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    のくたの諸々倉庫

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    POIPOI 57

    【小説だよ】鍾タル。伝説任務とかの内容には触れてないです。捏造しかないよ。

    「空になりたかった話」

    #鍾タル
    zhongchi

    職業柄、というのと元々の性格もあり、人の噂にはそこそこ敏感だと思う。
    「……えっ、鍾離は風の翼を使わないのか?」
     だから万民堂から聞こえた声に、思わず足を止めかけて──というか、声の主も話題の主も明らかなそれを放っておく手はなかった。ほぼ直角に歩行コースを変えた俺を、道行く人が変な目で見ているが許してほしい。
    「そうだな、璃月港から離れること自体少ない上……大方ワープポイントで事が足りる。あれは便利なものだな」
    「ほへえ……つまり登り降りとか全部徒歩か。すごいな鍾離は……オイラなんか常に浮いてるのに」
    「パイモンは風の翼関係なしに飛んでる気がするけど……」
     そして共に食事でもしていたのか、テーブルを囲む3人……いや2人と1匹? いやもっと違う何かか? ともあれ見慣れた姿が目に入る。俺が声をかけるより早く、まずこちらを向いたのは鍾離先生だった。
    「公子殿か、珍しいな」
     ……なんでちょっと嬉しそうなんだろう。背景に花が飛んでる気さえする。
    「思いっきり声がしたからね、俺が払うから相席しても?」
    「お、いいぞ! おい蛍、いっぱい食べようぜ!」
    「あはは……現金だなあ」
    「でも食べるんでしょ?」
    「もちろん」
     そして相変わらずの旅人たちが、追加注文をしている間──なぜか横から、視線が突き刺さっている。もちろん鍾離先生のそれだ。
    「……えっと、先生? どうしたの」
    「ふむ、何かしただろうか」
    「え、えぇ……」
     一瞬自意識過剰だっただろうか、と思うけれど、それでも絶対に見られていた。先生の目はからかってやろうなどとは言っていないし、変なものでもついてたかな、とあちこち触って確認していれば。
    「……空、か」
     何やら先生が呟いたのを、俺の耳は聞き逃さなかった。
    「……なあに先生、飛びたいの」
    「そう、だな……空になりたい、とは思う。そしてできれば夜空がいい」
    「なんでさ、変な先生」
     ここに至るまで色々あったが、俺はなかなか彼のことを気に入っている。時折ひどく真面目な顔で、ぶっ飛んだことを言い出すのも長い話も、まあ聞いていて飽きないし。黙れば黙ったで造形はめちゃくちゃにいいので、目の保養という点でもなかなか。
     だが今の先生は、どこか切なげに笑っている。なかなか見ない顔だなと、今度は俺がまじまじと見つめれば「抱きしめたい相手がいる」と。
     さっきから話が飛躍しまくっている気はするが、慣れたものなので軽薄に笑ってみせた。
    「へえ? 先生にもついに春が来るってこと? 他言しないからさ、俺にだけ教えてよ」
    「いや……正直なところ、好きかどうかはよく分からない。ただ本当に、この腕に抱くことができたら、と思っている」
    「ふーん……まあ恋愛の形ってのは人それぞれなんだね。それで相手は」
    「……どうしてそう興味津々なんだ」
    「え、だって気になるじゃん。あんまり隠すと探るぞー?」
     言えば先生は、困ったように眉を下げる。今日は先生の珍しい表情がたくさん見られるなあ。
    「なら──」
    「料理が来たぞ、うまそうだなー……!」
     だがそこで、パイモンの上げた声で先生の声はかき消された。そしていくら頼んでも、先生は続きを話してはくれなかった。


