箱詰めデカラビアと遺跡の少年ソロモンデカラビアとソロモンは二人きりである。
とある事情でソロモン一行が遺跡を探索していた時、パーティー分断の罠が仕掛けられていた。その罠に引っ掛かったソロモンを掴んだ同行メギドがデカラビアだけだったのである。
そして二人は冒頭の通り二人きりになった。
遺跡の中の大きな大きな部屋で、ソロモンがこれまた高い天井を見たまま悔しそうに唇を噛む。
「あそこにレバーがあるんだと思う」
「飛べる軍団員を呼べばよかろう」
片手に握った杖の、宝石のような部分をフォトンを操って光らせながら、それ以上進む扉の無い部屋の中を見て回っていたデカラビアは、ソロモンに言った。
「それはそうなんだけど……」
「やけに歯痒い物の言い方をするものだな、気が進まん理由があるなら述べてみろ」
「……一時的にでも、この部屋に閉じ込められると分かっているのに、皆を召喚したくない」
「ふん。まあ納得してやろう。人数の増加で発動条件を満たす致命的な罠が無いとも限らん。建物の構造も、内側に侵入者を導き、次々と遭難者が増える事を狙っている。だがどうすると言う? 普通の出口は無いようだぞ。それとも一生ここに閉じ込められるか?」
コツ、コツ、コツ。時々、壁や床を手袋をつけた手や杖で叩きながら、大きな部屋の端から端まで歩き終えたデカラビアは、中央辺りのソロモンの前に歩いて戻ってくる。
「そう言う訳には行かないけれど」
「だろう、分かったら召喚したらどうだ」
目の前で軽く腕を組むデカラビアに、ソロモンは観念して本音の一端を告げた。
「……だって、少し悔しいんだ」
「はぁ?」
普通の侵入者には動かせないあんな高所にレバーを付けた遺跡を作ったヴィータは、自身はあのレバーを簡単に動かせる方法を持っていたはずだ。そうでなければ不便でかなわない。
そして、レバーを動かせない侵入者達を閉じ込めていたのだ。侵入者を閉じ込めたいだけなら別の堅牢な仕掛けで良いだろうに、レバーをこれ見よがしに届かない天井につけているのは悪意が透けて見えた。
ソロモンは可能性が高いと思っているが、遺跡を作ったヴィータもメギドを召喚出来たのだろう。
召喚で外のメギドを呼んで問題をクリアしてしまうのは、罠に掛かった者だけでレバーを引けるはずが無いと思っていたはずの過去のヴィータへの敗北宣言のようで悔しかった。
どうにか今の手札で解決してみたい。
(それに……)
ソロモンはデカラビアをチラリと見た。
罠が発動した時、ソロモンの手を取ってくれたのはデカラビアだった。だから、デカラビアとこの部屋を脱出することが、彼が来てくれて嬉しかったソロモンの気持ちの証明になるような気がして。
でもそれが、子供っぽいこだわりになる事もソロモンは承知していた。デカラビアだって気にしていない。ソロモンを名乗る少年は忙しいのでずっとここに居られる訳でもない。なので、徹底するつもりは最初からなかった。
「まぁ、気持ちは分からんでもない。この遺跡の図面を作らせた者への憤りはな? そいつに意趣返しをしてやりたくなったのだろう? だが、遥か昔に死んだ存在に張り合って何になる。……俺が高く飛べれば良かったのだろうが。浮き上がりは出来ても、レバーを引く力を込めながら安定して飛ぶ事は俺の羽では九割方は無理だと思え、試みるのも困難だ」
デカラビアは身体から生えている蝙蝠型の羽をパタパタと動かしながら言った。
多分、プライドの高い彼には、困難だとかは口に出したくない言葉だろうとソロモンは思う。それでもはっきりと告げてくれたのだ。
ここら辺が潮時で諦めるべきなのだろう。
「難しいかな……」
ただつい、目線を床に落として、未練染みた事をぽつりと溢してしまう。
「ふん……出来ん事もないか」
聴こえてきたデカラビアの呟きにソロモンが顔を上げると、デカラビアは両手の指で四角の枠を作って部屋の天井を眇め見ている最中だった。手から離されてなお光る杖は、デカラビアの横の空中に支えも無しに浮いている。
「デカラビア、何をしてるんだ? それに、出来るって……その杖を使うとか?」
「違う」
デカラビアはにやりと笑い、勢い良く杖をパシリと音を立てて掴んだ。出来ん事もないと言う台詞の割に、十分な自信はあるのだろう。
「杖で済むなら、さっさとやっている。この杖を高所に動かし、力仕事をさせるのは無理だ。普段から直接的な攻撃には使っていない事から察するんだな。……もっと単純で原始的な手だ」
デカラビアの表情は小馬鹿にしてくるものに変わり、だがすぐにそれも消えた。
「フォトンを回せ、ソロモン。それと、壁際に寄って決して動くな」
最後の言葉を口にする頃のデカラビアの静かな顔は、真面目な提言を行う時のものだった。
「ふふっ」
「笑うな」
ピンク色の巨大な結晶体が、耳を打つ声と合わせてピカピカと光る。
