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    そいそい

    @soi_07

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    そいそい

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    大学生三とアメリカ留学中の流の流三です。
    流は最後のほうしか出てきません。
    よく喋るモブが出てきます。

    パラダイムシフト それは青天の霹靂だった。いや、コペルニクス的転回と言った方がいいかもしれない。それほどまでに、俺は目の前でビールが入ったジョッキを煽っている女、エリが話した事が衝撃的だった。
     エリとは今夜行われたコンパで出会った。大学の部活のチームメイトに、人数が足りないから来てくれと頭を下げられ、仕方なく参加したコンパだった。楽しい飲み会は好きだけど、出会いのため、一夜だけの関係のための飲み会はあまり好きではなかった。キャッキャと女子とはしゃぐチームメイトを肴に、俺は極力目立たないように酒を飲んでいた。何度か話しかけられたが、愛想笑いでやり過ごす。最初から下心のある人間は苦手なのだ。そうしていると、コトンと机にグラスが置かれた。それで視線を上げると、スラリと背の高い黒髪の女が立っていた。
    「三井くんだったよね? 隣、いい?」
     また話しかけられたと内心ゲンナリしつつ、極力笑顔でどうぞと答える。そうすれば、エリと名乗りながら女は隣に座った。
    「つまらなそうね」
     座るなり、エリは言う。こういう場で繕うのは上手いと思っていたが、どうやら見透かされているようだった。それで、取り繕うのも面倒になってきて、まあなと素直に答えた。
    「人数合わせに連れてこられただけだから」
     そう言って、ジョッキに残っていたビールを飲み干す。
    「私もよ。そもそも私、恋人いるし」
     エリも嫌々参加した口らしい。なら、こいつと飲んでいればいいと思った。同じ立場で気楽だし、きっと連絡先もせがまれない。これで少しは楽しい飲み会になるかもと追加のビールを頼もうとすれば、待ってとエリに止められた。そして、顔を耳に寄せてくる。
    「ねぇ、このまま私と抜け出さない?」
    「はぁ?」
    「つまらないでしょ?」
    「お前、彼氏いるんだろ?」
     なんだ結局持ち帰れと言うことかと、あからさまに顔をしかめる。それに彼氏がいるということは、後々面倒事になるに決まっている。絶対に手を出したらいけない女だと距離を取ろうとしたところで、大丈夫とエリは笑う。何が大丈夫なんだと、より顔をしかめれば、だってとエリは続ける。
    「私の恋愛対象女の子だから」
     思いがけない告白に俺は唖然とした。こんなこと初対面の相手にカミングアウトしていいものなのか。そうぐちゃぐちゃと考えていればエリはさらに続ける。
    「三井くんもそうでしょ? だから、私たちの間には何も起こらない」
     だから抜け出そうとニコニコしながら言うエリに、俺は開いた口が塞がらなかった。
    『三井くんもそうでしょ?』ってどういう意味なんだよ。三井くんも恋愛対象が女の子という意味だろうか。そうだとしたら、俺とエリの間に何か起こるだろう。何も起こらないということは、俺の恋愛対象が男である場合である。しかし、俺は決して恋愛対象が男というわけではない。
    「あのな、俺は別に」
     そう言いかけたところで、一次会は終了した。終わっちゃったねと何事もなかったように立ち上がり、エリは帰り支度を始めた。
     エリに言われた事が気になってしょうがない。確かに、男友達は多いし、彼女を作ってデートするよりは男友達と遊んでいたほうが楽しいとさえ思う。だからと言って、女を抱きたくないかと言ったら嘘になる。一昨日だって、AVを見ながら抜いたのだ。なのになぜエリは俺の恋愛対象が男だと思ったのか。このコンパで女の子への対応が淡白だったからだろうか。わからない。このわからないを残して帰るのが癪で、二次会に向かう集団から抜けて駅に歩き出したエリを捕まえる。煙たがられるかと思ったが、エリは意外と嫌な顔をしなかった。
    「なに?」
    「さっきの話?」
    「さっきの?」
    「恋愛対象がどうのって話」
    「あぁ、それがどうしたの?」
    「俺はちゃんと女が好きだ」
     勘違いのままなのが嫌で、とりあえずそう訂正すれば、あははっとエリは笑いだす。
    「なんだよ」
    「いや、それで? 私のこと口説くの?」
