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    ringofeb9

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    ringofeb9

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    夏ノ雪くにちょぎスピンオフ。きっとこういう物語もあったかもしれない。完全に後付け設定。2人を軍属にするかサナトリウムに入れるか悩んで後者を選びました。
    こういうの書いてみたいなっていう試し書きです。
    昭和初期の設定なので現代にそぐわない表現や考えがありますが当時の時代背景を考慮した創作上のものですので悪しからずご了承ください。

    #麿水
    maruWater

    君ノ記憶 学徒出陣の命が出されたのは昭和18年10月のことだった。大学生の水心子正秀も徴兵検査を受けて国のために戦う――はずだった。
    「……診断に間違いは?」
     窓から海が見える診察室でレントゲンのフィルムを睨む医者を見つめながら水心子は訊ねた。
    「ないな。典型的な肺結核の所見だ」
     カルテに万年筆を走らせながら金髪の医者は答えた。
    「では、国のために私は戦えないということか」
    「そうなるな。大人しくここで療養してもらうことになる」
    「……」
     水心子は俯いた。結核患者は徴兵の対象にはならないから命を賭して国のために戦うことは出来ない。
    「そんな体で戦地に赴くと、あんたが結核を広めてしまう可能性がある。そうなるとこの国は戦力が大きく削られる」
    「確かにそうだが……」
     無念でならない。俯いたまま水心子は口籠った。
    「東京からわざわざ茅ヶ崎まで汽車で来て疲れただろう。看護婦が病室まで案内するからそこで今日は休めばいい」
    「……わかった」
     医者の言うことは間違っていない。水心子は診察に同席していた看護婦に連れられて病室を出た。病棟は2階立てで、2階は個室になっている。今回は大部屋と聞いているから水心子の病室は1階の6人部屋だった。
     同室の人に軽く会釈して用意された窓側のベッドに水心子は向かう。日光を浴びられる上に海もよく見える。
    「隣は……誰かいるのだな」
     右隣のベッドは空だが誰かが使っている形跡がある。
    「水心子さんと同じ大学生の子ですよ」
     看護婦が教えてくれる。
    「そうか。同じ境遇にあるという訳か」
     話が合いそうな気がする。知り合いがいないから仲良くなれそうな気がする。荷解きをしながら水心子は隣のベッドを使っている大学生が戻って来るのを待った。


    「戻って来ないな……」
     夕飯の時間が迫っても隣人は戻って来なかった。探しに行こうと水心子は患者用の通路から外に出た。
    「そういえばどんな子なんだろう……」
     隣の大学生の顔を当然水心子は知らない。
    「ん……? 今の音……」
     近くから弦を弾くような音が聞こえる。音の出所を探していると赤く色づいた葉桜の木の下で誰かが座って何かを弾いているのが見えた。水心子は木へ近づく。
    「僕に何か用かい?」
     木の幹にもたれかかりながら顔を上げた人は水心子と同じ年くらいの青年だった。赤紫の瞳を細めて笑い、ふわりとした淡い紫の髪が風に揺れる。
    「あ……。いや。用という訳では……」
     水心子は気まずそうに目を逸らした。
    「……君、歌は得意かい?」
    「え? 得意……ではないと思う」
     体を冷やさないように巻いてきた紫の襟巻きで口元を隠しながら水心子は答えた。
    「そっか。でも、上手い下手よりも楽しむのが一番だからね。歌ってよ。僕の隣、座って」
    「……」
     渋々と水心子は青年の隣に座った。
    「赤とんぼは知っているかい? 夕焼け小焼けの赤とんぼ」
    「ああ。知っている」
    「良かった。じゃあそれにしようか」
    「ところで、その楽器は何だ?」
     水心子は清麿が持っている無花果を縦に割ったような楽器を指差した。
    「マンドリンだよ。イタリアの弦楽器。大学の部活で弾いてたんだ。療養のお供に連れてきたんだ」
    「では、貴方も結核で……」
    「うん。そうでないと、今頃戦場に送られてるよ」
    「徴兵検査で引っかかったのか?」
    「いや。僕はひと月前からここにいるよ。君は、徴兵検査に引っかかったのかい?」
    「ああ。季節の変わり目に風邪を引いたのかと思ったら結核と言われたからここへ来た」
    「そっか。こんなことを言うのもおかしいかもしれないけど、良かったね」
    「どういう意味だ?」
     水心子は眉間に皺を寄せた。
    「だって、ろくな訓練をしないまま戦場に送られて無駄死にしなくて済むじゃん」
    「貴方は何を言っている? この国のために戦いたいとは思わないのか?」
    「勿論、思ってるよ。でも、勝ち目のない無謀な戦いに参加して死にたくない」
    「この国が勝てないとでも?」
    「逆に君は勝てると思っているのかい? 僕たちよりも体が大きく、十分な訓練を積んだアメリカの兵隊に、付け焼き刃の訓練をしただけの学生が勝てると本気で思っているのかい?」
    「当たり前だ。神風が吹いてこの国は勝つと言われて――」
    「吹かないよ。それだったら今頃学生は戦場に送られていないし暮らしも豊かになっているはずだ。そんなことより、君の歌を聴かせて――」
    「断る。男でありながらそんな軟弱な考えを持つ貴方とは付き合えない。私は帰る」
     水心子は青年の元から去って行った。
    「わからず屋さんだね。彼の歌、聴いてみたかったのに……」
     青年――源清麿はマンドリンをケースにしまった。夕飯の時間が迫っていることに気付いたようだ。ケースを抱えて清麿は病室へ戻った。


