Share happinessその日、ダイはレオナに頼まれたちょっとしたお使いを終え、彼女の元へ戻った所だった。
「ありがとう、ダイ君。助かったわ」
「ううん、気にしないで。おれも特に用事はなかったし」
「何かお礼をしなくちゃね……」
「えっいいよ、別にそんな……」
何かやりたい事が別段あった訳でもなく、ダイは丁度暇を持て余していた所にレオナから用事を頼まれたのだった。
「んーでも……あ、そうだわ!」
ダイは断ろうとするも、レオナは少し考え込んだ後、机の引き出しを開けた。
「これ、ダイ君にあげるわ」
そう言ってレオナがダイに差し出した物。
それは赤を基調とした背景にお菓子のようなイラストが描かれた、ダイの掌よりも少し大きな箱だった。
「?何?これ……」
「この間、会議でお会いしたベンガーナ王がくださったのよ。ベンガーナの若者の間で流行っているお菓子なんですって」
「へぇー」
「細いプレッツェルにチョコレートがかかっているの。手が汚れないように出来ているから、執務中にこっそり食べてたのよ」
アポロ達には内緒ね、そう付け加えレオナはウインクをした。
「美味しいから、ダイ君も食べてみて」
「うん!ありがとう、レオナ。でも、いいの?せっかくいただいた物なのに」
「いいのよ。あたしはもう十分いただいたし、美味しいものはおすそ分けしなくちゃね!」
顔を見合わせにっこりと微笑みあうと、ダイはレオナの執務室を後にした。
城内の廊下を歩きながら、手の中の箱をガサガサと振ってみる。
少し行儀が悪いかなと思いつつも、好奇心には勝てず、ダイは箱を開けた。
ふわりと鼻腔を擽る甘い匂い。
薄い紙に包まれたそれらは、彼が思っていたよりも細く、また沢山の本数が入っている。
──こんなにいっぱい……!おれ一人じゃもったいないな……。
うーん、と考えたダイは、先程のレオナの言葉を思い出す。
──そうだ!おれもおすそ分けしよう!
名案だ、と思いながら箱の蓋を閉じると、ダイは周辺を歩き回ることにした。
うろうろと彷徨い歩いたダイがまず出会ったのは、マァムとメルルだった。二人は木陰の下に座り、何やら楽しそうに話をしている。
「マァム~!メルル~!」
「あら?ダイ」
「ダイさん。どうしたんですか?」
話を止め、ダイを見上げる二人。
「うん、あのね。これ、良かったらどうぞ」
手に持った箱を開け、中身が見えるようにして二人に差し出す。
「これは……?」
「お菓子、ですか?」
「うん、そうだよ。レオナに貰ったんだ!ベンガーナで今流行ってるんだって」
二人も見たことはないのだろう。興味深そうに菓子を眺めていた。
「へぇー、そうなの。でも、いいの?ダイが貰ったんでしょう?」
「うん!おすそ分け、だよ!」
ダイの言葉にくすりと二人は微笑むと、箱へと手を伸ばす。
「それじゃあ……いただくわね!」
「ありがとうございます、ダイさん」
1本ずつ手に持ち、彼女たちはダイに礼を言った。
「どういたしまして!」
二人の笑顔に、ダイも同じような笑顔を向ける。
──おすそ分け、って……何だかこっちも嬉しいや。
二人と別れ、ダイはまた別の場所へと歩き出した。
次に出会ったのはクロコダインとバダック、チウ、そして獣王遊撃隊の面々だった。
近づいてくるダイの姿を見つけると、クロコダインが手を振り、招いてくれた。
「おお、ダイ!」
「みんな、何してるの?」
「なぁに、ワシの“パプニカの剣豪”時代の話を少々な!」
そう自慢気に髭を弄りながら話すのはバダックだ。
「それとクロコダインさんの数々の輝かしい武勲をお聴きしていたのだ!」
目をキラキラと輝かせながらチウが続ける。
「ダイ君もどうかね?」
「ええと……また今度にしようかな」
チウの誘いに断りを入れると、ダイは持っていた箱をパカリと開けた。
「これを、みんなにおすそ分けしてるんだ」
その言葉に、箱を覗き込む面々。
「うわぁー!美味しそう!!」
真っ先にチウが反応し、遊撃隊の面々も後ろでじいと菓子を見ている。
「チウもみんなも、どうぞ」
「いいのかい?どうもありがとう」
ダイが促すと、チウが礼を言い、代表として隊員分を貰う。
チウが点呼をしながら皆々に配るのを横目に、大人の二人がダイに聞く。
「ワシらまで……よいのか?」
「もちろん!……クロコダインには物足りないかな?」
「いや……有難くいただこう」
ニヤリと笑い、クロコダインと、そしてバダックも手を伸ばす。
