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    ネロファウ(未満)ギャグです。キャラ崩壊注意。
    甲斐性のあるネロがファウストに構おうとするも…!?というお話です。
    今年もよろしくお願いします!

    本当に俺がいらねえの!? 魔法舎で集団生活を始めてから、数カ月が経過しようとしていた。
     来た時からわかっていたことだが、魔法舎には気になる奴が多かった。気になるというのは、見ていて生活面が心配になる、という意味だ。

     まずはリケ。リケは、食に対する興味や経験が乏しく、過剰に禁欲的だった。以前は、"教団"という宗教施設で暮らしていたようだが、冷たい飯を食わせている時点でろくでもないことは明らかだ。衣食住に困ることはないかもしれないが、それゆえに同情してしまうリケのこれまでの短い人生を聞いて、俺は決意した。
     腹いっぱいうまい飯を食わせてやる。
     俺にできるのはこれくらいだ。まずはさまざまな料理の味を覚えてほしい。世界にはこんな食べ物があるのだと、知ってほしい。これから大人になって、世界がクソだとわかっても、ほっと一息つけるような、美味しいものがこの世にあるのだと知っていてほしい。俺はせっせとリケに話しかけ、好きな料理を作りまくった。

     次はシノ。貴族であるヒースクリフの家に仕えているシノは、大きな葛藤を小さな体に宿しているようだった。ヒースクリフの実家に属しながらも、自分は彼らには相応しくないと感じている。その感覚は俺にもよくわかった。与えられるものが我が身に余り、笑顔で受け取ることができない気まずさ。大好きなのに、手放してしまいたい。抱きしめたいのに、抱きしめられたくない。深夜に腹をすかせて部屋を尋ねてくるのはたいていシノだ。俺だけには遠慮しなくていいようにしてやれたら、と思って、ねだられるままに、頻繁にレモンパイを焼いている。

     それに付随して、ヒースクリフのことも気になる。ヒースは貴族とは思えないほど控えめで、身分を鼻にかけたりしない優しいいい奴だ。だが、その繊細さ故に将来傷つくことがきっとある。
     従者であるシノとの関係がうまくいかず戸惑っている様子にも、大いに同情した。あの頃の自分を思い出すようだ。傍から見ていて、ヒースの「どうして?」と、シノの「どうして?」の両方が理解できるのでもどかしい。
     ヒースクリフのこの先の苦労が少しでも減ることを願ってやまない。魔法舎で、知らない大人達と生活を共にするのはきっと辛い部分もあるだろうけれど、自分は自分のままでいてなんとかなるのだと、揉まれて理解してくんねえかな、と他力本願なことを思っている。
     俺はいつだって夜食を作って待ってるからさ。

     最後はファウストだ。
     とはいえファウストは大人なので他の奴らほどは心配していない。だが、前回の厄災戦で負った傷のせいで、俺が召喚されたあとも長らく体調を崩して部屋に引きこもっていた。最近、体調は良いみたいだが、引きこもりは相変わらずだ。
     ……やれやれ。俺の身の回りには手のかかる心配な奴が多い。

     ああ、いや。

     誤解を産むと困るので言っておくが、俺は、手のかかる奴は嫌いじゃない。
     というか、世話をしているうちに可愛くなってくる。
     あ、ううん、ていうか、嘘。むしろ、手のかかる奴のことは大好き。
     だって役目をくれる。
     おまえにしか頼めないんだ、とだらしなくもそいつの生活の端を持たされれば、しょうがねえな、おまえってやつは、そう言いながら俺もあれやこれや世話をやいてやる。他人に触れることは、俺が俺自身の輪郭をなぞることでもある。一人でいるのは寂しくて耐えられないから誰かを求め、誰かにもたれかかられることで、かろうじて自分でいられる。あんまり頼られると辛くなるのに、やめられない。自分の中の矛盾がいやになるが、永い永い繰り返しの中で、もうそれ自体を諦めかけている。俺が他者と健康な距離感でいられるのは飯屋をやることだと思うが、それもままならない今、なんとなく毎日自分をごまかすしか出来なかった。



