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    itono_pi1ka1

    @itono_pi1ka1
    だいたい🕊️師弟の話。ここは捏造CP二次創作(リバテバリバ)も含むので閲覧注意。

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    itono_pi1ka1

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    pixivより引っ越し。リト師弟が飛行訓練場でなんやかやする話。
    やくもく5章、ハイラル西部救援戦語の神獣戦闘(ヴァ・メドー)が終わった辺りの時間軸。

    #ゼルダの伝説
    theLegendOfZelda
    #リーバル
    revel
    #テバ
    teva
    ##リト師弟

    帰巣の風 雪道をゆく影二つ。ハイラル北西の雪山へブラの麓は今日も今日とて重く雪の舞うなか、日も入り近くでようく冷え込んでくる頃に笠の一つ、上着の一つも無くようようと歩いていける人影は、正気を疑う武者修行の阿呆か、痛みを知らない魔物のどれか、というのはハイラルを旅する者の心得だ。一寸先が白の闇、息も凍る寒さのヘブラで出会うには、どちらも関わり合うことなかれが安全の秘訣である。
     しかし、この度の影はどちらの例にも違っていた。
     歩いているものの影は魔物というよりも、人というよりも、鳥のすがたをしていた。頭はとさかに嘴、足元は尾羽に蹴爪と、両の肩からは大きな翼が伸びて、羽先が手指のように弓を持っている。
     今にも羽ばたいて空へ飛んでいけそうな鳥であり、大地に生きる人でもある生き物。
     この世界ハイラルではリト族と呼ばれる鳥人の若者が二人、両の翼はどうしたことか、地に足着けてえいさほいさと峠道を歩いているのであった。
     前を行くのが青い羽に赤白の模様が入ったリト、後ろを行くのが白い羽に墨色の模様が入ったリト。どちらも茶色の皮鎧に、派手な色合いの布飾りをまとって、旅人や親子には見えないが、狩をするには少ない二人連れ。
     やおらに後ろを歩いていた方の白いリトが立ち止まって、辺りをぐるりと見渡した。
     そのままじっと耳を澄ますと、がさがさと木々や茂みが風に揺られる音に混じって、とたぱた小さな生き物が駆けまわる足音がする。
     
     ──見られているな。

     ふうっと息を吐いて、吸って、黄色い嘴の周りが白く煙る。その呼吸に合わせて、とたぱた言う気配がまた止まったり、動いたりする。ふうふう、とたぱた。ふうっ、ぱたん。気のせいではなく、此方の様子をうかがって動いていることが知れる。
     白いリトがそうして眉をひそめて止まっていると、前を行っていた青いリトが振り返って呼びかけた。

    「おおい、どうした、テバ。敵でもいたかい?」

     テバ、と呼びかけられた白いリトは、軽く首を横に振って答えた。それから、慌てて気が付いたように「いえ!大丈夫です!」と声を張り上げる。雪曇りのなかでは、白い羽毛をしたテバの動作は、見えにくいのだ。
     案の定、よく見えなかったらしい青いリトが、来た道を戻って近づいてくるので、テバは申し訳なさそうに頭を下げた。

    「すみません、リーバル様。ただ、獣たちが見ているな、と感じただけで」
    「獣が?」

     リーバル、と呼ばれた方のリトが少し首をかしげて、辺りに素早く視線を走らせた。
     今度はざわっと波打つように、辺り一帯から生き物の気配が逃げ出していく。
     さきほどテバが視線をやった時よりも、リーバルの視線に対する方が警戒の色が強くなっていることは明らかだった。獣たちは、この土地を支配する者が誰なのかをよく知っているのだ。
     リーバルもその気配を察したらしく、納得したように頷いた。

    「……ああ、確かにいるね。まあ弓を引かれないのが珍しくって寄ってきてるだけだろう。大きなのはいないようだし、ほっといていいさ」
    「しかし、人里近くに降りてくるとは、食料や家畜が狙われる危険もあるのでは? 」
    「どうかな……彼らだって、ようやくが収まってねぐらに戻ってきて休もうというところに僕たちが来たんで、ピリピリしてるだけだろうよ。刺激したらそれこそ、魔物や厄災以外にも面倒な敵をつくることになる。君、リトの村で籠城戦をするのに、山の側からの襲撃にも備えるなんてことがどれほど大変なのか、知ってるかい?」
    「いえ……想像もつきません」
    「安全な場所が空くらいしかなくなるんだ。僕らリトが大地を捨てる決断を迫られるくらいにね。敵の侵攻を留めるために、崖を崩して橋を落として、また直して、もう何度繰り返したかもわからない」

     テバは思わず横を歩いている青年の顔を見た。
     平淡な声で戦いの凄惨さを語るこの青年は、自分よりもよほど若いはずなのに、そのときの言葉には意外なほど大人びて老成した気配があった。
     生きるか、死ぬか。護れるか、護れないか。そのぎりぎりの戦いを血肉にしてきた戦士はこれほど、鋭利で透明な闘志を纏えるものなのか、と感嘆を覚える。

    「……消耗戦ですね」
    「うん。実際──負け戦だったよ。あのまま続いていれば、だけど。負けるまでの時間を引き延ばしてやるしか道が無いってのは、いくら勇ましく飛んでみせたって、言葉で鼓舞したって、みんな疲れてしまうばかりだった」
     
     これもまた意外な言葉だった。
     テバから見てリーバルは、何をおいても戦士としての自己に信用があり、戦って勝つことにかけては覇気ともいうべき執念と希求がある、忌憚なく言えば負けず嫌い、よく言えば誇り高い人物だ。そしてそれだけの自信に見合う実力があるからこそリト最強と呼ばれるほどの戦士であると。
     それがこうも簡単に負けていたかもしれなかったと認めることは、驚きとともに戦いの無常さを感じずにはいられない。

    「リーバル様がおられても、それほど酷い戦況だったんですか。ハイラル連合軍と合流する前のリトは」

     テバは、ほんの少しだけ疑うような気持ちで問うた。 
     リーバルはかすかに首を振って答えた。はらはらと重たい雪の降るうすぐもりの夕空の赤い日差しで、黒味が濃くなった青褐色の羽毛の姿は、白いテバと違ってよく見える。さらにそこにぽっちり目立つ赤白の目蓋模様に翡翠の瞳は、そんな小さな動作でも視線を惹きつけるようだった。

    「吹雪の向こうが見えないまま歩き続けるみたいだったよ。──それでもみんな、ついてきてくれたんだ。だからこそ僕ら戦士は決して負けられないし、逃げるわけにもいかない」

     空の支配者と名乗り、自由に天翔る力を持っていても、リト族もまた大地に生きるものには違いない。空さえあれば、とはいかないのが、はがゆいものだ。

    「そうやって譲れないものが在るから、みんな立っていられたんだ。君にもあるだろ、そういうの」
    「そうですね、大事なものを守るために引くわけにはいかないという気持ちは、よくわかります」
    「うん、それが聞けて良かったよ。少なくとも僕らは目線をそろえて戦えるってことだ」

