オレの を消し去るのは。「それじゃ司、また後でな!」
「ああ!」
手を振るクラスメイトに答えるように手を振りつつ、歩き始める。
ふと、視界の端に見慣れた紫色が目に入る。
楽しそうなその姿に、思わずため息が溢れた。
今、オレ達は修学旅行に来ている。
類とはクラスが離れているから当然の如く同じ班にはならなかったが、類は類で楽しんでいるようだ。
……類は、幼い頃夢見ていたショーを実現してから、少し変わった。いい意味で。
昔の思い出を吹っ切ることができたからか、前よりずっと、明るくなった気がする。
その変化に気づいたのは、オレだけではない。
その証拠に、類は前よりも同じクラスの奴に話しかけられることが増えたらしい。
フェニランの宣伝大使をしているからだろうね、と本人は言っていたが。
きっと、類の変化に気づいたからだろうなと、オレは思っている。
そう。決して、悪い変化ではない。いい変化なんだ。
類の凄さを、他の人も知れる、いい機会なんだ。
例え、オレよりずっと、演出のしがいがある人が見つかったとしても。
例え、類の力をより発揮できるようなステージが見つかったとしても。
…………例え、オレよりずっと、守りたい、愛しいと思える女性が、見つかったとしても。
これは、ただの身勝手な不安だ。
類が変化していって、オレから離れていかないかと、勝手に思っているだけだ。
オレは、類の変化を受け入れないといけない。
昔は誰よりも、変化を、回復を願っていたのは、オレなんだから、
だから、オレが今抱えているこのモヤモヤは、決して伝えるべきじゃない、持ってはいけない感情なんだ。
思考を振り切るように、歩みを早める。
今日は修学旅行の最終日。班行動も全て終わり、今はお土産を物色する時間なのだ。
大切な仲間に、家族に、沢山お土産を買わねばな!
そう、思考を切り替えて、目に付いたお店に入る。
オレのことを訝しげに見ていた目に、気づくこともなく。
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「……こんなもん、か?」
両手いっぱいの袋を確認しながら、人の邪魔にならないよう、街頭の下に移動する。
咲希や両親、寧々やえむは勿論、えむのご家族、フェニックスステージの方々、着ぐるみ、冬弥や彰人、セカイの皆…
思いつく限りの人に渡せるよう、沢山買い込んでしまった。
それでもまだ、バイトで貯めていたのも相まって、お金には余裕がある。
一度置いてくるか、と踵を返したところで、聴き慣れた声に呼び止められた。
「司くん、凄い量のお土産だね」
「類!」
笑いかけながら此方に近づいてきた類は、オレの両手いっぱいの荷物に驚いているようだった。
「渡したい人の分を考えて買っていたらこうなってしまってな!こっちは寧々のだし、こっちはえむので……」
指差しながら説明していくオレに、類はふんふんと頷きながら聞いていく。
しかし終盤になるにつれ、眉をひそめるようになり、頷きも小さくなっていった。
「……で、これがセカイの分だな!……類、どうかしたか?」
「あー……、あのさ、司くん、」
「司くんのお土産は、ないのかい?」
その言葉に、オレもあー……と声が出てしまった。
「ああ、ないな。昔から自分のお土産を買うことがなくてな……」
「?なんでだい?」
苦笑しながら言うと、類はきょとんとしたような顔で聞いてきた。
「まあ、簡単に言うなら、ショーバカだから。とでもいうんだろうか」
オレは類に、掻い摘んで説明した。
昔はショーのあれこれにお金を使って欲しいとお願いしていたし、咲希が入院していた頃は、お小遣いを少なくしてもいいからお見舞いの旅費に当ててくれとお願いしていたのもあってか。
オレは周りが驚くくらい、物欲がないのだ。
実際、ショー関係のもの以外では、咲希の雛人形に使ったくらいだ。
「……まあそれもあって、過去に行った時も自分のお土産は買わなかったんだ」
「そう、なんだね」
「でも、買わない分咲希や家族のお土産に回せたからな!結果オーライというやつだ!」
類の眉を寄せた、何か言いたげなな表情を晴らすためにそう笑いかけたが、類の顔は変わらないままだった。
どうするべきか、と考えていると、類の声でその思考は止まった。
「なら司くん、ちょっと提案なんだけど」
「……提案?なんだ?」
「僕のお土産、買ってくれないかい?」
予想外の提案に、今度はオレの方がきょとんとしてしまった。
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「さて、どうしたものか……」
類から提案された内容を思い出し、つい頭を抱えてしまった。
類曰く。
両親から毎年、「自分へのお土産を絶対1つは買うように」とお願いされているそうで。
大概ありきたりなものでそれを済ませていたそうなのだが、今年は何を買おうか迷ってしまったらしい。
そこで、この提案だ。
類はオレへ向けたお土産を買い、オレは類へ向けたお土産を買う。
それをそれぞれ2つずつ買って交換すれば、自分のお土産にもなるし相手へのお土産にもなる、といった算段だ。
(類は「僕へのお土産として考えてくれればいい」とは言っていたが……見るとしたら、あそこか)
オレは大概、お土産を買う際に見るのは食料品であることが多い。
でも類へ渡すなら、物である方がいいだろう。
そう思い、既に物色した店の、雑貨エリアへ向かう。
あれでもない、これでもない、と考えながら見ていたオレの目に、あるものが止まった。