    「乾杯」
    「乾杯。いつもすまないな」
    「いいや、先生は酒を持ってきてくれたんだからおあいこだよ」
    「料理は魔法で作るわけじゃないんだろう? なんだか悪いよ」
     中庭の噴水の縁に二人で腰掛けてグラスを触れ合わせたあと、ファウストは眉を下げて遠慮した。
    「いいっていいって。誰かに食べてもらった方が嬉しいんだって」
    「君はまたそんなことを言う……ああ、美味しいね」
     魔法舎の心配な奴らの中でも、ファウストとは一緒に酒を飲むようになった。
     やっぱり酒の力はすごい。元々、一緒に飲もうと言う話はあった。俺がツマミを作りすぎたていで誘って最初は一緒に飲んだ。その雰囲気が悪くなかったから、その後も同じような流れでまた一緒に飲んだ。その雰囲気も全然悪くなかったので、思い切ってあんた好みのツマミ作りたいから今日飲もうよと誘った。断られるかと思ったけれど、「君の料理は美味しいから、断れないじゃないか」と眉間にしわを寄せながら睨まれたのは嬉しかった。

     最初の頃のファウストは、いかにも線が細く、心身ともに弱っていて、人を信用していななかった。厄災戦の傷が治るまでの間は食事を運んだりして少しばかり手を貸してやったが、最後まで不服そうにしていたっけ。すごく嫌そうなのに、飯は食べるし、飯以外でも手を貸してやればなんやかんや受け入れるし、礼も言う。それが可愛くなってきて、ついついもっと美味い飯を食わせてやろうと腕を奮ってしまうし、手伝えることはないかと探してしまう。そもそも、けが人というものが俺は基本的に苦手だ。そこに居られるだけで、感じなくていい罪悪感のようなものを感じてしまう。だから、たくさん世話をして、早く立ち直ってもらおう。……と思うことにした。
     貧血でよろけた彼を支えたことが一度だけあるが、驚くほどに軽かった。
    (やばい……)
     その体の骨っぽさには驚かされた。
    (もっと食わせたい。……ていうか、先生、絶対俺がいないとダメじゃん。いや、賢者さんとかに任せたらいいのはわかってる。でも賢者さんも暇じゃないし……)
     しばらくすればファウストの肉体は元気になった。だが、飲んでいる時に目の下の隈を指摘すると、最近よく眠れないのだと言っていた。
    (酒、もっと飲む? たくさん飲んだら翌日起きられないって言ってたもんな。素直に寝た方がいいよ。……それとも、ホットミルクや落ち着くハーブティーでも淹れようか? 好きなハーブがあったら言ってみな、この場でブレンドしてやるから)
     そんな風にあれこれ言いたいのをその時はぐっと飲み込んだけれど、世話焼きの甲斐性が疼きに疼いて仕方がなかった。
     もうこの時点で俺は確信していた。
     同じ国の同僚、偏屈な呪い屋先生を、最もサポート出来るのは俺だ。食事の面は言わずもがな。メンタルの面からのサポートも、自信はないが遠すぎず近すぎず距離感を保ちながら接するのは俺は上手い方だと思う。魔法舎の面々を考えると、もはや俺の他に適役などいないと言っていいのではないだろうか。
     それに、先の厄災戦で仲間を庇って負傷をしたという事実には、かなりのシンパシーを感じた。いつも「クールでダーティな呪い屋」とか自分で言ってるけど、実際はめっちゃいい奴なのだ。俺の料理もいちいち褒めてくれるし、ツマミを作ってもらうことひとつとっても当たり前のこととして流したりしない。めっちゃいい奴な上に律儀で礼儀正しいので、お世話をする手にも力が入ってしまう。入れ込むのはよくないとわかっているというのに。

     ***

     などと、新しい役目に夢中になって浮かれていた俺は、北の国の任務で体を冷やしたせいか、盛大に風邪を引いてしまった。しばらく寝込まなければならず、食事の準備も、任務も、依頼も、授業も、当分は全部休むことにした。
     俺が体調を崩したと聞くや、入れ替わり立ち替わり子どもたちが部屋に来てくれた。話しかけて心配してくれたり、野原で摘んだ花をくれたりする。めちゃくちゃ嬉しい。このまま起き上がってケーキでも焼いてやりたいんだが、体がいうことを聞かないのが歯痒い。くそ。

