ひまわりの君「それで、その格好はどういうことなんだ?」
黄色のワンピースに、ロングヘアのウィッグ。その上に大きな麦わら帽子を僕は被っていた。そんな僕の姿をリュウジさんは渋い顔で見つめてくる。
「えーっと、これは…」
リュウジさんは喜んでくれるとばかり思っていたから、思いがけず厳しい反応に口籠る。
ことの発端は、リュウジさんに会いに行く前に大宮支部に寄り、シンたちに少し愚痴を言ったことだ。リュウジさんが東京の大学に進学した機に、僕たちはお付き合いをするようになった。名古屋と東京で遠距離ということもあり、色々不安はつきものである。特にリュウジさんはモテる。何度か女性に言い寄られているところを目撃している。そんなリュウジさんを一人東京に置いておくのが不安だ。それを、たまたま大宮支部に集まっていたシンたちに愚痴ったところ、僕が女装をしてリュウジさんに群がる女性たちに牽制をしたらどうかということになったのだ。話が決まれば、あれよあれよとことは進む。どこから聞きつけたのか、吾孫子さんと大石さんもノリノリで参戦してきて、服を決められ、化粧をされ、さあさあとリュウジさんの元へと送り出されたのだ。
「リュウジさんの女避けです…」
素直に白状すれば、心外だなとリュウジさんはため息をつく。
「そんなことしなくてもシマカゼ以外には靡かないぞ」
「リュウジさんを信じてないわけじゃないですよ!」
どれだけリュウジさんが女性に言い寄られても、全てきっぱり断ってくれているのは知っている。それでもだ。
「やっぱりリュウジさんが女性に迫られてるところを見るのは嫌で…」
その状況を見て、今回はダメかもしれないとか、捨てられてしまうかもしれないとか、弱気になってしまう自分が嫌だった。リュウジさんを信じきれない自分の弱さが嫌だった。ぎゅっとワンピースのスカートを握り締めれば、そっとリュウジさんが僕の頬に触れてくる。
「それで、シマカゼが納得するのか?」
リュウジさんの問いかけに、僕ははいと即答する。みんながこの作戦でリュウジさんの周りの女性を牽制できると言っていた。正直、この格好はかなり恥ずかしいが、これで解決するならそれでいい。僕にだって譲れないことはある。それを訴えるようにじっと見つめていると、リュウジさんは一つ息をつく。
「わかった。じゃあ、デートに行くか」
「えっ!あっ、はいっ!」
まさかの急展開に戸惑いつつ、リュウジさんに手を引かれるまま、僕は部屋を出た。
♢♢♢
リュウジさんの住むアパートの近くにある大きな公園へと二人で歩いて行く。この公園はカフェや広場もあって、何度もデートで訪れた場所である。それでも、やっぱり今日は特別だ。手を繋ぐのも人目を憚ることはない。すれ違う人からは羨ましげな視線も感じた。
いつもと違うといえば、履き慣れないヒールで僕はどうしても歩くのが遅くなる。その歩調にリュウジさんは合わせてくれる。そんな小さな優しさが、嬉しくてたまらない。
「何か飲むか?」
「そうですね」
公園に着くなり、リュウジさんはそう提案してくれる。もう初夏という季節。歩くだけでも汗が出る。今日はちょうど広場にキッチンカーが来ていて、そこでリュウジさんはアイスコーヒー、僕はコーラを注文した。
「カップルさんですか?」
飲み物を待っていると、キッチンカーの店員のお姉さんからそう声をかけられる。それにいつもより食い気味にはいと答えてしまう。
「とってもお似合いです」
続けざまにそう褒められ、ニヤけそうになる。コーラを受け取って、スキップなんてしたくなる。煩わしかったスカートをひらりと靡かせたくなる。
「ご機嫌だな」
「だって、お似合いって言われたの初めてじゃないですか。いつも仲の良い兄弟だって言われるばっかりで」
歳の差もあってか、僕たちがデートをしているとよく兄弟に間違えられる。今までカップルだなんて言われたことがない。だから、これは夢にまで見たセリフなのだ。僕とリュウジさんは側から見たらお似合いなのだ。それが店員さんの社交辞令だとしても、やっぱり嬉しい。
「僕、女の子だったらよかったです」
そんなことを口にすれば、関係ないよとリュウジさんは笑う。
「シマカゼが男だろうと女だろうと関係ない。シマカゼがシマカゼなら、きっと好きになってた」
サラッとこんなことを言えてしまうこの人に、何度もドキドキさせられた。今だって、もう心臓が飛び出しそうだ。
「ただ」
「ただ?」
リュウジさんの続く言葉に、何か含みを感じる。やはりこの格好はお気に召さなかったのだろうか。
「やっぱりシマカゼは黄色が似合うなと思った」
緊張していた分、ネガティブなことではなくて安心する。
「ドクターイエローの運転士ですから」
僕はドクターイエローの運転士。パイロットスーツも黄色だ。きっと黄色の僕を見慣れているからだろう。
「いや、太陽を浴びながら煌めく、ひまわりみたいだ」
初夏という季節もあってか、黄色のワンピースをたなびかせてはしゃぐ僕は、リュウジさんからは太陽の光を浴びるひまわりに見えるらしい。少し照れくさそうにしているリュウジさんを見るのは初めてで、やっぱりこの格好をして良かったと思う。そんなリュウジさんに触れたくなって、僕は一歩踏み出す。
「うわっ!」
その瞬間、ドサリと僕は地面に落ちた。ヒールで足を捻ったのだ。少しズレてしまったウィッグを必死に直し、落ちてしまった麦わら帽子を手に取る。そして、立ちあがろうとしたところで、足首に激痛が走った。
「痛っ…」
思わずふらついたところを、リュウジさんが受け止めてくれる。
「おそらく捻挫だな。そんな靴ではしゃぐからだ」
「少しでも身長を高くしたくて…」
せっかく女の子の格好をして、リュウジさんに群がる女性たちを牽制するのだ。妹と思われないようにと、かなりヒールで身長を盛ってきた。
「デートはお終いだ。帰るぞ」
「リュ、リュウジさんっ!」
そう言いながらリュウジさんに抱きかかえられる。これは所謂、お姫様抱っこというやつだ。
「自分で歩けます」
「ふらついてたじゃないか」
「じゃあ、せめておんぶで…」
こんな格好をしているからと言っても、中身は空手男子。リュウジさんといえども、このまま帰るのはかなりキツいはず。それに、こんなの恥ずかしすぎる。しかし、リュウジさんは降ろしてくれない。
「今日は女の子なんだろ?」
「リュウジさんの意地悪っ…」
悪戯っぽい顔で言うリュウジさんに悪態を吐きながらも、僕はリュウジさんの首に手を巻いて、身体を寄せてしまうのだ。