🟡🟤小説【中編】※
「おいギャタロウ!貴様なんのつもりだ!!皆はもう集まっておるというのに弛んどる!」
「あんだよ、藤堂の旦那ぁ。ちぃっと遅れただけじゃねぇか…二日酔いの頭にゃ旦那の声響いてツレぇんだけどよぉ…もうちょい声量……イデ?!」
耳に指突っ込んでここ最近何回目かわからない藤堂の旦那の説教を聞き流していればあきらかに舐めきってるオイラの態度に藤堂の旦那のゲンコツが飛んだ。なんでぇそんなちみっこい身体でこんなゲンコツ痛ぇんだ?と涙目でその場に蹲っていれば、一番星の腹抱えて笑う姿が横目で見えた。くそ、いつも自分がされてるくせにって舌打ちする。
ブッコミする前に集まる門の前。新選組替え玉達が集合時刻に間に合わせ既に集まっていて、そこにおはようさーんとノロノロとやる気なさそうに来ればそりゃ叱られちまうのも道理だけどよぉ…。
「そ・れ・だ!貴様屯所を抜け出して何を朝帰りしとるのだ!最近特に多いぞ!!」
「…いいじゃねぇか別によ。こんなヤロウばっかでむさ苦しいっちゃありゃしねぇぜ」
「あら、ギャタロウちゃん。もしかして島原の姐さんに会ってきたの?」
たまには息抜きさせてくれよなと痛む頭擦りながら立ち上がれば、すんっと鼻を啜ったスズランがつつつっと近寄る。何故わかった?と肘で小突けば、お香がねっと片目を閉じる。
「おうよ、ご無沙汰だったからなぁ。そんでまぁ、アッチのほうもぎゃっつり盛り上がってよぉ…」
内容を耳打ちしてやれば、あらやだ破廉恥!っとスズランが赤くした顔を大袈裟に袖で覆ってぴょんっとその場で飛び跳ねたところで、朝っぱらからするような会話でないだろと藤堂の旦那が義足をがぁんと鳴らし一喝する。ぴしゃりとその場が静まり返った。その気迫に思わず姿勢を正す。
「いいか、ギャタロウ。いや皆も聞け。新選組には御法度がいくつかある。替え玉とてちゃんと守ってもらわねば困る。…いいか、気を引き締めていけよ。次はないからな」
「へいへい〜」
聞き飽きたぜとオイラの気の抜けた声に、カチンときたらしい。察した藤堂の旦那は腕を組んで鼻をならす。
「……次破ったら規律違反でサクヤに拷問を頼む」
「はっ…はぁ?!」
「サクヤ、ギャタロウは牢によく入っていて拷問慣れしとるから遠慮なくやっていいぞ」
「承知した」
無表情であっさりと首を縦に振るサクヤに焦って詰め寄る。
「よぉよぉよぉ?!テメェ承知じゃねぇよ!」
「同じ替え玉のよしみだ…気絶程度にしといてやる」
「そっちでもねぇやぃ!!」
「なかなか音を上げない者の練習台にでもなれればいいが…」
「あぁん?上等だ…オイラを満足させてくれんだろうなぁ、やってみっかあ?」
挑発されたのでつい喧嘩腰になるが、正直サクヤの拷問は勘弁だ。何度か外で見張り役としていたことがある。思わず目を瞑るような光景と悲鳴を思い出して身震いをした。
「え〜藤堂ちゃぁんっ花街いっちゃだめぇ?僕も今度お約束が♡」
「サクヤ、スズランも追加だ」
「承知した」
「藤堂ちゃん??サクヤちゃん!!」
「…スズラン、オイラと我慢比べしようぜ?」
「ちょ!!僕を巻き込まないでよぉ?!」
流れるようにスズランが藤堂へ擦り寄ればさらっと返されて墓穴を掘る。冗談交じりのオイラと違って藤堂の旦那とサクヤは真面目そのもの。目の色が違う。これは本気で守らねぇとオイラ達に明日はねぇぞ…でも馴染みの子と約束〜と、こそこそふたりで耳打ちしていればため息まじりにソウゲンが間に入る。