     可笑しそうに続けるエリに、誰が口説くかと悪態をつく。初対面で人の恋愛対象を勝手に決めつけてくるような失礼なやつはこっちから願い下げだった。
    「ねぇねぇ、飲み直さない?」
    「なんでだよ」
     こいつ俺の言ったこと聞いてなかったのかとムッとする。俺はこいつを口説く気はないのだ。だが、お構いなしにエリは言う。
    「三井のこと気にいったもん」
    「俺、口説かれてんの?」
    「男なんか口説かないわよ」
     いつの間にか呼び捨てにされているが、なんだか地元のダチと話しているようで悪い気はしない。そんな俺に、それにとエリは続ける。
    「私が三井のこと同じだと思った理由知りたくない?」
     それはずっと気になっていたことだ。だから、こいつと飲み直してもいいかなっと思ってしまった。
     それから適当に二件目に入り、向かい合って座る。
    「改めまして、かんぱーい」
    「なにに乾杯なんだよ」
    「私たちの出会いに?」
     上機嫌に差し出してきたエリのジョッキに、バカだろと笑いながら自分のジョッキを当てた。
    「それで、なんで俺のことゲイだと思ったんだ?」
    「女の子に興味なさそうだったから」
     早速本題に入れば、予想通りの答えが返ってきた。そんなことならわざわざ飲み直さなくてもよかったなと、お通しの枝豆を口にする。
    「あと、未亡人みたいな雰囲気醸し出してたから」
    「未亡人?」
     訳のわからないことを言うエリに眉間に皺を寄せれば、うーんとエリは言葉を探し始める。
    「未亡人は違うかも。なんかこう、叶わぬ恋をしていますっていう悲壮感がただよっててさ。同性にでも恋してんのかなって」
    「同性に恋している以前に、俺は普通の恋もしてねーって」
     バスケをまたやると決めたときから、恋愛よりもバスケ優先だった。だから、恋人が欲しいとかあまり思ったことがない。
    「もしかしたら無自覚に好きって思う人がいるのかも」
     突拍子のないことを言うエリに、そんなんいねーよと笑い飛ばす。こいつは随分恋愛脳らしい。だが、世の中みんながみんな恋愛している訳ではないのだ。
    「例えば、特別仲良かった友達とかがいたとするじゃん」
     とっくにこの話題に飽きてメニュー表を眺め出した俺をよそに、エリは言う。
    「その友達のことがもっと知りたいとか、その友達が他の友達と話しているのが嫌だとか、その友達のために色々したあげたくなるとか、それって友情にしては重すぎるとは思わない?」
    「まあ、そうかもな」
     エリの話に適当に相槌は打ってやる。
    「ほとんどの人は、その関係に友情以外の何かがあるって気づかないの。だって、そんな選択肢が自分の中にあるだなんて思っていないから。でもさ、人が人を好きになるって、男とか女とか関係ないと思うんだよね」
     随分ロマンティックな話だと思う。男なんて、愛がなくてもSEXくらいできてしまうのに。
    「三井もそういう経験あるんじゃない?」
    「え?」
     他人事のように聞いていたはずなのに、エリの問いかけになぜか高校の後輩の顔が浮かんできた。顔がバカみたいに整っていて、バカみたいにバスケが上手い後輩。バスケ以外は結構抜けていて、何かと世話を焼いてやった後輩。これからの日本のバスケを担っていくあの後輩に、俺ができることならなんでもしてやりたいと思った。そんな俺にあいつもよく懐いていた。後輩と呼ぶには特別すぎる存在。でも、あの時は先輩後輩という関係しか知らなかった。だが、エリの話によれば、それには別の選択肢があるらしい。それを俺は気づいてしまったのかもしれない。それはまさに晴天の霹靂で、コペルニクス的転回だった。
    「心当たりあるみたいね」
     固まる俺はエリの声で我に返る。
    「まあ、そう言われれば、そうだったかもしれないみたいなことはある」
    「過去形?」
    「高校の時の話なんだよ。だから、今さらどうこうしたいとは思わねぇ」
     俺たちは先輩後輩として、しっかり終わっている。俺の卒業式のときに、頑張れよって言ってそれっきり。俺は大学に進学して地元を出てからほとんど帰っていないし、あいつは三年の途中でアメリカに行ってしまった。だから会ってもいなければ、連絡を取り合ってもいないのだ。
     もしあいつへの気持ちが先輩後輩とは別なものだったとして、今さらどうこうすることはできないし、する必要もないと思った。いろんなことがあった高校時代のかけがえのない思い出の一つとして、大切にしまっておきたかったのだ。
     
