エンカウント 完全に、油断していた。
普段よく行く店よりワンランク高い和食居酒屋。手洗いから出たヤンは人の気配に顔を上げた。
客席から隔てられた仄暗い通路の入り口付近。上背の高い男が立っているのが見えた。
目を凝らさずとも纏うオーラが輝きを放っている。そんな印象だった。
シックなブラウンのスーツに、春めいた淡いピンクのタイ。見栄えのする洗練された装いに目が行く。一見派手にも思える着こなしは均整のとれた身体を華やかに引き立てていた。
どうやら壁にかけられたアートボードを鑑賞しているようだ。腕組みをした立ち姿もひどくさまになっている。
心惹かれるものを感じ、何気なく視線を上へずらす。
「――!」
ヤンは漆黒の瞳をこぼれんばかりに見開いた。
見紛うはずもない。そこにいたのはかつての腹心ともいうべき人物。ワルター・フォン・シェーンコップその人だった。
とはいえ現在のヤンは部下を抱える立場にない。
歴史研究を生業とする――それは過去生から抱く長年の夢だった。
大学で戦史を学んだまでは良かったものの。就活で躓いた。元々極端に求人の少ない分野だ。希望する先にはまるで空きがない。直面したのは厳しい現実だった。憧れだけでは生計が立てられない。
生まれ変わってもなお、両親とは縁が薄かった。困りきったヤンに手を差し伸べたのは大学時代の友人だった。
さしあたり紹介された進学塾にて、受験生たちに勉強を教える毎日だ。
生来の気質による覇気のなさは今なお健在である。
枯れススキのごとく老成した内面と、実年齢より若く見られがちな外見。そのアンバランスさも変わっていない。
まして今日のようなライトグレーのセットアップにダークグレーのパーカーを合わせたカジュアルなスタイルでは、余計に童顔が際立った。
講師らしくない緩さと授業のわかりやすさが受け、なぜか人気講師として馬車馬のようにこき使われている。
そう――眼前の美丈夫が部下であったのは今世ではない。遠い昔、ヤンが自由惑星同盟に軍籍を置いていた頃の話だった。
まさか。あり得ない事態に息を呑み、男の横顔をまじまじと凝視する。
動揺した気配が伝わったのか。太く形良い眉の下、若干垂れ気味の瞳がゆっくりとヤンの方へ向けられる。
「……ッ、」
息を潜めていた心臓が飛び跳ねた。
咄嗟にパーカーのフードを被る。時を超えての邂逅に取った行動は、意外にも身を隠すことだった。
対面から硬質な革靴の音が近づいてくる。ヤンはスラックスのポケットに両手を突っ込み、できるだけ深く俯いた。怪しいのは承知の上だ。再度トイレへ戻って狭い空間で二人きりになるより、このままやり過ごす道を選ぶ。
全体的にほんのりとした照明が使われている店だ。足元の敷石を暖色のライトがぼんやりと浮かび上がらせている。顔さえ上げなければいけるはずだった。
なるべく意識しないように。ヤンは自身の履くダークグレーのスニーカーに焦点を合わせ足を踏み出す。だが。
「……失礼」
悪い予感ほど当たるものだ。すれ違いざま声をかけられる。
「もしや、あなたは?」
耳が拾った柔らかな低音。忘れもしない。記憶の奥深くこびりつく声に胸がぎゅっと絞られる。
この時おぼえた感情を、ヤンは後々になっても上手く説明することができないでいる。
気まずさ、懐かしさ、後悔、そして慕情――。
すべてが複雑に絡み合い、とてもひと言で表せるものではなかった。
ともかく。ヤンは身の内に吹き荒れる混乱に攫われぬよう己を叱咤した。
止まるな。振り向くな。
呼びかけに気づかぬふりでその場を立ち去る。
だが皮肉なことに、それこそが確信を与える行為となった。昔と変わらぬ本能的な勘の良さでダウトと見抜いたのだろう。背後から強い力で二の腕を掴まれる。
男の行動には寸分の迷いもなかった。ヤンが怯んだ隙をつき、いとも簡単に身体を反転させられる。