「小生の仕事が増えるのは勘弁なのです…サクヤ殿の拷問後の手当ては飽きましたし…、薬代も馬鹿にならないのです…」
「ソウゲンちゃん!そっち?!」
「…ああ、でもどれだけ人間は痛みに耐えうることができるのは実験したいものです。あと実験台になってもらいたいカラクリや薬がいくつか……」
「ソウゲンも同席するか?自分は別にかまわん」
「……ギャタロウ殿、スズラン殿。小生が死なせはしませんからどうぞ是非」
手のひら返してサクヤの方に味方するソウゲンがおっかねぇ笑み浮かべてふふふと不敵に肩を動かす。
「是非でもねぇよ!!」
「頼りになるお医者様の言葉が今とってもこわいよ!」
突っ込みしながら思わずスズランと手を取り合って怯える。
「島原って酒飲む場所かぁ?楽しそうだな」
「…拙者もよくは…?派手で賑やかな場所であるくらいしか…」
「おまんま食べるとこ?」
ぎゃあぎゃあ騒がしいオイラ達がどこか羨ましいような目で見つめて、置いてけぼりをくらった他三人はきょとんと同時に首を傾げる。
オイラとスズランの会話も大半わかってねぇだろう、これは藤堂の旦那が屯所の風紀を乱すと怒るのも仕方ない。さすがに罪悪感を感じたのかスズランが三人のそばに駆け寄って肩を叩いた。
「…うん、君たちみたいな純粋無垢なお子様は気にしないほうがいいかなあ、うん。僕たちが悪かった…夜のお出かけはもうしないよ。このお話は終わりね」
「やっぱ酒か!俺も今度誘ってくれよ!」
「…いや見廻りか、感心するな…拙者も同行しよう」
「オマも食べるー!」
「わーーーーんっ!汚れた大人でごめんね!!」
「わぁったよ!もう屯所抜け出さねぇよ!命は惜しいからな!藤堂の旦那ぁさっさと御用改め行こうぜ!」
「というか!元々は貴様が原因だからな!!いいから皆さっさと並ばんか!日が暮れてしまう!」
さっきから門の前で新選組幹部がぎゃたぎゃたとじゃれ合っているな巻き込まれねぇように他の隊士たちがこそこそ脇を通り過ぎていくのが見えてあからさまなそれに舌打ちする。見せもんじゃねぇっつーの。
藤堂の旦那の言葉に全員がなんとなく決まっている定位置に動く。平然を装おってオイラもボウの隣に立てば、自分達にしかわかんね不自然な空気を感じ左側が緊張する。横目で盗み見すれば、あきらかにこちらを見ようとしないように意識して目が泳ぐボウ。手元も遊んで落ち着かない。まるで飼い主に構ってもらえずへそ曲げてる犬のような。わかりやすく落ち込んでるボウに気づかれねぇようにこっそりため息ついた。
いつも通りにしてもらわねぇと周りが変に思うだろ、困んだよと一人ゴチる。
あの夜な夜なしていた密会、ボウからの言葉を聞いてからオイラはボウとふたりきりになるのを避け続けた。あくまで自然に、誰かを巻き込んで複数人になるようにして、あの会話の続きが始まらねぇように必死こいた。
またあれからそういったこともしていない。さっき藤堂の旦那がいった通り、夜はこっそり屯所抜け出して夜の街に繰り出しているからだ。昔仲間と呑んだくれたり、女と遊んだり。そうしたことをし続けていればこのままボウとのことは自然消滅になんねぇかな…と淡い期待をしていた。まぁ続けた結果、オイラがこってり怒られる羽目になったわけだけどよぉ…。
やっと替え玉達が静かに一列になったところで、藤堂の旦那がこほんっと咳払いをして正す。
