Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    あらうみ

    れんごくさんが好きな腐った字書き。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 24

    あらうみ

    ☆quiet follow

    小説です。短め、甘めの現パロ。猗窩煉ワンドロ「酔う」「噂」「火傷」三つとも詰め込みました。

    #猗窩煉

    君にくらくら 二日と開けずに社会科準備室に顔を出しては「恋人になれ」「キスしたい」「一泊でどこか行かないか」などと呆れた誘いを続け、隙をついてあちこち触ってきていた、素山猗窩座という問題男子生徒が、ぱったり姿を見せなくなって、三週間が過ぎた。

     歴史担当教師の煉獄杏寿郎には、社会科の選択が地理である彼と、日常的には接点がない。「転校はしていないはずだが」「まさか重病。いや、事故か」と心配になってきた頃に特徴的なピンクの髪の後ろ頭を校庭の片隅に見かけ。

     「学校には来ているのか」「では俺が何か傷つけるようなことを言ったとか……?」と、闖入者のいない静かな準備室でふと考え込んでしまう時間が増えてきた、そういったタイミングで、その噂は杏寿郎の耳に届いた。

    「胡蝶さんが猗窩座くんと付き合ってるってマジ?」
    「あたしも聞いた。もと生徒会長と不良。話、合わなそ」
    「でもビジュアルは合ってない?」
    「あー、綺麗すぎて迫力ある的な?」
    「なんか強そう。控えおろうって感じ」

     あはは、何それ、と無邪気に笑いながら横を通り過ぎていく女子生徒たちを振り返らずに見送って、杏寿郎は廊下の真ん中で固まった。

     まさか。だって彼は俺を好きなはずで。勝手に他の人と付き合うなんて。俺は、俺は何も聞いていない。

     頭の中いっぱいを占めてしまった「裏切られた」というショックがどれだけ理不尽なものなのか、もちろん杏寿郎自身が一番よくわかっている。恋人になれと言われれば「ならない」と答えてきたし、「キスしたい」と言われれば「ふざけるな」と一蹴したし、「一泊で旅行」は聞こえないふりで無視をした。だって、今のところ彼は生徒で、俺は教師だ。受け入れられるわけがない。

     ヨロヨロと窓辺に手をつく。放課後でよかった。これから授業ができる心境じゃない。無理。

     とりあえず落ち着こうと中庭を見下ろせば、噂をすれば影とはよく言ったもので、ピンク髪と黒髪の見た目のよいカップルが、肩を寄せあって帰宅している。小柄な女子生徒である胡蝶しのぶが、顔を上向けて何かをしゃべるのに、猗窩座はやや頭を傾けて聞いていて。猗窩座が何かを言い返すと、胡蝶は呆れるような顔をした後、楽しそうに笑って彼の腕を軽く叩いた。猗窩座も笑っている。

     へえ。あんな顔もするのか。なんというか。

    「セイシューンって感じだよなぁ」

     後ろから話しかけられてビクっとする。同僚の美術教師が、いつの間にやら隣で中庭を見下ろしている。

    「やたら懐かれてた煉獄先生としては、ちょっと寂しい感じ?」
    「………………いや」

     中庭から目をそらし、同僚の目を見て、杏寿郎はにっこりと笑った。

    「お似合いじゃないか」
    「なんだ。修羅場になるかと思ったのに」

     同僚は、「あたしを捨てたの!? おまえとはなんでもねえよ。ひどいわ、ただの遊びだったのね!」 と、芝居がかったワンシーンを演じてみせる。杏寿郎は密かに傷つきながら苦笑して、調子のいい同僚の肩を拳で軽く叩いた。

    「修羅場などあるわけないだろう。本当に……」

     君のいう通り、あんなのは、生徒という安全圏からちょっかいを出して生真面目教師をからかっていた「ただの遊び」で。最初から「なんでもなかった」のだ、きっと。というセリフは飲み込んでおく。