     ♢♢♢
     
     とある可能性に気づかなければよかった。その気づきを与えたエリを思い浮かべながら、一人で悪態をついていた。エリと飲んで、高校時代のあの後輩を特別に思う気持ちに別の名前があるかもしれないと気付いてしまってから、どうも調子がおかしかった。俺は上手く自慰できなくなってしまったのだ。好みのグラビアアイドルを見ても、お気に入りのAVを見ても上手くいかない。それで俺は焦っていた。もう一週間も抜いていないのだ。頭の中は射精することで埋まっていた。それでバスケにも集中できない。最悪だ。
     仕方ないので、遠い昔のSEXの記憶を辿っていく。あれはグレていたときだっただろうか。鉄男の家に出入りしていた知らない女に童貞を奪われた。気持ちよかったのかは覚えていない。あの頃はとにかくどうでもよかったから。でも、あれは気持ちよかったことだということにして、一生懸命手を動かした。しかし、一向に出る気配がない。
     虚しくなって、手を止める。摩りすぎてちんこが痛かった。俺は一体なにを考えて抜いていただろうか。今になってはわからない。
     大きなため息をついて、その原因であろう後輩を思い浮かべる。黒の長い前髪の隙間から覗く切長な目を俺はよく見ていた。表情筋が死んでいるんじゃないかと思うほどにほとんど顔は動かないくせに、あいつの目は意外と雄弁だったのだ。ワンオンがやりたそうだとか、眠そうだとか、一緒に帰りたそうだとか、あの頃の俺はなんとなくあの目から読み取ることができた。その目を随分見ていないなと急に寂しくなった。
     あいつは今アメリカにいる。結局見送りには行っていない。あいつは元気にやっているだろうか。
     そんなことを考えていると、記憶の中のあいつが『先輩』と呼んでくる。その目に俺は釘付けになる。じっと俺を見つめる目。そこにはどこか熱のようなものが垣間見えていた。その目を俺はどう解釈していいかわからない。『先輩』と再びあいつは俺を呼ぶ。そして、手を伸ばしてくる。『俺、先輩のこと……』そう言って、俺のほおにあいつの手が触れそうになった瞬間、俺の体は跳ねた。そうかと思えば、手を白い液体が汚していた。
    「マジかよ……」
     そうやらあいつのことを思い浮かべて、いつの間にか手を動かしていたらしい。その事実に、俺は頭を抱える。だって、これは大切な後輩で俺は抜いてしまったということになるから。
    「会わせる顔ねぇじゃん……」
     きっとあいつは今でも俺のことを先輩として慕ってくれている。その信頼を裏切ってしまったようで、気が滅入りそうになる。
     汚れた手とちんこを手早くテッシュで拭いて、ゴミ箱へほおる。それから一生懸命手を洗ったが、後輩で抜いたという事実は消えてはくれなかった。
     
