ざああ、と降り頻る雨がアスファルトを叩きつけている。
時折通り過ぎる自転車が白い飛沫を上げて目の前を通り過ぎていった。
こういう日に限って乗り換えのときに傘を忘れるのが俺なんだよな…
朝は降ってなかったけどちゃんと天気予報を見て傘を持って家を出てきたというのに、なんてついていないんだろう。
ビニール傘だからまだ気持ちは楽な方だけど、いつものお気に入りの傘だったらもっと落ち込んでいるところだった。
この出口から事務所までは少し距離がある。どうしたものか…
「木村さん?」
背後から聞き慣れた声がする。
雨音に混じって名前が呼ばれた気がして振り返ると、そこには清澄が立っていた。
「わ、清澄か!びっくりしたあ」
「私もこんなところでお会いできるとは思いませんでした」
事務所の最寄り駅には出口がいくつもある。たとえ同じ場所を使っていたとしても俺がまっすぐ事務所に向かっていたらこうして会うことはなかっただろう。
「もしかして木村さん、傘をお持ちでないのですか?」
さすが清澄、俺が立ち往生していた理由をさっと目敏く当ててみせた。
「そうなんだよ、途中で忘れてきちゃったみたいで」
あはは、と笑ってみせると、清澄は徐ろに手元の傘を広げてみせた。
紫で骨が沢山ついた…番傘といわれる物だろうか。俺は詳しくないので合っているかわからないけれど。
「良ければご一緒しませんか?狭くて恐縮ですが…」
「えっ、いいの!?ありがとう!」
「もちろんです。さあ、どうぞ」
喜んで傘に入らせてもらう。狭いなんて謙遜してたけど同時に入ってもそこまでの窮屈さは感じなかった。
とはいえ大人が二人である。どうしても肩がぶつかり合うほどの距離になってしまう。
雨の日の傘の中はまるで狭い密室に閉じ込められたような空気で、手を伸ばせば触れてしまいそうな、息遣いさえ感じてしまいそうな距離にどぎまぎしてしまう。
清澄の反対側の腕は濡れていないだろうか、傘を持つ手は疲れないだろうか。
あれこれ思いを巡らせて気を紛らせようとしても、意中の相手なのだ。どうしても意識してしまう。
はあ、と大きく深呼吸をひとつ。
事務所までは、まだまだ掛かりそうだ。
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