     そう言うリーバルは、薄い鎧のしたから上半身をほとんど覆う包帯が見え隠れしている。両の翼こそ飛翔の妨げになるから、と何も巻かれてはいないが、肩口のぎりぎりまでどこもかしこも怪我だらけなのだ。おそらく、両手の羽毛の下にも、見えていないだけで小さな傷が無数にあるはずだ。
     これらの怪我は、つい数日前のハイラル全土を脅かした“大厄災”の夜から、撤退戦をしいられヘブラの拠点に戻る今の今まで、ずっと戦い詰めだったせいだ。戦い終わればすぐ次の戦場へと、治る傍から新しい傷を増やしてヘブラとハイラル平原とを飛び回ったので、怪我を覆う包帯も端のほつれた古びたものから真新しい白いものまでまばらだった。
     テバの方も、包帯の巻き付いたありさまとしては似たようなものだったが、それはどれも新しい包帯が覆っている。戦いに途中から参じたテバと、これまでもずっとリトの仲間達を守るために戦ってきたのだろうリーバルの傷では、やはり重みの違いが瞭然としている。
     テバにはそれが溝のように深く遠く感じられて、すぐには頷くことができなかった。
     
    「さて、過去の事ばかりを言っても仕方ない。今はに着くのが大事だからね」

     行こう、とリーバルが先ほどまでと同じように先導するのについてテバも歩き出す。
     
     ──吹雪の向こうが見えないまま歩き続けるみたい、か。
     
     リーバルの言葉と、薄暗い雪景色の街道に奇妙な懐かしさを覚えて、テバは自分が今いったいいつの時代にいるのか、くらりと意識が迷いそうになった。
     かつてテバも同じような心地を味わった。故郷の村の上空に巨大なバケモノが現れて、空の支配者リトが空での大敗を喫して地上に閉じ込められてしまった時のことである。
     そのバケモノは、リト族を空から追い出した。リトは誇りを失いかけた。
     バケモノははるか昔に行方知れずになった村を護る守り神だと伝承は言うのに、実際にはどこまでもリト族を追い詰めるものでしかなかった。
     倒すあてもなく、逃げる道も無く、ただただ地上でぶるぶる震えているしかない。仲間が傷つけられたというのに、守り神の心を忘れて暴走しているバケモノを何とかしよう、という心さえも次第に奪われていく、暗澹とした日々。
     あの息苦しさは、リーバルの語った吹雪の向こうが見えない戦いの疲弊と似ていると、テバは思う。
     
     ──その吹雪に刃向かい飛び出したくて歩いた道を、今度はその吹雪の向こう側からまた歩いているとはな。
      
     二人の目的地。そこへ向かうための道はタバンタ辺境とヘブラ山脈の境になるリリトト湖の外周をぐるりと周っていく一つだけだ。一つだけであるのに、テバにはどうしても記憶にあるその道と、今歩いている道が同じように感じられなかった。
     ハイラル北西の雪山へブラ山脈へと向かう登山口と袂を別れて、円上に広がる大きな崖に囲まれたリリトト湖をぐるりと回って西へ進むと、大穴を岩肌に囲まれた行き止まりに一棟の建物がある。地下熱からできる上昇気流が吹き出している大穴と、それに飛び込めるようにせりだしたバルコニーの誂えられた木製の建物は、100年の後にも伝わり残る由緒正しきリトの飛行訓練場だ。
     それこそが二人の目的地であり、テバの中にうずまく鬱屈さの矛先でもあった。
     リト族であるテバが、地を歩く陸路でこの飛行訓練場を目指すのは、人生で数えて二度目のことだった。
     一度目は空のバケモノに追いやられて、忸怩たる思いをしながら仕方無しに地上を歩いていった。自らの意志でなく飛ぶ事を封じられて陸路で歩いていく屈辱は耐え難かったが、武器をそろえ、策を講じ、何よりも戦い続ける意思を燃やすために、どうしてもこの飛行訓練場へと来る必要があった。
     事が片付いてから、もう二度とあんなことはするまいと思っていたのだが、こうして現に二度目の機会に巡りあってしまうとは人生わからないものである。

     ──あのときは怒りで頭がいっぱいで、わざわざ陸路の景色なんざ見てないと思ったが、案外覚えてるもんだ。

     あそこの崖の形が違う、丘の上にある木の種類が違う、道が綺麗に整っていて、並んでいた露店の跡が分かる。枝分かれていく道の看板が多くて、そこにはテバの知らない建物の名前が書かれている。そうやって未来の記憶とまるきり違うという点こそが、ぱらぱらとテバの中のリノス峠の景色を思い起こさせていた。
     ここは、テバの知るただ草木が払われて石が敷いてあるだけのような道よりも、ずっとしっかりとした街道だった。

     ──道一つとっても、それほど過去・・は栄えていて、それほど俺たちの未来・・は衰えていたんだ。

     空を追われて地上を歩いていた一度目に比べて、今この二度目の陸路は、そこまで差し迫った事情や、不快な背景はない。むしろ良きリトの仲間たちの厚意を端とするものだ。それでも陸路で飛行訓練場へ行く、というのは、テバにとってはどうしても不安や暗雲のようなものがつきまとって離れない。
     しばらく歩き続けても、獣たちの視線は相変わらずテバ達を取りまいている。空の支配者を名乗るリトが地を行く様に、小鳥も獣もやれ珍しや、と足を止めてまじまじ見ては、行くリトの鋭い視線に慌てて雪煙に逃げ込む、といったふうだ。
     しかし逃げ込んでもやはり気になる様子で、付かず離れず、ちらちらと窺っている気配が絶えない。

     ──疲弊を見抜かれているのか。

     無理もないことだ、とテバは内心でごちる。
     弓を持つリトは、誰もかれも間違いなく獲物を射抜く狩人で、翼を持たない獣たちからすれば天敵でもある。普段なら猛禽の捕食のごとくひと睨みされたと思ったら、逃げるよりもひゅういっと弓矢が飛んでくる方が早いというもの。
     しかし歩いていくリトの二人は、手に持った弓を引く様子が無いのである。
     世界を護るための戦だの何だのといった事情は、常にその日を生きるか死ぬかで暮らしている獣たちからしてみれば関係のない話だ。いつも大きな顔をしている天敵が弱っている様子をみて、好奇心にしろ敵意にしろ、関心を向けない道理はない。

     ──あのときもこんなふうだった。暴走したメドーをぶっ潰すために飛行訓練場へ歩いていった、あのときも、こうして翼のリトを見定める獣の視線が鎖のようにからみついていた。
      
     他のどんな道でも気にしないが、こうしてリノス峠の街道を歩いていくことにだけは、どうしてもテバは苦々しい思いを感じる。それは、誇りを踏みにじられ、抑圧された、悪夢のようなあの日々の無力を思い出すからであり、その記憶に囚われている自分への嫌気がさすからでもあった。

    「翼のリトが、こうして地を歩いたんじゃ、威厳も形無し、か……」
    「へえ……なかなか言ってくれるねえ」
    「り、リーバル様?!」

     独り言に返事があったので、テバは大いに驚いて後ずさりした。
     先と同じように距離を空けて歩いていたと思ったが、予想よりもリーバルが近くを歩いていたらしい。
     
    「す、すみません。リーバル様のことを言ったわけではないんです、俺自身が、その……」

     口ごもるテバにリーバルはフンと鼻をならして、歩みを続けながらテバの横に並んだ。

    「別にいいよ、どっちにしても本当のことだし。実際飛んでいく方が早いんだけど、あいにく出る時に封鎖してきちゃったからね。下から鍵を解かなきゃいけないんだ」
    「封鎖?見張りも残さなかったんですか?」