    「熱病が冷めたのなら、それが一番いいだろう」

     では、と会釈をして、「つまんねーの」と唇を尖らせる同僚に肩をすくめ、杏寿郎は社会科準備室へと引っ込んだ。





     ……以上が、杏寿郎が現在ただいま珍しく飲みすぎてしまっている理由である。

     正義漢気取りの煉獄先生が、失恋してやけ酒か。自嘲の笑みが浮かんでしまう。しかも自分にぞっこんの相手を振り回しているつもりが、実はこちらの片想いだったという、格好悪いことこの上ない顛末。恥ずかしい。まったくもって情けない。同僚が同じことをしていたら、俺はどうする。「酒ではなにも解決しないぞ、第一身体に悪いではないか!」そんなことをしたり顔で言うんじゃないか?

     杏寿郎は徳利をガッとつかんで持ち上げた。正論屋め。聞きたくない。わかっている。わかっているのだそんなことは誰だって、言われなくとも!

    「……もう一本ください!!」
    「アイヨッ、熱燗一丁入りやしたッ!」

     行きつけの店に寄る気にはなれなくて(あれ先生、何かあったんですか、なんて言われたら恥ずかしくて悶死する)、杏寿郎は学校を出たあと、自宅とは逆方向に歩き出した。モヤモヤを持て余すまま、闇雲に歩いて歩いて、なんだかいい感じの赤ちょうちんを見つけて飛び込んだのが二時間前。テーブル席はほどよく埋まっているものの、四人も座ればいっぱいの狭いカウンターには人影がなく、杏寿郎はいい意味で店員にほったらかされたまま杯を重ねている。

     すぐにぬるめの燗が到着し、杏寿郎は猪口を満たしてぐっと煽った。七合いったか、六合目だか。もうわからないが、酒は傷ついた人間にいつも優しい。頭の箍を外して、素直な自分と向き合える。

    「好き、だったんだなあ……」

     少しずつ変化していった、彼に対する気持ちを思い返す。
     変わった生徒だな、ちょっと問題行動が見られるな、でも意外と繊細なところもあるのだな、勉強も部活も頑張っているな。と、好ましく思うようになって。

     なんだか彼と話していると楽しいな、顔がきれいで可愛いな、艶のあるいい声をしているな、とても素敵な男の子だな。などと、教育者にあるまじき感情が混じってきたのはいつのことだったか。キスをしたいと言われた日など、薄くて紅いあの唇はどんな味なのだろうと、想像だけで唇が火傷したように熱くなったものだ。

     毎日のように口説かれて、頭の中が少しずつ彼で塗り込められていった、この二年間。酔いに朦朧としている杏寿郎の瞳に涙が滲む。恋愛とはとんと縁のなかった二十五年間で初めての、もう認めてしまうが、ウッキウキな毎日だった。彼が卒業したらお付き合いできるものだと、バカみたいに頭っから信じていたからな! この童貞は!!

     ふう、と息を吐いて、杏寿郎は飲み干した猪口をそっと卓に置いた。楽しい時間をありがとう、猗窩座くん。どうか幸せになってください。猪口に向かってぺこりと頭を下げる。こんなおじさんではなく同い年の女子生徒のほうが、そりゃ幸せになれるに決まっている。俺は彼女がいなかったから知らないけれど、多分そうなのだ。

    「おかいけい、おねがいします…………」
    「あいよ、どうも! お兄さん、お通しだけで七本もよく飲んだねえ」
    「はは……すみません」
    「いいよいいよ、そんな日もあるよ、男には! あい、四千円、ちょうどいただきました!」

     またいらっしゃい、と暖かな声に背を押されて店を出る。ふらふらと視界はかすかに揺れているが、足を取られるほどではない。杏寿郎は、空を見上げて、ほうっと息をついた。季節はいつしか深秋で、薄手のコートではそろそろ寒い。

     星が綺麗だ、と思う。もう随分長いこと、無為に空など見上げたことがなかった。知らない街、知らない道、そしてひさびさの星空。こうして今、自分が楽しんでいる発見のすべてが猗窩座がもたらしてくれたものだと思うと、杏寿郎は失恋にすら感謝したいと思った。君に逢えてよかった。おかげでいい店が見つかったよ、猗窩座。

