忘れるほどに、早く。ズキリズキリと、呼吸をする度に頭に痛みが走る。
渡された氷のうの位置を移動したけれど、痛みはあまり軽減されなかった。
気を紛らわせるように天井をじっと見つめ、自分の不甲斐なさにため息が漏れた。
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思えば、今日は朝からついてなかった。
脚本に熱中してしまい寝るのがいつもよりも遅かった。
悪夢を見て日が昇ってすぐに目が覚めてしまった。
二度目したら出る時間をとっくに過ぎていた。
慌てて出たらスマホを家に置き忘れた。
類に会いたかったのに、すれ違ってしまい姿を見ることすらできなかった。
極めつけは、これだ。
スマホを持ってないオレは、類に会うための連絡が取れない。
だから類に会うために、チャイムが鳴った瞬間、直様弁当を持って、色んなとこを見て回った。
屋上。空き教室。裏庭。全て全力で走って、見て回った。
最後に探した場所…校庭の緑があるところに着いた頃には、お昼休みも半分近く過ぎていて。
オレは探すのを諦め、お昼を取らざるを得なかった。
でも、真夏の学校で全力疾走。おまけにお昼をとろうとした場所は、日陰があるとはいえ30度を超える外。
初めは普通にご飯を食べていたが、気づいたら頭痛がするほど体調が悪くなっていて。
ご飯を食べることすらできなくなっていた。
咄嗟に口に含んだ飲み物は、炎天下ということも相まってすっかり冷たさを失っていた。
そうこうしているうちに、体調は更に悪くなっていき。
周りに迷惑をかけないうちにと、保健室に向かい。今に至る。
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体調が悪くなったのは、完全にオレの落ち度だ。
悪夢も相まって、類に早く会いたいと、思ってしまったから。
……ワンダーランズ×ショウタイムの、初演の夢だったのだ。
ショーが中断されて。寧々が泣いて。類が怒って。
そして、背中を向けて、去っていく。そんな夢だったのだ。
その夢が、夢であると。現実でないと、思いたいがために。
オレは、ただそのためだけに、類に会いたかったのだ。
早く。早く会いたい。そんな思いだけが先行して、こんな情けないことになってしまった。
チリ、と痒みを感じ。咄嗟にその場所を引っ掻く。
ぷっくりと腫れているそれに、数日前に記憶が掘り起こされる。
虫刺されの痕があるとショーの衣装を来た時に目立ってしまい、支障をきたしてしまうから。
なるべくお昼は、外は控えよう。そう言われていたのだ。
ああ。類の言ってたことまで、守れないなんて。
己の情けなさで、涙が出そうになる。
滲む視界を無視するように、腕で目を覆った。
先ほどより軽くなった頭痛とは半比例に睡魔は強くなっていき。
意識は、ぷっつりと途切れた。
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ゆさゆさ、ゆさゆさ。
起こそうとしているのかしていないのかがわからないほど、小さく身体が揺れ動かされる。
ゆっくりと浮上した意識に合わせて目を開けると、心配そうな顔をした類がオレの顔を覗き込んでいた。
「……るい」
「司くん、大丈夫かい?
……司くんと連絡が取れないし、会いにクラスに向かったら、熱中症になって保健室で休んでるって聞いたから……。保健室の先生は用があるとかで、君の面倒を引き受けたんだ。まだつらいかい……?」
そう声をかけられながら、背中に手を回されてゆっくりと起き上がらせてもらう。
まだ多少頭痛はするが、大分症状は落ち着いたようだ。
「大分、楽になった。すまん、ありがとう」
「ううん、気にしないで」
そう言いながら、類はオレの頭を撫でる。
そうしているうちに、寝落ちる前のあれそれが、どんどん脳裏に蘇ってきて。
気づいたら、オレの目からは涙がこぼれ落ちていた。
「……!!!?ど、どうしたんだい司くん!!?」
「え、あ……すまん。気にしないでくれ」
「この状況で気にしないことなんてできないよ!何かあったのかい……?」
目を擦ろうとしたオレの手を類が掴み、取り出したハンカチで抑えてくれる。
「……謝るのは、オレのほうなんだ。すまん、類」
「え、っと……司くん…?」
「これは、オレの自業自得なんだ……」
オレは、ゆっくりではあるが、全部説明した。
スマホを忘れて、連絡が取れなかったこと。
悪夢を見てしまったが故に、類に会いたかったこと。
会うために、真夏の校舎を駆け回ったこと。
……失念していて、虫刺されができてしまったこと。
全て、全て話した。
話し終わり、何も言わない類に、オレは俯いたまま動けなくなってしまった。
矢張り、呆れてしまっただろうか。
勝手に暴走して体調を崩して、その上約束すらできてないオレに、失望しただろうか。
無言が、ただただ怖い。
不意に腕を掴まれ、思わずビクッと震えてしまう。
類は苦笑しながらオレを見つめると、そのまま腕を引っ張って抱き寄せた。
「……確かに、体調を崩したことは説教案件だね」
「う……」
「でもね、司くん。体調を崩してしまうくらい、一生懸命僕を探していてくれたことは、僕はとっても嬉しいんだ」
そう言いながら抱き寄せた腕を解き、互いの額を重ねる。
一歩間違えればキスしてしまいそうな近さに、思わず心臓が高鳴る。
「う、る、類!近い…!」
「体調崩した罰だよ。このまま聞いてて」
身体を離そうとしたオレを拘束するように抱きしめてくる。
類の心臓の音も伝わってきて、身体が熱くなるのを感じる。
「今度からは、絶対ここっていう待ち合わせ場所を決めておこうか」
「……ああ」
「大丈夫。僕は絶対にそこに行くから。だから、今度は絶対に駈けずり回らないでね?」
「ああ。……ありがとう、類」
「どう致しまして。……ああ、あと虫刺されは僕が今度良く効く薬を持ってくるよ」
「何から何まですまんな……」
額をくっつけたまま、優しい声で言ってくれる類に、嬉しさで頬が緩む。
「ふふふ。じゃあ、これは虫刺されの罰としてやらせてもらうよ」
そういうと抱きしめたまま、虫刺されがある首筋の反対側に顔を埋める。
「……?何を、っひ、ぁ!?」
突然首筋を吸われ、甘い声が漏れる。
少ししてから離れた類は、満足げな表情で見つめていた。
「これなら、どっちかどっちだかわからないね?」
虫刺されと同じくらい濃く付いたキスマーク。
いつもなら見えるところに付けるなと怒るオレだったが、寧ろ嬉しさを感じてしまって。
オレも大概だなと、撫でながら思った。