    「ネロ、フィガロには診てもらったのか?」
     子ども達が去ったあと、おずおずとファウストがやってきた。
    「うん、診てもらった。普通の風邪だから、しばらく寝てれば治るってさ」
     普通にしゃべってはいるものの、頭が痛くてガンガンする。風邪としては結構しんどい。歳かな。
    「君は人一倍働いているから、疲れで抵抗力が落ちているんだろう。僕が先生として気付いて、先に休ませるべきだった。先生失格だ。すまないな……」
     ファウストが一人で反省会を始めたが、頭痛で正直それどころではなかった。
    「ん……先生のせいじゃねえって。俺も好きでやってんだから……」
     頭が痛くて語尾がぼやけてついへにょへにょになってしまう。イスに腰掛けた先生は行儀良く手を膝の上に乗せていて、なんだか可愛いと思った。その手の甲にそっと触れる。あ、今日は素手だ。
    「ネロ……」
     俺の手を握り込んでくれた手がひんやりしていて、心地がいい。その手を額に当てさせて、目を閉じる。
    「ごめん……ちょっと寝ていい?」
    「ああ、僕ばかりしゃべってすまない。ゆっくり休んで」
    「元気なったらまた飲もうな……」
    「ああ、是非」
     ファウストはされるがままに俺の額に手を添えてくれていた。

     そんなこんなで、二週間弱ほど経ったろうか。
     風邪の治りがいまいち遅くて、全てを放り出してひたすらに休んだ。魔法舎に来てから、思った以上に心身の疲れが溜まっていたのかもしれなかった。
     賢者さんも、子ども達も、ブラッドも、先生も、毎日一度は顔を見せに部屋まで来てくれた。賢者さんや子ども達は食事を運んだり、今日あったことを聞かせてくれたりして、本当に癒される。ブラッドは風邪だっつうのにフライドチキンを作れと言うので胡椒をふりまいて飛ばしてやった。先生は授業のプリントや課題を毎日持ってくるので、しんどいことにしてテーブルの上に積んでおき、一切手をつけていない。でも、おすすめしてくれた小説を読んだと言ったら少し嬉しそうにして、他の本も持ってきてくれた。

     風邪がすっかり治ってしばらくしてからのことである。
     一日が終わった後、ワインを片手に中庭に向かう。ボトルは一本、グラスはふたつ。ファウストが居るのではないかと期待を込めて、多めにつくったツマミも一緒だ。この曜日は、示し合わせたわけではないが大抵二人で飲んでいた。多分、変わらずファウストは一人でも飲んでいるだろう。中庭にいなければ部屋まで行くつもりだった。普通に誘えばいいのはよくわかっている。だが、宿題に一切手をつけていない後ろめたさと、もうすっかり元気であることをわかってほしいこともあり、サプライズでお礼をすることにした。
     中庭に足を踏み入れてみると、予想通り噴水の縁にはファウストが一人で座ってグラスを傾けている。
    「せんせ、お疲れさん」
     隣に腰掛けると、「どうも」と会釈を返してくれる。
    「もう風邪はいいのか? また体を冷やすぞ」
     そう言いながら眉をひそめるる。優しいじゃん。少し嬉しくなる。
    「もうすっかり治ったよ。お礼と言っちゃなんだが、良かったら食ってくれねえか?」
     ツマミを乗せた皿をバスケットから取り出すと、ファウストは気まずそうに首を横に振った。
    「いや、すまない、今日は自分で用意して持っている」
    「……あ、そうなの?」
    「食べきれないと困るから、誰か呼ぼうか。ブラッドリーとか、レノックスとか」
    「いやそこまでしなくていいし……」
     あんたに食べて欲しかったんだけど。これ、あんたへのお礼だしさ。まあ作るって言わなかった俺も悪いんだけど。肩透かしをくらった気分で落ち込む。
    「少しはいただくよ」
     俺の落ち込みを察したのか、ファウストはほのかに微笑んで、俺のツマミにも手を伸ばした。
    「美味しい。いつもありがとう」
     そう言って、ファウストは自分のワインを俺のグラスに注いでくれた。
    「乾杯、きみの快復を祝して。君が寝込んで、どれだけ日頃から世話になっていたかがわかったよ。本当にいつもありがとう」
     ファウストは、作ったのではないとわかる、親しみのこもったきれいな笑顔を浮かべた。
    「そりゃ、どういたしまして……」

    (あ………っ……き……気持ち、……良い……!)

