Calling大魔王バーンとの決戦の直後──
黒の核晶の爆発に巻き込まれたおれは、竜闘気全開の防御で何とか一命は取り留めた。
でも地上での回復ではとても追いつかないぐらい酷い状態で……。
おれは、神々と精霊によってそのまま天界へと運ばれた後治療を受け、そしてようやくみんなの待つ地上へと帰還した。
おれが地上へ戻ってきた時、バーンとの大戦からは半年が経っていたらしい。
ポップには泣きながら怒られて一発殴られたし、レオナにも大分泣かれちゃったけど、皆おれの帰りを本当に喜んでくれた。
じいちゃんに会いにデルムリン島に行ったり、各国の王様達、お世話になった人達へ顔を見せに行ったりしていたら、いつの間にかおれが帰って来てから数週間が経過していて。
その奇跡のような時間が訪れたのは、そんな風にバタバタした日々が少し落ち着いた頃の、ある夜の事だった。
デルムリン島に帰ってゆっくりしても良かったんだけど、何となくみんなと離れがたくって、しばらくパプニカに滞在させて貰うことにした。
おれの気持ちを汲んでくれたのか、皆も一緒に滞在してくれる事になって、おれはそれがとても嬉しい。
ここにいてもいいんだって、おれに安心させてくれるから。
レオナがおれの為に用意してくれたパプニカ城の一室で、寝る前のひととき、空を見上げた。
沢山の星と大きな満月の、穏やかな夜。
ぼんやりと眺めていたら、一頭の竜が遥か上空を悠然と飛んで行くのが見えた。
群れを成さず独り空を舞うその姿が、力強く、それでもなんだか孤独にも思えて、おれはあの人を思い浮かべた。
瞳を閉じ、胸に手を当てる。
こちらに帰って来て、ラーハルトと一緒にある場所ヘ足を運んだ。
アルゴ岬近くの、母さんが眠る地。
おれの手元にあるのは、おれの帰還と共に飛んできてくれた真魔剛竜剣しかなかったから、おれはその場所へ、祈りだけを捧げた。
最終決戦のあの時から、あの人──父さんには会っていない。
──まだここにいるの。もう、母さんの所へ行ってしまったの。
答えてくれる声はなく、そっと瞳を開けた。
あの決戦の時に、父さんは確かにおれの中にいた。一緒に戦って、おれを励まし、導いてくれた。それだけでも、ありえないことなのに。
「会いたいよ……父さん」
叶わぬ願いをぽつりと零し、冷たいシーツに身体を横たえた。
ふと名前を呼ばれたような気がして、目を開く。
そこは休んでいたはずのパプニカ城の一室ではなく、不思議な空間だった。
辺りは白い霧のようなものに包まれ、地面とも床とも思わしき部分にも同じような白い霧が広がっていた。
「ここは……?」
──夢、なのだろうか。
そう思った時、自分以外の人物の気配を感じ、後ろを振り返る。
夢、なのだろう、きっと。だってその人に会うことなど出来ないと思っていたから。
でもそれでも良かった。夢でもいいから会いたいと思って、今夜は眠りについたから。
「……父、さん……!」
最後に会ったあの時と変わらぬ姿で、父さんはそこに立っていた。
「戦いの終わった今、姿を見せることももうあるまいと思っていたが」
「…………」
──そんなこと言わないで。おれはいつだって父さんに会いたいよ。
そう言葉にしたいのに、口から出てくるのは震える吐息ばかりで。
父さんはゆっくりと歩みながら、おれの方へと向かってくる。
「おまえが……私を呼んだのだな、ダイ」
「…………っ」
「あの……最終決戦以来か。こうして見えるのは」
「……っ……ふ…………うぅ……」
そして、おれの目の前で立ち止まる。
「よくぞ……バーンを討ち取ったな……!」
「父……さぁん……っっっ」
大きな手で頭を撫でられ、ぽろりぽろりと涙が零れ落ちた。
後から後から涙が溢れて止まらなかったけれど、もうおれには我慢する必要なんてないと思った。
だってこれは、きっと夢。誰かに見られることも、誰かに何かを言われることもない。
みっともなく大声を上げて泣いた。こんな風に声を出して泣くのは、あの、父さんと別れた時以来だ。
あの時はただ悲しくて辛くて苦しくて。
でも今は、とてもとても嬉しくて。
会えたことが。褒められたことが。頭を撫でてもらうことが。
だから目の前の父さんの身体に抱き着いた。そうしたら父さんも、同じように抱き締め返してくれた。
おれは……おれたちはようやく、随分と長い回り道をして、普通の親子らしい事が出来たんだ。
「おれ……父さんに謝りたいことがあって……」
ひとしきり泣いて落ち着いた後、おれはそう切り出した。
「謝りたい……?一体何を……」
訝しげに父さんがおれに聞く。
「ずっと……父さんって呼んであげられなくて……ごめん。それと、父さんじゃないなんて言って……ごめんなさい」
おれはずっと後悔していたんだ。
父さんとは色んなことがあったから、素直になれなくて。わだかまりやしがらみがおれを邪魔して、その4文字が言い出せなくて。
父さんが息を引き取って、そして紋章の力と一緒に、父さんの心が受け継がれた時、おれは知った。
父さんがそれまで……おれが父さんと出会うよりもずっとずっと前、そう、おれが生まれた時からおれへと向けていてくれた愛情に。
おれが生まれて、母さんと3人で過ごして、離れ離れになって、でもまた再会できて。