     ♢♢♢
     
    「お前に性癖歪められた」
     目の前で豪快にハイボールを煽るエリに向かってそう恨み言を言えば、ジョッキを置いたエリが人聞きが悪いと笑い飛ばす。
    「なに、男にでも抱かれたの?」
    「そんなんじゃねーよ」
     同性も恋愛対象になると知ったからといって、男に対して欲情したりはしない。ただある一人を除いて……。
    「高校のとき可愛がってた後輩で抜いちまった……」
     気まずくて顔を逸らしながら言えば、エリはあらあらあらとニヤニヤしながらハイボールを飲む。
    「笑いたきゃ笑えよ!」
     なんでこいつの前でズリネタを暴露してんだと悲しくなる。だが、こんなこと愚痴れるのもこいつしかいないのだから仕方ない。
    「人の恋路を笑ったりしないわよ。ただ、今更どうこうするつもりはないってカッコつけてた割には未練タラタラだなと思って」
    「タラタラじゃねーし!」
     人の恋路を笑ったりしないのかもしれないが、人の恋路を面白がってはいるようでムカつく。
    「未練がある訳じゃねーんだけど……、あいつはめっちゃいい男でさ……、あいつ以上の奴には出会えない気して……」
     俺の話を受け、重症ねと笑いながら、エリはハイボールを飲み干した。その楽しげな様子がやっぱり腹が立つ。
    「お前のせいでまともに恋愛できなくなったんだからな!」
     八つ当たりするようにそう叫べば、私のせいじゃないでしょとすかさず反論される。
    「初めて会ったコンパだって、やる気なかったじゃない」
     エリの指摘通り、あのコンパもやる気がなかった。コンパだけではない。大学に入ってからそういった出会いにめっきり興味がなくなっていた。今思えば、もしかしたら無意識であいつのことが頭にチラついて、そんな気が起きなかっただけなのかもしれない。そう思うと末恐ろしい。
    「恨むなら私じゃなくて、その後輩くんを恨むことね」
     本当にそうだと俺も思った。
     あれから俺のズリネタを肴にエリは上機嫌に酒を煽った。そして、潰れた。
    「なんでお前が飲みすぎるんだよ」
    「だって、三井が面白すぎるから~」
     千鳥足のエリを肩で支えながら歩いていた。意思疎通はできるようで、エリに案内させながらエリのアパートに向かっているところだ。
    「つか、俺じゃなかったら持ち帰られてんだからな」
    「三井はそんなことしないでしょ~」
     俺じゃなければ、お持ち帰りされているところだ。もっと危機感を持つべきだとため息がでる。
    「あれ? ミッチー?」
    「ん?」
     エリを必死に引きずっていると、背後から呼び止められる。それに振り向くと、黒髪の男がいた。どこかで見たことのあるような顔だったが、決定打がない。誰だったかと頭を悩ませていると、男は前髪をかきあげた。
    「俺だよ。水戸洋平」
    「あぁ! お前、前髪下ろしてると別人だな」
    「よく言われる」
     その男とは水戸だった。いつもリーゼントのイメージがあったから、前髪を下ろしていると誰だかわからなかったのだ。水戸とも卒業以来会っていなかった。
    「彼女?」
     エリに目を配らせながら言う水戸になわけねーだろとため息混じりに言う。
    「ダチだよダチ」
    「へー」
     水戸の冷たい視線に、こいつ疑ってんなとすぐにわかった。お持ち帰りする途中だと思われてんだろうなと思うと心外だ。
    「三井、誰?」
     項垂れていたエリが顔を上げる。お前が喋るとまたややこっしくなるんだよと心の中で悪態を吐きながら、こいつはなと俺は口を開く。
    「高校の部活の後輩の……」
    「えぇっ! 噂の後輩くん?」
    「違うし、余計なこと言うな」
     俺たちのやり取りを水戸は奇異の目で眺めている。それを極力見ないようにして、高校の部活の後輩のダチだと続けた。そうすれば、なんだ違うのかーとエリはあからさまに残念がる。これ以上こいつにしゃべらせるとロクなことないなと俺は悟った。
    「悪いな。こいつめっちゃ酔ってんだ。じゃあな」
    「またね、ミッチー。お楽しみのとこ邪魔してごめんね」
     ニコニコしながら水戸は去っていく。その笑顔が不気味で仕方がなかった。
     
