議な雰囲気を持っている。長兄のカナエは、明るく社交的な人物であるが、それとは対照的に、控えめでおとなしい、はかなげな人物であった。聞くところによれば、先天性の疾患を患っていて、残りの寿命が決まっているらしい。しのぶ兄さんは哀しい人なんだ、と。カナヲが言っていた。
「実は、輝利哉さまに」
どこから話したらいいのだろう。廊下を歩きながら、アオイは輝利哉に相談したことをしのぶに説明した。神崎のガレージがカナエのアトリエであること。そこに鳥の羽根が大量にあること。見知らぬ傷だらけの人物と出会ったこと。
「それで、輝利哉様には……大池の怪異を訪ねろ、と」
「……なるほど」
しのぶがぴたりと足を止める。ふすまの前で膝をつき、引き戸に正しく手をかける。いち、に、さん。三度引いて、茶室へ入る。産屋敷の礼儀は厳しい。それを正確に守る者が大半なので、自然と正しい礼儀作法が身についていく。子供たちを屋敷に集めておくのは、こういった効果を期待しているものもあるかもしれない。
静かに開いた室内へ、まずはしのぶが入る。十一月終わりの、まだ生ぬるさが残る陽気のころ。暗い色のフランネルシャツに、黒のジーンズをあわせたしのぶが、すたすたと畳を踏む。それを追って、アオイはハイウエストのプリーツスカートを靡かせた。