     同胞の総数がめっきりテバ達の時代でさえも、飛行訓練場の管理に割く人員は欠かさなかった。それは戦士の守るべき場所がリリトト湖の中だけで収まる小さなリトの村と、飛行訓練場とのふたつきりであるからだった。

    「ああ、とてもじゃないが、兵の数が足りなかったから。居住区画と本命の戦場への輸送路の確保で、リトの戦士もハイリア兵もいっぱいいっぱい。それに、訓練施設だってここのひとつきりじゃない」

     聞きながらテバは、リーバルの歩調がゆっくりになったことに気が付いた。予想より近くを歩いていたように感じたのは、リーバルの方が怪我のせいで足取りが鈍っていたせいなのかもしれない。そうするとこうして並んでお喋りをしようというのも、怪我の痛みを紛らわすためだろうか。

    「まあ、そもそもがもっと短い期間でケリのつく出征になると思ってたからね……神獣が四基に英傑に姫巫女と退魔の剣、大厄災への備えはすべてそろってたのに。この有り様だ」

     大厄災。ハイラルの存亡を巡る戦いの因果。大地の支配を目論み魔族を率いる仇敵ガノンと、大地に生きるものすべてを庇護することを望む女神のうつしみの姫巫女と、彼女を守る退魔の剣の騎士の因縁が、幾世代にも永久に続く戦いとなってから久しく、人々を庇護する姫巫女たちの陣営が大きく窮地に陥った事件である。
     明日をまもるため、ハイリア人を筆頭にシーカー族、ゾーラ族、ゴロン族、ゲルド族、リト族、ハイラルに生きる人々の全てが厄災への抗戦の意を示し、姫巫女の御旗に集った。歴史上で最も厄災ガノンを追い詰めたという伝承に倣い、古代の兵器を集め、それを操ることのできる優れた戦士を選び出した。
     そうして強固に組み上がったハイラル連合軍に対して、しかし厄災も一度見た手札には引っかからないと言うように、より強大な悪意で以て姫巫女たちの張った陣を突き崩していった。
     集めた兵器を逆手に取られ、厄災の支配下に置かれた兵器たちは、護るべき人々に牙をむいた。
     兵器の繰り手たちは、閉じ込められ、無限のごとく現れる厄災のうつしみに命を奪われかけた。
     隣に歩く青年、リーバルは古代兵器・神獣ヴァ・メドーに繰り手として乗り込み、そして世界を、リトの仲間を守るために戦って、戦って、戦い続けた、まぎれもない英雄の一人である。
     テバからすると、彼のこともなげに語ることのすべてが、これらの途方もない伝説の一部のように聞こえる。

    「まさか、敵の親玉にも会う前に、こんな尻尾まいて撤退することになるとは、してやられたものだよ……ッ痛つ」
    「やはり、まだ休んでおられた方がよろしかったのではありませんか」

     テバが気づかわしげに言うが、リーバルは少し顔をしかめただけで、意に介さなかった。

    「このくらい問題ない。それに、休むっていうならそれこそ向こうに着いた方がいいだろ。あそこには救護の道具も、予備の武装も、薬も寝具も、ちゃんと揃ってるんだから」
    「……そうですね。よく知っています」
    「そうかい?なら、君の時代にもきちんと管理が行き届いてるってことかな。“僕の”訓練場は」

     言って、リーバルが足を止めた。峠道を越えて、目的の場所に辿り着いたのだ。
     ヘブラ南岳の登山口へ向かう道から少し西に逸れて、岩肌をぽっかりくりぬいたように開けている行き止まり。くりぬいた土地のさらに地下の水脈が見えるほど深い穴が開いていて、そこからは凄まじい勢いの気流が噴出している。そしてその穴へと丁度飛び込める具合にせり出したバルコニーが誂えられた一棟の建物がある。
     
    「錠を解いて、鎖を外してくる。変な場所に積もった雪が落ちてこないかだけ見ててくれ」
    「了解です」

     大地を蹴って宙に浮かぶと同時に放り投げた鍵を足で掴み、リーバルが飛び立つ。テバは周囲の警戒を続けながら、記憶にある未来の飛行訓練場と、この過去の時代の飛行訓練場を重ね見ていた。
     ごうごうと谷底から吹き上げる風に、雪片がまじり浮いている。雪片が地面につもらないで、ぷかぷかと浮いている間に消えていくのは、地底の熱であっためられてできる上昇気流ならではの景色だ。
     テバが知る限り、このような大きな上昇気流ができる地形と、雪の降る気候とがうまくかみ合っている場所は、やはり“リトの飛行訓練場”のひとつ限りである。

     ──ここは変わらないようだ。

    「懐かしいかい?」

     戻って来たリーバルに尋ねられ、テバは素直に頷いた。

    「はい。……自分でも意外に思いますが」
     
     厄災の復活に翻弄されながらも、ハイラル平原での撤退戦を辛くもしのぎきったハイラル連合軍は、そこから各種族の拠点復興をしながら態勢を立て直すとして、一時散開した。
     寒冷高地のへブラ地方に住まうリト族たちは、もとからの入り組んだ谷間の地形や豪雪を味方につけて、比較的に拠点の防衛が維持できていたことから、大厄災開戦前に防衛を諦め放棄していた訓練施設の奪還を主眼にしいち早く打って出る方針を取った。
     大厄災の夜から戦いどおしの無理を押しての息をつく暇もない強行軍は疲弊も大きかったが、姫巫女たちの反撃に混乱している敵の隙をついてタバンタ辺境の街道を駆け上った成果は上々で、いままでテバとリーバルものんびりと地上を歩いて施設の一つへと向かうことができているのだ。
     そして、わざわざ二人だけが訓練場へと赴く理由は、テバにある。
     大厄災の折に突如として連合軍に救援として入った戦士であるテバには、身の拠り所がなかった。
     救援への謝意は有れど、素性の不明な戦士をすぐさまリトの村に迎合するわけにもいかず、かといってあまり邪険にすることもできない。
     そこで、当面の生活場所として飛行訓練場を案内されたのだった。

    「折角の恩人だっていうのに、上等な宿も用意してやれなくて悪いけど、こっちも結構かつかつでね」
    「そんな、とんでもない」

     恩人、という言葉にテバは大いに恐縮した。
     ハイラルに怨敵ガノンとその僕たる魔物たちが跋扈した厄災復活の夜──テバは今より百年後の未来から、この過去へと時間を越えてきた。
     繰り手である英傑その人以外の侵入が不可能とされた超巨大兵器・神獣の内部に、厄災ガノンの尖兵が潜り込み、英傑を閉じ込め、殺さんとしたその瞬間に、テバは宙に飛び込むようにこの過去の時代へと割り込んだ。
     もちろんテバ自身の力ではない。何の因果か英傑リーバルの窮地に馳せ参じたことは事実だが、テバだけの力で彼を救うことはできなかったのだ。危機に瀕した戦士がリーバル一人から、テバとリーバルの二人になって、わずかな時間をかせいだだけ。
     そこに、未来から救援を呼び出し神獣を鎮める奇跡を起こした当人である姫巫女一行が駆けつけ、彼らこそが大局を変えた。
     何より、窮地を切り抜けた神獣の上で、姫巫女と退魔の剣の騎士相手にリーバルがみせた意地の張りようと、今目の前で極めて冷徹に殊勝な素振りをしていることとのギャップが、テバには目まぐるしく感じられた。その困惑が、テバの内側でリーバルという人への距離をはかりかねている原因でもあった。

