幸せの履き違え神様🌟人間🎈
どこからだろう。祭囃子の音とは違う、綺麗な歌声が聞こえる。
さく、さく、と木の葉を踏みながら山の中を進む。
大人たちは危ないから、と言うけれどそんなのどうでもいい。僕はあの歌を、あの歌を歌っている人を知りたい。
好奇心は抑えきれないものだ。類は歌声につられるようにどんどん奥へ進んでいく。
夏祭りにて親とはぐれてしまったが故に歩き回っていた類。その途中でこの声が聞こえてきたのだ。
楽しそうで、寂しい歌。誰かを望んでいるような声。
「どこだろう…」
まだ10才になったばかりで、体力も平均以下の類にはこの山は整地されていたとしても登るのはきつかった。息を切らしながら声を辿る。
「〜♪」
「!あっちだ」
最後の体力を全て使い果たす勢いで走る。近づくなと言う警告なのか、途中岩を踏んだり、木の根に足を取られたりしたが止められなかった。
「はぁ、はぁっ、」
そこには森の奥にツタが巻き付き、薄汚れた鳥井。辺りが暗闇に満ちていたところから不気味さが増していた。
「っ……誰だ」
静かに続きの歌を聞こうと身を潜めていた類だったがその歌は途端に途切れた。その声の主は類の目にはうつっていない。どこ?どこにいるんだろう?キョロキョロと見渡しても誰かがいる気配は無い。
「誰だと聞いている」
「ひっ」
先程まで遠くから聞こえていた声は類の頭上から聞こえてきた。
その声に驚いて類は小さな悲鳴をあげて固まってしまう。
「なんだ子供か。もう夜だ。帰れ」
「あ、あなたがここで歌を歌っていたんですか……?」
「…聞かれていたのか。うるさくしたのなら悪かった」
うるさいなんてそんな、そう言おうとしても類はその声の主を見ることが出来なかった。幽霊なのだろうか。それとも自分自身の幻聴、なんてことも有り得る。
「ここの道を真っ直ぐ降りれば人里に出るだろう。早く帰れ」
「あの!またあの歌、聞かせてください!」
「……いやだ。オレは人間なんかの願いなんぞ聞かん」
ザァァと大きく風が吹いて周りの木々が揺れる。風が止むと類がどれだけ問いかけてもあの声は答えてくれることはなかった。
その日は諦めて声の言う通りに降りると両親が類の名前を呼んで駆け寄ってきた。あぁ、父さん母さん、心配かけちゃってごめんなさい。でも僕素敵な歌を聞いたんだ。とっても寂しそうな歌を。
翌日から類は放課後には真っ先にあの古びた鳥居の場所へ行くようになった。夜になってしまっては両親が心配するため、夕方の鐘がなるまで、類は鳥居の足元で座って待つ。
「ゆーれいさん。今日はいませんか」
「……オレは幽霊では無い」
「じゃあなんて呼べばいいの?」
「…オレは幽霊じゃなくて神だ。何も力など持っていないけどな」
たまに問いかけると答えてくれることがある。これが最初に答えてくれたこと。その声は自嘲気味に自分が神様だと言った。
「じゃあ神様、神様は歌うのが好き?」
その日はもう何を聞いても答えてはくれなかった。答える代わりにさらさらと木々が優しく揺れるだけ。
一言二言かわすだけのコミュニケーションは類には物足りなかったがそれでも答えてくれるのが嬉しかった。
神様が応答しない日は鳥居の下でランドセルからおもちゃを取り出し、ネジを外して改造したり、稀に宿題をやる日もあった。
「……お前、それはなんだ」
「こんにちは神様。3日ぶりだね」
これは父さんから預かったものだよ。そう言うと興味深そうな声を出す神様。確かに年季の入った腕時計だけれど普通に売っているものだ。その電池を入れ替えるだけの作業に神様は興味を持ってくれたらしい。話しかけても3日無視されていた類はテンションが上がるのを感じた。
「これはなんというものだ?」
「腕時計だよ。腕につける時計。電池が切れちゃって動かなくなったんだ。でもこうやって……」
どこに視線があるか分からない。けれど電池を交換し終えた時には凄いな、と声が聞こえた。