個室トイレの前。通路を塞ぐ形で壁に背を押しつけられる。
なるほど、これがいわゆる壁ドンというやつか。
ヤンは他人事のように胸の内で独りごちた。
ファッションに疎いヤンですらひと目で高級とわかる腕時計が顔の横で光を反射し、その存在を主張する。
「久方振りだというのに随分とつれないお方だ」
独特の抑揚が耳を撫でる。眼前に迫る仕立ての良いスーツ。良く磨かれた革靴が目に入った。
向かい合う格好となった男が背を屈める。フードの中を覗き込もうとしているのだ。
ヤンは下唇を噛み、できるだけ顔を背けた。
「無駄ですよ」
低い声で詰め寄られる。
逸らした視線の先。用を足すため暖簾をくぐりかけた中年男性と目が合う。
学生とサラリーマンが揉めている。
側から見ればそう思われかねない絵面であった。ただならぬ様子を察知した男性が慌てて踵を返す姿を見送る。
「ほら、よく顔をお見せなさい」
伸びてきた大きな手に顎を掴まれる。半ば強制的に上を向かされたせいで、目深に被っていたパーカーのフードが頭から落ちた。隠れていた癖のある黒髪があらわになる。
「……やはり」
艶のある声に隠しきれない興奮が滲んだ。互いの視線が絡む。二人が顔を合わせたのは、まさに巡航艦レダⅡに乗り込むヤンをシェーンコップが送り出して以来だった。
男ぶりの良い端正な顔立ちも、白い肌も。なにひとつあの頃と変わっていなかった。
「ヤン・ウェンリー」
もう逃さない。
艦橋で、ベッドで、何度となく見上げた灰褐色の瞳が雄弁に告げる。
しかし白旗をあげるには早い。
ヤンはまだ諦めていなかった。とぼけた顔でシラを切る。
「どちら様と?」
ヤンの口から発せられた言葉に、シェーンコップは一瞬面食らう様子を見せた。だがすぐに意地の悪い笑みが口の端にひらめく。
「なんとまあ。往生際が悪すぎやしませんか」
「なんかわからんけれど、人違いじゃなかとですか」
「この後に及んで悪あがきですか。感心しませんな、ヤン提督」
故郷の方言を使うのは久々だった。
のんびりとしたイントネーションでうそぶくヤンに、シェーンコップが呆れた表情を浮かべる。
「そのような小手先の奇計で小官を躱せるとお思いですか? まったく舐められたものだ」
「そうは言うたっちゃ、知らんけんね」
「まったく……本気なのか何なのか。相変わらず読めませんな」
肩をすくめる男にヤンは小首を傾げてみせた。
「さ、トイレに行きたかったんやなか? 早う行きんしゃい」
「なに、付き合いで参加した合コンがあまりにもつまらないのでね。一服しに抜け出してきただけですよ」
シェーンコップがふんと鼻を鳴らす。そして一気に視線を尖らせた。
「まさか、あなたも合コンではありますまいな」
無論、ヤンがここにいる理由は合コンではない。今日が誕生日と知る友人たち数名がヤンのために食事会を開いてくれたのだ。
ああ、そうだった。この男には以前からこういうところがあった。
泰然自若とした態度の割に、ヤンに関してのみ嫉妬心を発動させるのだ。遥か昔。交際していた当時のつまらない諍いの記憶が呼び起こされる。
ヤンが苦虫を噛み潰したような顔でため息をついた、そのとき。
「ヤン?」
戸惑い気味に名を呼ばれる。
暖簾を潜ってきたのは大学からの友人、ジャン・ロベール・ラップだった。
「遅いから具合でも悪いのかと様子を見にきたんだが……」
友人が見知らぬ長身の男に壁ドンされている。
あまりに不穏な状況にラップが眉を顰めた。
「知り合いか?」
ラップが戦死したのはアスターテ星域会戦である。イゼルローン要塞攻略時からヤンと行動を共にしたシェーンコップとは面識がなくて当然だった。
しかもラップには前世の記憶がない。
