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    砂色 koiSunairo

    @koiSunairo

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    砂色 koiSunairo

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    【カイアサ】
    #けだふれ0904_作品
    多忙を極めているアーサーと窓から訪ねてくるカイン

    #けだふれ0904_アフター
    kedafure0904_after
    #カイアサ

    ひかり アーサーはここのところグランヴェル城から出られずにいた。早朝から会議が続き、その合間に来客の謁見があり、さらにその隙間に執務室で書類仕事を行うという忙しさだ。寝室でゆっくり眠ったのはいつだったか、思い出せない日々が続いている。ここのところ、しばらく保留になっていた案件が急に動き始めたのだ。それは喜ばしいことだったのだが、それが偶然いくつも重なってしまった。

    「一件片付いてから順繰り次が動き出せばよかったのですが」
    「仕方がないよ、ドラモンド。滞ったままよりずっといい」
    「しかし殿下、どうかお食事だけでもきちんととっていただきませんと」
    「わざわざお前が持ってきてくれたのか」
    「他の者では頼りになりません。昨日も一昨日も昼食をお忘れでした」
    「この書類が終わったらいただくよ。お前も忙しいのにありがとう。この後、執務者会議だろう?」
    「殿下にきちんとお食事を召し上がっていただくのも、私の大事な仕事です」
    「わかっているよ。ちゃんと食事はとる。大丈夫、オズ様にいただいたシュガーもまだ残っているんだ」

     書類から顔を上げ、にっこりと微笑んだアーサーの目元を見て、ドラモンドはいくつかの小言を飲み込んだ。しかし、だからといってアーサーの昼食を諦めるわけにはいかない。いくら大魔法使いのシュガーがあると言ってもそれは万能ではないのだ。必ず食事をとるよう幾度も念押しして、大臣は名残惜しげに会議室へと急いで向かった。執務者会議は詳細を詰めるため、長い時間を要する。アーサーが食事を口にするまで見届けたいが、遅れるわけにはいかなかった。



     カインが執務室の窓から訪ねてきたのは、アーサーが件の食事の存在をすっかり忘れた頃合いだった。窓から部屋に入るなりカインは手つかずのプレートに気づいたようで、その視線はきれいに並べられたままのカトラリーを通り、意味ありげにアーサーの顔に戻ってきた。手のひらをあわせる挨拶の後、すぐ机に向き直り書類にかかりきりのアーサーだったが、その視線には気づいて苦笑した。

    「今から食べるところだったんだ」
    「それならいいが」
    「……いや、実は忘れていた。お前が来てくれて思い出したよ」
    「お忙しいのはわかっています。だが……ちょっと失礼」

     少し気まずそうに告白するアーサーをなだめ、カインは主君のウエスト周りに両手をあてた。その間もアーサーは机に向かい書類にペンを走らせたままで、肉付きを確かめるように触れてくる手を気にすることもなかった。

    「やっぱりな。ちょっと痩せてる」
    「あはは、大げさだ。何度か忘れただけで、ちゃんと食べているよ」
    「そうか? 昨夜は何を?」
    「昨夜は……そう言われるとはっきり思い出せないが、食べた……と思う」
    「シュガーだけじゃ食ったうちに入らないからな」

     先んじて釘を刺され、アーサーはぐっと言葉を飲み込んだ。けれども、カインの目的はアーサーを言い負かすことではない。しかかりの書類にきりがつくのを見計らい、アーサーが握っていたペンをやわらかく奪った。インクを拭ってやりながら手を引いて、それとなくダイニングテーブルへと導く。そこで椅子を引くと、アーサーは自然とそこにおさまった。

    「さあ、今ならぎりぎり昼食と言える時間だ」
    「わかったよ。食事の席に着いてみると、確かに空腹だったみたいだ」
    「そいつは給仕のやりがいがあるな」
    「簡単な食事だから大丈夫だよ。座ってお茶を飲んでいてくれ」
    「なんだ。口に運んでやろうかと思ったのに」
    「それは給仕なのか?」