「…オレは数百年前からここにいてな、とある理由でどこにも行けないから最近の事はなんも知らんのだ。
そうか……発展しているんだな」
「まだ僕は持たせて貰えてないけれど薄い板で遠くの人と話すことだってできるんだよ」
「薄い板……??」
「えっとねぇ、」
類はランドセルから適当なノートを取り出すと説明のために絵を描いていく。昔から設計などが好きで絵は得意だった。スマートフォンの絵を描くと使い方やどんなことが出来るのかなどと数日前とは違って生き生きとした声で類に質問を投げかける。
類から質問を投げかけることしか無かったのに神様から求められる事に嬉しくなって、神様の知らないというものを絵に描いて説明しているとあっという間に夕方の鐘がなってしまった。
「……時間か」
「うん。ごめんね神様。父さんと母さんが心配するから帰らなくちゃ」
「いや、子供はもう帰った方がいい。今日はすまない。少しだけ騒いでしまった」
「また、明日来るから!待ってて!」
そう言い残して類は黒いランドセル背負うと家へ向かう。今日の神様は楽しそうだった。僕も楽しかったし、何より神様が興味を持ってくれた事が嬉しくて類は帰り道、頬を紅潮させていた。
あぁ!明日が酷く待ち遠しい!!こんな気持ちになったのは初めてだ!
遠足よりも、お泊まりよりも、博物館に行った時よりも明日神様に会えるのがどんなことよりも類を興奮させる。それから毎日、ランドセルに類のおもちゃや好きなものを詰め込むと放課後に少しでも早く着くためダッシュであの鳥居に向かうようになった。
「神様、今日はコレ持ってきたよ!」
「ほう、これはなんというのだ?」
「ラムネって言ってね、甘くて美味しいんだ。」
神様は相変わらず姿を見せてくれない。でもあの日から声をかければ直ぐに返してくれるようになった。食べ物は鳥居の下に置いておけば翌日にはなくなっているから神様は食べてくれたんだろうと思っている。まあ野生の生き物が持って行っている説もあるけれども。
「これは僕が好きな食べ物。神様も気に入ってくれるといいなぁ!」
「……そうか、お前の好きなものか」
「うん。好きなものは誰かにあげるともっと美味しいって母さんが言ってたから」
類がそういうと神様は黙ってしまった。何か悪い事を言ってしまったのだろうかと類がオロオロしていると、ある影が類を覆う。
「……か、みさま?」
「…あぁ、お前の言う神様だ。そんなに神々しくもなければ普通の人間と大差はないだろう。」
鳥居の下の階段に腰を下ろしていた類の隣にどすんと座る神様。金色からピンクに染るようなグラデーションの髪に僕よりも濃い黄色い目。白い着物を着た青年だった。
光がその髪と目に反射してキラキラと輝く。普通の人間なんかにない美しさを持っていた。類は一目見ると言葉で表せることの出来ないような感情が湧いてくる。
「ほらお前の好きな物、一緒に食べた方が美味しいんだろ」
そう言って片手を差し出した神様。感動で震える手で1粒ラムネをその手の中に落とすと神様は徐に口に入れた。類はその一挙一動を見逃さないようにじっと神様を見つめる。
「ふむ…お前の言う通り甘くて美味いな」
「よ、良かった」
声が震える。類は神様から発せられる声を聞いて固まってしまう。まるで身体が痺れるみたいだ。神様はやっぱり神様だったんだ。
「?どうした人間の子」
「ううん!なんでもない。美味しいって言ってくれてありがとう」
「…甘いものを食べるのは久方ぶりだからな。昔は饅頭やら団子やら食べてた時はあったが今となっては誰も寄り付かん。お前見たいな人間が来るのもその時以来だ」
昔を思い出すように遠くを見つめながら話す神様。懐かしさに浸っているのかその口元は緩んでいる。酷く幸せそうな顔で、類は何故かつきんと心が痛くなる。
「甘いもの、なら明日も持ってくるよ」
「お前がいいならそれでいいが盗みを働くなよ」
「そんな事しないよ。僕の家にあるものから取ってくるから」