     ♢♢♢
     
    「振られた」
     ビールを一気飲みし、ドンとジョッキを机に叩きつけると同時に、エリの顔も机に落ちる。
    「浮気されてた……。しかも男と……」
     酷すぎると机に突っ伏したまましくしく泣くエリに俺はなんて声をかけていいかわからない。エリとの付き合いも二年ほどになるが、こうやって泣いているところは始めてだった。気の利いたことを言えればいいのだが、エリは普通とは違う恋をしているから無駄に言葉を選んでしまう。
    「やけ酒よ!」
     俺が言い淀んでいると、パッとエリが顔を上げた。その顔は酷いものだったが、気にせずすみませんと店員を呼び、エリはおかわりを頼んだ。そこからエリはメニューに書かれている酒を片っ端から飲んだ。ちゃんぽんはよくないぞーと声をかけてやったが、うるさいと相手にされなかった。そして、エリは再び机に突っ伏した。
    「飲み過ぎだろ」
     そう揶揄えば、すぐにうるさいと睨みつけてくると思っていた。しかし、エリは机に突っ伏したままだ。寝てしまったかと様子を伺っていると、ねぇと声をかけてきた。
    「ねぇ、三井」
     顔を上げたエリの目が座っている。
    「私のこと抱いて?」
    「はぁ?」
     そして紡がれた言葉に度肝を抜いた。
    「男とやるのそんなにイイなら試してみたいなって」
     エリはスタイルは良いし、胸もある。きっと抱き心地のいい女なのだろう。でも、抱きたいとは思わない。
    「もっと、自分のこと大事にしろ」
     恋人に振られてこいつは自暴自棄になっている。今ここで同情で抱かれても、酔いが覚めたら後悔するに決まっている。それに、俺はエリとの友人関係を結構気に入っている。それも壊したくなかった。
    「意気地なし! 粗チン! 童貞!」
    「童貞じゃねーし!」
    「だったら抱け!」
    「嫌だ!」
     そんな口論を続けていると、他のお客様の迷惑になるのでと店を追い出されてしまった。
     いつも以上にフラフラなエリを抱えて、帰路に着く。酒癖の悪いエリを担いで帰ったことは何度もある。だが、ここまで足元がおぼつかないのは初めてだ。
    「ねぇ、あっちにホテル街ある。そっち行こう」
     それにエリはまだ諦めていないようで、おぼつかない足取りで俺をホテル街のある方へと引っ張って行こうとする。それを引っ張るのにも一苦労だった。
    「送ってやるから、今日は帰れって」
    「やだ! 三井が抱くって言うまで帰らない!」
    「やめとけって、絶対後悔するから」
    「しない!」
    「するって」
     道端で口論の続きをする。周りからの視線もそろそろ痛い。早く帰りてぇなと心の中で泣き言を言っていると、俺たちの前で誰かが立ち止まった気がした。やばっ。喧嘩だと思われてるかも。こう言う場合、男の俺の方が分が悪い。通報だけは勘弁してくれと顔を向ければ、知ってる顔がそこに会った。
    「先輩?」
    「る、流川?」
     そこに現れたのはアメリカにいるはずの流川だった。
    「なんでここに?」
    「アメリカから帰ってきてて、今日湘北の同窓会だった」
    「そういえばそうだったな……」
     流川の目はなんで来なかったんだと言っている。その目から逃げるように俺は顔を逸らす。
     流川で抜いてしまってから、俺は流川に会わないようにしていた。だから同窓会の誘いも断った。だって、会わせる顔ないだろ。
    「誰?」
     邪魔されて不服そうにしているエリが流川を睨みつける。
    「後輩」
    「高校の?」
    「……」
    「部活の?」
    「……」
    「ふーん」
     無言を肯定と捉えられている。エリにだけはこいつが例の後輩だとバレたくなかった。
    「めっちゃいい男じゃん。ねぇ、私とイイコトしない?」
     ニヤニヤしながら、エリは流川の腕に巻き付く。それにムッと流川は顔をしかめる。
    「流川を誘うな」
    「だって三井が抱いてくれないから」
    「誤解されるようなこと言うなって」
     なんとかこの酔っ払いを流川から引き剥がそうとするが、エリも必死にしがみついて抵抗する。
    「マジでやめろって」
