【ハグ】熱烈なアタックを始めて早数ヶ月、ようやくその努力が実を結び、森羅と恋人同士になることが出来た。
まだ恋愛経験が浅いであろう森羅の為に交際はゆっくり慎重に進めていくと決めていた。
実際、手を繋ぐだけで頬を染めていた森羅を見ていると不埒な考えなど持てそうに無かったからだ。
焦る必要なんてない。時間が掛かったとしても、二人で歩めるならそんなことは些細な問題だ。
あの時の俺は確かにそう思っていた。
だがしかし、俺は知らなかった。いや想像だって出来るものか。
森羅がまさか、あんな風に変わるだなんて――
慌ただしい日常が終わりを迎える夜。
今はソファに腰掛けた俺の膝を枕に森羅が横になっている。
流れるテレビの映像なんか目に入らず、下からじっとこちらを見つめる紅い瞳に釘付けになっていた。
何か喋るわけでもない。たまに俺の腹筋や太腿を触ったり頬擦りしては満足そうにニコニコしている。
最初こそ、森羅は二人きりになると緊張して硬くなっていた。しかしそれも徐々に緩和されていき、次第に甘えるようにくっついてきたり、抱きついて来ることが増えていった。
恋人のそんな姿を見て喜ばない筈も無く、素直に擦り寄る森羅を俺はそれはもう甘やかした。
優しく髪を撫でたり、力強く抱き締めたり、偶にお菓子を食べさせてあげたりもした。
とにかく俺は恋人同士の甘い一時に酔いしれて浮かれていた。
事件、という程のことでもないがある切っ掛けがあった。
その日も二人きりになった途端に擦り寄ってくる森羅があまりにもかわいくて、ついやらかしてしまったのだ。
無邪気に腕に抱き着いてくる森羅に、まるで陽だまりの中にいるみたいに胸がぽかぽかしてくる。
秋樽さん、と恋人同士になった時に直ぐ約束した呼び方を、まだ少し恥ずかしそうに言われるのも初々しくて堪らない。
赤く染まる頬をそっと撫でてあげれば、幸せそうに身を委ねてくれる。そんな姿に胸が熱くなって、自然と体が動いていた。
触れるだけの、軽いキス。
無意識にしてしまったそれを、俺は瞬時に後悔した。
まだ早かったかもしれない、そもそも同意も取っていない。これを機に別れ話になんてなったらと、俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
しかし俺の焦りとは裏腹に森羅は唖然としたのも束の間、直ぐに俺の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。
「嬉しいです。初めてキスしてくれましたね」
くぐもっていたが、声がしっかりと耳に届く。
その言葉に俺は息を呑んだ。
心臓が酸欠の時のように早く脈打つ。震えそうになるのを堪えて、俺はそっと森羅の背に腕を回す。
「……嫌じゃなかったか? 」
「そんな訳ありませんよ。嬉しかったって、言ったじゃないですか」
顔を上げた森羅の表情は何処か不服そうだった。
信じられなかったんだ。初心な森羅が突然キスなんてしたら、絶対に怒ると思っていたから。
だから俺の一言でそんな顔されるなんて想像出来なかった。
でも、確かに目の前の森羅は嫌がっていないし、俺の言葉に不機嫌そうにしている。
少し森羅を甘く見ていたのかもしれない。俺が森羅に何かしたいと思うように、森羅だって俺に対して欲求を持っていてもおかしくない。
俺は安堵感と少しの罪悪感に胸を締め付けられるような気がして、思わず森羅を力強く抱き締めた。
ちょっと苦しいですと言われて苦笑いする。
力を緩めて、今度はしっかりと森羅と向き合った。
ゆっくりと顔を近づけても勿論森羅は逃げない。
そのまま唇を重ねた。
今度はその柔らかい感触と温もりを味わうように、何度も繰り返して。
その日を境に、森羅は甘えるのと同様にキスをよく強請るようになっていった。
思い出しながら口角が上がるのを止められないでいたら、森羅が急にこちらに腕を伸ばしてくる。
それが何を指し示すのか瞬時にわからずにいたら、眉を寄せて不満そうに頬を膨らませた。催促するように何度も腕を伸ばすのを見てようやく合点がいった。
腰を折るようにゆっくりと顔を近づければ、満足そうに笑う。
伸ばした腕を俺の首に回して引き寄せると、そのまま何度も触れるだけの軽いキスを繰り返してきた。
時折離れては、うっとりと酔いしれるような顔を間近でされるのが目に毒だった。
体勢も辛くなったので、体を起こして森羅を横抱きにするように膝に座らせれば、今度は首元に擦り寄って甘えだしてくる。
首筋の弱い所に森羅の吐息を感じ背筋がぞくりと震えた。咄嗟に距離を取ろうとしたが、腕が思いの外しっかりと回されていてそれも叶わない。
太腿に感じる柔らかい肉が際どい所に触れそうで冷や冷やした。
尚も無邪気に甘える森羅がかわいくて、だけど少しだけ腹正しくも感じて思わず溜め息を零しそうになる。
こんな風に甘えてくるのも、キスを覚えたのも全部が俺の所為なのだから仕方ない。
けれど少し、ほんの少しだけこう考えてしまったことを許して欲しい。
いっそ、このまま押し倒してしまおうか、と。