     カインと軽口を交わしながら、アーサーは自分の吐く息がやわらかくほぐれていくのを感じていた。途端に、わずかしか感じていなかった空腹感が強くなる。体中から仕事以外のことを全部追い出していたのだと、アーサーはそこでやっと自覚した。身についた作法を乱すことはないが、健康的なスピードで食事をすすめていく。カインはそんなアーサーの傍に立ち、自身が言った通り給仕を努めながら、食事を妨げることのない気軽な会話に応じた。マナーを心得た騎士であり、魔法使いでもあるカインの給仕は卒がない。

    「さて、食後は紅茶にしないか?」
    「カインが一緒に飲んでくれるなら」
    「わかった。そうしよう」

     せがむような声にならなかったかどうか。アーサーは頭の中で自分の発言を思い返した。食事を終えてみてやっと久しぶりに恋人と二人きりでいることに気づいたのだ。
     二人きり。
     反芻して、とくん、と心臓が跳ねる。そういえば、さっき体に触れられたのではなかったか。それもずいぶん久しぶりのことだ。最後にふれあったのはいつだったか――いや、今それを考えるのはやめておいたほうがいいだろう。
     カインは機嫌がよさそうにテーブルを片付け、どうぞ、と湯気の立つティーカップをサーブした。そのカインの手が、とん、と、テーブルの上のアーサーの手に軽く触れて離れていった。誤って当たったとも思える触れ方だったのだが、ふとカインを見上げるとその瞳に浮かぶ光は甘かった。恋人になって初めて知ったカインの光だ。初めて唇を重ねたとき、この光を知った。カインはきっとキスが好きだ。

    「今」
    「ん?」
    「手が」
    「ああ」
    「……キスみたいだった」

     言うか言うまいかほんの少し迷ったけれど、結局アーサーは思ったことを口にしてみた。

    「そのつもりだった」

     カインはまったく照れるような様子もなく、そんなことを言ってウィンクまでしてみせた。そのまま自分の席に向かおうと踵を返したカインの腕を、アーサーはそっと捕まえた。
     そんなことを言ってこちらの心にとんと触れておいて、さっと離れていくなんて。

    「まだ給仕が終わっていない、カイン」
    「それは失礼。ええと、なんだろう」
    「さっきのキスを、口に運んで欲しいんだ」

     一度目を瞠ったあと、ふっとひとつ笑ったカインの瞳はあの光を浮かべていた。その光はゆっくりと近づいて来て、アーサーの視界を満たしていく。ああ――そうか、私は寂しかったのか。キスを受けながら、アーサーはそこにあった寂寥に気づいた。食事を目の前にして空腹を覚えたように、カインの光はアーサーの寂しさを浮き彫りにした。冷たい寂しさのかたまりが、甘い光に溶かされていく。

    「アーサー、好きだ」

     唇を離すとカインはアーサーを強く抱きしめ、そう囁いた。紅茶に沈めたシュガーのように、寂しさは輪郭をなくし、優しい光に撹拌されて見えなくなっていった。食事によって空腹が満たされ、光に寂しさが流されてしまうと、次に湧き上がってきたのは眠気だった。

    「いけない。ねむくなってしまう」
    「まさか、食べてない上に眠ってもないのか?」
    「夜になっても眠りたくなかったんだ。いや、眠れなかったのかな」
    「心配だな。仕事が気になるんだろうが、眠らない食べないじゃ倒れてしまうぞ」
    「大丈夫だ。たぶん今夜は眠れるから」

     カインの給仕に礼を述べて、遅い昼食を終えたアーサーは再び机へと向かう。その途中で、カインに顔を近づけると瞳にまたあの光が浮いた。

    「アーサーはキスが好きだな」

     唇を離すとカインにそう評されて、アーサーは首を傾げた。確かにそうだが、何かが違った。

    「たぶん、少し違う」
    「違うのか?」
    「私はカインが好きなのだ」
    「ああ……アーサー」

     そして、カインはアーサーが好きなのだ。そんなことが急にすとんと胸に落ちてきて、アーサーはほっと息を吐いた。
     先程流されていった寂寥の名残が、ふわりとカインの髪を揺らした。
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