    「ヤダヤダ!」
    「ヤダじゃねー!」
     そんな攻防をくり返していると、急にエリから力が抜ける。
    「お、おい!」
     地面に落ちると手を差し出したが、流川が先にエリを受け止めてくれた。
    「エリ? 大丈夫か?」
     アル中で意識が飛んだかと顔を覗き込む。そうすれば、エリは穏やかな顔で寝息を立てていた。
    「寝ただけかよ」
     それで一気に脱力し、俺は地べたに座り込む。肩にかけていたスポーツバックも一緒にどさりと地面に落ちる。
    「大丈夫っすか?」
     心配そうに声をかけてくれる流川に、疲れただけと手を上げて答える。
     部活の練習終わりに呼び出された。ただでさえ疲れているというのに、酔っ払いの相手でさらに疲れた。だが、まだやることはある。俺は一つ息をついて立ち上がり、スポーツバックを地面に置いた。それから、悪かったなと流川からエリを受け取り、背中におぶった。
    「あの、その人、彼女っすか?」
    「んなわけねーだろ」
     こんな酒癖の悪い彼女嫌に決まってんだろと笑う。
    「じゃあ、なに?」
     睨みつけるように鋭い目で流川は俺に問いかける。
    「ダチだよダチ」
     やましいことなんて少しもないから堂々とそう答えるが、俺の答えに流川は怪訝そうな顔をする。この顔、前に水戸にもされたなと考えていると、じゃあと流川は続ける。
    「SEXするダチっすか?」
     流川の口からSEXという言葉が出てくることに驚いた。アメリカではそういうことも割とオープンに話をするのかもしれない。
    「セフレじゃねぇって」
     だが、それも誤解なので、きっぱり否定する。だって、俺とエリはダチでしかないのだから。
    「ちょっとそれとってくんね?」
     道に置いたままのスポーツバックを指させば、流川は取ってくれた。だが、俺に渡してくれない。
    「どうするんすか?」
    「送ってく。その辺に捨ててくわけにもいかねーだろ」
    「その人の家、知ってるんすか?」
    「まあな。家、近所だし」
     また流川はムッと顔をしかめた。高校時代、流川の目を見ればなんとなくなにを考えているかわかった。だが、この漆黒の瞳がなにを考えているか全くわからない。時の流れとはそう言うものなのかと寂しくなる。
    「俺も手伝う」
     流川はスポーツバックを肩にかける。どうやら荷物は持ってくれるらしい。それは本当に助かるから、大人しく流川に手伝ってもらうことにした。
     それからエリのアパートにエリを送り届け、適当にベットに寝かせる。部屋に鍵をかけ、ポストに入れて完了だ。手慣れている俺を流川はじっと見つめていた。
     エリのアパートから出て、ありがとなと礼をして別れようとしたところで、先輩と呼び止められる。
    「本当に何もないっすよね?」
    「ねぇよ」
     なんでこんなに必死なんだよと笑ってしまう。そりゃ、部活の仲良かった先輩にセフレがいるなんて嫌なのかもしれない。まあ、いないのだが。
    「距離が近すぎるから」
    「俺とあいつに限っては絶対何も起こらないんだよ」
    「だって、さっき抱いてってせがまれてた」
     確かに、あんなところ目の当たりにしていれば、何かある関係だと勘違いされても仕方ないだろう。だが、あれはかなり特殊な状況だっただけだ。
    「それはこいつが恋人に振られてちょっと自暴自棄になってただけ」
    「慰めてあげないんすか?」
     だから、少し事情を教えてやるが、責められるように流川に言われる。なんかこいつ怒ってねぇか。なんでだよ。
    「あいつはさ、大事なダチなんだわ。だから、傷つけるようなことしたくない」
    「俺は男女の間に友情は成り立たないと思ってる」
     流川は女子から一方的に好意をぶつけられてきた。そういう結論に至るのも不思議ではない。俺だって、エリと出会うまで、こんな気のおけない女友達はいなかった。俺としては、時と場合によっては、男女の友情は成立すると思っている。俺の考えを流川に押し付けるつもりはないが、流川の考えを押し付けられる義理もない。
    「少なくとも俺とあいつでは友情は成り立ってんの」
