いつだって、あなたにベタ惚れ。「すまない司くん。ちょっといいかい?」
「ん?どうした、類?」
練習終わりの更衣室。
既に着替え終わった類が、思い出したようにオレに話しかけてきた。
「今日はちょっと用事があってね。一緒に帰れないんだ。すまない。」
「ん、そうなのか。まあ気にするな!」
「ありがとう。それじゃ僕はお先に」
そう言うと、スっとオレを抱きしめてくる。
そのままオレの額にキスを落とし、頭を撫でてから、立ち去る。
…………顔を真っ赤に染めた、オレを残して。
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類と付き合うようになってから、早数ヶ月。
オレは、ある悩みを抱えていた。
それは、類が全く照れないことだ。
類は、いつだって余裕で。
学校なんかでは何時も通りだけど、二人きりになった途端、オレのことをとても甘やかしてくる。
撫でてきたり、キスをしたり。沢山「好き」って言われることもあった。
ずっとそれを「やる」側だったオレにとっては、本当に慣れなくて。
いつまで経っても、顔が熱くなってしまう。
オレは自分なりに、同じように「好き」って返したり、同じように甘やかしたりしたけれど
類はオレの大好きなとろけた顔で「僕もだよ」というだけで、全然照れたりしない。
本当はオレも、類を照れさせたい。
もっともっとオレのことを、好きになってほしい。
される度に類に恋をしてしまう、オレのように。
……じゃないと、いつか。
類の熱が、冷めてしまう、気がして。
類のことは信用しているし、今も大好きだけど。
人の気持ちが永遠でないことは、オレがよく知っている。
だから、あの手この手で照れ顔チャレンジを試しているものの。
そのどれもが、不発に終わってしまっている。
「次はどうしたものか……」
久々に1人きりの帰り道。
1人であるのをいいことに様々な作戦を練っているけれど、どれも類が「照れる」というイメージが沸かない。
悶々と考えていると、ピロン♪とスマホが鳴った。
「ん?……あれ、母さんから?」
母さんから連絡してくることは珍しいから、慌てて道の端に寄ってスマホを開く。
そこに書かれていた内容に、思わず「これだ!」と叫んでしまった。
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たったったった。
音を立てて走るオレを、すれ違う人は二度見していく。
確かに、こんな格好の人間がショーステージに向かうなんて、びっくりするだろう。
だが、オレはそれどころではなかった。
事前に遅刻するとは伝えていたものの、時間が押してしまってかなり遅くなってしまった。
普段であれば休むと連絡をいれるような状態ではあるが、類と設備の確認をするという話をしていた以上、遅れても出席はしなくてはいけないだろう。
……それに。
類の照れ顔チャレンジをする用意ができている。
こんな機会、滅多にない。
漸く見えたワンダーステージ。そしてその舞台の上にいる3人に、声をかける。
「すまない!遅れた!」
遅い。なんて言葉が飛んでくるかと思っていたが。
類も。えむも寧々も、オレの今の服装に、目を白黒させて、言葉を失っている。
……まあ、そうなっても、おかしくはないのか?
上下共に、薄い茶色で統一されたジャケットとズボン。
パリッとしている真っ白なシャツ。
黒のネクタイに、紫色のネクタイピンが映える。
そして、髪はワックスでオールバックに整えられていて。
そう。今のオレは、スーツで構成されていた。
「……つ、つつつつ司くん!!!!どうしたのそれ!!」
格好的に飛びついてはいけないと悟ったのか、えむはいつもよりも勢いは抑え目で近寄ってくる。
そんなえむの声に、類と寧々も漸く現実に戻ってきた。
「ちょっと親の用事に付き合っていてな。こういう服を着なくてはいけなかったんだ」
「すごーい!司くんかっこいー!びっくりしちゃった!」
「まあ、びっくりしたけど……。というか、練習はどうするつもりだったの……?」
「こんなに遅くなる予定ではなかったから普通に参加する予定だったんだが、まあ今日はあんまり時間もないことだし、設備確認だけにするかな。ちゃんと着替えも持ってるし、万全だぞ!」
そう話しをしていると、漸く類が此方に近づいてきた。
どうだろう?いつもよりも格好よく決まったし、少しは照れてくれないだろうか?