    「君が、命を懸けて僕を助けてくれたことは、僕自身はよく知っているし、あの瞬間──未来から来たという奇跡も信じられる。だけど……リトの皆がそうとは限らない」 
    「承知してますよ。俺だってそちらの立場なら同じように扱います」

     テバ自身もまた、自分が時間を超えて過去にやってきた、などという話は滅多に信じられるものではない。かといって驚くばかりで右往左往という状況に陥るでもないのは、少なくとも過去から未来へ人ならざる長い時を渡ってきたらしい知り合いの例があるからだろう。
     時空さえ操る、神の御業のごときシーカー族の古代技術。厄災を討ち滅ぼすために作られた戦争兵器と、勇者を助け導く不可思議のカラクリ。神獣という恐ろしく強大な兵器の力の凄まじさ。
     もといた百年後の世界で、古代技術のお蔭で大厄災の荒廃を生き長らえた退魔の剣の騎士その人と共に暴走する神獣ヴァ・メドーと闘ったテバは、その荒唐無稽さを身をもって知っている。

     ──あいつではなく俺が呼ばれたというのも、妙な話だが。

     今いるこの時代には、同じ存在だがテバの知らない退魔の剣の騎士が生きているから、鉢合わせることに問題があったのかもしれない。
     何にしろテバの考えが及ぶところの話ではないのだ。
     
    「みんな、君のことを厄災の一味だとは決して思っちゃいないんだけど。説明がむずかしいから、君の立場は」
    「分かっています。それに、俺としては此方の方が気が楽です。宿なんかよりもこの場所の方が余程、俺には馴染み深いですから」
    「そう?なら良かった。──百年後にも、この訓練場は、このままで残っているんだったね」

     すこしだけやわらいだような声音に、はい、とテバは頷いた。
     英傑リーバルが愛した飛行訓練場は、彼がその誉の最たる革新的な飛行技術を編み出した場所の伝承と共に、百年後の未来でも彼を敬慕するリト族の手で維持され続けている。
     リーバルに憧れて、彼を越えんとして戦士を志したテバにとっては、ほとんど毎日のように訓練に訪れる場所だ。もっと若い頃には泊まり込むような勢いで訓練に明け暮れていたこともあったが、息子のチューリの稽古をつけるようになってからは必ず一度はチューリを送って自宅に戻るようにしている。それでも、百年後のリトの中で、最も飛行訓練場に通い詰めているのはテバだと言えるだろう。
     大厄災まっただなかのこの時代では、それほどの念のいった扱いはされていないかもしれないが、戦士の誇りであることには違いない。新参者のテバが、こうしてリトの村の管理する土地の内側に入れて貰えるのは、それだけでも少なからずテバに対する信用があるということである。

    「消耗品の類いはまた補給路が安定したら運び込むから、それまでは備品にあるもので何とか凌いでもらうことになる。封鎖する前はしばらく会議に使ってたから、イタズラされてなきゃ、たぶんまだ余裕があるはずなんだけど」

     そしてその信用の大部分を担保しているのは、この青年リーバルが、英傑と呼ばれるような誉有る戦士である事実だ。
     世界最大の国家であるハイラル王家からその戦闘技術の高さを見込まれ、王じきじきに英傑の名と共に世界を護る戦いの任を授けられた五人の戦士。そのうちの一人がリーバルである。
     リトの誰よりも疾く空を翔け、誰よりも正確に弓を引くリト最強の戦士にして、世界を救う英雄ともなれば、その肩書だけでも大きな力を持つ。加えて、テバの見た限り、リーバルはやはり仲間のリト達からその実力を尊敬され、慕われている。 
     彼がテバのことを信頼して扱ってくれるから、未来から現れたなどという眉唾ものの事情を抱えているテバであっても、百年前のリトにも容易く受け入れてもらえているのだ。

    「それぞれ備品のしまってある場所は分かるかな。まあ開けられて困る場所もそんなに無いし、見れば分かるか」

     伝統ある飛行訓練場は百年前から目立った改装をしていない、というのはテバの時代に伝わる話だが、この百年前においても、それは同じらしい。リーバルが提案して作られた一番最初の飛行訓練場であるこの場所は、他の訓練場と違い作った当初のままの形を残しているのだとか。

    「もともと一人で使うように作ったから、みんなで訓練するってなると、このままじゃちょっとね。かといってここから山を切り開くのも大変だし、いっそここはこのままにして他所へ新しい訓練場を作ったんだ」
    「話には聞いていましたが、他にも訓練場があるんですか」
    「弓術用と飛行技術用と、王立古代研究所からガーディアンを借りて作った対ガーディアン戦闘用の施設がある。近々使う機会もあるだろう」
    「楽しみにしておきます」

     そうしてくれ、とリーバルはどこか誇らしげに頷いた。テバの時代の飛行訓練場は、英傑リーバルゆかりの場所としてリトの誇りとなっている。とうのリーバル自身にとっても職人たちが工夫を凝らした訓練場が誇れるものであったと聞いたなら、ますます喜ばれることだろう。

    「それで、どうだい。問題なく住めそうかな」
    「ええと……」

     改めて室内を見渡す。調度品の差異はあれど、おおまかな家具の配置は同じに見える。
     リトの職人の作る色鮮やかな着彩がなされたタンスには臙脂色の引き出しには食器類が、濃緑色の引き出しには筆記具や救急箱、櫛、火打石などの日用品。背の高い開き棚には寝具と着替えが二揃い。天井近くの引き戸には、簡単な調理に使う調味料や香草がストックされている。
     鳥籠のような形をしたリトの家屋には、壁というものがほとんどなく、屋根と床とをつなぐ五つ六つの棟木がその役割を果たしている。その棟木には簡単な掃除用具と弓や上着をかけるウォールフックがついていて、長い間放置されていたのを最近に誰かが持ち出したのか、壁に弓の形の跡がのこっている。
     部屋の中央には鍋のかけられた囲炉裏があり、薪が建物の裏手に積んであることは、入り口の梯子を昇る時に確認した。布を被せられた鍵付きの箱の中にはおそらく予備の弓矢や火薬が入っているのだろう。
     同じだ、と頷いてテバはリーバルに向き直った。

    「はい、ほとんど配置が変わらないようですし、大丈夫かと」
    「ならいい。あとは、食料の備蓄だな」

     言ってリーバルが部屋の奥にしゃがみこんだ。がこんと木の板を外す音がして、伸ばした首が床下に消える。がさがさと中を漁りながら、カンヅメやら、穀物の袋やら、一つ一つ状態を確認して取り出しているようだ。
     テバも床上に出されたものを要るものと要らないものとに選り分ける手伝いにかかった。

    「まだ封がしてあるものは大丈夫そう。口が開いてるやつは、不安だからやめとこう。一個、元が何だったのか分からないくらい干からびた魚のやつがあった」
    「此方の備品管理は誰の責任で行われてるんですか?」
    「一応、僕だよ。ここだけは僕個人が持ってる扱いの土地になってるから」

     戦闘ごとに打ち損じた矢の数を覚えているような几帳面な性格のリーバルが、中途半端に食料品を開けてダメにしているとは意外なことに思えた。
     テバの視線を受け取ってか、リーバルが片眉をはねあげて心外そうに嘴を開く。

