彼のたわいない動物事情

　ポツリ、と窓ガラス伝いに雨の到来。明日から連休だし一緒に遊ぼうと新に連絡したらこれだ。電話の向こうで重い重いため息が吐き出される。これから大雨で荒れた天気になるらしいとの予報に舌打ちを禁じ得ない。色々行きたい所あったのに台無しだ。
『明日は見ての通りだがどうする？ 雨でも問題ないのか』
「大アリだよ、行きたいホラースポット全部駄目になった。廃病院跡とか曰わく有りのトンネル、幽霊が出る噂の十字路に……」
『それはよかった』
「よくねえよ」
　問題アリだよ、大アリ。あ～もうどうしよっかな……冷静な新の声と窓を打つ雨音が交差して、苛立ちが募る。いくら俺が不真面目だからってこの仕打ちはあんまりだろ。
　悪態を付きながら頭を掻き毟り、雨用プランに切り替えてシミュレートする。ホラースポット巡りは諦めるとして、映画館とかカラオケとか……ありきたりだけど何とかなりそうか。
『なら中止か』
「お前は？ どこか行きたい所ないの？」
　期待しないで問いかけてみるとちょっと考えてから、
『久しぶりに動物園とか行って動物と触れ合ったりしたかったけど』
「大雨の中？」
『行かない。動物が見れそうにないから』
「じゃあ犬カフェとか猫カフェ？ に行ったら遊べるんじゃないの」
『あるのか？』
「駅前まで出たらいくつかあると思うけど。ちょっと待ってろ、調べるから」
　動物と遊びたかったんだろうけど、男子高生が動物園ってずいぶんと可愛いチョイスだ。ふーん、動物好きなんだ。
　代替案は悪くなかったのかちょっぴり声を弾ませる新。それでも表情はちょっとしか変わらないんだろうな。携帯の向こうの無表情を思い浮かべながら、検索の文字を打ち込んだ。
　翌日、傘を引っさげて向かった猫カフェは雨のせいか開店休業状態、ほとんど貸切同然の店内で猫と戯れる新をテーブルから眺めていた。コーヒーのおかわりが捗る。
　動物には興味ない俺は専ら撮影係だ。携帯のカメラで片っ端から撮りまくる。最初は猫じゃらしを振って体裁を保っていたがすぐに飽きた。猫じゃらしにはじゃれつくけど、不思議とそれ以上寄ってこないんだよな。
　店員さんがどれだけ勧めてくれても、俺の周りだけぽっかりと穴が開いてミステリーサークル化。これはもう笑うしかない。
「見事な猫避けだな」
「昔からこうだよ、猫に限らず動物にはとことん避けられまくり。水入りペットボトルよりよっぽど効くぞ。ほら、こっち向いて笑って」
　携帯を掲げて猫を抱っこした新をカメラに収める。猫をフレームアウトしそうになって慌てて位置を調節し直す。よし、ちゃんと写せた。
　試しに新が抱いていた猫を近づけても、スルリと腕から抜け出して逃げて行くだけで結果は一緒だ。
　新の眉間にシワが寄る。多分、俺の体から動物が嫌がる匂いでも出てるんだろう。
　新もそう考えたのか、自分の袖の匂いを嗅いでから俺のシャツに鼻を寄せる。体臭キツくないよな？　臭いとか言われたらさすがに凹むぞ。
　サラサラした黒髪から旋毛が見える。あ、手触り良さそうと手が伸びかける。ハグしたらコイツ絶対怒るだろうな……それ以前にコレ接近し過ぎじゃ？　と思った途端に突き刺さる視線の痛いこと。
　そっか、端からじゃ匂いを確かめてるなんて判らないし、この態勢はあらぬ誤解を招いてる。コイツ気づいてないし。
「特に匂わないな……匂いが原因じゃなさそうだ」
「……新、水差して悪いんだけど、すっげー見られてる」
「え？」
　顔を上げた新に顎で周りを指し示す。俺たちを見て少し離れた位置で店員のおねーさんたちがひそひそ話してたり、作業中の店員も興味のない振りをしているが気にしてるのミエミエだし。自分たちが人からどんな風に見えるか、彼女たちを見れば明白だ。
　きょとんと目を丸くした後、事態を把握した新の頬がカッと赤くなる。見るからに熱そうな顔。やっと客観視した体は勢いよく離れ、猫の方を向いたまま店を出るまでこっちを見ることはなかった。
　言っとくけど断じて俺のせいじゃないから、文句言うのは勘弁しろよ。

2016.2