嬉しそうにしている面々を眺め、ダイは彼らに別れを告げた。
キィンキィンと剣戟の音が聞こえ、ダイはそちらへと向かった。
彼の予想通り、そこにはヒュンケルとラーハルトが居た。
ダイの気配を察し、二人は距離を取ると、武器を収める。
「二人とも、邪魔してごめんね」
「いや、問題ない」
ダイの言葉に、そう返すのはヒュンケル。
少しずつ身体も良くなってきたのか、彼は最近こうしてラーハルトやダイと時折手合わせをする。
「部下として当然のこと。どうかお気になさらず」
ラーハルトは相も変わらぬ忠義で、今もダイに向かって片膝をつき頭を垂れた。
「どうした?何かオレ達に用事か」
そうヒュンケルが促すと、ダイはこくりと頷き、例の箱を二人へ差し出した。
「これ、みんなにおすそ分けして回ってるんだ。だから、二人にも」
ヒュンケルとラーハルトは、ダイの言葉に少々面食らった後、顔を見合わせた。
見た所菓子のようだが、二人とも菓子で喜ぶような年でもない。
だが、上目遣いににこりと箱を差し出すダイに、態々彼の想いを無碍に断る必要もないだろう、そう彼らは思い手を伸ばし、1本ずつ摘みとる。
「ベンガーナで流行ってるお菓子なんだってさ」
「そうか……ありがとう、ダイ」
「このラーハルト……光栄に存じます……!」
「もう!ラーハルトは大げさなんだから!」
あはは、と笑うダイに、ヒュンケルも、ラーハルトも穏やかな笑みを浮かべた。
その後もダイは城の敷地内を歩き回りながら、見知った者へ菓子を配り歩いた。
そうして、菓子が残り1本になった頃、空はすっかり茜色に染まっていた。
まだおすそ分けをしていない者がいる。
なのに、何処かへ出掛けているのか中々見つからない。
これ以上歩き回っても無駄になりそうで、ダイはトベルーラを使うと、城の屋根へと舞い上がった。
腰を下ろし、夕暮れの空を見上げる。
どれぐらいそうしていたのか。
「こんなとこでなーにやってんだ?おめえ」
家路へと急ぐ親子の姿を遠くに見つめていると、不意に背後から声がかかった。
「あ、ポップ!」
振り向くと、探していた人物──ポップが、片手に紙袋を持ち立っていた。
「そろそろ日が沈むぜ。ほら、中に戻るぞ」
ん、とポップがダイに手を差し出す。
「うん。でもその前にこれ」
箱に残った最後の1本を、伸ばされた手に握らせる。
「ん?これ……」
「おすそ分け、だよ」
最後になっちゃったけど、と頬を掻きながらダイは言った。
「おう、そっか……ありがとな」
ぱくりとそのおすそ分けを咥えると、ポップは空いた手でダイの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「……美味いな」
「でしょ?レオナもそう言って……あ」
「ん?どうした?」
「おれ……食べるの忘れてた」
「はああぁぁぁーーー」
そういえば、とダイは思い出した。
みんなにおすそ分けをするのが楽しくて。
みんなが笑顔になるのが嬉しくて、すっかり忘れていたのだ。
自身が食べていないことに。
「まぁ……みんな喜んでくれたしいいか」
──レオナには後で謝っておこう。
そう笑って呟くダイに、ポップは苦笑する。
「……ったく。おめえはよう……!」
いつだってそうだ。こいつは人のことばっか考えて。自分のことなんか後回しにして。
──だからおめえのこと放っておけねえんだ。
ガサゴソとポップは、手に持っていた荷物を漁る。
「ポップ?」
「んじゃ、おれからも。ほら、やるよ」
そう言って差し出されたのは、見覚えのある、お菓子の描かれた箱。
「これ……!」
「ベンガーナにちょっくら買い出しに出かけてたんだ。買って来て正解だったな」
ヘヘっと指で鼻の下を掻きながら、ポップは笑った。
「ほら。食えよ」
箱を開封し、ポップがそれを差し出す。
「……うん、ありがとう!あっ、そうだ……!!」
1本菓子を摘みとったダイは、思い出したように、その手を天へと向けた。
「父さんと、母さんにも……おすそ分け」
暫しそのままでいた後、ダイはその菓子を口にする。
それは甘くて美味しく……少しだけ塩辛い菓子だった。
「戻ろうぜ、ダイ……色んな味のやつを買ってきたんだ。後でみんなで食べよう」
ポップが、俯くダイを優しい声で呼ぶ。
「うん……きっとみんな喜ぶね」
顔を上げ、笑みを浮かべるダイの横顔を、真赤な太陽が照らしていた。
Share happiness
終