ジュンくんに会うのが待ち遠しくて、でも迎えに行くほどの時間もなくて、せめてもと寮の門の前で待っていた。車から降りたジュンくんを見た時に、酷く懐かしい気持ちと、これはジュンくんではないという違和感が脳を掠めた。
「あれ、おひいさん。待っててくれたんすか?ただいま帰りました」
「たまたまだね、おかえりジュンくん」
ずっと、体の大事なパーツがどこかに行ってしまったかのような苦しみで胸が痛かった。今すぐにでも抱きしめたくて、もっと近くに寄りたくて、でも寮だからって我慢している。ぼくの口からは勝手に近況報告だとか、いつものわがままが出ていくけれど、なんだかいつもの調子ではないような気がしてならない。ジュンくんが寮の部屋の鍵を開けるのを見守ってから部屋に戻ろうとしたら、サクラくんいないんでどうぞ。と扉を開かれた。
「うん、じゃあお邪魔しようかな」
「ていうかいつも勝手に入るじゃないですか、なんで今日に限って遠慮してるんです?」
わからない。ジュンくんに今までしてたのと同じように振る舞いたいのに、自分でもどうしてこうなってしまっているのか、何も分からなかった。
「失礼だね!久しぶりに帰ってきたんだから、お部屋でゆっくりしたいかなって、気を遣ってあげてたの!」
結局家主よりも先に入って、ジュンくんのベッドに転がる。ジュンくんがいなかった間に、今までの痕跡がすっかりなくなってしまったみたいに柔軟剤の香りだけが広がった。
「おひいさん、抱きしめていいですか?」
自分のベッドに転がった恋人を見て我慢できなくなったのだろうジュンくんが、いつの間にかベッドの端に座ってそう問うてくる。いいよ、と口の動きだけで伝えると、覆い被さるように抱きしめられた。いつもと違う匂いがする。
「あ〜……あんた変わんないっすね」
ぎゅう、と腕に力を加えられて、首筋に頭を埋められる。髪が当たってくすぐったい。なんだか無性に寂しくなってしまって、ジュンくんの頭を強く自分に押し付けた。気分がおかしくて、心がざわざわしている。
ぼくの半身は、もうかたちを変えてしまったのかもしれない。今まではぼくにぴったりはまっていたのに、もう今は上手くはまらない。くるしい、かなしい。会う前はあんなに寂しくて、ずっと会いたくて、抱きしめて欲しくて、愛し合いたくてたまらなかったのに。あぁ、会わなきゃよかったかも。
嫌な後悔が頭を回って、ジュンくんがそばにいるのにジュンくんに会いたくてたまらなくて、辛くてしょうがない。
「ね、もう離して……」
できる限り優しく、バレないように、仕事があるとか言って誤魔化したかったのに。声色は十分に冷たくなってしまって、ぼくの内心を反映されるに足りてしまった。
「は、あんたどうしたんですか?」
心配と怒りと悲しさが内包された、分かりやすい声だった。ジュンくんは、声色に感情を乗せるのが上手いのは変わらないんだねと少し懐かしいような気持ちになる。
「ごめんね、この後仕事だから……部屋に戻って支度しないと」
「……オレ、部屋まで送っていきますよ」
「ううん、ジュンくんはこの部屋で大人しく、ゆっくり体を休めることだね!」
よかった。この声の冷たさを、ジュンくんはぼくが彼と離れることを寂しがっていると解釈したらしい。仕事という単語に大人しく力を緩めて起き上がったジュンくんを軽く押しのけるように、バレないぐらいの速度で、ぼくは逃げるように部屋を出る。
仕事が終わったら会えますか、と聞くジュンくんの声は、聞かなかったことにした。
仕事なんてないけれど、誤魔化して逃げた以上は仕事に出たていにしなければ。本当は上着を取りに戻った部屋でくつろいでしまいたかったけれど、そうもいかない。さて、どこへ行こうかな。最近できたカフェは、ジュンくんと一緒に行こうと思って楽しみにしていた。それに、お気に入りのカフェの新商品だって、ジュンくんと食べたい。仕方がないから、ESビルに向かって何となく歩くことにした。着くまでにどこか暇が潰せそうな所があれば寄ればいいし、暇そうな人がいたら捕まえればいい。歩き慣れた道を進む度、ジュンくんとここに来たなとか、あのお店は新しくできたからジュンくんは知らないんだなとか、たくさんジュンくんのことを考える。まさか、離れていた時よりも寂しさを強く感じるなんて思ってもみなかった。あの子の成長は嬉しいし、海外での経験がより彼を強くしたのだなと思う。でも、彼の変化に脳が追いつかないのも事実で。
「あーあ、もうぼくのジュンくんじゃないのかな」
どうにもさみしくて呟いた言葉は、誰の耳にも入らない。