この雨が止むまで
どんよりと立ち込めた低い空に新の眉が下がる。生憎と傘を忘れてしまったため、早々に通り雨か本降りか見極めなくてはならない。
「そんなの傘借りていったら済む話じゃん」
「まだ降ってない。他人の物を無断で拝借しようとするな」
傘立てを指差す仁。今にも持っていきそうでチョップで牽制する。
「……居残ってたら鳩胸に怒られるし」
下校時刻を少し過ぎても、と校舎に残る方に傾いていた新に仁が呟く。その問題があったか。降り出す前に校舎から離脱したものの、読みは外れて軒下で晴天を待つ。
新がタオルを取り出してる横で濡れた肩や髪を無造作に手で払うだけの友人に目を止める。
「やっぱり降ってきたなー」
「拭かないのか」
「タオルもハンカチも持ってないし」
お前の貸してとか、普段の馴れ馴れしさもこういう時には発揮されない。持っていたタオルを頭に被せた。汗臭いんだけど、と苦笑する仁の頭を大ざっぱにかき混ぜる。濡れたままよりマシだ。
新の目線に合わせて屈んだ長身は大人しくされるがまま、文句の一つも飛んで来ない。
本降りになった雨が広げたカーテンのように道を隔てる。雨樋を伝い、地面の側溝を流れ落ちる。ひとしきり拭いた所に小さなくしゃみが零れて新の手が止まると、裏返したタオルが湿った顔を包んだ。
首をすくめる。今度は仁が拭く番らしい。
「……冷たい」
「だから拭くんだろ。頼むから風邪引いたりすんなよー」
そこまでヤワじゃない。毛先で丸くなった雫を一つ一つ掬うような丁寧さがくすぐったい。タオル越しに伝わる懐かしい感覚。小さい頃の面影に身を委ねながら、髪を跳ねた雫に反射的に新の目蓋が下りる。
湿った髪が鼻を掠めた。重なり合う冷たい吐息に急に「今」に引き戻された気がした。徐々に蘇る雨音に、雨宿り中だったなと改めて目を開く。
「……」
離れたのはどっちが先か。前髪を掻き分け、自分の口の端を舐める仁を見上げる。冷たい、と呟くと小さく笑った彼の唇にもう一度捕まった。
触れ合った唇の冷たさをお互い分け合う、何とも言えない時間が続いた。まだ冷たいよな? と確かめる君に頷いて回数が増えていく。きっとこの雨が止むまで何度も何度も。
雨のカーテンに隠れて誰にも見つからないことを祈ろう。降ってくるキスにシャツの裾を握り返して応えた。
2018.3