     ファウストの言葉で、頭の中でドーパミンがドバドバ出たのがわかった。これだから先生はひどい。ちゃんと、目を逸らさずに、真っ直ぐにお礼を言う。だから俺はよだれを垂らして、役に立ちたくなる。あれやこれやとしてやりたくなる。子どもはその笑顔が何よりのお返しだが、先生は言葉や表情や仕草、なんなら物品でしっかりと報われたと思えるほど返してくるからタチが悪いのだ。褒美としては十分過ぎる。背筋がゾクゾクしてきた。
    「ここにきてから本当に君には世話になった。何から何まで。君だから……ネロだから、ネロが優しくしてくれるから、色々頼んで甘えてしまっているな」
    (ううっ…………)
     やばい。もっと言って。いや、言わないでくれ。興奮で心臓がバクバクする。もっと俺を求めて欲しいような、欲しくないような。相反する感情が胸の中でぶつかり合う。
     先生、ほんとそういうとこ。こんなことを言われると、なんだってしてやりたい気持ちになってしまう。
    「乾杯」
     優しくグラスを触れ合わせると、いつも通りの晩酌が始まった。和やかな時間が流れ、最初の気まずい雰囲気なんて、すっかり忘れてしまった。

     ところが、である。

     その後から先生にツマミを断られることが増えた。
    「何が食べたい?」と聞くと、「たまたま市場でかったハムがあるから二人で食べよう」と言う。その次は「ツマミは自分で用意するからいいよ」と言われたっけ。結局、美味いアヒージョを作っていったら食べてくれたけれど、なんとなくしこりが残った。
     その後、もやもやとした気持ちは晴れず、任務で助けてもらったから「お礼になんか作らせてよ」と言っても、「たまには街に飲みに行こうか?」と返ってくる始末だ。特に、店に行こうといわれたのは、受け入れ難かった。
     俺の料理が不満なのだろうか。先生との晩酌のツマミはそれなりに気合を入れて作っている。先生の舌に気に入ってもらえるように、シンプルなメニューでも味や食感に気を使っているつもりだ。
     普段の食事は以前と変わらず食べてくれている。何が気に入らないというのだろうか。
     キッチンに立ちながらぐるぐると考えていると、気づけば動悸がして、じんわりと変な汗をかいていた。……まさか。自分の胸に手を当てて、そっと確認する。
    (俺……先生の世話したい……)
     これはかなりやばいやつだ。やばいパターンに入ってしまっていると自分でわかっているのに、ずぶずぶと底なし沼の深みに落ち込んで出られなくなるやつ。

     ***

    「乾杯」
    「乾杯」
     ファウストはいつもと同じように柔らかい微笑みを浮かべていた。多分、俺と飲む時間はそれなりに楽しいはずだ。楽しいはずなのに、今日もツマミを用意させてもらえなかった。自分のことは、自分で。言い訳を用意するのも飽きたと言わんばかりに、ここ何度か、ファウストはそんなド正論でツマミを断る。そろそろ俺も我慢の限界を迎えそうだ。

     横目でファウストの持ってきたアテを見てみる。
     今日は切り分けたハムやチーズに野菜の付け合わせだ。ハムもチーズも市場で自ら買ってきたものだろう。付け合わせはキャベツの浅漬けか。簡素だが、一人で飲むならこんなもんだろう。そして、それに対して俺の中の世話焼きが疼く。
    (クラッカーに載せてえ……)
     チーズにちょうどいい塩加減のクラッカーを俺は持っている。ドライフルーツを混ぜ込んだパンもいいし、生ハムを載せてもいい。俺の部屋にどれもある。ぜひとも先生に分けてやりたい。
     うずうず疼いてたまらなかった。……甲斐性が。