    「さて……帰るか……」

     土日を挟んで、月曜になるまでに、もとの通りの煉獄先生に戻らねばな。青春カップルの寄り添う姿を見れば胸は痛むかもしれないが、それも彼が卒業するまでの四ヶ月ぽっちのことにすぎないのだから。

    「まあ…………しんどいけど…………」
    「マジか、本当に杏寿郎だ」

     肩を丸めて歩き出した杏寿郎を、背中越しにひょこっと覗きこんで来る、睫毛の長いきれいな顔、ピンクの髪。猗窩座。嘘だろう。噂をすれば影すぎないか、というかあの諺は脳内会話でも有効なのか!?

     杏寿郎は一瞬ぽかんとした後、しゃきっと背筋を伸ばした。生徒の前で情けない姿を見せるわけにはいかない。

    「偶然だな、素山! 君の家はこの辺りか!」
    「うっわ酒くさ、そして声デカ」
    「……ちょっとそこで飲んでいて! いいだろう、金曜の夜なんだから、明日は授業はないし、それに」
    「別に責めてない。偶然というか、あの居酒屋、俺の親戚の店なんだ。週末は奥で皿洗いと下ごしらえのバイトに入ってる。おまえっぽい横顔が見えたからちょっと出てきた」
    「おお、そうだったか!!」
    「声、デカいって」

     苦笑する猗窩座をしみじみと見る。黒のパーカーにジーンズ、お仕着せのエプロンというシンプルな格好なのにやたらキマっていると思ってしまうのは、惚れた弱みか、彼の元がいいのか。

    「ふふ。似合っているな」
    「このエプロンか? やめろよ、からかうの」
    「ふふ。でも、本当に。ふふふふふ」
    「めちゃくちゃ酔ってるな。大丈夫かよ、杏寿郎」
    「大丈夫だ!!」
    「うるさっ!」
    「そして、おめでとう、素山……」

     足元に視線を落として泣き笑いのような顔をする杏寿郎を、猗窩座は不審な顔で覗き込む。

    「俺、推薦組じゃないから、受験、まだだけど」
    「知っている。そうじゃなくて、胡蝶のことだ」
    「しのぶがどうかしたか?」

     下の名前で呼んでいるのか。杏寿郎の目にまた涙がじんわり滲む。いかん。酒は傷心者を素直にするが、効果が高すぎて感情のコントロールを奪ってくるのだ。七合はちと飲みすぎた。

    「つ、つ、つ」
    「つ??」
    「付き合って、いるのだろう! だから、おめでとうだ」
    「ああ……なるほど」

     否定しない。やっぱりそうなんだな。ほんの少し残っていた、あんなのただの噂じゃないかと期待する気持ちが霧散する。

    「……胡蝶は。真面目でいい子だから。きっと君にも得るものがある」
    「そうか、おまえ……」
    「うん。だから」

     だから俺のことは気にするな、と、口からすべりそうになった言葉をかろうじて飲み込み、それと同時に涙がぽろりとこぼれて、杏寿郎は慌てて袖で目頭を拭った。

    「ええと、だから。だから俺はもう行く。帰る。また学校で!」
    「おまえ、そんな理由で飲みすぎたんだなあ」

     可愛すぎるだろ、と、ため息のような声が聞こえた直後、杏寿郎は凄まじい力で引き寄せられ、抱きしめられていた。胸と胸が合わさる、初めての感触。人に抱きしめられるとはこんなにも気持ちがいいものなのかと、杏寿郎はされるがままに力を抜いた。ダメだ突き放せ煉獄杏寿郎、生徒と教師で、こんなのはあるまじき行為で。わかってる。だから、わかってるんだよ、最初から、俺だって。君は少しの間、黙っていてくれ!

