碇くんの恋人 冒頭部分ザクッ ザクッ……
辺り一面の、白銀の世界。
誰も踏み込んだ形跡のない白い大地に、僕の足跡だけが残っていく。
———
高校入試のための上京。
試験自体はなんとか終えることができ、時間もあったので街を散策することにした。
明城学院付属には寮がある。
親戚の家を出てここで寮暮らしをする様子を想像しながら、雪の降る街を歩いた。
この都市には、いつからあるのかもわからない遺跡がある。
学者の研究でもその詳細は解明できていないらしい。
都心からさほど離れていないところに、その遺跡はあった。
地面に刺さっているようにも、地面から生えているようにも見える、十字型の不思議なオブジェ。
何故か心がざわついた。
遺跡を横切り少し歩くと、大きなクレーターのある場所に辿り着いた。
この穴は地理の教科書で見たことがある。
ただ街を抉るような形状をしており、はるか昔に形成されたものではないようで、その理由も解明されていないらしい。
――嫌な気分だ。
僕はこの場所を知らない筈なのに。
もう帰ろう、と思い最後にもう一度だけクレーターの方に目をやると、穴の手前に何かが落ちていることに気付いた。
誰かが歩いてきて落とした形跡もないのに、どうしてあんなところに。
近付いてその落とし物を確認する。
「人形?」
僕は小さな人型をしたそれを拾い上げた。
人形にしては――柔らかい。
「なんだこれ」
どう見ても「ヒト」がそのまま小さくなったような、女の子の形をした何か。
大きさは20cmくらいだろうか。
青みのかかった銀の短い髪に、雪と同化してしまいそうな程に白い肌をしていた。
身体には白い薄手のワンピースを纏っている。
付いていた雪を払い、身につけていた手袋を外して直にその人形を手に取った。
――ほんのりあたたかい。
僕の手よりは冷たいが、無機質な人形とは違うぬくもりを感じた。
そして驚いたことに……息をしている。
「生きてる……?」
「ん……」
「!」
僕の言葉に反応したのか、その小さな存在が瞼を開けた。
宝石のような、真っ赤な瞳。
そして僕の方を見た瞬間、その双玉を更に大きく見開いた。
「碇、くん……?」
「えっ、なんで僕の名前……」
「碇くん……!」
「うわっ」
突然掌の上からふわっと浮いたかと思うと、僕の顔に縋り付いてきた。
「よかった……還ってきてくれた……」
「えっ……?」
先程はなかった、光る4枚の羽根が見える。
状況が飲み込めないが、この子はヒトではない何か……妖精のような存在なのだろうか。
そして、何故か僕の名前を知っている。
「ごめん、あの……君は何? なんで僕のこと知ってるの?」
その言葉を聞いて、妖精は僕の頬からバッと身を引き、少し離れたところに浮遊した。
……とても、悲しそうな表情で。
「そう……私のこと、覚えてないのね」
「……どこかで会ったことある?」
「……」
紅い瞳から、ぽろっと雫がこぼれ落ちた。
ズキッ
「っ……」
突然、頭に痛みが走った。
オレンジ色の水の中。血の匂い。身体に走る激痛。
心を掻き乱される痛み。そして――白い光。
脳内を流れる、断片的なイメージ。
――これは僕の記憶? 僕は何かを忘れている?
「思い出して。私のこと……」
妖精は僕の手を取ると、指先を両手で包んで額にすり寄せた。
身体が光り出し、羽根が伸びて……6対の翼を形成する。
この光景を僕はどこかで……
「うわっ」
僕の身体も光に包まれると同時に、何かが一気に流れ込んできた。
「うわああああ!!」
鮮明な記憶。
視覚も、痛みも、感情も、全てを。
――そして、心を通わせた少女のことも。
「……あや、なみ……?」
「碇くん……よかっ、た……」
「綾波!!」
彼女の身体から光が消え、羽根が消滅すると同時に浮力を失う。
地面に落ちるすんでのところで、両の掌に受け止めた。
「綾波! 綾波ーッ!!」
つづく