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    fujoshi_yametai

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    fujoshi_yametai

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    社食アルバイトのニ×社長の燐
    この後燐はニと出かけたりするようになるがお金を渡しちゃってニもフーンってなって拗れたりするけど最終的にはラブラブになる予定だったやつの超冒頭

     敷かれていたレールの上を歩き続け、思えばずっと一人だった。叩き込まれた勉学、作法、ありとあらゆる習い事の数々は息苦しくてつまらなくて、然りとて正しきを信じて励んだ少年時代は何一つとして胸を躍らせた思い出はない。学友達は晴天の下に笑い声を響かせ肩を組み、小突き合いながら下校しているというのに、俺は学校から少し離れたところに停車した自家用送迎車で家と学校の間を無機質に往復していた。まるで運搬のようだ。徒歩で帰るとギチギチに詰められた家庭教師の時間に間に合わないので誰かと和気藹々談笑しながら帰るなど以ての外だった。そもそも喋る相手もいなかったけれど。
     背丈がデカくて威圧感がある、面白いことの一つも言えないガリ勉。そりゃあわざわざ話しかけたくはないだろう。隣の席の女生徒が落とした消しゴムを拾えば、または学年トップの成績が貼り出されれば、あるいは登校時に車から降りた時だって人々は俺を遠巻きにひそひそと耳打ちをし合う。「また天城だよ」と聞こえてくる声をなるべく通さないように目線を下げて、しかし背筋を曲げようものならどこからともなく父の罵声が飛んでくる気がしてそれは出来なかった。

     友人もいなければ、恋人も勿論いない。しかし金なら要らない程にあった。

     大学生になっても尚日々を退屈で染める俺へ、父は金を与えた。会社を回し続けるための使い方は嫌と言うほど学んでいたけれど、娯楽のための使い方などさっぱりだ。とにかく見よう見まねで自分のためだけに浪費した。飯を食った。服を買った。ただただつまらなかった。
     どんなに美味い飯も食べてもどんなに煌びやかに自分を着飾ってみても、共にする人がいないことに気付くと虚しさはどんどん胸の中で肥大する。広がる空虚を埋めるように買えるものは全て買った。自暴自棄とも言うのかもしれない。そしてついには、笑い合う友人、柔らかく包んでくれる女を。
     あぁ、俺以外の奴らはこんなに楽しい日々を過ごしていたのだ。浴びるように酒を飲み、大きく口を開けて下品に笑う。肩を並べる相手がいるのが嬉しかった。こういう時に陽気な方が相手もノってくれやすいと知り、教わった作法など全て放り投げて努めて軟派に振る舞った。自身に「つまらない」以外の感性を持ち合わせていたことにこの時初めて知ったと思う。

     それでも札束の橋を渡って会いに来てくれたオトモダチやコイビトは、札束の橋を一枚一枚丁寧に回収しながら帰っていく。道中、「また遊ぼうね」と隠しきれちゃいない卑しさを滲ませて。

     俺が欲しかったのはこんな笑顔だったのだろうか。ぽつりと残された孤島ではいつもいつも同じ言葉が反響した。金の橋がないと、向こう岸に去っていった奴らは俺を忘れてしまったかのように見向きもしない。だから何度でも敷いた。
     俺に出されたその手に金を握らせるのではなく、いつか見た学友達のように肩を組んで、時には愛する人と手を繋いで笑ってみたかったから。


