夜烏「いや〜。いい式だった」
ホテルの部屋に戻るなり俺がしみじみ呟くと、そうだなと兄貴も頷く。
今日はミユの結婚式だった。梅雨の時期ではあったが奇跡的に快晴で、最高のガーデンパーティーであった。
大学進学と共にミユは東京へ出た。そこで出会った新郎と今日ゴールインしたのだ。もちろん結婚式も東京で行われた。午後からの式であったから、俺たちはホテルで一泊してから帰ることになっている。
首元の蝶ネクタイをとり、ボタンを緩める。かしこまった格好は苦手だ。チラリと兄貴に視線を寄せれば、ベッドへ腰を降ろし、俺と同じく蝶ネクタイを外しているところだった。スラっとした細マッチョの兄貴はタキシードがよく似合う。それが見納めかと思うとなんだかもったいない。
「どうした?」
俺の視線に気づいた兄貴が、顔を向けてくる。
「よく似合ってるからもったいないなと思って」
素直にそう口にすれば、兄貴はふわりと笑う。
「タツミもタキシードよく似合っているぞ」
「そうかな?」
「あぁ、惚れ直した」
珍しく冗談を言う兄貴に面食らう。披露宴でお酒も出たから、酔っぱらっているのかもしれない。
俺たちは早くに他界した父さんのか代わりに、ミユとバージンロードを歩いた。見栄えがするようにと、二人で黒のタキシードで揃えていたのだ。
「母さん、嬉しそうだったな」
「そうだね」
父さんの写真を持った母さんは、ずっと嬉しそうにしていた。時折見せる涙が印象的だった。
「親父にも見せてやりたかった」
兄貴はそんなこと言うが、ほとんど父さんの記憶のない俺にはちょっとよくわからなかった。どんな反応をするか想像ができなかったから。
母さんと父さんの話をしていると、兄貴の顔がどんどん浮かないものになっていく。そんな兄貴が考えていることなんて、俺には簡単に予想ができてしまう。それだけ俺は兄貴のそばにいる。
「兄貴が今考えてること当ててやろうか?」
そうけしかければ、兄貴が俺へ視線を向けてくる。
「母さんに俺たちの結婚式を見せてやれないことに後ろめたさを感じてるんだろ?」
俺の一言に兄貴の瞳は瞬く。ほら、やっぱりだ。そんなことを考えているんだと思った。
「結婚式だけじゃない。孫の顔も見せてやれない」
兄貴はさらにそう付け加える。それもまた事実である。
「じゃあ、別れる?」
あっけらかんにそう言えば、それが出来ないから困っているんだろと兄貴は小さく笑う。それもそうだなと、俺は兄貴の隣にどかりと座った。そしたら、ベットが大きく揺れた。
「なぁ、兄貴」
俺は兄貴に顔を寄せる。
「シたい」
そして、そう呟けば、よく妹の結婚式の直後で盛れるなと呆れられた。
「ミユが新郎とイチャイチャしてるの見てたら、俺も兄貴とイチャイチャしたくなった」
「単純だな」
「それに二人っきりなんて久々だろ?」
抱きついて、さっきよりも近くで囁く。そうすれば、まったくと満更でもなさそうに兄貴は笑う。それを承諾と受け取って、ベッドへ押し倒す。しかし、おいと予想外に非難の声が上がった。
「せめてジャケットを脱いでからにしてくれ。シワになる」
俺たちはまだ真っ黒なタキシード姿のままだった。
「いいじゃん。レンタルなんだし。あと、もう待てない」
兄貴に触れてしまったのだ。もう待てなど出来ない。それに、タキシードでビシッとキメる兄貴を乱すなんて、想像するだけで興奮する。
「いっぱい鳴かせてあげるから」
兄貴が抱える後ろめたさやら罪悪感やら、そんなもの全部吹き飛ばすくらいに、俺がたくさん愛してあげよう。