また、明日。何度この言葉を交わして、何日神様と一緒に話をしただろうか。時には一緒におやつを食べて、神様の知らない物を紹介して、楽しかったことを話して、楽しい毎日を過ごしていた。
10才だった類は月日が経って中学生になった。
紫色の髪は少しボサボサで、あの時より背がぐんぐん伸びていく。見上げないとダメだった神様を追い越すように大人になっていく。
やだ、こんなの嫌だ。中学生は忙しい。高校生、大学生になるともっと忙しくなってしまうだろう。神様と会う時間がどんどん縮まっていく気がして。大人になるのが嫌だった。
「お前、最近笑わなくなったな」
「…そうかい?自分ではそうは思っていないけれど……」
神様に指摘されて自身の表情筋が全く動いていないことに気づく。無表情で頬をぺたぺたと触る僕を見て神様はため息をついた。
「笑うことを忘れているくらい疲れているならわざわざここに来なくていい。今日は帰れ」
「っ、僕は疲れてなんて」
「お前の体じゃない。心だ。心が疲れてしまったら人間笑うことなんて出来なくなる。最終的には死にまで至らせることがあるくらいだ。……もう帰った方がいい。明日もそんな風ならお前の心が治るまでここには来なくていいから」
「神様!僕は、」
「じゃあな。人間の子」
強い風に目を瞑ってしまう。再び目を開けるとそこには誰もいなかった。
まだ、今日はまたねって言っていない。また明日って言葉を聞いていない。待って、待ってよ。神様。僕はなんで疲れているんだろう。心が疲れるなんて自分では分かりっこない。教えてよ!
「神様……」
その日は暗くなるまで鳥居の下で蹲っていた。翌日、神様に会いに鳥居の下で呼びかけるも、何も反応をしてくれなかった。その翌翌日も、通ったけれど神様は姿を現すどころか声すらも聞かせてくれなかった。
「なんで、僕をひとりにするの…」
類は学校で孤立している。放課後になると真っ先に不気味な木々の中へ進む類を目撃した生徒が、悪い噂を流し始めたのだ。あいつは呪われてる。呪いのせいであいつは操られてあの森の中に行ってるんだ。
なんて馬鹿馬鹿しい。中学生にもなってそんなもの信じるなんて。呪いなんかじゃない。あの鳥居のある場所には神様がいるのだから。
それから類は変わらずに毎日通っていた。しかし1つ変わったことは毎回「神様」と呼んで返事がなかったらお菓子を置いて帰るようになった。
次第にお菓子すらも受け取ってくれなくなったのか、置いた翌日来てもそのままになっている事が多くなった。
神様、僕のこと、嫌いになったの??
僕は神様のこと好きなのに、どうして、何をしたらまた会ってくれるんだろう。
きっと神様は僕が毎日来るのをどこかで見ているんだろう。来るなと言われても来る僕に対してお菓子を受け取らないということで諦めさせようとしているのかもしれない。
「また、くるから」
類は諦めきれなかった。神様と過ごした日々がとても楽しかったから。あの驚いた顔に喜んだ表情。お菓子を食べてキラキラと輝く目。僕はもうとっくに好きになってしまっていた。
「人間の子よ。なぜそう毎日と来るんだ」
「神様……」
「オレは言ったはずだ。お前の心は前より酷くくすんでいる。このままではお前は」
「だって!僕は直し方を知らない!心が疲れてるなんて言われたって分からないよ!」
心のままに叫ぶ。神様、どうか僕を、僕だけを見てそばにいて。何ヶ月かぶりに姿を現した神様。僕を見る目は酷く心配そうだった。
「……お前は人間だ。人間らしく生きてオレなんかに構わないでくれ」
「なんで……?僕のこと嫌いになったの??」
「お前は優しいやつだ。オレ見たいなやつに話しかけてくれる。オレもそばにいたいがそれはお前のためにもならないから」
「僕は神様のこと好きだよ!!僕のためならずっと側にいてよ!!」
「その言葉はいつか現れる素敵な女性にプレゼントしてやれ」
「やだ。いやだ。いやだ!神様!!僕は」
「じゃあな。もう二度と会うことは無いだろう」
また、