「ごめん……ふふ」
「……早く上に乗れ、もたもたしているとヴィータ体に戻るぞ」
ピカピカ。
ヴィータの体から発音される時よりも、大きく歪んだ声は腹立ちを表した低い響きであり、それを放つメギド体はまさに威容を誇る巨大な体躯をしていた。普通のヴィータは、このような存在に身体の上部……一番大きな面を向けられ、不機嫌そうな言葉を空気を震わせ伝えられては、動けなくなるかその場で伏せて赦しを請うかが関の山だろう。
だがソロモンは、この結晶体のメギドのもう一つの姿がさっきまでの魔女帽子にマントの、ソロモンとほぼ同年代の男で、皮肉気な言葉は吐く物の、意外に親切な所もあると知っており、恐れを感じるにはその"個"性に好意を抱きすぎていた。
そして、巨大な存在への生理的な恐怖さえ克服してしまえば、ソロモンが乗りやすいようにだろう、蝙蝠の羽が生えたときに変身する幾つもの出っ張りを備えた姿ではなく、逆三角のような姿を取ってくれたその結晶はみっしりと部屋に詰まっており、今にも壁や天井に擦りそうで、なのにソロモンの方に細心の注意を払いながら頭部?を向けて、健気に急かしてくるのである。
いつも大空に勢いよく飛び上がっている姿を知るソロモンからすると、今の結晶の姿には同情心さえ抱くのであった。
「言っておくが、おまえのせいだからな、ソロモン王」
「分かってるよ」
ソロモンは乱暴にならないよう結晶に触れて、その上に乗り込む。触った温度は人肌よりは冷たいが、氷や冷えた場所に安置してある石程は冷えていない。硬質な結晶にしか見えない外見からすると不思議な温度だった。結晶の尖った場所や引っ込んだ場所に触れると危ないかと警戒するものの、全く触れないのも難しいので気をつけながら手や足を掛けると、その感触は予想していたよりは丸い石のようで、ソロモンの体を直接傷つける事は無さそうだった。
「動くぞ。伏せて掴まっていろ」
「ああ」
「お喋りも辞める事だな。舌を嚙むのが趣味なら別だが」
そんな趣味を持っている訳ないじゃ無いか。
ソロモンは思ったものの、動き出した結晶の上で喋るのは危ないには違いない。口を真一文字に結んだ。
天井がソロモンに近づいて来る。
そろそろと、デカラビアは身体を傾け直し、動かしている。
ソロモンはレバーのある場所とデカラビアを交互に見た後、デカラビアの方に視線を落とした。
結晶の中から黄色やベージュに近い色の光が放たれている。
さっきまで喋っていた、台詞に合わせて明滅して居た時とは違い、一定の感覚で光るそれ。
外見上決して生きてるようには見えないが。
「(生きてるんだなあ……)」
今座っている箇所の中心部にそっと手を触れると、ドクンドクンと脈打つ鼓動のような音が伝わってくる。それが本物なのか、自身の鼓動が反響して感じるだけの気のせいなのかはソロモンにはわからないが、興奮した自身の鼓動が聴こえていてもおかしくはない状態だとは思った。
もうしばらく結晶を見ていたい気持ちはあったが、この状態になった本来の目的もソロモンは忘れてはいなかった。名残惜しげに結晶を撫でると、目的のレバーに狙いを定めるために視線を上げる。
「天井に頭をぶつけるんじゃないぞ」
案外お節介なデカラビアは、頻繁に注意を促してくる。
もしかしたら、心配性なのかもしれない。
ソロモンは口を開かずに笑うと、手を伸ばせる距離にまで来た、レバーを引っ張る。
固くてなかなか動かないそれを、頭を下げた中腰の姿勢で歯を食い縛り何とか下げる。
「ヴィータ体に戻るぞ、驚くなよ」
「(戻るって、ここでか?)」
その直後、ソロモンの足元を支えていた結晶の感触が消えた。
「~!」
ソロモンは上を向いたまま落下し始めた。舌を噛むぞとデカラビアに言われていた事を思い出し、必死に声だけはださないように口許を食い縛る。
落ちるソロモン速度がゆっくりとなる。
腰と背の下にヴィータ姿に戻ったデカラビアの手が差し込まれ、ソロモンは所謂お姫様抱っこの形でデカラビアに支えられていた。
「なんだ。悲鳴は上げなかったか。つまらん。驚かなかったのか?」
「……ぷはぁっ 驚いたよ どうして行きなり戻ったんだ、デカラビア」
「ククク……驚いたか。いちいち降りるより、この方が早いだろう?」
「すっごく驚いたんだからな」
「ククク、ククク、膨れるな、支配者は余裕を持ち睥睨するものだ。試みは上手く行ったのだから。あちらを見るといい」
「誰のせいだと思ってるんだよもう……」
愉快そうなデカラビアの促す方向にソロモンが意識を向けると、今まで緊張していたから聴こえてこなかった大音量の、石が擦れる音がそっちから響いていた。
行き止まりだった、一枚の壁全部が、動いて上がって行っているのだ。
「ここ、こう言う仕掛けだったのか」
「そうだ。まあ、程々にありがちな仕掛けだがな」