     気まずいことになった。水心子は布団を被って寝たふりをした。空いていた隣のベッドを使っていたのは夕方に会った青年だった。あんな別れ方をしたから顔を合わせづらい。
    (……まさか、隣の子とは思わないじゃん……)
     療養生活初日にして早くも心が折れてしまいそうだ。家に帰りたい。療養するなら景色が綺麗なところで、と両親が見つけたのが海の見えるこの場所だった。
    (部屋、変えてもらえるように明日、頼んでみようかな……)
    目を閉じて灯りが落とされるのを水心子は待つ。その間に寝落ちてしまった。


    「……寒い」
     深夜に寒気を感じて水心子は目を覚ました。灯りが落とされた部屋は暗くて何も見えない。窓が開いているのかと思い、手探りで探すも冷たい硝子に触れたから開いてはいないことがわかる。
    「確か、半纏を持ってきたからそれを――」
     水心子が鞄から半纏を取り出そうと動くと咳が出た。ここに来る前から咳は出ていたが風邪を引いたのだと思っていた。今回もすぐに治るだろうと思っていたがどうにも長引く。水心子は掛け布団で口を覆って何度も咳き込んだ。ぎゅっと目を瞑る。
    「大丈夫かい?」
     誰かが声をかけて背中を摩ってくれた。次第に咳が治っていく。
    「……ふう」
     水心子は閉じていた目を開けた。布団に赤い染みが少しついていることに気づいて驚いたのか固まっている。
    「喀血は初めてかい?」
    「う、うん。今までなかったから。……やっぱり僕、結核なんだね。風邪かと思ってたのに……」
     漸く医師の診断が現実味を帯びてきた。水心子の瞳から涙が一筋、頬を伝った。
    「僕も最初は、君と同じだった。驚いちゃうよね」
    「うん。びっくりした……。背中、摩ってくれてありがとう。えっと……」
    「清麿。僕の名前は源清麿。君の名前も教えてくれるかい?」
     ハンカチで水心子の涙を拭いながら清麿は訊ねる。
    「僕……じゃなかった。私は、水心子正秀と言う。感謝する、清麿」
    「どういたしまして。これからよろしくね、水心子」
     優しい声に水心子は安堵したように清麿へと倒れ込む。清麿は水心子の熱い体をゆっくり寝かせて布団をかけてから病室を出た。


    「……」
     窓から差し込む陽光が眩しい。水心子はゆっくりと目を開けた。
    「おはよう、水心子」
    「――!?」
     目線の先には昨日会った青年がいた。水心子は飛び起きた。額に乗せていた手拭いが落ちる。
    「その様子だと熱、下がったみたいだね。良かった。昨日の夜中に気づいて先生を呼びに行って正解だったよ」
    「ど、どうして僕の名前知ってるの!?」
    「え? 昨日、教えてくれたじゃん」
    「昨日……あ!」
     そこで水心子は背中を摩ってくれた相手が清麿だと気づいた。
    「あれ、君だったの!? 暗くて顔が見えなかったから気づかなかった……」
    「そうだよ。ところで、僕の名前は覚えているかい?」
    「う、うん。……源清麿。それで合ってるよね?」
    「合っているよ。年も同じくらいだし、清麿って気軽に呼んでよ」
    「いいの? ……じゃなかった。それでいいのか?」
    「構わないよ。名字で呼ばれるより下の名前で呼ばれることの方が多いから」
    「わ、わかった」
     水心子は咳払いをした。
    「改めて、よろしく頼む、清麿」
    「こちらこそ、よろしくね」
     清麿は微笑んだ。
    「昨日はその……すまなかった。貴方の考えを否定するようなことを言って。世間には様々な考えを持つ人がいるから、そう思う人間がいてもおかしくないと今となっては思っている」
    「いいよ気にしなくて。僕の考えが異端なのはわかっているしね。……ところで水心子。君の体調が回復してからでいいから、歌を僕に聴かせてくれるかい? 昨日、聴けなかったから」
    「え? 僕、そんなに上手くないと思うんだけど……」
    「上手い下手の問題じゃなく、楽しむのが大事だから気にしなくていいよ」
     清麿はまた笑った。
    「き、清麿がそう言うのなら……わかった」
    「良かった。……熱、また上がるといけないから一旦横になろうか」
     清麿は水心子を寝かせた。


     これは、海の見えるサナトリウムであった、もう1つの物語――。
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