タツリュウ④大学に入学してから三回目の春を迎えた。部活やサークルの勧誘活動も一段落し、校内は落ち着きを取り戻しつつあった。今日から講義も始まる。
京都支部のご厚意で、アルバイトとして超進化研究所に出入りさせてもらっている。大学の勉強と超進化研究所での仕事を両立させるのは、名古屋支部で臨時指導代理をしていたときよりも大変だが、充実した日々を送っていた。少し気がかりなことがあるとすれば、忙しくて中々実家に帰れていないこと。母さんの体調は問題ないらしいが、タツミとミユのことも心配だ。特にタツミとは、家を出る前になんとなく気まずくなった。今でもそれを引きずっていて、あまり連絡を取り合っていない。大学に合格したとは母さんから聞いたが、どこの大学かは聞きそびれてしまった。忙しさにかこつけて、大学の合格祝いのメッセージすらタツミに送ってやれていない。気まずいからと逃げてばかりではいられない。ここは兄の俺から連絡をしなければ。
そんなことを考えながら、広い講義室の片隅の席を確保する。共通授業とあって、初々しい新入生たちの姿もある。あの新入生たちのように、タツミもどこかで大学生をしていると思うと面白い。俺の中でずっとタツミは世話のやける弟だが、会わないうちに少しは大人になっているかもしれない。
講義が始まるまで読書でもするかと鞄を探る。そうしていると、すぐ近くで人の気配がした。
「先輩、隣の席空いてますか?」
この講義はかなり人気の講義だ。座る席がなくなることもあるだろう。かまわないがと顔を上げたところで、俺は思わず固まった。
「初めまして、清洲タツミです。よろしくお願いします」
「タ、タツミっ!?」
あまりの衝撃に、予想以上に大きな声が出た。そんな俺に、なんだなんだと周りの生徒から視線が注がれる。その視線に耐えかねて、タツミを連れて俺は講義室を出た。
「なんでここにいるんだ?」
「なんでって、ここの大学の新入生だからに決まってんだろ」
当たり前のように言うタツミに唖然とする。学部にもよるが、ここの大学の偏差値はかなり高い。俺の知っているタツミの成績では到底受かるとは思えない。
「二年もあったんだぜ。必死に勉強すれば、これくらい余裕だって」
ドヤ顔で言うタツミに、あること思い出す。それはタツミが空手を始めたばかりの頃のことだ。俺よりも後に空手を始めたタツミは、俺に追いつくために必死になって練習をしていた。そして、メキメキと実力をつけていき、すぐにその学年の大会で優勝するようになっていた。タツミはそういう男なのだ。
「兄貴の邪魔になるからって母さんには反対されたけど、猛勉強して、合格して、覚悟見せたら許してくれた」
母さんの気遣いに感謝しつつも、勉強嫌いなタツミがどれだけ本気だったかということにも驚かされる。
「なあなあ、兄貴」
「なんだ?」
「弟はダメなんだろ?」
「なんのことだ?」
タツミの質問の意味がわからない。
「今、ここにいる清洲タツミは、兄貴と初対面の清洲タツミなんだ。だから、初めましてから、始めようぜ」
ここまで説明されて、なんとなくその意味を察する。家を出る前、タツミに好きだと告白された。俺は弟としか見れなくて、それを断っている。ならば、赤の他人となって、出会い直せばいいとタツミは思っているのだろう。突拍子のない発想に俺は大きくため息が出るが、タツミらしいと言ったらそうだ。
「じゃあ、まずは友達からで」
よろしくなと差し出されたタツミの手を、俺は容赦なくはたき落す。きょとんとしているタツミに、まだ友達じゃないと言ってのける。
「お前は初対面なのに馴れ馴れしいただの後輩だ」
初対面の後輩をすぐに友達にする訳がない。もっと段階を踏むべきだ。
流石に凹むかと思ったが、タツミの顔がみるみる緩んでゆく。
「それって、恋人に昇格できる余地があるってこと?」
「どうしたらそうなるんだ…」
キャッキャしているタツミに、俺は頭を抱えた。