「では、本日の御用改めだ。一番星とサクヤとアキラ。ソウゲンとスズラン。ギャタロウとボウの三組はそれぞれ……」
「…あん?」
「…さっきからなんだ、ギャタロウ。いいか貴様遊び呆けたら承知せんからな」
「…信用ねぇなら藤堂の旦那見張ってくれよ」
「そうしたいのは山々だが、私は容保公に謁見せねばならず同行したくともできんのだ。いいかボウ!貴様こやつを見張るんだぞ、何かあったら首に縄でもつけて引きづってこい」
「オ、オマァ!」
急に話を振られてびっくりしたのか勢いそのままに元気よく手をあげて返事をする。
ふたりにしてくれるなって意味だったんだがな…。せめて誰か一緒ならちげぇんだけれども、普段からよく共に行動しているだけに相手を変えろとも今更人数を増やせとも言いづらい。
「縄を締め方を間違えるとボウ殿の力で引っ張ったら簡単に死ぬのです…いいですか、縄のここの結び目はこうして…」
「抜け出せないようにしたいならば、ここを堅結びすれば自分ではそう簡単には解けん。あと後ろ手に親指同士を…」
「オ、オマ…」
ソウゲンとサクヤが藤堂の旦那の言葉にどこからか縄持ってきて締め方を淡々とボウに教える。おいおいてめぇら親切心じゃねぇだろうそれは。ボウも真面目に頷きながら聞くな。
「ギャタロウちゃん…もしものことがあった場合のお経のあげ方どちらがいいか聞いててもいいかな…。埋葬の仕方もお望みある?火葬土葬自然埋葬とか散骨もあるよ…いたっ!」
「オイラが逃げて縛られるの前提で話すんじゃねぇよ、てめぇら!あと勝手に殺すな!」
指を順番にあげながらその先のいらん世話まで聞いてくるので不吉なことぬかすじゃねぇよとスズランをどつけば、あざとく痛いよぉと喚いてソウゲンの後ろに隠れやがった。ああくそ、どいつもこいつも!
「あはは!まぁギャタロウがワリぃんだからしゃぁねぇじゃねぇか。最近何に苛ついてっか分かんねぇけどよ、気晴らしに呑みにばっかいくのやめとけって」
図星喰らって一瞬面食らった。さすが新選組局長、よく見てる。しかし図星をつかれたオイラの苛つきは最高潮になって一番星に八つ当たりする。苛つきもすんだろうが。こんな必死こいて誤魔化してやってんのによぉ。
「ってかそれおめえじゃねぇか!朝帰りして藤堂の旦那にこってり絞られよぉ、謹慎常習犯な局長様に言われても説得力もクソもねぇなぁ?」
「あんだとゴラァ?!」
「本当のことだろうがぁ?ああ?」
肩掴んでウザ絡みしてきた一番星にわかりやすく挑発してやれば、ちゃんと喧嘩買ってくれる。ああほんと苛ついてしゃぁねぇ。メンチ切って火花散らしていれば、アキラがいい加減やめんかと間に入る。
「とにかくギャタロウ見廻りはしっかりしろ。ボウの迷惑にならぬようにな」
アキラがぴしゃりとその場を律する。おそらく替え玉の中で最年少、男に扮しているとはいえ生娘に言われちゃぁさすがに大人しく言うことを聞くしかない。
「へいへい…」
いつだかの一番星みてぇにサクヤと一緒は御免だと駄々こねればいいのによぉ…。言ったところで理由を問われるだろうが話せるわけがない。…人の気も知らねぇで。
…あの後から出来ればボウとふたりきりというのも避けたかったが御用改めならば仕方がない。
割り切って任務こなしていつもどおり装って、いつもどおりな会話だけしてりゃぁ大丈夫だ。
「…─以上だ。わかったな。何かあればすぐ報告。また暮六ツまでには屯所に戻ってこい。いいな」
「承知」
…自分に言い聞かせるように何度も