いたずら「じゃーん。ハロウィンの仮装でーす!」
そう言いながら、ナガラは両手を広げて見せる。それを見て、ほぉとリュウジさんは感嘆の声を上げた。
「俺が悪魔で、兄貴がキョンシーなんですよ!」
「なかなかのクオリティだな」
リニア・鉄道館のハロウィンイベントの一環で、従業員が仮装をすることになったらしい。せっかくだからと僕たちの分の衣装まで用意してくれたので、それを着てナガラとお菓子を貰って回っているところだ。正直、ちょっと恥ずかしいし、仕事の邪魔をしているようで気がひける。でも、どこの部署の人も笑顔で受け入れてくれるし、お菓子もたくさんくれた。運転士といっても、まだまだ僕たちは子ども扱いなんだなぁとしみじみ思う。
「はい」
「?」
ナガラがリュウジさんに手を出す。しかし、リュウジさんは何がなんだかわかっていないようで首を傾げる。
「トリックオアトリートですよ!お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃいますよ!」
そうナガラが言いなおすと、なるほどと頷いたリュウジさんの動きが止まる。
「もしかして、お菓子ないんですか?」
「悪い、ハロウィンのことを失念していた」
ナガラがそう問えば、申し訳なさそうにリュウジさんは言う。リュウジさんがデスクでお菓子を食べているところなど見たことがないので、そもそもお菓子を常備していないのだ。持っていないなら仕方がない。仕事の邪魔になるからと、出ていこうとしたところでナガラが口を開く。
「じゃあ、いたずらするしかないですね」
ナガラの一言に、僕は驚愕する。ハロウィンだからと言って、あのリュウジさんにいたずらをするだなんて。ナガラは怖いもの知らずのところがあるが、ここまでとはといっそ感心してしまう。
「どんないたずらをしてくれるんだ?」
そんなナガラに、臨むところだとリュウジさんは不適に笑う。意外とノリがよくて一安心だ。どうしようかなとナガラが頭を悩ませる。いたずらすると言ったものの、特に考えがあったわけではないらしい。リュウジさんの部屋を見渡して、そうだとナガラは何かを思いついた。
「この書類は預かりました!返して欲しかったらお菓子をたんまり用意してください!」
リュウジさんの机に置いてあった書類の束をナガラが手に取る。コラと僕が静止するのも押し切って、ナガラは部屋から走り去ってしまった。いたずらするといっても、仕事の書類を強奪するなど言語道断だ。流石に怒っているだろうと、恐る恐るリュウジさんに目を向ければ、いい度胸してるじゃないかと笑っていた。そんなリュウジさんの反応に僕は一安心する。
「それで、シマカゼはどんないたずらをしてくれるんだ?」
リュウジさんと目が合い、そうけしかけられる。
「いや、僕は別に…」
そもそもこれ自体乗り気ではなかった。ナガラに付き合っていただけ。いたずらなんて…。そう顔を伏せると、シマカゼと名前を呼ばれる。すぐに顔を上げると、リュウジさんの手が僕に伸びてきた。何事かと動けないでいると、ペラリとキョンシーの帽子についた札をめくられた。
「リュ、リュウジさん!?」
そして、近づいてくるリュウジさんの顔に僕は思わず目を閉じる。柔らかい感触がおでこに触れる。
まさかと思って目を開いた時には、すでにリュウジさんは僕から離れていったあとだった。
「トリックオアトリート」
いたずらっぽく笑うリュウジさんに、僕はおでこを押さえた。ここにリュウジさんが触れたと思うと、カッと顔が熱くなる。
「それじゃあ、書類を取り戻すためにお菓子を買いに行くか。シマカゼの分も買ってやるぞ」
僕の胸がこんなにもドキドキしていて、身体は暑いというのに、リュウジさんは何事もなかったかのように椅子から立ち上がる。それが悔しくて、部屋の扉へと歩き出したリュウジさんの腕を掴んだ。どうしたと振り向いた瞬間、腕を引き、僕は精一杯背伸びをした。リュウジさんと僕の間にある札がぐしゃりと潰れる音がする。そんなのお構いなしに、僕は唇をリュウジさんのほっぺに当てた。当てるだけで、リュウジさんのに比べたらずっとずっと幼いキス。
「僕はいいです。いたずらしたので…」
そう控えめに言うと、やってくれたなとギラついた目のリュウジさんが目の前にいた。