クリスマスの味「なぁなぁ、兄貴。ノート余ってない?」
そう言いながら兄貴の部屋に入ると、勉強机に向かっていた兄貴が椅子ごとくるりとこちらに身体を向けてくれる。ノックくらいしろと兄貴は呆れるが、いつもしてないじゃんと俺は受け流す。それにわざわざノックする必要性も感じない。
「テスト週間中くらい気を遣え」
「そうだった」
確かに、兄貴は期末テスト週間中だった。テスト週間中に兄貴の部屋に行こうとすると、母さんに止められたのを思い出す。
「それで?ノートが欲しいのか?」
「そうそう!ノートなくなっちゃってさ」
俺がそう答えると、兄貴は机の中から新品のノートを出してくれた。中身を確認するようにペラペラめくってみると、俺が普段使っているノートよりも行間が狭いことに気がつく。でも、なんだか大人っぽくていいなと思う。
「サンキュ!」
ノートから顔を上げれば、ちょうど兄貴の顔がすぐそこにあった。なぜだか、その唇に目がいく。
「兄貴、唇荒れてるぞ」
兄貴の唇はカピカピだ。俺がそう指摘してやれば、乾燥してるからなと確かめるように兄貴は指で唇を触る。そんなことをしたってどうにもならないのになぁと思いながら眺めていると、俺はいいモノを持っていることを思い出した。俺はポケットに入れたままにしていたいいモノを取り出す。
「はい、これ」
「リップクリーム?」
「さっきミユからもらったんだ。俺も唇荒れててさ」
いいモノとはリップクリーム。唇が痛いと嘆いていたら、さっきミユがくれたのだ。
「なんでもクリスマス限定商品で、クリスマスの味がするらしいぜ」
「クリスマスの味?なんだそれ?」
「俺にもよくわかんないけど、ほらほら、試してみろよ」
リップクリームの蓋を開け、兄貴の唇に押し付ける。しかし、これくらい自分でできると兄貴にリップクリームをとられてしまった。せっかく塗ってやろうと思ったのにとむくれるが、そんなことよりも気になることがある。
「どう?クリスマスの味した?」
「いや、特に味はしないが…」
そう言いながら、ペロリと兄貴が唇を舐める。その様が、妙に色っぽい。
リップクリームと舐めたことにより、兄貴の唇は潤いを取り戻した。その潤った唇が飴のように、桃のように、プリンのように見える。どれも合っているようで、なんとなく違う。でも、そのどれよりも美味しそうに見える。
「タツミ?」
それを口にしたらどんな味がするだろうか。きっとどんなものよりも甘いだろう。
「じっと見つめて、どうかしたか?何かついているか?」
あぁ、食べてみたい。その唇を…。
「うわっ!」
俺は兄貴の腕を掴み、座っている椅子に押し付ける。ギギギっと2人分の体重を受け止める椅子から悲鳴が聞こえた。
「お、おいっ!タツっ、んっ…」
そして、困惑している兄貴の唇に勢いよく噛み付いた。噛み付いたところから、何度も何度も舐めあげる。しかし、思ったより甘くない。舐めているところが悪いのかと、今度は兄貴の口の中へと舌を伸ばす。だが、兄貴が固く口を閉じて、上手くいかない。美味しいものがすぐそこにあるかもしれないのに、兄貴は邪魔をしてくる。
兄貴を椅子に押さえつけながら、無理やり上を向かせる。体勢がキツくなった兄貴が思わず口を開いた隙に、俺は口内へと舌を進ませた。
きっとこのどこかに甘いところがあるはずだ。上顎の方だろうか。それとも舌の裏だろうか。もしかしたら、もっと違うところかもしれない。丹念に兄貴の口内を探し回ったが、とうとう甘いところは見つからなかった。
諦めて俺が唇を離すと、どちらとも言えない糸が引く。それを舐め取りながら視線を下げれば、肩で息をし、虚な目をした兄貴がいた。
「うわっ!兄貴、ごめん!」
押さえつけていた手を離す。すぐにゲンコツでも飛んでくるかと身構えていたが、兄貴はそのままぐったりと椅子に身体を預けていた。その様子がまた美味しそうに見えて、ごくりと俺の喉が鳴る。しかし、これ以上はダメな気がする。
「あ、兄貴…。あの、その…、ごめん…」
ひとまずもう一度謝ると、兄貴は視線だけ俺に向けてくる。
「あの、えっーと、兄貴が美味しそうに見えて…」
必死に言い訳を探すが、俺から出てくる言葉は火に油を注ぎそうなことばかり。どうしようかと狼狽してると、ふらりと兄貴は立ち上がる。そして、こちらに兄貴が向かってくる。
「あ、兄貴…?」
無言だと余計に怖い。バカとかアホとか、罵声を浴びせられたほうがよっぽどいい。兄貴に迫られる分、後退りをしていくと、とうとう背中が壁にぶつかった。やばいと思った時には、目の前に兄貴がいた。
「わ、悪かったって!」
泣きそうになりながらそう言いかけたところで、兄貴が俺のほっぺを右手で掴み上げる。何事かとビビっていると、そのまま俺の唇に噛みついてきた。兄貴は俺がやったように、唇を舐め、口内を蹂躙する。まさかあの兄貴がと思うと、何も考えられなくなる。うっとりとしながらその行為を受け入れていると、ピリッと唇に痛みが走った。そして、口の中に鉄の味が広がる。兄貴は満足げにしながら、唇を離した。
「それがクリスマスの味だ。覚えておけ」
勝ち誇ったような顔で、兄貴は言ってのける。その口元に血がついていた。きっとあれは俺の血だ。
「クリスマスの味が血の味なんてやだー!もっとロマンティックなのがいい!」
「お前が先にバカなことしたからだろ」
「もう一回!ちゃんとするから!」
「もう一回などない」
「兄貴〜!」
駄々をこねる俺を無視して、兄貴は勉強机へと戻ってしまった。
口の中を支配する血の味に俺は唇を尖らせる。どうせなら、兄貴の血が良かった。