「……マグカップ、か」
そういえば、前に類の家に初めて遊びに行ったとき。
普段人が来ることは少ないから、来客用のコップがないんだと言っていた気がする。
あの日は持参した紙コップで代用していたから、問題はなかったが。
オレの目に止まったのは、デフォルメされたロボットが踊っている、そんなイラストが描かれたマグカップだった。
カラーバリエーションが沢山あって、薄い黄色に紫のロボットもあれば、薄紫に黄色のロボットもある。
ペアカップにすることもできるだろう。
(……これに、するか)
類の変化が受け入れられなくても、今だけはこれで縛っておきたい。
いつか別れの日が来ても、すぐに割って捨てられるし、ちょうどいいかもしれない。
そう思ったら、行動は早かった。
店員さんに「プレゼントですか?」なんて言われてしまって、微笑ましい目で見られたのは内緒だ。
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「……!司くん、お待たせ」
「おお、類!待ってたぞ!」
そう笑いかけると、息を整えながら類も笑い返してくれた。
併設されたベンチに2人で座ると、お互いに箱を取り出して交換する。
類は仕舞わずに、その場で箱を開けた。
「あ、おい類!開けるの早いぞ」
「ふふ、何をくれるのが楽しみだったからね。……これは、マグカップ、かい?」
「ああ、前に行った時にコップが少ないと言っていたからな。……その、まあ、ペアで、いいかなと」
顔が熱くなるのを感じ、ふいと目だけ逸らす。
そんなオレに、類は嬉しそうにお礼を言った。
「ふふ、そっか。……とても嬉しいよ。ありがとう」
「……ん。……類のも、開けていいか?」
「うん、勿論。どうぞ」
ニコニコと笑う類の前で、そっと箱を開ける。
緩衝材をそっと取り、出てきたのは。
「……風鈴、か?」
「うん。自分でデザインができるらしくてね。面白そうだからやってみたんだ。
ちょっと乾燥するのに思ったより時間かかっちゃってね……」
苦笑する類を尻目に、風鈴を眺める。
上の部分を持ちながらそっと揺らすと、ちりんちりんと、綺麗な音が鳴った。
上のガラス部分に、絵の具のようなもので好きなようにデザインがされている。
オレのやつは星がふんだんに書かれていて、その合間にワンダーランズ×ショウタイムのメンバーのようなものが
描かれていて、少し笑いそうになった。
「……っ類、あんまり絵は得意じゃなかったんじゃないか……?」
「もう、笑いながら言わないでおくれよ。僕なりに頑張ったんだから」
「すまんすまん。……ん?」
むっすりと不貞腐れる類に笑いが堪えきれない。
抑えながらまたデザインに目を向けると、一箇所変な部分があった。
「類、途中で時間切れにでもなったのか?これ、描き途中だぞ?」
そう言いながら指を指したのは、紫で書かれた不思議な線だった。
何かを書こうとして、それが途中で終わっているかのような。
メンバー以外は黄色系統で統一されているからこそ、それは異様に目立っていた。
「ん?……ああ、それか。それはわざとだよ」
「わざと?なんでだ?」
首を傾げるオレに、類は嬉しそうに笑いながら、言った。
「それは、星だよ。欠けている部分は、僕の風鈴の方に描かれてるんだ」
「…………!!」
そういいながら、類は自分の風鈴を見せてくれる。
オレのと対になるかのように、紫や青系統でまとまったデザインの中にぽつんと、黄色い線が混じっている。
その線は明らかに、オレの線の続きになっていた。
「な…………なん、で、」
「司くんが、僕にペアカップを送ったのと、理由はそんなに変わらないと思うよ」
「……え?」
「ねえ、司くん」
類は、真剣な顔で、オレを見つめている。
オレは、類のそんな顔から、目を背けることができなかった。
ちりんちりんと、オレが持っている風鈴が、BGMのように綺麗な音を奏でる。
「司くんが何を考えていて、何を不安に思っているかはわからない。」
「けどね、司くん。僕は………………………………」
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ちりん、ちりんちりん……
「……ん」
小さく鳴り響く綺麗な音に、ふっと意識が浮上する。
そっと目を開けると、あの日と同じ風鈴が2つ並んで、風に揺れていた。
「……懐かしいな」
あの日のことを、夢に見るなんて。
そう思いながら、そっと飾られた風鈴を、指で撫でた。
ここは、オレの愛しい、紫の彼の家。そして、オレの家でもある。
『けどね、司くん。僕はずっと、司くんから離れる気はないよ』
『司くんが許す限り、僕は絶対離れないから』
本当に言葉の通り。
学校が離れても、ユニットが解散してしまっても、自分の道を進んでしまっても、喧嘩をしてしまっても。
オレと類は、離れることはなかった。
それが、どれだけ嬉しくて、幸せなことか。
「もう、不安に思わなくてもいい。ということなんだろうか」
そう、1人で呟きながら、風鈴を見つめる。
答えは返してくれないけれど、2つ並んで音を鳴らすその様に、「そうだ」と言われているような、そんな気がした。
さて、身体はだるいし腰も痛むけれど、そろそろ起きねば。
愛しの紫が、待っている。
あの日と同じ、ペアカップを持って。
おはよう、と嬉しそうに、でも心配が含まれた声で言われて。
幸せで、涙が溢れてきたオレに、彼が慌てふためくまで、あと。