     そして翌日、旅人に呼び出されて港近くの崖まで向かう。そうすればそこには、なぜか風の翼を装備した先生と観戦らしき旅人、そしてパイモンがいた。
    「……風の翼って、試験受けないと使えないんじゃないっけ?」
    「実は、免許だけは持っている。注意書きをしっかり読んで、その通りにすればいいから楽だったぞ」
    「でも使わないんだ、どうして?」
    「凡人は空を飛ばないだろう」
    「なんでそういうとこだけ律儀かなあ……!」
     思わず頭を抱えた。確かに先生の凡人修行は始まったばかりなのかもしれないが、免許まで取っておいて何を今更。というかそれなら、なんでわざわざ免許取ったんだよ先生……
    「まあ風の翼は、モンドに伝わる技術らしいからな。璃月にも浸透しきってると思ったけど、なかなかそういうわけにもいかないみたいだし……鍾離が飛んでたら目立ちそうだよなー」
    「……嫌味?」
    「どうしてそうなるんだ……」
     思わずこぼれたその言葉に、今度は先生が頭を抱える番だった。いやだってほら、先生元から目立ちそうだし。これ以上目立つのは凡人として良くない、とかだったらちょっとアレだなと思っただけで。
    「まあいいや、それでどうして……今更飛ぼうと思ったのさ」
    「大空の気持ちを理解したくてな」
    「……はい?」
     旅人に視線を移す。分からないらしい。パイモンに視線を移す……までもなく、分からないだろうからスルーした。
    「おい、なんでオイラを無視するんだよ!」
    「だって……先生の言ってること、分かる?」
    「んー、なんというか……頭の中どうなってるのかなとは思う!」
     やっぱり分からないじゃん!
    「……そもそもあの青い空に、気持ちなんてものがあるのかね。俺にはないと思うなあ、だって空だよ? 毎日毎日色を変えるたびに怒ったり落ち込んだり、雨が降る時には泣いていたり……なんて話なわけじゃないだろうに」
    「──それでも、俺はあの空が羨ましい」
     彼の長い髪が、風を含んでふわりと舞った。
     空を見上げ、目を細めた彼が何を思って、それを口にしたのか俺は悟れない。けれど先生がこちらを見て、俺をまっすぐにその目へと映し──微笑んだ瞬間、何かがひび割れる音を聞いた。
    「同じものには、なれないだろう。そもそも『それと等しい』と『それ自体』では大きな差があるわけで……ああ、分かっては、いる。
     だがそれでも、手を伸ばしたいんだ。凡人の域からは出ないように、神の思考は捨てねばいけないように……必死にあがくことが、こんなにも苦しくていとおしいとは思わなかった」
     それはまるで、初めて恋を知った幼子のように、無垢に弾んだやわらかい声。どうしてか心臓がじくじくと痛んだ。魔王武装の影響だろうか。
    「……はは、先生ったらその相手にべた惚れじゃないか。そこまで深く愛されるなんて、相手もすごいひとなんだろうね」
    「ああ、まるで彗星のようだと思っている。今掴まねば、もうきっと目にする機会すら失うような、そんな人間だ」
    「へえ、鍾離ってば恋してるんだな? そして相手は璃月のひとじゃない、と」
     そういうことになるだろう、と頷く彼の声すらも、ほとんど耳に入らなかった。そうか、先生はそうやってひとり、恋心を育てて……きっといつか、その人間の手を取るのだろう。貿易港というこの場所は、確かにたくさんの人間が行き交うが、彼に微笑みかけられて落ちない者などほぼいないだろうし。
    「……ていうか、そんな状況なら俺たちに構ってていいわけ? 相手、さくっと帰っちゃうかもよ」
     ちょっとだけ、つまらないと思った。そしてふと気付く。ああこれ、まずいやつだ、と。
    「む、そうだな。空を飛んでいる場合ではないかもしれない……が、とりあえずそれはそれだ。空の気持ちを理解してくる」
     言うより早くばさり、と翼を広げて、先生は空中へと飛び出していった。その背中を旅人たちと見送り、彼女たちと早々に別れ──そこから仮の自宅に戻るまで、正直なところあまり記憶がない。
     ……なんでこんな相手、好きになっちゃったかな。胸中を占めるのはそんな、呑み下せない後悔だったけれど。