「知ってたなら最初から教えてくれれば、いやそれよりも……」
「なんだ、まだ不服があるのか」
「不服って言うかさ」
「(……恥ずかしいんだけど)」
デカラビアがフォトンで作り出した浮力と彼自身……ソロモンより背の低い同性の細身のヴィータ……にお姫さま抱っこされたまま、空中を降りる姿は、ソロモンにとっては余り他人には見せたくない姿だった。見せたくない他人である事は、デカラビアさえも例外ではなかった。それどころではない、一番見せたくない相手であるような気分にさえなってくる。
「(いつもは美学にこだわって、赤いサンタの服やかわいらしい色の道具を恥ずかしいって言うのに。こうされている俺が恥ずかしいって思うって、考えないのかな……)」
ソロモンは不思議に思った。
「(だけど、もしかしたらデカラビアにとっては)」
メギド体の姿でも、ヴィータの姿でも、大差がないのかもしれない。
ソロモンはメギド体のデカラビアに全部を委ね体重を任せていた。デカラビアにとっては、それと、今の姿でソロモンを支えてやるのも大差がないのかもしれない。
でも、そうだとしてもソロモンは恥ずかしかった。空中で放されれば落ちてしまうし、今から放せと言うつもりも無いし、どうせすぐに地面には辿り着くのだが。あれこれと考える内に、メギド体のデカラビアに乗っていたさっきの事まで気になってきた。ソロモンはデカラビアに、赤くなっているだろう頬がバレないようにと祈った。
「おかしなやつだ」
幸い、デカラビアには気づかれなかったようだ。
そして、デカラビアがトン、と床に足を付ける。途端に、通常の重力が戻ってくる。
「ようやく戻れた……」
ソロモンは放して貰って、自分の足で立ってから深呼吸し、デカラビアに言った。
「ありがとう、デカラビア、お陰で助かったよ。……空中に行きなり放り出すのは止めて欲しかったけど」
「ククク、俺相手に油断するおまえが不用心なのだ」
「油断するとかしないとかの問題じゃなかっただろ、今の……」
「ククク……ならば俺が支えてやった事に対する報奨だと思え、ずっと話しているつもりか?」
報奨でただのヴィータ……ソロモンの驚く顔が見たいと言うデカラビアに、ソロモンは抗弁を諦め、ただ頷いた。手伝いの報奨で要求されるにはかわいらしい物だった。
「もちろん、そんなつもりはないさ。折角進めるようになったんだ。行こう、デカラビア」
「……それで良い」
デカラビアが地面に落としていた杖を拾い、マントを翻し、開通して出来上がった通路に向かって歩いていく。
ソロモンは一度だけレバーの方を見て、目の前で浮いていたデカラビアのメギド体の姿や乗った時の感触を思い出してから、今は転生したヴィータであるデカラビアの後を追った。
終
関係がある……かも?しれない与太文章
デカラビア
メギド体に平気で近づくソロモンの度胸は好んでいるし王に相応しいとも認めている。が。
実は今回はソロモンに色々と気を遣っていた。
メギドであった頃の彼が楽に過ごすための本来の生態は別のものである。
鋭い結晶のような身体はヴィータが触れれば傷付くことは避けられないだろう。
極寒の地の氷のような身体に柔らかな肌が直接触れれば霜焼け程度では済まない。
ふとした時に内部から放たれる光が強すぎれば、それを至近で見たヴァイガルドの生物は目を焼かれる。
空中の空気を震わせて耳を打つ美意識に反する歪んだ声を作り出したのは、メギドの意思を直接脳内に響かせれば脆弱なヴィータの肉体は倒れてしまう恐れがあるから。
全部気合いで解決していた。
この後一時的に記憶喪失になる部屋でソロモンの事を忘れたまま純メギドであったときまで記憶が戻ったままメギド体になってしまい、ソロモンの脳内に直接声を響かせたところ昏倒される事件が発生する……かな?
ソロモン
デカラビアの気遣いの内容を全部は理解できてないが、デカラビアが気を遣ってくれた事は分かっている。
小さいデカラビアメギド体模型と、デカラビア模型が入るサイズの部屋の模型がちょっと欲しくなったのはデカラビアには秘密にしている。
1/7200スケール発光機能付きデカラビアメギド体逆三角赤色バージョンモデル
デカラビアを設置できる遺跡の部屋と、ソロモン王二種類(立つ、デカラビアの上に座れる)付き。ヴァイガルド年2072年発売予定。
光るのでランプの代わりにもなります。
フラロウス
全く話に出ていないが、ソロモンとはぐれたメギドの一人。
一旦遺跡の中から退避し、他のメギドを纏めソロモン達が合流するまでキャンプを張っていた。
その態度を非難されることもあったが、なにも考えてない訳ではなく、ソロモンとデカラビアの二人連れなら、本気でヤバくなったらどちらかが召喚する、召喚が行われないのは直後の合流を望んでいないからだと推測し、ソロモンが生きていることも直感していた。