    「言っとくけど、こういうのは僕じゃないからね。新しい訓練場ができるまでは、僕以外にも何人か出入りしてたから、たぶんそいつらが持ち込んで忘れてったんだよ。まったく。新しい方の訓練場でも忘れ物が多いし、しっかりしてもらわないとな」
    「では、此方の訓練場はやはりリーバル様がお使いになっているんですね」
    「うん、まあね。君の時代に残ってる訓練場はどうなんだい?」
    「所有者がいないので……これといって決め事はなく、戦士たちが皆で融通しあって使ってます。最近では、リーバル様の日記が見つかって、一層にリーバル様に憧れる者の拠り所となってますよ」
    「へえ……って、ちょっと待てよ。日記?!」

     喋りながら床下収納から品を掘り出していたリーバルが、突然に顔を引っこ抜いて大きな声をあげた。

    「は、はい。ちょうど此方の飛行訓練場で直筆と思わしきリーバル様の日記が見つかって、村の者たちも大いに喜んだんです、が……」

     リーバルのものすごい形相の剣幕に押されて正直に言ってしまってから、テバもこれはまずいことを言ったのではないか、と冷や汗をかいてきた。
     テバからすればリーバルの日記は死んでしまった過去の人の記録だが、当のリーバルにとってはまさに今をときめくナマモノである。世間話にするには聞き捨てならないに決まっている。
     片方の手にビン詰めのジャムを握ったまま、もう片手で顔を覆ってぶるぶると肩を震わせ黙りこくっているリーバルに、テバもいたたまれなくなりながら必死で声を張り上げた。

    「ひゃ、百年後の話ですから!リーバル様!!百年後のリトじゃ誰も彼もリーバル様のことを尊敬している奴らばかりですし、それに、」

     言いかけてテバはつづく言葉を飲み込んだ。
     『此方の世界のリーバルは死んでいるのだからあなたとは別人の日記だ』とは、流石にテバも言えなかった。
     それは決してテバたちが言い訳をする理由にはならないし、テバの知識でしか知らないお伽噺の英雄と、この青年とがどれほど違っているのかもわからない。

     ──そうだ、俺は英傑リーバルという夢のかたちと、この人のかたちが上手く結べていないのだ。

     ここに来るまでずっと胸にもやついていたものの正体に気がついて、テバもふっつり黙り込んでしまった。
     幸いにリーバルは日記についての衝撃で気に止めていない様子で、わなわなと行き場のない手を振りながら、くそ、とか、ちくしょう、とか悪態をついている。ジャムのビンは無事に置かれていた。
     
    「……分かってる、分かってるけどさ!でも、君も読んだんだろ?!!」
    「……ええと、どうだったか」
    「下手な嘘をつくなよ!ああ、もう!」

     はあーっと長いため息と共に、リーバルが床に手をついてうなだれてしまった。テバも気まずく視線をさまよわせるしかない。

    「ねえ、勝手に他所の誰かに見せたりしてないだろうね……?」
    「そ、それはもちろん。貴重な大厄災当時の資料ですから、大切に保管してあります」
     
     大真面目に頷いて、百年前を知る例外的な友人には見せてしまったことは、懸命に伏せた。他所の誰よりもそいつには見せるなと言いそうなことは、この青年も、テバの知る伝承の英傑リーバルも同じである。

    「あーあ、くそっ。そうか英傑になるって、そういう不便があるのか……」

     二の舞にならないように対策を考えておかないと、とぶつぶつ呟いて思案するリーバルを、テバは不思議な心地で見ていた。

     ──こうしていると、まるきり普通のにんげんのようだ。

     リーバルは今目の前に生きているにんげんなのだから、当たり前のことだ。
     しかしテバにとってはリーバルというにんげんは、いつも御伽噺の向こう側にいる英雄だった。村に伝わる英雄に憧れて戦士の道を志し、そのときにみていた英雄の姿は、やはりもっと英雄らしいもの、を想像していたように思える。
     その英雄とはたとえばどんなものか、と問われても、テバにもハッキリとした答えがあるわけではない。けれどもリトを救った最強の戦士ならば、きっとテバの想像もつかないような凄いにんげんなのだろうと思い、故にこそ憧れたのだと言える。
     実際の英雄リーバルは、テバと同じように故郷を想って怒りに燃え、弓引き羽ばたく強さに憧れ、強敵を打ち倒す戦いに高揚し、成長に焦りを抱え、カッコつけることに忙しい、普通のにんげんである。隣立つ仲間として好ましいと思っても、かつて憧れたものとは違うことは確かだった。

     ──だが、不思議と落胆はしていない。 

    「ねえ、おい、テバ!聞いてるのか?」
    「……は!なんでしょうか」

     物思いにふけっていたテバを、ケンケンととげついたリーバルの呼び声が引き戻した。

    「日記の話だよ、日記!どこから見つかったんだいその日記は。訓練場でって言っても僕がそうそう変なところに置くはずないんだけど、どこ?」
    「ああ、たしか、大地の揺れで向かい棚の底板が外れて、そこからです」
    「あそこがバレたのか……もっとセキュリティのしっかりした場所を作らないとな……いっそ開けたら爆発するとか……ロベリー辺りをのせたら開発してくれそうだし……」
     
     答えを聞くや日記の隠蔽に頭脳を回転させているらしいリーバルを見守りながら、テバはにわかに釈然としない気持ちがわき起こってきた。
     こうして日記を隠されてしまったら、後世のリトには、英傑様のことを知る縁となるものが無くなってしまうのではないだろうか。
     もちろん、他人に日記を読まれたくない、というリーバルの気持ちも尤もなことであるし、テバのいた未来と違ってこの世界では日記以上にもっと多くの資料が残るかもしれない。
     けれどもゾーラのように長命でもないリトの歴史の中で、事実が確実に保存されることの難しさ、過去を遡ることの途方もなさを知るテバにとって、実際に紡がれた記録が無いと同じものになってしまうことは無念でならないのだ。
     そんな誰ともしれぬ同志への同情が、テバに嘴を開かせた。

    「あの、リーバル様」
    「今度は何だ!」
    「日記……を見られないようにする、のは良いんですが。そうするとリーバル様の為した偉業や人柄について知る術が限られてしまうようになるのは、やはり惜しいですし、その…… 」

     思っていることが上手く形にならないテバが言葉を選んでまごついている間に、リーバルはきょとりと瞬いて、おかしそうに吹き出した。

    「フン……大丈夫だよ。そういうのは、ちゃんと別で用意をする。人が見ても良いものをさ。日記なんて情報のとっ散らかったものを読むよりも、系統ごとにきちんとした書物にまとめた方が、後々の戦士だって読みやすいだろ」
    「それは良い、ありがたい話です」
    「そこでどうして君がありがたがるのさ。おかしな奴だなあ」
    「……そうですか?」
    「そうだよ」
     
     くつくつと笑うリーバルの屈託ない様子に、テバも内心ほっとした心持ちで息をついた。これで誰か未来の同志への義理は果たしたし、リーバルの機嫌もそう悪いままにならずにすんだようだ。