    「手合わせをしよう」
    「……は?」
     そして翌日、ドアを開ければ見慣れた姿がある。いつもは俺がいくら誘っても頷いてくれないというのに、今になってまたどうして。
    「いいけど、突然どうしたのさ」
    「む、元気がないようだな。いつもならもっと元気よく武器を取り出すだろうに」
    「俺にだって気分がすぐれないこともありますー。ていうか意中の相手どうしたのさ、放っておいていいの?」
    「別に放ってなどいないが」
    「今俺に構ってる時点で放っておいてるでしょうが……いい? 俺はあんまりそういうの詳しくないけど、とにかく相手が喜ぶようなことをして、機嫌を取ることから始めるといいんじゃない。でも先生ならそういうのなしに、力技でもいいもんなのかね」
     言いながらもまた、胸の奥が痛むのを自覚するが止められない。正直なところ想像もしたくない内容だし、今すぐぶっ壊してやりたい気もするが──いや、「そうじゃない」か。
     ああそうだ、ここで協力的なフリをしておいて、最後の最後で台無しにすればいいんだ。今までの意趣返しということにしておけば、きっと誤魔化せるだろうし、何より。
     凡人1年目の彼だ、ここで間違った価値観を植えてしまうのもいいだろう。せめてそこに、俺という傷が残るように。それが恋心なんてものじゃなくても、彼から向けられる強い感情が欲しかった。
     俺は計画のための駒なんかじゃないよ、先生。そう言えたならどれだけよかったのかは、この際考えないことにして。
    「力技……やはり手合わせだな!」
    「……先生分かって言ってない?」
     それでもなぜか元気よく、引きずり出されてワープさせられ。人気のない草原で俺たちは対峙することになる。
     ……あんまりやりたくないなあ。この際足を集中攻撃して、移動するのも大変な状態にしちゃおうかな。
    「さて、それじゃあ──」
    「──顕如盤石」
     ん?
     なんだかやけに久々に、その声を聞いたような気がする。俺との手合わせではほとんど出番のないそのシールドと共に、先生はあっという間に距離を詰めて──
    「へえ、やる気じゃん。今回は本気で来てくれるの?」
     雨のように降る切っ先を、かわしさばいて笑みを浮かべる。あまり乗り気ではなかったが、相手が常より力を入れているならば応えないわけにはいかないだろう。
    「俺はな公子殿、愛というものの存在は知っている」
     突き出される一撃を、首を無理やり曲げて避ける。髪の先が切れ飛んだかもしれない。
    「そりゃあね、さすがにその歳の神様が知らないとなれば……人間見てきてないも同然だろうし」
     双剣を呼び出す。がりり、とシールドを削るその一撃一撃の重さを、きっと彼も知っているだろう。
    「ああ、だがまさか……自分が当事者になるとは思ってもいなかったんだ」
     見える、視える。彼に付与したのは撃破すべき目標を示すマーク。俺の、獲物(もの)。
    「は、寿命の違いで泣くことになってもいいなら……たくさん愛するといい。俺は止めないよ」
     右手を突き出せば左肩を引いてかわされ、踏み込めば飛び退く。手を伸ばしてるのは俺の方なんじゃないの、先生。あんたなら手を伸ばす必要もなく、そっちから来てもらえるだろうに、なんて。
    「……そうだな、ならばもう少し……大切にしたいものだ」
     憂い顔の彼に、八つ当たりと分かっていながら──武器を放り捨てた。手を伸ばす。
     ──もちろんその手は、かたく握りしめられているが。
    「……ッ」
     シールドは既に消えている。がつん、と響く鈍い音。
     当たるとは思っていなかったが──それは相手も同じだろう。うつくしいその頬を傷つけたことに、どうしてか震え上がるほど興奮した。
     吹き飛んで地面に転がった彼を追いかけ、走る間もぞくぞくしっぱなしだ。そうだ、今ならいけるんじゃないだろうか。ここで見る影もないくらいボコボコにして、相手に愛想を尽かしてもらった方が何よりも早い、と。
     弓矢を取り出して構えた。まずは動けなくなってもらおう。起き上がろうとする彼の脚めがけて、放ったその一撃はしかし、地面から生えた柱に防がれる。
     ち、と舌打ちが落ちた。柱の裏まで回り込まねば。そうしたら有無を言わさず斬り刻んで、俺は、俺は先生を、