拒絶されて、戦って、認めて、今度は共闘して……最後は守って。
喜びと悲しみと怒りと後悔と罪悪感と覚悟と。
間違った方向へと進んてしまったこともあったけれど、それらは全ておれへ向けられた愛情から生まれたものなんだって伝わって。
おれはようやくその時になって、父さんの深い愛に気づいたんだ。そしておれの中でも、父さんがこんなに大事な人になっていたってことにも。
……残念なことに、気づくのが遅すぎたんだけど。
だから、おれは言いたかった。
夢なんだって分かっていても、例えおれと父さんがひとつでおれの想いが伝わっていたとしても、言わなくちゃと思ったんだ。
だけどそんなおれに、父さんはフッと軽く一笑した。
「……そんなことか」
「そ……そんなことってなんだよ!おれは……っ!」
「そう怒るな」
ちょっとムッとして反論しかけたおれの肩に、ポンと手を置いて父さんは言う。
「あの時言ったように、おまえにとってはおまえを育てた方が父だ。そのようなことを、おまえが気に病むことはない」
「…………っ!……違うよ!全然違う……っ!!」
おれたちはひとつのはずなのに、どうしてこんなに伝わらないんだろう。
いつまでも理解ってくれない父さんが、もどかしい。
「父さんは……やっぱりわからずやだ……っ!」
「何を……」
今、言わないと後悔する。
そう思ったおれは、あの時父さんに言えなかったことを口にした。
「おれにとっては……じいちゃんはじいちゃんだし、父さんは父さんだけなんだよ……!だからそんな……そんな風に言わないでよ……っ!」
「ダイ……」
「父さんは、確かに酷いことを沢山した。おれの記憶を消したり、おれの仲間を傷つけたり、国だって滅ぼして大勢の人を傷つけたよ。きっと父さんのこと許せない人だっている。そんな事分かってる!!でも……っ!」
世界を救った勇者としてでもなく、竜の騎士としてでもない、ただあなたの息子としての気持ちを伝えたい。
「おれのたった一人の、父さんだから……!おれは、父さんに……生きてて欲しかった……!!」
死なないで、いかないで。あの時おれが思ったこと。
生きて、一緒に戦って、勝って、そしてもっともっと沢山話したり色んなことをしたかったのに……!!
一度乾いた涙が、また溢れてくる。
おかしいな。おれ、こんなに泣き虫じゃなかったはずなのに。
「おれを……おれとおれの仲間を守ってくれた父さんに、心がないわけないじゃないか。父さんは立派な竜の騎士だった……!おれの立派な父さんだよ……!!」
視界がぼやけて父さんの顔はよく見えなかったけど、おれは精一杯の笑顔を向ける。
──おれの気持ち……ちゃんと伝わったかな。
肩に置かれた父さんの手が震え、おれはまた父さんの腕に包まれた。
「……ありがとう」
父さんが吐き出した言葉はそれだけだったけれど、きっと父さんの心に届いたんだって、その声色が伝えてくれた。
それからおれと父さんは話をした。
父さんのこと、母さんのこと、おれのこと……。じいちゃんに父さんの話をしたら、泣いて喜んでくれたこと。父さんの話をラーハルトから聞くのが楽しいこと。
──知らなかったよ、おれ。父さんでもそんな風に穏やかに笑ったり、照れたりするんだね。
この場所がどんな場所かなんて気にも止めないで、ずっと話していた。
でも段々と周りが明るくなる気配がしてきて、おれたちは話を止めた。
「もうすぐ夜明けだ……。もう、戻りなさい」
「うん……」
本当はまだまだこの場所にいたいけど。もっともっと話をしたいけど。
のろのろと立ち上がるけれど、父さんと離れたくなくて下を向いてその場に立ち尽くす。
「……ダイ」
父さんが名前を呼んで、次の行動を促す。
「父さん……」
「どうした?」
「また……会えるかな……?」
これは、おれの夢だ。だからこんなこと、父さんに聞いたって困るだろうけど。
「……おまえが望むのならば、また会えるだろう」
でも、父さんはおれにそう言った。
「……そうだね」
──嬉しいよ、父さん。こうやってまだおれの心に寄り添ってくれるんだね。
「また、さ……名前、呼んでよ。ディーノって」
「……!」
「おれ、父さんと母さんに貰った名前も……大事にしたいから」
『ディーノなんて呼ぶな』そう言ったこともあったけど、今は呼ばれないことがこんなにも寂しい。
「分かった……ディーノ」
父さんが嬉しそうに見えて、おれは笑った。
「またね……父さん」
「ああ……また、な」
父さんに背を向け、おれは明るくなりつつある方へと一人歩いて行った。
頬を伝う冷たさに、目が覚めた。
窓の外を見れば、まだ辺りは暗く、けれども太陽の気配が白み始めている。
また会えると聞いたおれに、父さんはおれが望むなら、と答えたけれど。
それはつまり、おれが望まなければもう……。
分かってる。
父さんだって、いつまでもおれの中にはいられないんだ、って。
いつまでも父さんに甘えてちゃいけないんだ、って。
あの、温かくて力強い腕から離れなくちゃいけない日が来るんだ、って。
それでも、その時までは。
おれが竜の騎士として、寒く暗い場所へと旅立つまでは、父さんの息子でいさせて。
──もう少しだけ……ディーノって呼んでよ、父さん。
夜が明け、また朝が来る。
光が差し始めた暁の空を、二頭の竜が羽ばたいて行った。
終