     これでこの話は終わりにしたかったが、でもと流川は何か言いたげだった。なんでこんなにも突っかかってくるのかわからない。
     どうしたら納得してくれるんだろうと頭をかく。あんまりよくはないと思ったが、もう洗いざらい全部説明しないといけないのかもしれない。そうでもしなければ、帰ってくれないと思った。
    「あんまりこういうの俺から言うもんじゃないんだけどさ、あいつの恋愛対象女なの。で、元カノに男と浮気されて、自暴自棄になって、俺に抱いてって言ってるだけなの」
     だから俺たちにはなにも起こらない。そう付け加えるが、流川は納得いってない様子だ。
    「先輩が女が好きだったら、何か起こ……。え? 先輩、もしかっして……?」
     ある可能性に気付いた流川は目を見開いている。そんな顔もできるんだなと笑ってしまう。
     今度こそこの話はおしまいだと、俺は歩き出す。人様の恋愛対象の話を勝手にしてしまったのだから。
    「面白い話、してやるよ」
     だから代わりに新しい話題を提供してやることにする。そうすれば、流川も俺について歩き出す。
    「俺さ、特別可愛いって思う後輩がいたんだよ」
     だが、俺の一言で、すぐに流川の足は止まる。それに釣られるように、俺も足を止めた。
    「そいつのこともっと知りたいと思ったし、誰よりもわかっててやりたいって思ったし、なんでもしてやりたいって思ってたんだ。あんときはただの先輩後輩だと思ってたけど、あいつがさ、教えてくれたんだよ。先輩後輩以外の選択肢があることを。それからあれはもしかしたら恋だったのかなぁって思うようになったら、他のやつだと見劣りするようになっちまってさ。どうやら俺は男とか女とかそんなんじゃなくて、そいつじゃないとダメらしい」
    「パラダイムシフトってやつっすか?」
    「よくそんな難しい言葉知ってんな」
     あの流川からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
     そうだな。その言葉が言いえている。俺はパラダイムシフトが起こったのだ。もう前のようには戻れない。先輩後輩という関係には戻れない。だから、会わなかったのだ。
    「俺にも起きたから」
    「なにが?」
    「パラダイムシフト」
     アメリカに行って、新しい価値観に触れたのだろう。流川の世界はバスケばかりだったから、世界が広がることはいいことだ。それがどんなパラダイムシフトだったのか聞いてやりたいが、俺たちはもう先輩後輩ではない。
    「よく可愛がってくれてた先輩が大好きで、もっとその先輩のこと知りたいし、他のやつを構ってるとイライラするし、俺だけのものにしたいって思ってた。ただの先輩なのに、こんなふうに思うのおかしいのかもって思ってた。でも、アメリカ行ったら男好きなやつ普通にいて、先輩への気持ちがなんて名前なのかわかった」
     やめてくれ。期待してしまう。だから、これ以上なにも言わないでくれ。でも、俺のお願いなんて、こいつが聞いてくれるわけがない。だって、高校の時からクソ生意気だったから。
    「先輩」
     そう呼ばれると、心臓が跳ねてしまう。
    「先輩の言う特別な後輩って俺のことっすよね?」
    「自惚れんなよ」
     すぐに悪態をつけた自分を褒めてやりたい。このまま有象無象にしてしまえと思ったところで、肩を掴まれ、無理やり振り向かされる。
    「自惚れてる」
     そこにいた流川の瞳は見たこともないくらい熱がこもっていた。
    「俺、高校んときから先輩が好き。先輩もでしょ?」
     流川への気持ちに気づいてしまって、そういう対象に見てしまって、もう先輩でいられないと思った。この気持ちをどうにか蓋をして、生きていこうと思っていた。だから……。
    「流川楓と付き合う可能性があることを考えてなかったわ」
     そんな可能性微塵も考えていなかったのだ。
    「先輩」
     流川が耳元に口を寄せてくる。
    「パラダイムシフトっすね」
     そして、そう呟くものだから、耳を真っ赤にしながら調子に乗るなと顔を押し除けた。
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    Replies from the creator

