I.O.U. many things 特段会おうと思っていた訳でもなかった。仮に見かけたとしても声をかけるつもりはなかった。ただ、改札から漏れ出る雑踏を離れ、駅舎の屋根の際でぽつんと雨を眺めている後ろ姿が目に入った時、少し憐むような、同情するような気持ちがリンドウの中に芽を吹いた。
「……傘、持ってこなかったのか」
「あ……リンドウ」
振り向いたフレットは、ちっす、と力なく片腕を上げた。
「朝は雨予報無かったじゃん、リンドウもそれ折り畳みでしょ?」
「そうだけど」
彼の言う通り、意識して持ってきた訳ではない。朝のニュースでは降水確率は30%で、些事に細かく振り回されることを好まないリンドウは手持ちの傘を持たずに出かけてきた。ところが電車が五反田に差し掛かる頃には窓に水滴が張り付いており、今や勢いこそ弱いものの、しとしとと柔らかく冷たく肌に張り付くような雨模様になっていた。リュックのサブポケットに折りたたみの傘が突っ込んであったのがたまたま功を奏しただけである。
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