    -

     午後二時四十三分。夏用の上質なスーツは重りのように圧し掛かり、燐音はせめて気休めにとネクタイの結び目に骨ばった指を差し入れた。経営計画の見直し、役員から提出された報告会資料のチェック。そこまでは概ね予定通りであった今日の予定はその後の取引先との商談でだいぶ狂わされてしまった。提示された利が合致せず平行線の長丁場となり、よもや日が傾きかけている。
     腹は減っていた。今すぐに何か胃の中に放り込みたい気持ちがある傍らでわざわざそのために蝉がけたたましく喚き散らしている外へ繰り出そうとは思えない。てっぺんを超えたとはいえ、夏の午後はまだまだ盛りを見せている。望みはさして持たず惰性に脚を向けてみたものの、午後二時までの社員食堂のカウンターは案の定当然のようにシャッターが下ろされていた。
    (パンでもありゃ、と思ったんだけどなァ)
     燐音は元々食にさほど執着はないため飯を抜いたくらいでどうということはない。しかし懸念があるのだ。空腹は脳の回転を鈍くさせ仕事の効率を落とすだろう。この後も片付けなければいけないタスクは山ほどある。時間も余裕はない。前社長である燐音の父は「将来苦労しないように」と次期社長となる燐音を厳しく躾けてきた。燐音も反抗せず従順に受け入れていたが、いざ蓋を開けて見れば結局苦労のオンパレードではないか、と着任して早々追われる仕事に舌打ちをしたのを覚えている。
     そのような毎日も繰り返し繰り返し熟していけば次第に順応していくのが人間であり、燐音の長所の一つとも言える。例えばどうしたってむしゃくしゃした時、気が散漫になってスクリーンに整列する文字が意味を持たない記号になってしまった時、腹は減ったがそれどころではない時など、最低限つまめるものとしてデスクへチョコレートを常備していた。気休めの糖分でしかないがないよりあった方がマシなのだ。それも今日の午前中に底を尽きてしまったのだけれど。空腹は敵だが豪勢な食事を求めているわけではない。それこそチョコレートのように、なにかひとかけら口に含んで誤魔化せればよかった。なんとなしに腹に手を当てる。空腹は我慢できるが、やはり仕事の面において最善では無い。合間を見て秘書に昼を買いに行かせようか。
     などと考えながら波打つ冷たいグレーをぼうっと見ている燐音は、側から見たら食いっぱぐれて途方に暮れているように見えたのかもしれなかった。紛れもなく事実であるが決して悲観しているわけでも空腹に耐えかねているわけでもないのだ。ただ、たしかに空腹は脳の回転を鈍くさせるということを声をかけられてから隣の存在に気付いた時、改めて感じた。
    「あの……お兄さん、そんなにお腹空いてるんすか?」
     能天気な声の出所は燐音より少し背が低くてなよっとした雰囲気の若い男だった。
    「……あァ、悪い。作業の邪魔か?」
    「カウンターはもう拭き終わってるし後はまぁ……ほぼ帰るだけっすけど、お昼ごはん食べられなかったんすか?」
     間延びしている軽い口調。鋭く尖る棘も気が付かない内に丸みを帯びてしまうような、毒気を抜かれる声だ。フレンドリーとは紙一重だけれどもこの男の距離感はいいように働いているように思える。砕けた話し言葉は不快とは対局的だ。人の良さを音色にするとこんな音をしているのだろう。
    「腹ペコさんっぽいっすねぇ」
    「……」
     決して目上に対する言葉遣いではないが。小首を傾げて燐音を見上げる目に委縮も尊敬も浮かんではいない。食堂のアルバイトなど社長の顔も知らないし興味だってないだろう。燐音はほんの少しだけその色を堪能したくなってしまう。
     先の商談では営業部長に同席したけれど社長自ら顔を出したというのに得られず仕舞いの結果に酷く顔面を強張らせていたのがふっとよぎった。
     俺がお前の雇い主であると伝えたらどんな顔をするのだろう。なんとなくこの男は変わらないような気もするが、まぁわざわざ言うべきことでもないと思い、「お兄さん」「腹ペコさん」と呼ばれたことに対しては聞かなかったことにした。
    「そんなところだが適当にやるから問題ない。お勤めご苦労だったな。……っと」
    「おっ」
    「……」
    「いい音~!」
     機を狙ったかのように燐音の腹から地を這うような重低音が鳴り、ダークグレーのジャケットの第二ボタンへ二人分の視線が集中した。
    「…………コイツを大人しくさせるには餌でも放り込んどかねェとダメだな」
     ぐうぐう鳴かれちゃそれこそ気が逸れてしまう。仕方ない。時間の余裕はないがコンビニでゼリーだけでも買うべきだろう。
     そうして踏み出した燐音の脚は、突拍子も無い、言うなればサプライズのクラッカーのような瞬発さで即座に引き止められた。
    「お兄さんめっちゃ運がいいっすね!」
    「……あ?」
    「ヒィ!? そんな怖い顔しないでほしいっす! いやお腹が減ると眉間に皺寄っちゃう気持ちもわかるっすけどね……。僕も限界迎えた時とか……結構ヤバいんで………。でも! 怖い顔したってお腹は膨れないんすよ〜?」
