3.おはぎをつくる(3/3) 丸めたもち米を、粒あんで包んでいく。本当にこんな感じなのか、疑心暗鬼になりつつも参考にした画像と同じような形になっているのでとりあえずよしとする。味見は何度か行った。甘すぎない程度の味。たくさん食べるには、きっと良いと思う。もち米も粒あんも、糖質がたくさん含まれている。主要な栄養素を想像しながら、アオイはおはぎを包み終えた。
都合二十個。そのうち、形のよいものは十三個ほどになった。
「まずまずの出来でしょうか」
息を吐いて手を洗う。熱気の立ち込めた作業場もとい神崎家のキッチンは、アオイただ一人だけだった。二十引く十三は七。あまった七つのおはぎをどうしようか考えて、味見をしてもらうことにした。小さな箱に少しいびつな七つを詰めて、誰に渡すか思案する。
(しのぶさま、と、人魚さん、あたりに見ていただければ良いでしょうか)
スマートフォンをタップして、年上の親類に連絡をする。表示された通話マークを叩き、コールが六回。電子音と耳慣れた声を聴いて、アオイは口を開いた。
「しのぶさま、アオイです。はい、実はおはぎを作りまして……ほ、本当です! 作りまして、ええと……不死川さんに差し上げたいのですが、上手くできているか不安で……味見をお願いできますか。ええ、そうです。今は自宅に……はい、茶室に一時間後ですね。わかりました。持参します」
ぷつ。終話。一時間後に例の茶室へ来てください、そこで食べましょう。耳慣れた声がじんわり胸にしみて、アオイは落ち着くために一度白湯を飲んだ。
早朝から作業を初めて、すでに三時間ほど経過している。朝の九時をまわった時計を見て、アオイはひとまず軽い朝食を摂ることに決めた。
両親は生薬の買い付けついでに旅行中だ。あの神様も、そんな風に日本各地を回っているのだろうか。きらきらした雪のような銀髪を思い出して、それを少し羨ましく思った。
一時間後、アオイが例の茶室へ赴くと、茶釜に湯が沸いていた。しゅんしゅんと湧く湯を熱源にして、しのぶが茶の準備をしている。
「しのぶさま、すぐに点てますか」
「少し待っていてください」
わかりました。アオイは素直に頷いて、持参したおはぎとともにしのぶの対面へ座った。包みを開き、中身を見せる。
何の変哲もない、少しバランスの悪い七つのおはぎ。本来、六つほど入るべき容器に、七つをみっしりと詰めている。
「初めて作ってみました。みなさまのお口に合うといいのですが」
「大丈夫ですよ、アオイ。藤の雑貨屋さんで材料を調達したのでしょう」
「は、い。そう、ですが……」
なめらかな動作で、点前が始まる。器は三つ、一つはガラスで二つはいつもの茶碗だ。茶釜から煮えたった湯を掬い、二つの器に注ぐ。じんわりと温めた後、湯を零して抹茶を入れる。粉を広げ、もう一度湯を入れて、泡を編む。
かしゃかしゃかしゃ。一定の音が何度も繰り返されて、ぴたりと止んだ。
それをもう一度。暖かい茶を二つ点て、あと一つは氷で点てる。彼女は人の体温で火傷をするのだ。熱湯も例外ではないだろう。
都合三つの茶を点てている間に、アオイは持参したおはぎを小皿に分け、黒文字を添えて持ってきた。
「冨岡さん、できましたよ」
「わかった」
茶室の奥から声がして、ヒトの姿になった人魚が現れた。豊かな黒髪を跳ねさせながら、適当な着物を纏って、幼児がそうするように、てちてちと足音をたてて、氷点前の茶碗の前へと座った。
「、え」
ぴきり、と。音を立ててアオイが固まる。三人の間に、煙草の匂いが流れている。