そう思いながら、類に顔を向ける。
「うん。司くん、とても格好良いと思うよ」
その言葉に、顔に。
オレは思わず、思考を止めた。
「……っ、だよね類くん!司くん、その服のお写真は撮ったの?」
「……え、あ、ああ。咲希が来れなかったんだが、オレのスーツ姿が見たいと言っていてな」
「そっか!なら後でお写真もらおうかな!とりあえず司くんは着替えてこよう?」
「あ、ああ……」
えむに促されるように、更衣室に入る。
えむは人の感情に敏感だから、きっと気づいたのだろう。
賞賛している筈なのに、声に感情が乗っていない。
表情は笑っているのに、目は笑っていない。
そんなちぐはぐな冷たい言葉は、静かに。でも確かに、オレの胸を刺していった。
似合って、いなかったんだろうか。
類に、不快な想いをさせてしまっただろうか。
……類に、嫌われてしまった、だろうか。
脱いだ服を丁寧に畳みながら、オレは声もなく、ひっそりと涙した。
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「……あれ、類とえむは?」
「あんたが更衣室に言ったあと、えむが一緒に飲み物買いにいこうって引っ張っていったよ」
「そうか……」
その言葉に、少しだけ安心した。
類のあの言葉の後に、平常心でいれるのかと言われると、自信がないから。
寧々がポンポン、と叩いた先に、そっと腰を下ろす。
「えむ、本当に凄いよね。気づくのが早いのもそうだけど、そこから行動に移すのもとても早い」
「ああ、本当にな。……オレの格好、変だったんだろうか」
「は?なんで?」
きょとんとした顔が、オレを覗き込む。
オレは苦笑しながらも、口を開いた。
「オレの姿を見て、いきなりああなったから。……オレの格好が、不快だったのかなと」
「そんなわけないでしょ。少なくともあの時の類は、不快だなんて思ってなかったと思う」
「そ、っか。なら、安心だな」
「……安心したのに、なんであんたはそんな顔してるわけ?」
そう言われながら、頬をつつかれる。
笑顔が作れていないことは、オレも気づいていた。
「……いいなと、思ってな?」
「は?」
怪訝そうな顔をする寧々に、オレは笑いかけた。
「寧々は、オレなんかよりずっと付き合いが長いから、類の考えていることがわかる時があるだろう?」
「…………」
「オレから見た類は、いつだって余裕そうで。好きって言ってくれるけど、照れたりなんか全然しない」
「…………」
「でもそれは、あくまでオレが見る類だからというだけで。
……寧々が見たら、きっと違う答えになるんじゃないか、と思ってな」
ないものねだりだよな、とは思っている。
でも、そんなものを欲してしまう。
……なんなら、類のことをよく知っている寧々の方が、類に合ってるんじゃないないか。
なんてことも、思ってしまっている。
……いつから、オレはこんなに弱かっただろうか。
そう思いながら、心のなかでため息をつくのと同時に、現実で寧々がため息をついた。
「何言うかと思えば……アンタ、バカじゃない?」
「……バカとはなんだバカとは。こっちは真剣に考えた上での言葉だぞ」
「だったら尚更バカでしょ。類がどんだけアンタにベタ惚れだと思ってんの」
「……べ……ベタ、惚れ?」
想定外の言葉に目をぱちくりとさせると、寧々はそ。と言いながら続ける。
「私と話す時は司の話題ばっかだし、いつも惚気けてくるし、司くんにはいつも格好良いとこだけ見せたいって意気込んで表情筋固定するの頑張ってるし。
初めて好きって言ってくれた!キスしてくれた!なんて報告何回聞いたことか」
「え、えと……」
惚気?表情筋を固定?報告?
