休息は朝から片付けていたドクターの承認が必要な案件を片付けて、手伝ってくれていた本日の秘書役であるオペレーターへと労いの言葉を向ける。
「おつかれー、ありがとー」
「いえいえ。ドクターもお疲れ様です」
「助かったのはこっちだからね。とりあえず、差し迫ったものはこれで全部終わったから今日は業務終了でいいよー」
「ありがとうございます。ドクターも、今日は休んでくださいね」
それでは失礼いたします、と執務を出て行ったオペレーターを手振って見送った。
執務室。
デスクに広げていた書類や端末を片付けて、ドクターはくるりと身体の向きを変える。
「ふっふっふ・・・・・・お・ま・た・せ」
語尾にハートがついていそうなくらいに幸福を滲ませる声。
ドクターの前には執務室に備え付けた小さな冷蔵庫がある。
パタンと扉を開けば、美しい色合いのケーキが待ちわびたようにドクターの目に映った。
グムが試作という名目で作ってくれたケーキ。
「はぁあああ、このケーキのために私はお仕事頑張ったんですよ!」
ウキウキと冷蔵庫から取り出して、頭上高くに掲げ上げ、華麗なターンを決めながらソファーへと至福の時間の準備を始める。
あと用意するのは紅茶かコーヒー。
今はなによりこのケーキを食べてしまいたい。
手早くケトルで沸かした湯でインスタントコーヒーを作り、ポスンとソファーに座るとフォークを一刺し切り取った。
「ぁーン・・・・・・ンーーーーおーいしーーーー!」
歓喜の声を上げるのと同時に、執務室の扉が開かれる。
は、とかえ、とか声を上げる前に入ってきた人物は真っ直ぐにドクターの座るソファーへと数歩で近づいた。
そしてローテーブルに置かれた食べかけのケーキを一瞥すると、徐に掴み三口でドクターのケーキは突撃来訪者の腹の中へ。
「ぁああああ!私のケーキがッちょっ、エンカッ・・・・・・ぐぇ」
ドクターの悲しみと業火のような怒りの声が、すぐに押しつぶされるような悲鳴へと変わる。
隣に腰を下ろしたかと思えば、筋肉に覆われた背中がそのままドクターへと凭れかかってきたのだ。
咄嗟にその背中に手を突き出し、押し返してみたが思考は「無駄だな」と判断を下していた。
変に手首を捻ってしまわないように気をつけながら、ズルズルと落ちてくるようにエンカクの頭がドクターの太腿へと乗る。
「ねぇー、おーい、エンカクくーん?」
「・・・・・・」
「どうしたの?」
返事はない。
元よりこの状態のエンカクから返事は期待していないので、ドクターは彼の今日の予定を思い出す。
午後は確かにドクターの護衛が予定に入ってはいるが、午前はフリーだったはずだ。
エンカクの事だから自室で刀の手入れか、甲板でのんびり風景でも眺めているか、それか庭園で花の手入れでもしているはずである。
そのどれも、ここまで彼が疲弊するようなことではなく。
だったら珍しく誰かと訓練所で鍛錬でもしていたのだろうか、と濃藍色の髪をそっと撫でた。
「・・・・・・の」
「え?」
「あの、イベリアの毒薬使いに」
イベリアの毒薬使い・・・・・・と、思い浮かべるのは『彼』である。
エンカクとソーンズの組み合わせなんて珍しすぎるなぁ、と髪を指で梳きながら聞いていれば。
「あいつに、甲板での実験を全面的に禁止にしろ・・・・・・」
あと、あのウルサい三人組も。
言うだけ言って、深い嘆息のあとずっしりとエンカクの頭の重みが増す。
これは、本当に寝入ってしまったのだろうか。
苦笑交じりにエンカクの髪に触れながら。
「ねぇ・・・・・・それって、甲板今大惨事ってことじゃないかい?」
損害状況を聞きたくないし、何より知りたくなかったなぁと零しながら。
おそらく自分の所へと修理費請求などの仕事が舞い込んでくる事実を確信しつつ、それまで濃藍色の髪を弄って現実から目を逸らすことに決めるのだった。