ぬくもり 夜の独り寝が寂しいと思うようになったのはいつからだろうか。いつから、彼の体温を求めるようになったのだろうか。
少なくとも『ボス』と慕っていた時代ではない。離れて、再会して、関係を隠すために画策してそして、すべてをやめて求めてから、か。
想う心に蓋はできず、閉じても閉じても溢れるばかり。彼を手元においておくことなど不可能なのに、不可能なはずだったのに、今はそれをできている。体温を触れ合わせて、心穏やかに過ごせるようになった。
ネロはひざ掛けを一枚手にして、自室を出た。音を立てぬように階段を上がり、それから目的地へと向かう。ノックの音は静かな最上階では響いてしまうかもしれない。まあ、いまさらか。魔法舎の中で自分たちの関係を知らぬものなどいないから、開き直ったように扉を叩いた。
するとすぐに扉は開く。聞こえた指を鳴らす音に、やはりこの男にかかればそれくらい、声もなくできてしまうのだ。ネロは部屋に入り、後ろ手に鍵を閉める。
「起こした?」
「いや、ちょうど寝ようとしてたとこ」
こうして周囲を気にせず睡眠を取れることも、魔法舎という特殊な環境なればこそ。昔のことをふと思い出してしまうのは、彼を目の当たりにしているからに他ならない。
「少し、ここにいてもいいか」
「少し?」
「……いや、……できれば、朝まで……」
素直に声を上げなくては、と心に定めたのはこの男とこうして、触れ合うようになってからだ。決して昔の関係を引きずっているわけではない。あれはあれ、今は今。同郷の魔法使いとしてではなく、この場所で出会った二人として、関係を築いた結果なのだ。
「来いよ」
この部屋には寝台が置かれていない。眠るのは革張りのソファーで、男二人で眠るには狭い。だからこそちょうどよかった。服の上からでも肌を触れ合わせれば、心が落ち着いていく。
ネロは彼、ブラッドリーの腕の中へ収まった。そのまま横に寝転がれば、落ちそうになる体をより一層抱きしめられる。甘えたいわけではないのに、こうしていると甘えたくなってしまう。
「なにかあったのか?」
「……特には」
「それなのに甘えに来たのか? 可愛いことするじゃねえか」
揶揄されても事実なのだから否定のしようがなかった。人肌が恋しくなって、求めて来た。それだけなのだから。
「俺はてめえがここにいるだけでいいと思える」
「……そうかよ」
「もっといい顔してくれよ。俺様に多少なりとも我慢させてるんだぜ」
「だからこうして来てるんだろ」
それでもやはり、言葉で素直を表し切るのは難しいものだった。そもそも、ブラッドリーが上から物を言うのがいけない。責任転嫁も甚だしいと思いつつ、言葉にするのは難しいのだ。
「ま、いいけど」
ブラッドリーへ我慢を強いたつもりはない。だが、そうしてまでそばにいたいと、いていいと言ってくれている。
「……あったけぇな」
その想いが、その感情が。北の国ではそれを感じることができなかったが、関係を変えた今、なら。
ネロはそっと、ブラッドリーのくちびるに触れた。今ならつかめる、そのぬくもりを求めるために。
それは東の国の魔法使いとして、一人の、男として。どうしても愛してしまった相手を、決して離さないように。