過去の絆がある訳でもないのに、今世までも自分に良くしてくれる大切な親友。ヤンは何か言おうと口を開きかけ、しかしこの状況をどう説明したものかと逡巡した。
それまで眉ひとつ動かさず黙っていた男が低く唸る。
「誰だお前は」
獰猛さを秘めた面構えに、武闘派と名高い薔薇の騎士連隊を束ねていた頃の面影が重なる。親友を噛み殺さんばかりの圧にヤンは思わず叫んだ。
「シェーンコップ!」
男の名を鋭く呼んで制する。その瞬間。
張り詰めていた空気が甘くほどけた。
「……閣下!」
ヤンを見下ろすシェーンコップが目尻に皺を寄せる。
やってしまった。自らの失態に気づき青ざめるヤンを尻目に、先ほどとは雰囲気を一転させたシェーンコップが嬉々としてラップへ向き直る。
「察しの通り、おれたちは古い知り合いでね。申し訳ないが今夜は失礼させてもらおう。ここじゃ積もる話もできやしないからな」
にこやかに、されど有無を言わせぬ口調でそう言うとシェーンコップはヤンの背に手を回した。
「抜け出しましょう、二人で」
耳元で囁く声は熱を帯びていた。表面上は紳士な腕が、ヤンをその場から連れ去ろうとする。
事態が飲み込めない様子のラップに目で大丈夫だと伝え、ヤンは己の腰をがっちりと抱く男を睨みつけた。
「こら! きみね……!」
前を向くシェーンコップの口角はきゅっと上がっている。軽やかなダンスのごときリードで二人は店内を進んだ。とある個室の前でシェーンコップが立ち止まる。そしてなんの前触れもなしに勢いよくドアを開けた。
「リンツ! おれは抜けるぞ!」
「はい?」
高らかに響き渡る声に慌てて顔を出したのは、薔薇の騎士連隊第十四代連隊長カスパー・リンツだった。
ヤンとリンツは瞳を瞬かせ、同時に互いを指を差す。
「あーーーーっ!」
その騒ぎに何事かと顔を覗かせた別の男が、裏返った声で二人のユニゾンに割って入った。
「てっ、提督う〜⁉︎」
口を開けたリンツの横。メニュー表を片手にライナー・ブルームハルトが立ち竦む。
驚愕する三人を置き去りに、シェーンコップは颯爽と財布を取り出した。
「あなたは?」
「え?」
「どちらの部屋においででしたか?」
ヤンがもたもたと部屋番号を答えると、シェーンコップは二部屋分の会計として釣りが出るほどの金を店員へ渡した。
「さあ、参りましょう」
逞しい腕に促され、流れるように店の外へと連れ出される。
「わ、かっこいい〜!」
不意に背後で上がった黄色い声。
振り向けば、通りすがりのグループがシェーンコップを見て色めきたっていた。
少し冷えた夜の空気が、のぼせた頭をクリアにする。
ヤンは隣の男へ視線を戻した。改めて見ると、雑踏の中に立つシェーンコップは極上の男だった。
合コンに同席していた女性陣の残念そうな声がよみがえる。ヤンはぼそりと尋ねた。
「……良かったのかい」
「なにがです?」
「合コンだったんだろう」
「まったく問題ありませんな。付き合いだと言ったでしょう」
「にしては、随分とめかしこんでるじゃないか」
「それは洒落てるという意味ですかな」
当てつけのつもりだった。が、どうやら通じなかったようだ。
ヤンの沈黙を肯定的に捉えたシェーンコップがわかりやすく声を弾ませた。
「普段こういった庶民的な店には来ませんので、少々過ぎた装いかと思ったのですが」
晴れやかな笑みとともに抱き寄せられる。
「あなたとの運命的な再会に相応しかったならば――良かった」
チュッ。チュッ。喧騒にまぎれ軽いリップ音が降りそそぐ。
「は……ッ?」
思ってもみない不意打ちにヤンは激しくうろたえた。
人目を憚らないシェーンコップの振る舞い。道ゆく人々の視線が突き刺さる。ヤンは慌てて身体を離そうともがいた。
「なに、みんな酔っ払いだと思ってますよ」
当の本人は至って平然としたものだ。パチン、とウィンクを寄越す余裕ぶりをみせる。
「さてと」