    「何だか気が抜けちゃったよ。もういいから、さっさと済ませようか」

     言いながらリーバルはまた床下へと上半身を傾けて、今度は選り分けの済んだものを収納し直していく。
     テバも封の開いた食品類や、用途の分からない置物などを適当な箱にひとまとめにしては、外の薪置き場へと持っていった。そう広くはないスペースなのでいずれは村のごみ捨て場まで持っていかなければならないが、一時的な置き場としては十分だろう。

    「それにしても……こういう話はどこまで聞いていいものか分からないな。未来から人が来るなんて、考えたこともなかったから」
    「あんまり余計なことを喋っちまうと、こちらの世界の未来に悪い影響が出るんでしょうかね」
    「悪いかどうかは知らないけど、影響はあるみたいだね。シーカー族の研究者たちが躍起になって聞き取りを分析してるし」

     テバも神獣から降りるなり白髪の研究者たちに囲まれて質問攻めにされた記憶がよみがえった。転移前の時間や場所から出自から、なぜだか身長体重に朝食の内容にいたるまで、矢継ぎ早にまくし立てられて、横から見ていたリーバルやゲルドの英傑までも呆気にとられた顔をしていたものである。そういえば姫巫女一行は、苦笑いをしていた。

    「いま、研究者たちの間で、君たちのことをどこまで公表するべきか審議が進められてるところなんだ。姫が公に発表する内容が決まれば、もっとちゃんとした“もてなし”ができる筈だよ」
    「もてなしだなんて……畏れ多い話です。俺はただ戦士として、目の前の戦いに首をつっ込んだだけなのに」

     テバが過去に来る前、元の未来世界で突然に目の前に現れた青い光の柱に飛び込んだときは、その光の向こうにいるのがあのリトの英傑であることも、同族を襲っているらしき敵がお伽噺に聞く伝説の厄災であることも、何も知らなかった。
     ただ苦悶の声が聞こえ、そこに手を伸ばしてやれる場所に、ちょうど自分がいたから。
     戦士である自分の目の前に、護るべき同胞の姿と戦場があったから。

    「それができる戦士もいれば、できない戦士もいる。それだけでも君は僕らにとって有益な結果をもたらしてくれた実績がある」
    「そんなものですか」
    「どうするかは君が決められることじゃないからね。あきらめて大人しく歓迎されることだ」

     歓迎されることはもう決まっているらしい。それはきっと彼の中でだけのことではない、というのが、過去に来て数日のテバにも分かるほど、百年前のリト族たちは鷹揚でおおらかだった。

    「ところで、先ほどから何をお探しになっておられるんですか?」

     床の上に広がっていた物をすっかり収納し直してしまってからも、なぜだかリーバルは床下を探っていた。食料品はしばらく困らない量があることは確認できたし、もう用は無いはずである。不思議に思って尋ねると、床下に顔を突っ込んだまま、機嫌の良さそうな声が返ってくる。

    「いや、ちょっといいものをね……この辺に隠しておいたはずなんだけど……」
    「いいもの?」

     すでに床下に半分ほど身体をつっこんで中を探っているリーバルは、隠しておいたという言葉の通り、先の食料などが入っていた収納とは別な空間を漁っているようだ。紙束のかさかさした音や、何か引き出しを動かすような音もする。これは100年後の訓練場でテバが見た覚えのないものだ。
     しばらく横に座って待っていると、ごとん、と重いものがぶつかったような音と共に、リーバルがあ! と弾んだ声を出した。お目当てのものが見つかったようだ。

    「あったあった!これだ。ようし、上手くできてそうだな」
     
     身体を起こしたリーバルが手に持っていたのは、一本のガラスビンだった。リトの翼の手でもちょっと抱えるくらいの大きさがあり、漬け物でも入れてあったかのような大口で幅広のビンだ。口はコルク栓を金具で固定する仕組みにしてあり、表面にラベルなどは見当たらない。何かの空きビンを再利用したような風体だが、まさか本当に漬け物が入っていたわけではなさそうで、一方の端が注ぎ口のようにとがっていた。
     中には透明な琥珀色の液体がちゃぷんと揺れており、水面近くには何やら青い果実のようなものがぷかぷか浮いている。 
     リーバルはビンを床に置くと、戸棚の方へ行って、手に二口の猪口を携えて戻ってきた。ガラスの大ビンとリトの鮮やかな釉薬で彩られた陶器の猪口ではアンバランスだが、どうやらテバと二人で中身を飲むつもりのようだ。

    「さ、まずはこれを飲みきるところから、ってね」
    「これは……酒、ですか」
    「あたり」

     答えて、ぽんと音をたてながら栓を開けたリーバルが酒ビンを両手で持って、テバの方に向かって顎でタンスの上に置いた猪口を示した。持て、ということらしい。慌てて二口の猪口を持って近くに寄る。
     とくとくと注がれていくうすい琥珀色の液体は、白くつるりとした陶器の内によく映えた。ぷかぷか浮かんでいた果実は食べても問題ないそうだが、最初だから、ということで、リーバルが器用に果実が猪口に入ってしまわないように酒だけを注いでくれた。
     ビンを置いたリーバルが猪口に嘴をつけるのを待ってから、テバも手元の猪口を傾けた。
     ふわりと香るのは、甘酸っぱいような芳香だが、口当たりは匂いからは意外なほど甘味の少ないさらりとした味わいだ。そして味わっていると、すっと鼻の方に抜けていく空気が刺激的な辛みをまとっていく。揮発する成分に辛みが含まれているのだろう。けれど不快さはなく、酒を飲んでいるのに目の覚めるような不思議な感覚だ。香りだけでなく舌の上でもぴりりとした風味が踊り、飲み下すともっと欲しくなるように感じるほどのどごしをさわやかに締めている。

    「ほう……旨い。これは、香辛料を漬けて?」
    「お、わかるかい?夏ごろからまだ青いうちのポカポカ草の実を摘んで、ホワイトリカーに漬け込んだんだ。リキュールだよ。行商に来るシーカー族の薬売りに作り方を聞いたんだけど、試そうにもなかなかいい保管場所が無くってさ。飛行訓練場ができてから、ここならいけそうだと思って、やってみたんだよ」

     酒好きの仲間たちの目を逃れて準備をするのにずいぶん骨を折ったのだ、とか、酸味の強いイチゴの果実酒を少し混ぜるのが飲みやすい味に仕上げるコツなのだ、とかリーバルは悪戯を自慢する子供のように語った。

    「それではご相伴に預かるのは俺が初めてだ、と?」
    「そうだよ。他の連中は、遠慮なくどかどか飲んじゃうから、味を聞く前にすっからかんになっちゃうしね。それに酒でも入れたら、君のその何だかつっかえてるみたいな角張りも取れるんじゃないか?」

     どきり、とした。テバがリーバルに対してある種の戸惑いを覚えていることは、努めて敬意の振る舞いのなかに隠しているつもりだった。
     気づかれているのか、いないのか。冗談めかした口調からははっきりと読み取れない。

    「角張ってるつもりは……無いんですが」
    「なら、こういう時くらい、僕に遠慮するのはナシだ。変にかしこまらないでくれ」
    「は、努めます」
    「よし。言質はとったからな」