     アルバイトの男はふんぞり返った得意げな顔から青くなったと思ったら額に手を当てうんうん唸り出し、それからまた得意げな顔に戻るという一人百面相を披露してみせた。そこまでは燐音も「忙しないヤツだな」で済む。燐音の眉間の皺が一層濃く刻まれたのはこの男が立てた人差し指を外に弾いて振りながらずいっと顔を寄せてきたためだ。不快では無い距離感と先程は感じたけれど、正直ここまでくると不快である。
    「……っ!」
     ───というか燐音は少し戸惑っていた。目の置き所がわからないというか。なんせ交友関係がからっきしの人生。金で繋がりを得た仮初の友人や恋人でない限り、こんなに近くで人間の目を見たこともないし見られたこともない。目を逸らしていいんだか一歩引いていいんだか冗談の一つでも返せばいいんだか。しかし静かな青の向こうに陽だまりの暖かさが透けて見えた気がして、勿体なくて目が離せない。
    「お兄さん?」
     尚覗き込む顔に意識が引き戻されて時間が動き出す。いや、見つめ合ったってどうしようもない。それこそ腹が膨れるわけではないのだし。別に、たまたま出くわしたこの男と宜しくやりたいわけでもない。離れろ。固まった身体になんとか酸素を取り入れてそう言おうとしたが、うっかりと言うべきかやはり空腹は脳を鈍らせるのか、どうやらまったく頓珍漢な引き出しを開けてしまったようだ。
    「デミグラス…………」
    「んぃ?」
     息にほんの少しばかり音が乗ったと言えるほど慎ましやかなものだった。心の声が悪戯に呼吸と混ざり合う。空気に溶け込んたデミグラスソースの淡い匂いは鼻から通り抜け、舌の先が期待で唾液に浸る。男は合点がいったのか、頭の上の電球が点灯したようにわかりやすく「あぁ!」と髪を跳ねさせた。
    「今日の献立の一つでしたからね〜! 匂いが染み付いてるのかも?」
     左肩を滑るうねった髪に指を通し「自分ではわかんないっすけどねぇ」と鼻へ寄せる。
     真剣な面持ちで自身の毛先の匂いを嗅いでいるのが面白くて吹き出してしまいそうになるのを耐えた。笑ったら失礼に値するかもしれない。お腹にぎゅっと力をいれる。ぐう。
    「なはは」
     そして燐音の腹は刺激され、また虫が悲鳴を上げた。反射的に腹に目を落として抑えたとしてもなかったことにはならないが、おかげでやっと男の目から逃れることはできた。
    「お兄さんの身体は正直っすねぇ」
     男の指が燐音の手の甲をつつく。冷徹な印象を持たれがちな燐音の白い肌と彼の健康的な色合いは濃淡の差異をはっきり映し出した。あたたかそうだと思っても僅かに接した指先ではわからず、焦れったいような、確かめてみたいようなもどかしさが灯る。しかしくるりと遊ぶ人差し指を見続けているのは勿論それだけに心を奪われたわけではない。
    「……いや、ちげェし」
     この男がどんな顔をしているかなど見なくてもわかっていた。きっと目で弧を描いて馬鹿にしているのだ。恥ずかしい。腹の虫はコントロールできるものでもないだろ。さっき俺は笑うのを耐えてやったのに、だから腹を鳴らしてしまったのに。恨み言は胸に留めた。耳の先が不自然に熱い気がする。でも不思議と嫌な気持ちだけじゃない。
     それどころか燐音はこの掛け合いに浮かれていた。彼女が出来たという友人に対して揶揄いながらも祝福し、肘でつついていた生徒を思い出す。この男と自分はまさしくこの二人のようではないかと、別の気恥ずかしさに追われていた。
    「ちょっと待っててくださいね」
     燐音が足の指がむずむずして人知れずソックスの中で親指と人差し指をすり合わせている間に男の指は離れ、美味しそうな匂いが軽快に遠ざかっていく。しっぽのような髪を揺らして厨房に繋がるドアを潜っていくのを名残惜しく見届けることしか出来なかった。

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     敷かれていたレールの上を歩き続け、思えばずっと一人だった。叩き込まれた勉学、作法、ありとあらゆる習い事の数々は息苦しくてつまらなくて、然りとて正しきを信じて励んだ少年時代は何一つとして胸を躍らせた思い出はない。学友達は晴天の下に笑い声を響かせ肩を組み、小突き合いながら下校しているというのに、俺は学校から少し離れたところに停車した自家用送迎車で家と学校の間を無機質に往復していた。まるで運搬のようだ。徒歩で帰るとギチギチに詰められた家庭教師の時間に間に合わないので誰かと和気藹々談笑しながら帰るなど以ての外だった。そもそも喋る相手もいなかったけれど。
     背丈がデカくて威圧感がある、面白いことの一つも言えないガリ勉。そりゃあわざわざ話しかけたくはないだろう。隣の席の女生徒が落とした消しゴムを拾えば、または学年トップの成績が貼り出されれば、あるいは登校時に車から降りた時だって人々は俺を遠巻きにひそひそと耳打ちをし合う。「また天城だよ」と聞こえてくる声をなるべく通さないように目線を下げて、しかし背筋を曲げようものならどこからともなく父の罵声が飛んでくる気がしてそれは出来なかった。
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