シェーンコップがぐるりと辺りを見回した。方向を定めると、ヤンの腰に腕を絡め迷いなく歩き出す。
人通りの少ない方へ。誘導されたどり着いたのは、どう見てもいかがわしいホテルが並ぶ裏路地だった。シェーンコップがピタリと足を止める。
「ふむ」
下方からライトアップされた外壁が目の前にそびえ立つ。ド派手なネオンを見上げ絶句するヤンをよそに、男は即決した。
「ここにしましょう」
「えっ!」
異議を唱える間もなく、サイドカーのように固定された身体が勝手に発進する。たちまちのうちに往来から目立たぬよう隠されたフロントへ吸い込まれた。
「こんな安ホテルじゃあなたをもてなすのに不本意ですが、そう贅沢を言ってもいられませんのでね」
平坦な口調で呟くシェーンコップはいささか残念そうだった。背に腹は変えられないといったところか。長い指がロビーに設置されたパネルから手早く部屋を選ぶ。
呆気に取られていると、ぐいと腕を引かれエレベーターに乗せられる。無情に閉まるドアを見てヤンは悲鳴を上げた。
「ちょっと待ってくれ! 積もる話があるんじゃなかったのかい?」
「ですから二人きりになれる場所へ来たまでです」
「だからってなんでラブホテルなんだ!」
「これ程うってつけな所が他にありますか」
目的の階に到着する。今度はエレベーターから引っ張り出された。赤絨毯の敷かれた廊下を揉み合うようにして進む。ランプのついた部屋の前。逃げ出せぬようヤンの腕をしっかりと組んだシェーンコップが扉に手をかける。
「観念なさい」
ヤンは懸命に抵抗した。ドア枠に手をかけ四肢を突っ張る。だが人間とは思えない力で部屋に引きずり込まれた。
ゴリラだ。ありし日の黒いタンクトップ姿が脳裏をよぎる。あれは綺麗なゴリラだった。
「うわ!」
そう広くもない部屋だ。たたらを踏んだ勢いで枕が二つ並ぶベッドへなだれ込む。
「っはぁ、はぁ、相変わらず、強引だねえ、きみは」
伸し掛かってくる重みを抱きとめヤンは喘いだ。日頃の運動不足がたたり息が上がる。
鍛えられた肩越しに広がる宇宙。部屋全面に貼られた壁紙はブラックライトで光る仕様らしい。銀河を模した星空に包まれ、ヤンはいつかのプラネタリウムを思い出していた。
「懐かしさに浸る暇くらい、与えてもらいたいのだけどね……」
「それはこちらの台詞でしょう」
シェーンコップはヤンの両手を難なくまとめ、自身のネクタイに指をかけた。するりと解けたそれで素早く手首を縛り上げる。体重をかけた状態での拘束。捕虜同然の扱いに、温厚なヤンも眉を吊り上げ抗議する。
「久々に顔を合わせた上官に対してこの仕打ちはあんまりだ! 昔なら軍法会議ものだぞ!」
「査問会にかけられたあなたがそれをおっしゃるとは。いやはや、なんとも皮肉なものですな」
唇を歪めたシェーンコップが顔の横に両手をついた。そうして真上から憮然としたヤンを見下ろす。
「なぜ、おれから逃げようと?」
シェーンコップは不遜な笑みを浮かべたままだ。だが問いに含まれた微量な憂いを感じ取り、ヤンは無言で目を伏せた。
「こちらには話したいことが山ほどあるんですがね」
「……おおかた文句のくせに」
「なんですと?」
灰褐色の瞳が眇められる。
数秒思い惑ってから、ヤンはため息混じりに付けくわえた。
「だってきみ、あの日のことを怒ってるんだろう?」
シェーンコップは意表を突かれた顔で押し黙った。
あの日のこと。それはヤンが彼を置いてヴァルハラへ旅立った日を指していた。
「……ええ、たしかに」
暫くしてシェーンコップは静かに頷いた。
「つまらんドジを踏んだ司令官をなじってやらねば気が済まない、そう思っておりましたよ。でも」
顔の横に置かれていた手がヤンに触れる。あの頃傷だらけだった拳は嘘のように綺麗だったが、変わらぬ温かさが頬を包んだ。