    「何をブツブツ言ってるんだ?」
    「ちょっと脳内会議を……」
    「変なやつ。おまえ酔うと子供みたいだな。泣いてるし」
    「泣いてない。目から酒があふれてるだけだ」
    「こわっ」
    「でもそうなんだ。そういうことにしてくれ」
    「はいはい」

     ぎゅ、と抱きしめたまま、よしよしと背中を撫でられる。気持ちがいい。杏寿郎は、深く息を吸い込み、そしてぎゅっと猗窩座を抱き返した。もうどうにでもなれ。この思い切りの良さがまた酒の勢いの悪いところではあるのだが、後悔するのは明日でいい。

    「浮気者だな君は。胡蝶がいるのに俺をこんな」
    「浮気じゃないし、しのぶとは付き合ってない。ただの噂だろ、そんなの」
    「でも一緒に帰ってた。男女が下校を共にするのは付き合っている証拠だ」
    「童貞みたいなこと言うなよ。友達だって一緒に帰るだろ」

     ぐ、と詰まる。童貞だからな! とは酔っていても言いたくない。

    「しのぶは体育の冨岡が好きなんだ。激ニブ教師に惚れたもの同士、傷を舐めあったりがっかりエピソードを話して盛り上がったりしているだけだ」
    「それだけか?」
    「あとは作戦会議だな。押してもダメなら引いてみろってあいつが言うから、しばらく準備室には行かずに禁杏寿郎してみた」
    「子供の浅知恵め…………」
    「でも効いただろ?」
    「全然まったく効いてない。いいか、二度と俺に駆け引きを仕掛けるな。卒業までおとなしく待っていてくれ、頼むから」
    「ばっちり効いてるじゃないか。おまえが音を上げるとはなあ」

     嬉しい、と。素直な声がしてますます強く抱かれ、杏寿郎も素直に「うん、俺も」と答える。朝になれば絶対に思い出して悶絶必至の、可愛らしい声で。

     猗窩座は、やばいもう戻らないとと、名残惜しげに身体を離し、杏寿郎の両肩をつかんだ。

    「杏寿郎、今日会えてよかった。おとなしく卒業まで待つから約束をくれるか?」

     もうこうなったら同じことだと、杏寿郎も襟を正す。

    「わかった。俺も男だ。素山、卒業したら、俺と―――」
    「言葉じゃなくて」
    「え? …………んっ!」

     押し付けられた唇の熱さに、杏寿郎はまんまるに目を見開いた。柔らかく甘いふたひらの紅い花びらが、そっと杏寿郎の上唇を食んで離れていく。

    「酔って忘れちゃいましたは通用しないからな」
    「…………ひゃい」
    「月曜、また準備室に行く。安心しろ、勉強するだけだから」

     じゃあな、気をつけて帰れよと、紅潮した頬で照れくさそうに笑って踵を返す、愛する生徒兼将来の伴侶を、杏寿郎は呆然と見送った。キスしたくらいで結婚を考えるのは童貞っぽいだろうかと思わないでもないけれど、いいのだ、今は。酔っているから。

    「火傷よりずっと熱かった……」

     唇を人差し指でなぞり、杏寿郎は長いことその場に佇んで。
     うん、とひとつうなずいて、ときどきスキップなどしながら家へと向かったのだった。


     翌朝の目覚めはとても幸せで、そしてひどいものだったという。
     


    ――― 終わり ―――
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💖💖💒💒😭💘🙏💒👏🇱🇴🇻🇪☺💒💞💒💒💒💒💒💒💒💒💒💒😍💒💒☺👍👏💒💕💕💕💖💖💒💒💒👏👏👏💗💗💒☺😍👏👏💖💖💒💒💒🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    あらうみ

    DOODLEキメステ(遊郭潜入)について思ったことをつらつらと😊
    解釈違いはスルーしてくださいませ。
    キメステ(遊郭潜入)感想キメステ今回もおもしろかったので、備忘録的に感想など。七千字を超えたのでお時間あるときにどうぞ。

    ※TOKYO DOME CITY HALLで生観劇1回、映画館でのライビュ1回行っただけなので抜けやらなんやらあると思います。すべて個人の感想&解釈なので、合わないところはスルーしてください。

    ※これを書いた人間は普段、100人も客が入らない箱で当たり外れの激しい小劇場演劇ばかり見ていて、大型の商業舞台をよく知りません。的はずれなこと言ってたらごめんなさい。


     * * *


     本番前から舞台上を役者さんがウロウロしているのすごく楽しかったです。ワクワク感が高まる!