     ふふん、と得意気に笑うリーバルはまたすぐに杯を空けて、次の酒を注いでいる。テバが気後れから多少のろのろと飲んでいたとしても、かなり早いペースで飲み続けている。

    「しかし、俺はこのまま此方で休ませてもらいますが、リーバル様の方はいま、酒を召してよかったんですか?」

     ハイリア人たちが酒に酔っぱらって千鳥足になるのと同じに、リトも酔うと平衡感覚が狂って、飛ぶのがおぼつかなくなる。歩くのはもっとだめだ。そして酔っぱらった頭でふらつけるほどへブラの膝元リノス峠は穏やかな道ではないのだ。
     テバの疑問に、リーバルは手元の猪口をぐいとやってから軽い調子でこう言った。

    「ああうん、今日から僕も君と一緒に此処で暮らすからね」
    「……は?」

     まるでビタロックをかけられたかのようにテバの身体がびたりと止まった。急停止の勢いについていけなかった猪口の酒がぱしゃりと跳ねて、手元にこぼれる。
     リーバルがうわっと声をあげて慌ただしく席を立った。ばたばたと戸を開け閉めする音が聞こえる。どうやら拭くものを取りに行ったらしい。テバはまだ硬直していたので、こぼれた酒がそのまま羽を伝って、床にぽたぽたと水滴が落ちていった。
     そんな状況の把握はできていても、テバは一向に先ほどの言葉を呑み込むことができずに頭の中をリフレインしている。俺が飛行訓練場に住む。それはいい。一緒に暮らす。誰が?誰と?俺と英傑様が?どういうことだ。イッショニクラスってなんだ?
     
    「おい、もったいないじゃないか。せっかくうまくできたリキュールなのに」
    「いや、その……すみません」

     ほら、とタオルを投げよこされて、テバはぎこちない動きで手と床の液体をぬぐい取る。たしかに酒に罪は無い。食物を粗末にするのはバチがあたる。ましてやあの英傑様がふるまってくれた酒をこぼすなんて、もったいない。
     だが、そんな粗相をする原因となったのは、その英傑様の発言なわけで。
     考えても考えても自分の理解を越えている。
     弱りに弱りきったテバはタオルを脇に片付けながら、それはもう勇気を振り絞って尋ねた。

    「あの、……先ほどのお言葉の意味がよくわからないんですが」
    「はあ?意味も何も、言葉通りだけど」
    「いや、意味と言いますか、どうしてその結論が出たのかの脈絡が分からないというか」
    「君の力がリトにとって有益である、と保証したのは僕だ。だから君の処遇についてリトの中で僕が裁量を請け負った。請け負ったからは、君は僕の客人として扱う。よって当然、僕が生活の面倒を見てあげるってワケだ」
    「え、あの、ええ?」
    「なんだよ。保証人と定住する家とがないといろいろ困るだろ?まさかハイリア兵の寄宿舎に混ざって寝たいの?あんなの長く居たら翼を痛めるよ」
    「そりゃ嫌ですけど、」
    「じゃあここしかないだろ。決まりだ」
    「ええ……?あれ……?」

     隙は無し、というように自信満々に決定づけたリーバルに対して、テバは狐につままれたような心地である。
     おかしい、何か一つ二つ話がすっぽ抜けている気がする。
     眉を下げてあちらこちらに視線をやっても、リーバルとテバ以外に誰もいない現状では、確かめるあてもない。

    「み、皆は承知なんですか?こんな素性の知れない奴を、英傑様のお住まいに置いておくなんて、それこそ信用を損なったり、分裂を煽ったり、危険では」
    「そんな細かいことを考えるのは明日でいいんだ。僕だって、今日はもうずいぶん疲れてる」
    「やはりお怪我が障るんですか!医者を……」
    「ああもう、違うったら。まったく、君も大概ハッキリ言ってやらなきゃ分からない奴だよね!せっかく『百年後にもある』って言うから此処まで引っ張ってきたのに。あんまり効果がなかったかな」
    「『百年後にもあるから』、って……」
     
     ますますテバには話のつながりが見えなくなった。百年後にもこのリトの飛行訓練場があると、そう言ったのはたしかにテバだ。けれどそれがどうして、テバとリーバルが共に暮らすことにつながるのか。

    「……俺を飛行訓練場に住まわせるのは、村の安全のためじゃ?」
    「それもある。けど、一番の理由は、未来からきてひとりぽっちだって言う君が心から気を抜いて休めそうな場所が他に思いつかなかったからだよ」
    「休めそうな場所?」
    「だって君、こっちに来てからもうずっと気を張りっぱなしだよね。リトの誰も君のぐっすり寝てるとこを見てないって、知ってるんだぜ」

     また、どきりとした。過去に来てからこっち、テバが仮眠を取るように僅かな時間しか眠っていないのは本当のことだった。戦で昂って目が冴えているだけだとか、任務が控えているからとか、言い訳のしようが幾らでもあったから、誤魔化せていると思っていた。
     今度は気のせいではなく、明確にテバの持つ気後れを見抜かれている。
     何か、言わなければ、と思いながら、テバの嘴は開いてくれない。のどの奥をとうに流れていったはずの酒の辛味が、張り付いているように消えない。

    「さっきも言ったけど。君は、……英傑への尊敬以上に、僕に何か変な遠慮をしているだろ。その理由は知らないし、わざわざ追及をするつもりもないよ。でも、それのせいで君が不調をきたすっていうなら話は別だ。君はリトの戦士だから。僕たちリトの戦士は、仲間を守る責務がある。それは戦士と戦士の間だって変わらないものだ」

     そこで言葉を切って、リーバルはぐいと猪口の中身を煽る。続く言葉をひと息で言うために、しっかりと準備を整えている、といったふうだった。リーバルの赤い目蓋と翡翠の瞳が、ゆっくりとしたまばたきをする間、テバはぴくりとも動かなかった。
     
    「君は、君自身の事を自分は他所から来た異物で、勝手に僕たちの味方をしているだけ、なんてふうに思ってるのかもしれないが──僕は、君だって護るべきリトの仲間だと思ってる。僕だけじゃない。この混沌とした戦いの中で、僕らリトは君が仲間として是が非でも必要で、信頼したいと思ってる。いきなり君の方にも同じように思えとは言わないが、それでも。僕らがなるべく君との信頼を築くために動いていることは知っておいてくれよ」

     リーバルには珍しい、飾り気のない直截な言い様だった。
     そうか、とテバはようやく、飛行訓練場への道すがらリーバルがやけに遠回しな会話を続けていた理由に思い至った。
     ──ずっとこれを言おうとしていたのか。

    「つまり、俺の──俺を、護るためにお気遣い頂いた最たるものが飛行訓練場ここでの暮らし、なんですね」
    「そう。君のため。わかったかい?」

     わざわざテバを指さし、言い含めるように笑ったリーバルは、やおらにすっくと立ちあがり、気取った指揮者のように腕を拡げた。

    「さて!分かったなら、まずはこう言っておこうか。ようこそ、そして──。遠い時の果てより来たりし同胞よ。一時ばかりだけど、今日から此処が、君の、帰る場所だ」

     おかえり、と自分を迎え入れてくれる人と家。それはテバにとって、未来にのこしてきた妻と息子の待つ、リリトト湖にぽつり建った村の、あの小さな家にほかならない──けれど。
     テバの胸がことりと鳴った。
     さっきまで凍りついていたのがようやく温まって動き出したような、動き方を思い出したような、じわじわと昇ってくる感情──……
     テバはふと、自分の両肩が軽いことに気がついた。背筋を切りつけるような緊張がほどけ、ぐるりと腹の底あたりにうずまいていた憂鬱さが溶けた。
     それは、過去へと飛び込んできたあの瞬間から今までずっと、身体じゅうがこわばっていたことの裏返しでもあった。
     何もかもが知っているようで見知らぬ異境でただ一人きり。
     伽噺にしか見ない壮絶な戦いと血埃の絶えない日々。
     凶暴な魔物に、人々の困窮。民の悲鳴と、戦士の苦悶の声。
     かつての悪夢の記憶に重なる、陸路を行くリトの姿。
     なによりもテバ自身が、あの荒涼とした大地とは違う歴史を進んでいくこの世界に対して感じていた、孤独感。