    そいそい

    DONEはっぴーリュウシマ真ん中バースデー🥳

    真ん中バースデーとはあまり関係ない話になってしまいました。あと、ひっちゃかめっちゃかしてます。すみません🙏

    ※注意
    かっこいいリュウジさんはいません。
    社会人リュウジさんと大学生シマカゼくんの話です。
    ヤマクラ前に考えた話だったので、シマカゼくんの進路は捏造しています。
    かっこいいリュウジさんはいません←ここ重要
    あの部屋 大学の最寄駅から地下鉄に乗って一駅。単身者向けのマンションの三階の一番奥の部屋。鍵を出そうとしたが、中に人の気配を感じてやめた。そのままドアノブをひねると、予想通りすんなりと回る。そして玄関の扉を開けば、小さなキッチンのある廊下の向こうで、メガネをかけて、デスクに向かっていたあの人がちらりとこちらに視線をくれた。
    「また来たのか」
     呆れながら言うあの人に、ここからの方が学校が近いのでといつも通りの答えを返す。そうすると、少しだけだろといつも通りにあしらわれた。
     ここは僕の下宿先というわけではない。超進化研究所名古屋支部に正式に入所したリュウジさんが一人暮らしをしているマンションだ。もう少し超進化研究所の近くに住めばいいのに、何故か程遠い名古屋の中心部に部屋を借りている。そのおかげで僕は大学帰りに寄ることができているのだ。
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    そいそい

    DONEフォロワーさんからいただいたリクを元にして書きました。あんまりリクに添えた話にならなくて、本当にすみません🙇‍♀️
    リクありがとうございました🙌
    安城家に子守り行くリュさんの話です。
    「こんなことまで面倒かけちゃってごめんなさいね。ほらうち、お父さんが仕事でいつも家空けてるし、おじいちゃんおばあちゃんも遠くに住んでるから、こういうときに困るのよ。だから、リュウジくんが来てくれることになって本当に助かるわ。お土産買ってくるからね。苦手なものとかない? あっ! あと……」
     リュウジさんが持つスマートフォンから母さんの声が漏れ出ている。母さんの声は大きく、よく喋る。それは電話だろうが変わらない。そんな母さんの大音量のマシンガントークをリュウジさんはたじたじとしながら聞いてくれていた。
     母さんは大学の友人の結婚式に出るため、東京にいる。しかし、帰りの新幹線が大雨で止まってしまったらしい。それで今日は帰れないかもしれないと超進化研究所で訓練中の僕に電話がかかってきたのだ。このまま超進化研究所の仮眠室を借りて一晩明かしてもよかったが、あいにくナガラはフルコンタクトの稽古で不在で、家には帰らなければならない。しかし、家に帰ったら帰ったで、僕たち子供しか家にいないことになる。それは母さん的には心配なようで、どうしようかと頭を悩ませていると、俺が面倒見ましょうかとリュウジさんが申し出てくれたのだ。それでいつ運転再開になるかわからないからと、母さんは東京で一泊してくることになった。
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