「閣下の顔を見たら、そんなもの……吹っ飛んじまいました」
いまだ色褪せない哀しみを穏やかな笑みが覆い隠す。
ヤンもまた同じだった。
胸にあましたものを手放せずに生きてきた。
あの日からずっと抱き続けた罪の意識。伝えたくとも伝えることのできなかった言葉が、時を経て素直にこぼれ落ちる。
「すまなかったよ、本当に」
ヤンの懺悔にシェーンコップは何も言わなかった。
ただ、切なげに伏せられた長い睫毛がもう一度上がったとき。灰褐色の瞳に宿った憂いは姿を消していた。
「ところで閣下」
もうすっかり、いつもの不遜な態度に戻ったシェーンコップがヤンを不躾に眺める。
「結婚……は、されていないようですな。指輪が見当たらない」
「たしかにこれといった装飾品は嵌めちゃいないが、断定するのは早計じゃないか? 今日たまたましてないだけかもしれないだろう」
「いいや、あなたは存外義理堅い。パートナーが望めばしっかり着けられるはずだ」
シェーンコップは挑発的に目を細めた。
「それで? 恋人は? いらっしゃるので?」
「いたらどうだっていうんだ?」
ヤンも負けじと煽り返す。
「身を引くのかい?」
「そんなの決まってるでしょう!」
シェーンコップが大仰な身振りで腕を広げた。
「この手に取り返すまでですよ」
「横暴だな」
「では、想い人についてはどうなんです?」
矢継ぎ早の問答がとうとう核心にふれる。
「想い人は、いないよ」
ヤンは頭上の男を真っ直ぐに見つめた。
「正直におっしゃい」
シェーンコップがずいと顔を寄せる。吐息がふれあう距離で二人は見つめ合った。
「……わかってるだろうに」
ヤンの囁きを契機に吐息が重なる。
互いに何度も角度を変え、確かめるように淡いキスを繰り返す。
「もう、良いのかい」
合わせた唇の合間、ヤンは物柔らかに問うた。
「勤め先だとか、住んでいる場所だとか。他に聞きたいことは?」
「そうですな」
瞳を閉じたシェーンコップが、高い鼻をヤンの頬へ慕わしげに擦り寄せる。
「知りたいことも言いたいことも尽きぬほどありますが」
ふたたび唇にほのかな熱が灯った。
「今はただ、あなたにふれていたい」
密着した胸から力強い心臓の拍動が伝わる。
温かな感触は、もう還ることのできない場所への郷愁を誘った。
「目一杯あなたを感じたいのです。積もる話はそれからいたしましょう。一晩ではとても、とても足りやしない。一生かけて聴いていただかなくては」
「……重すぎる」
ヤンのぼやきにシェーンコップが屈託のない笑みを浮かべた。
「それはそうでしょう。なにせ、今生だけの想いではありませんから」
きらめく星々を背にヤンの手を取る。
「あなたのそばにいられる自分が誇りでした。凜として美しい、聡明な智将。でもそれだけじゃあない。懐の深さも。内に秘めた情熱も。不器用な正直さも、生活無能力っぷりも。すべてが愛おしくてたまらなかった」
縛られた手首に。そして指先へと。恭しい口づけが順に落とされていく。
「例え何千、何万年生きようと、何人たりともあなたの代わりにはなれやしない」
――会いたかった。
騎士然とした堂々たる告白に、知らず頬が紅潮する。
「いやはや……なんとも熱烈だね……」
ぐうの音も出ないほど迫られ、こぼれたのは感嘆のうめきだった。
ヤンとて、こうして追いかけてくると知っているからこそ逃げのポーズを取れるのだ。駆け引きの軍配は初めからシェーンコップに上がっていた。
「まったく、すべてお見通しというわけかい」
火照った顔を誤魔化そうと、おさまりの悪い頭髪を雑にかき混ぜれば。
二人きりの銀河に漂うベッドの上。
長い時を超え、往生際の悪い恋人を再び手中に収めた男が艶然と微笑んだ。
◇
実は誕生日だったと知ったシェーンコップから後日盛大に祝われたのは、また別の話。