    「……目が覚めたか」
    「え、っ?」
     気付けば青い空と先生が見えた。どうして俺が、地面に転がっているんだ?
    「……俺が柱で攻撃を防いだ辺りで、唐突に倒れたんだ。気分がすぐれないというのは本当だったんだな、すまない」
    「あ、いや……そういう、わけじゃ……」
     言いかけて、なぜか膝枕されていることに気付く。男の脚なんか嬉しくないんですけど、と強がることは簡単だった。それに想い人もいるであろう身で、そんなことをされても。
    「……ちょっとさ先生、軽率すぎるよ。機会を逃したらどうするのさ」
    「どういう意味だ」
    「……っ、分かんないかなあ! 他に好きな人がいるってのに、俺にこういうことしないでって意味!」
     ああ、言ってしまった。それでも起き上がる気にはならない。なんでだろうなあ、今まで俺も、恋愛とかそういうものには頓着せずに生きてたのに。
    「なんだ、そんなことか」
    「……は?」
     だが頭上から降った声は、予想よりもずっと軽いもので。直視を避けていた石珀の瞳に、俺がまっすぐ映っていることに刹那、思考が止まった。
    「俺が言う想い人とは、お前のことだ」
    「い、いやいやいや……冗談、きついよ先生。そんなこと言ってまた、俺のことを騙す気でしょ」
    「ふむ、確かに俺には前科があるからな……信用してもらえないか」 
     そりゃそうだ。本気で考え込むような顔をするな。これ以上、その残酷な笑みを向けないでくれ。
    「よ、っと」
    「ちょ」
     だが直後、抱き起こされて腕の中に閉じ込められ。抵抗という選択肢すら忘れ、されるがままの俺に「落ち着くな」と耳元で囁く彼。
    「こうしたかったんだ、お前を騙そうと決めた日から」
    「何、言って」
    「公子殿、俺では駄目だろうか」
    「え、ぇ……?」
     わけが分からない。すぐ近くにあった木から、ひらりとイチョウの葉が舞った。先生が腕を伸ばし、おそらくはそれを掴み取る。
    「そういえば、イチョウには『長寿』という花言葉もあったな」
    「……じいさんになるまで、そばにいてやるみたいなやつ?」
    「そうだ。だができることなら……その先も、俺はお前を望みたい」
     抱きしめられたままでいるせいで、彼の表情は見えない。そういえばいつか、故人との再会を望む言葉を口にしていたのは……先生、だったけれど。
    「……俺で終わりに、しとかない?」
    「新しい口説き文句だな」
    「だ、って俺は! 俺自身でもないやつに先生のこと渡すなんて、そんなの!」
    「おお、ではお前も……俺のことを想ってくれているのか」
     しまった、すごくいい顔をされているときの声だ。失言を、した。
    「あ、あー……仕方ない、から極力、一緒にいてあげる。一番大事なのは、先生じゃないけど」
    「ああ、それでいい。つまりは現状維持、というやつだな」
     ん?
    「俺そんなに、先生にべたべたしてたっけ……」
    「少なくとも財布の紐は握られていたな」
    「そもそも財布持たないでしょ先生……」
    「そうだった。ならば……そうだな、せめてこういう時は……抱きしめ返してくれると、嬉しいのだが」
    「……少しだけだよ」
     言いながらそっと、腕に力を込めようとして──ずきん、と全身が痛んだ。
    「え、なんで痛いの」
    「おや、無茶をさせたか」
    「えっ待っ、まさか先生現状維持とか言いつつ手……」
    「出してはいないぞ」
    「じゃあなんで痛いのさ、俺戦闘でこうなるほどヤワじゃないんですけど!」
     叫び、引きはがした先の彼はやはり、とてもいい顔で笑っていた。こ、この野郎……!
    「ド変態! 色ボケじじい! 純情そうな顔しといて、あっいててて」
    「こら、叫ぶな。あちこち筋肉を酷使したのだろうよ」
     ……やっぱり色々、撤回させてくれ……!



    「おや、旅人。どうしたんだ」
    「あ、ごめんなさい。この部屋にいるって聞いて……着替え中だったんだね」
    「構わんさ、それで……おや、どうしてそう青い顔をする」
    「だ、って鍾離! その傷まずいだろ、斬られたのか まだ新しいだろ!」
    「ああ、これか。なに、公子殿が無意識化で魔王武装を発動させたらしくてな。
     ……その後は丸く収まったからな、心配はいらない」
    「そうなのか……? ならいいけど……」
    「ああ、だがどうやら誤解させたらしくてな。後で謝りに行くさ」
    「ならいいけど……でもそこであったこと、ちゃんと言えば分かってもらえると思うよ?」
    「そうだな、だが実際に飛んでみて分かったんだ。大空というものは……広く青く、何もかもを許容し、鳥や星をそっと抱(いだ)くものだ。
     だからこれでいい。捕まえておくには格好の勘違いだ。
     ──公子殿には、内緒だぞ」
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