     ──俺は、わりに参っていたらしい。

     そして見知ったものと変わらぬこの飛行訓練場を見て安堵したときよりも、今、自分より一回りも小さい青年がかけてくれた言葉の方が、ずっと心をゆるませた。
     それはテバの感じた孤独を否定しなかったし、けれど突き放すことも束縛してくることもしないのが心地よかった。
     
     ──憧れたあの人の隣が、俺の居場所になるのか。

     なぜかしら誇らしい高揚感よりも、みずみずしい望郷の念が胸を満たした。帰りたいとも、帰ってきたとも違う、新しい故郷を思う気持ちは、風のように涼やかに胸をすいていった。

    「どんな敵だって、この僕がいる限り、この家には一歩も踏み入らせないよ」

     安心してゆっくり休むと良い──そう言って自信溢れる笑みを浮かべる青年は、たしかに、誰かに頼られてそれを受け止めることに慣れたヒーローの顔をしているのだ。
     
     ──敵わねえな。

     今はまだ。と、そう付け足したいのは、テバの意地だ。弓を引いて、翼を拡げて、戦士としての姿が近付けていることは喜ばしい。けれども、頼られて応える、その心があまねく届く英雄の腕の大きさは、無鉄砲に遮二無二の強さを求めるだけでは追い付けない。
     
    「返事は無いのかい?お客人」
     
     だからこそ、追い越してやりたいと目指すのだ。いつまでも、きっと。 
     いつの間にか隣に座り直して、杯の向こうで挑発するように含み笑いをしているリーバルに、テバは観念して笑いかえした。さっきから、真面目な顔をつくるのにたいそう努力が要って、すっかり疲れてしまっていたのは本当のことなのだ。ぴりからいリキュールの風味が目に染みるくらいに。

    「いえ───いいえ。ただいま、戻りました!」
    「フン……ま、今はそれで勘弁してあげようか。まだ酒はのこってるからね」
     
     さあ、今宵は飲むぞ、と意気高にかかげられた猪口に、テバも手元の猪口を合わせて乾杯した。ぐびりと飲み干したリキュールは、やはり辛味がぴりりときいて、ほんの一瞬のどを焼くように通り抜けるのが、不思議で新鮮な郷愁によく合った。しまい込んだ食料品から、乾燥果実や加工肉などすぐに食べられそうなものをつまみに引っ張り出して、これは合う、こっちは合わない、などと批評し。どちらかの猪口が空けば、どちらかが注いで、飲みかわす。テバが酒瓶を取って注ぐことがあれば、リーバルが注ぐこともあった。お互いあれこれ頼まなくっても、なんとはなしに飲んで、杯を置いて、次の杯を傾けるタイミングが分かる。愉快なほどするする飲めてしまう。
     こんな日々があったのだ。テバの知らないままのリトの英傑にもきっと、こんな風にリトの同胞と語り明かした夜や、先を競い合って飛ぶ昼や、何でもない冗談で笑ったり呆れたりする朝があった。
     たとえ、この先がテバの知るものと同じ未来ではないとしても──そのことは変わらずに本当だった、と信じられる。
     悲劇を忘れぬための伝承を受け継いできたリトの一族の末として、悲劇だけではないと、ただそれだけの小さな確信を得られたことが、たまらなく嬉しかった。

     ──まるで誰かリトの見続けてきた夢のなかに引き込まれたようだ。

     もしたとえ夢であるならば、せいぜいその誰かの寝覚めが悪くならないよう、できるだけ楽しい夢見にしてやろう。そのためにテバの見てきた悪夢があるのなら、きっと意味があったのだ。
     この晩は、無礼講の一夜だ。未来からやってきたテバにとっては最初の、リーバルにとってはそれが当たり前の日々の、リトの戦士がそうあるだけの自由な心が揃う晩なのだ。
     帰りたい場所、守りたいものが一つきりでなくたっていい。追い続けた夢のかたちが一つでないなら、こっちの顔の合わせ方だって、一つでなくってもいいのだろう。──そう、かしこまらなくってもいい時はある。たとえば、憧れの人の前でカッコつけて見栄を張ってみせる時だとか。

    「──ところで、せめて言うなら、“僕たち”、にしといてくださいよ」
    「それは明日以降も、君の戦いぶりを見てからだね。未来からやって来たって言う実力でせいぜい驚かせてほしいよ」
    「なら、開けた嘴を戻せなくしてやりましょう」
    「へえ? それは楽しみだね!」

     顔を見合わせてどちらともなく吹き出した笑声は、夜の藍を軽やかに翔けていって、夜更かしの鳥の代わりに、明日の光を呼び起こしてくるようだった。

     ──翌日、気合いを入れたテバがあちらこちらの戦場で撃ちまわった桁外れの爆弾矢の支出総額に肝を潰したリーバルが、本当に開いた嘴が塞がらなくなりかけたのは、また別の話である。
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    DOODLEpixivより引っ越し。雪の日のリト師弟と白い羽毛の話。
    かくれ雪 はあっとリーバルは嘴の隙間から白い息を吐いて、ごうごうと唸り声のする外の景色を覗き込んだ。

    「吹雪いてるねえ」

     万年氷漬けの雪山にある飛行訓練場は、今日はとびきりの猛吹雪に遭っていた。ごうごう聞こえるのはその吹雪の音だ。おかげで朝だというのに火を焚かなくては中も外も何も見えないほど薄暗い。リーバルたちリト族は翼に蹴爪に嘴と、鳥のような見た目と同じに[[rb:鳥 > ・]][[rb:目 > ・]]を持っているので、さらに弱り目だ。気分もふさいでしまう。

    「これは当分止まないぞ……今日は任務に出るのは厳しそうだ。テバの奴、ちゃんと帰ってこられるかな」

     同居人のテバは明朝に雲行きの怪しさを見て、薪の確保をすると言って出て行ったきりまだ帰っていない。まだ備蓄があるから大丈夫だとリーバルは言ったのだが、テバは「ここらの空気がどんより重たくって、うなじの毛がふわふわするようなこういう天気のときは、後でどっさり雪がくる予兆に決まっているんです」と言って籠もりの準備をするのを譲らなかった。未来の世界で飛行訓練場の[[rb:ヌ > ・]][[rb:シ > ・]]をやっている経験と勘がそう教えてくれるらしい。そのときは吹雪がこれほど強くなるとは知らなかったから、リーバルも止めそこなってしまった。今の[[rb:ヌ > ・]][[rb:シ > ・]]であるリーバルはそんな予兆は感じ取れなかったし、テバの言うことにも半信半疑だったのだが、眼前の吹雪はテバの勘の方が正しかったことを容赦なく突きつけてくる。
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