     開演直前、アンサンブルの俳優さんから「スマートフォンを切ってね」などのアナウンスがあったのですが、その人がはけていくとき「ヒロさん!」と男性のツレに呼ばれていて、ああああなたがあの堕姫ちゃんの帯に建物ごとすっぱりやられて「ギャアアッ、ひ、弘さん、嫌ァァ!」と遊女に叫ばれていた、あのヒロさん! まだお元気そうで……案内までしてくださって、ウッ、頑張ってください(?)という気持ちになりました。
    7500

    related works

    recommended works

    ほしいも

    DONE緊急時連絡先届けと猗窩煉
    ■現パロ、同棲
    食事を終えると、食器洗いは恋人の担当。これは卒業を機に同棲を始めた恋人と、一緒に住み始めてから六日後に決まったルールだ。食事の準備は俺、食器の片付けは恋人、日々の掃除は分業だけれど、恋人は大雑把なところがあるのでこれから話し合いが必要だ。同棲を開始して間もなく一ヶ月目を迎えるというその日、水撥ねを嫌う割りに勢いよく流れる蛇口の水音に紛れて恋人の声が届く。流水の音に負けない、よく通る声だ。良く通る声なので、しっかりと聞こえたその問いかけに一瞬耳を疑った。
    「電話番号、教えてくれないか?」
    「は?」
    「君の連絡先、知らないから。」
     知らないなんてこと、あるんだろうか。真面目な顔をして何処か抜けている事の多い恋人だ、控え忘れていたとか、消してしまったとか、そういう事かもしれないと考えを巡らせる。巡らせた結果、確かに普段のやり取りはメッセージアプリしか使わない、個人の番号にコールしたことはなかったかもしれない。本当の本当に、知らないのだ。
     案の定、水飛沫で部屋着のシャツを濡らしている恋人が、俺が就職祝いに贈ったビジネスバックからクリアファイルを取り出して隣に腰を下ろす。ビジネスバックよりも 1509

    ほしいも

    DONE下着と猗窩煉
    ■現代パロディ
    ■芸能人を想定しています。自分のデザインの下着が発売されるひとたちの二人です。
    ベッドの上に朝陽が射している。
     顔の上に落ちる一本の光りの線が眩しくて、カーテンをしっかりと合わせなかった昨夜の自分に向けて頭の中で文句を告げる。目蓋を押し上げるとすっかり明るい室内に、昨夜から点けたままにしている常夜灯がほんのり橙色に色付いているのが目に入った。カーテンの隙間から差し込む一筋の光りが、きらきらと空気中に浮かんだ埃に反射してきらめいている。

     目覚めの良さには自信があった。少なくとも、隣で眠る恋人よりはずっと。恋人は昼夜逆転の生活が長かったせいか、元来の性分か、その寝起きの悪さは心配を越えて笑えてしまう程だった。
     そんな寝穢い恋人の腕の中で、彼よりも少しだけ早く目が覚めた。枕元に転がしたままのスマートフォンを手に取ると、真っ赤なハードカバーを付けた彼のものだった。気にせず画面をタップして時計を確認すると、ロック画面に設定されている自分の写真と目が合う。先週発売したばかりの雑誌の表紙だった。しっかりと着込んで、見た目を整えた自分がそこに居て、一糸も纏わずに寝癖もそのまま、喉の渇きと陽の眩しさで目を覚ます怠惰な自分が見つめ合う。

    「…素山、素山。」
    「……まだ。」
    2704