    「最近さ」
    「うん?」
    「なんでツマミ作らせてくんねえの?」
     もう聞くしかなかった。なんでツマミ作らせてくんねえの。ファウストにとっては取るに足らない事だと思うが、俺にとっては切実な問題だ。
    「え? ああ。君、風邪で寝込んだだろう」
    「そうだな」
    「君の不在で、日頃から君に本当に助けられていたことがわかった」
    「俺とあんたの仲じゃん。何かしてやってるつもりないよ」
    「ふふ。本当に君は優しいね。こんな面倒くさい男に構ったりして」
     ファウストが俺の瞳を覗き込むようにして優しく笑ったので、本気で照れた。よせよ。面倒くさいの、最高。
     ところで、言わせてもらうとファウストは面倒くさい奴の中では面倒くさくない方だ。本人が思うほどではない。
    「それで、あんまり君に頼り切りもいけないと思って」
    「そんなのいいって。もっと頼んなよ」
    「いいや。だから、自分でできることは自分でするべきだと思ったんだ。ツマミくらい自分で作れる。君の手を煩わせることはない」
    「そうか? 二人で飲むんだからツマミくらい良いじゃん」
    「でも材料を買ってきて、料理しなくちゃならない」
    「俺は他の奴の分も含めて色々な食材を仕入れてるんだよ。作るのだってこれだけじゃない。色んな奴に色んなもん作ってて、別にあんただけじゃないんだよ。魔法舎から代金も出てるし、本当に気にしなくていい」
    『じゃあ僕も君に甘えようかな』と言ってほしい。言ってくれ。
    「たくさんあるなら、僕だけでも君の負担を減らしたいよ。いつまでも甘えてちゃいけない」
    「そんな」
     けれど、ファウストは真面目なのでそんな生ぬるいことは言わないのである。
    「僕と君は友達なんだから、助け合わなくちゃ」
    「……」
     俺は言葉を失った。助け合うって本来はそうなんだろうけど、俺としてはそういうのは求めていない。むしろ、真面目なファウストが、俺なしではいられない、みたいなだらしなさを見せつけてくれた方が俺の魂が助かる。
    「先生はもう俺がいらねえの?」
    「え……?」
     こんな恥ずかしい質問をするなど、自分の自制心のなさが恥ずかしくなってしまうが、背に腹は変えられない。それほど、俺にとっては重要なことなのだ。
    「別にツマミなんて気にせず食えば良いじゃん。ブラッド…リーくんがどれだけつまみ食いしていってるか知ってるだろ?」
    「それを知っているからこそなんだが」
    「いや、本当に? 信じらんねえよ。本当に俺がいらねえの?」
     身振りも交えて信じられなさを伝えてみる。
    「は? なんで君がいらないとかそういう話になるんだ? そこまでのことは言ってないだろうが」
    「だってそうじゃん。俺のツマミ食わねえんだぜ? なんでだよ?」
    「さっき言っただろう? 君を煩わせたくないと……」
     ファウストは俺が謎にテンションを上げているのに気付いて明らかに困惑していた。ごめん。もう、止めらんないわ。
    「逆なんだよ。逆。俺は逆に気になるんだよ。気を揉んじまうんだよ。今日のだって、俺ならもっと美味く出来る。なんで料理人が作らせてくれって言ってるのにさせねえの? おかしいじゃん。曲がりなりにも一応プロだぜ? プロが作ったツマミ、美味いだろ。それとも何か? あんたのお口には合わないか? もう合わなくなっちまったか? 手遅れか?」
    「そんなことはないよ、君の料理はすごく美味しい」
    「だったらさ、酒のツマミだって、何でも美味いもん作ってやれんだぜ? ここで作ったことない料理だって大抵作れるよ。言ってみなよ、なんでも作るからさ。カプレーゼ、アヒージョ、カルパッチョ、フライドポテト、ハーブソーセージ、ラクレット、チキン、香草ロースト、ピザ、マリネ、燻製、ピクルス、サラダ、煮物焼き物グリルにサラダ、なんでもいいよ。なんでもいいからさ、なあ、何がいい? とにかく、今すぐ何か言ってくれ!!」
    「ええっ!? それは君に悪いじゃないか……」
    「悪くねえよ!! 先生しつけえぞ!!」
     俺が凄むと、ファウストは未だかつてないほどおろおろしていた。考えてみれば、日常生活のこういうくだらないことで喧嘩になったことはない。
    「そ、そんな……」
     ファウストは困った様子だった。何か、何か言わなければ、そう顔に書いてある。アワアワしながら口を開いてオーダーしたのは。
    「じゃあ……………ピクルスで……?」
    「はあ!?」
    「えっ……!?」
    「ピクルスは瓶から出したら終わりだろ。ダメだよ、なんかもうちょっと……たのむから……たのむから手をかけさせてくれ……どうにかなりそうなんだ……」
     思わず先生の肩をつかんでうなだれる。慎み深すぎる。東の奴らはそこが可愛くてたまらないのだが、今じゃない。
    「ええ……? じゃあアヒージョ? あ、いつだか作ってくれたかぼちゃのキッシュも美味しかったよ。ココットはどうかな?」
    「はいよろこんで!!」
     急に大声で安い居酒屋みたいな返事をしたのでファウストはびくっと肩を震わせた。完全に俺の剣幕にたじたじになっている。
    「ネロ、なんなんだ? どうしてしまったの? いつも君はめんどくさいことは嫌がるし、すぐに『やれやれ』って言い出しそうな雰囲気を出しているじゃないか……」
    「は……」
     それは半分くらいは本心で、半分くらいはポーズである。『しゃあねえな』って言って、ちょっとだけ自分が優位に立つための。
    「ああ……いや……」
    「というか、興奮しすぎじゃないか?」
    「そ、そんなことないけど……?」
     指摘されるとやや冷静になった。恥ずかしいけれど、今日はどうにも堪えることができなかった。
    「そうだな。……僕が悪かった」
    「……は?」
     何を言い出すのかと思えば。
    「僕が君を惑わせてしまったのだな」
     先生は何を言っているのだろうか。
     先ほどまで常識の塊みたいな発言をしていたというのに、急におかしくなってしまったとみえる。
     本当に、単純に俺が悪いと思う。俺が変態だから、ただそれだけだ。ファウストは全く何も悪くない。だが、どうにも彼は自責思考が強くて、上手に火のないところから煙を立ててしまう。
    「もっと君と相談するべきだった。僕はまたやってしまったな……」
     しょんぼりと肩を落とすので焦る。そんな落ち込んだ気持ちにはさせたくはない。
    「やめなよ、あんたは悪くない。俺が一人で興奮しただけで……」
    「ううん、僕が悪かったんだ。すまなかった」
     ファウストは悲しそうに俯いた。やめなって。申し訳なくなって、心が千切れそうになる。ほんと勘弁して。
    「あんたは全然ちっとも悪くないんだって……」
     肩に手をかけて揺すってもファウストは言葉を覆さなかった。ファウストはファウストでトラウマを刺激されたのか顔色が悪い。こうなると、完全に形勢が逆転してしまっている。
    「ファウスト……ごめんて……」
     がくがく揺さぶっても反応がなかった。しょげて心もち小さくなってしまったファウストが可哀想で、落ち着いて欲しいのに他に出来ることが思いつかない。俺は、そっと彼の背中に腕を回した。ゆっくり引き寄せて、腕のなかに収める。
     ファウストは思いの外、大人しくされるがままになっていた。
    「ファウスト」
    「え……あ……ネロ……」
    「ちげえんだって……」
     弁解するように、ぎゅ、と抱きしめる。ファウストからはいい匂いがした。
    「俺、その、あんたに色々してやって、喜んでもらうのが嬉しくてさ。最近ツマミを作らせてもらえなかったから物足りなかったっていうか、寂しかったっていうか、すげえやだったっていうか……」
    「ネロ……寂しかったの?」
    「うん……多分」
     寂しかった、では言い表せない色々があるのだが、おおむね間違っていないだろう。
    「そうか……じゃあこれからはちゃんと考えたことを君に言うね」
     ファウストの声色が柔らかくなったのでホッとした。あのままじゃ耐えられなかった。
    「ん、腹を割って忌憚なき意見を適度にオブラートに包んで伝えてくれると助かる……」
    「わかった」
     言いながら、ファウストは俺の肩に頭を載せた。そして、控えめにそっと抱き返してくれる。その瞬間に、これまでとは別のぞわぞわが背中を駆け巡った。

    (あ……)

     やばい。これはこれまでより各段にやばいやつ。世話するとかそういうのより、もっとしんどくてあったかくて、激しくて優しくて、振り回されて自分の持てるものの全部をふいにしたりしてしまうやつ。

    「どうしよ……」
    「ん? どうかした? 言ってみなさい」
     ファウストは顔を上げて、俺の顔を覗き込んだ。あれ、あんた、さっきより可愛くなってねえ?
    「いや、あんたには言えねえ」 
    「僕に言えないことか」
     目をこすってみるも、目の前のファウストの可愛さは変わらなかった。変だな。変じゃないか。いよいよ本当にどうしようもないことになってきたらしい。こうなっては、しょげた顔すら可愛さを倍増させるだけである。
    「僕にはダメなのか?」
    「は……そのうち言う……と思う」
    言うはず。言えたら言う。
    「本当に? お前は嘘つきだから信用できない」
     そう言いながらぷりぷり怒っていた。可愛い。それにしても、『嘘つき』だってさ。喜びが胸にこんこんと湧いてくる。褒められるのも好きだが、仲のいい奴になら貶されるのも好きなのだ。どういう理屈なのかは知りたくもないけれど。
    「絶対言うよ。本当に近いうちに気持ち整理して言うから、今は許してよ……」
     俺の声が情けなく震えていたので、ファウストは溜飲を下げたらしい。
    「じゃあ、また今度」
    「うん……」

     俺のファウストへの『気になる』は性質を変えてラウンド二に突入したらしい。
     その結末は、細かくお伝えしたいところだが……

     ひとまず、もう一回抱きしめさせて。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💞💖💖☺☺☺👏👏👏☺🙏☺☺☺☺☺☺💖💖❤💖❤🙏🙏😇😘😘💖💖💖💖💖💖💖☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺❤💯☺☺👏👏☺☺☺☺☺❤
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    ngw

    PAST無配です。「たとえば、週に一度来る~…」と共に配布した無配です。 https://poipiku.com/1697192/11263745.html を先にお読みください。
    そういうところ…ネファを破局させたいフィガロのはなし
    踏み出す1歩も命懸け…ネロは今夜、一歩進もうとするのだが…(本文チェックをしてくださったしおさんからの寄稿です)
    かたくなっちゃった…ネファが夜な夜な励むのは?
    無配「たとえば、週に一度来るガレットと酒が好きな客」【そういうところ】


    ※レノフィガです
    ※二人に肉体関係があります(行為の描写はありません)
    ※大丈夫な方だけお願いします

     余った二人をくっつけるという、ザ・平成の腐女子みたいなことをしてしまった。書いてみたかったので本望です。


     ファウストの教会での礼拝の後。ネロから教会に届けられたケータリングの食事を、フィガロとレノックスは教会奥の事務室で二人つついていた。
    「礼拝に間に合ってよかったね」
    「そうですね。雪が止まなければ着けないところでした」
    「そっちの仕事はどうなの?」
    「のんびりやらせてもらってますよ。最近新しい犬が来て、トレーニング中です」
    「軍に戻ってくれって言われない?」
    「何年前の話ですか? もう言われませんよ」
    24590

    ngw

    PAST2024年1月に発行したネロファウ同人誌のWEB再録です。
    もしもファウストがアレクに裏切られなかったら?というもしもの妄想で大盛り上がりしてしまい書きました。
    中央の国でえらい人になったファウストと料理屋のネロが恋に落ちるラブコメです。
    ネファメインでレノフィも含む下品な無配→ https://poipiku.com/1697192/11265598.html
    たとえば、週に一度来るガレットと酒が好きな客 注意書き

     この話には宗教に関する描写があります。それらは複数の宗教を参考にした本作オリジナルのものであり、また、特定の宗教や宗教そのものを礼賛したり貶めたりする意図はありません。
     そして、原作改変と捏造しかありません。

     以上をご承知おきください。


     1

     俺が中央の国の王都にやって来たのは少し前のことだ。
     街の中央には王族が政治を執り行うグランヴェル城があり、その周囲には城下町が広がっている。城を中心に住宅がひしめき合い、あちこちにマーケットや飲食店があり、住人は明るく誠実で、街角では挨拶や笑い声が響いていて活気がある。インフラも、快適に生活できるよう行き届いた整備がされており、適度に人と人の間に距離感があった。西の国のように派手ではないものの国は豊かで、道ゆく市民の表情にも余裕がある。国土の四方を他国に囲まれているため、隣国との関係がピリついているのだろうと予想していたのに、入国してみれば拍子抜けするほど平和だった。
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