聞いたことがない単語に目を白黒させてしまう。
「それに、」
「司は、付き合いが長いから私が類の考えていることがわかるっていうけれど。」
「司のことが大好きって、惚気けている類の顔、全然見たことない顔してたんだから」
「…………っ!」
ちょっとだけ誂うような顔で言われたそれは、オレにとって衝撃的な言葉だった。
……オレも、寧々が見たことないような顔、させられていたのか。
「それから、類が照れるとこみたいんだったっけ?類って案外言葉では対応できるけれど、突然の行動に案外弱いよ」
「そ、そう、なのか。ちなみになんだが、いつもどんな感じで惚気るんだ……?」
「え?……あー。新しい機材見せる時の司くんの顔が好きだとか、お弁当食べる時の司くんが可愛いだとか、あと、」
「ストップ!!!寧々!!!!」
突然響いた言葉に、びっくりしながらそちらの方を向く。
見ると、盛大に息を切らした類と、その後ろに何が起こったのかわからないといったような顔をしたえむがいた。
「……ちょうどきたし、馬に蹴られたくないから、私は一旦退散するね。えむ、いこ」
「え?……う、うん」
「お、おい寧々!?」
「大丈夫。……あとは司次第だよ」
にっこり笑いながら、えむと一緒に離れていく。
類は息を整えながら一緒にそれを見送ると、漸くオレに近寄ってきた。
「ちょっと司くん。なんであんな話してたんだい」
「あーいや、ちょっと色々相談に乗ってもらってたら、な」
「相談……?」
首を傾げる類は、いつもの類に戻っている。
戻っているなら聞かなくても、とは思ったが。寧々にああ言われては何もしないことはできないだろう。
「……なあ、類。オレのスーツ姿、変だったか?」
「……えっ」
「見せてから、反応がおかしかったし、どこか冷たくなってしまったから。似合ってなかったんだんじゃないかと」
「そんなことない!!!」
食い入るように言われたその言葉に、びっくりして思わず言葉を失ってしまう。
類もしまった、というような顔をしていたが、諦めたのかそのまま言葉を続けた。
「そんなことないんだよ。むしろ似合ってる。他の人も司くんのことが好きになるんじゃないかって心配になるくらい似合ってる」
「そ、そう、なのか?」
「うん。……寧々から聞いたんだろう?司くんにはかっこいいとこ見せたくて、なるべくポーカーフェイスでいたかったんだよ。今日の司くん本当に素敵で、崩れそうになったからああなっちゃっただけで、本当に本当に格好良かったんだから!」
「そう、か。……よかった」
安堵のため息をつくと、類はオレの頭をそっと撫でてくれた。
「えむくんからもね、言われたんだ。
感情を殺しすぎて、何を考えているかわからないって。わからないと、僕の感情を憶測でしか判断できないから、絶対にすれ違いが起きるって。……本当に、その通りだったね。ごめん」
悲しげに言う類に、オレは何も言えなくなった。
実際、それは合っているけれども。でも、類を悲しませたいわけじゃない。オレが勘違いして、暴走しただけなのに。
ふと、脳裏に、寧々の言葉が過ぎった。
「類」
「え?…………っ!?」
そっと近づき、類の頭に手を回して、触れるだけのキスをする。
そういえば、類のキスに答えるようにキスをしたことはあったけれど、完全にオレの方から仕掛けたことは全然なかったな。
そう思いながら、触れ合っていた唇を離し、類の顔を見る。
その顔は、今まで見たことがないくらい、真っ赤に染まっていた。
「……はは。類、真っ赤だ」
「……っ、そういう、司くんだって」
照れ隠しのように言われた言葉に、思わず笑みが溢れる。
ちゃんとオレも、類の照れさせることができたんだな。
「……類。オレは、どんな類でも好きだから」
「……司く、」
「いつだって、オレだけが類のこと大好きで、類の気持ちが離れないかって、不安だったんだ」
「……!!!」
「ちゃんと、教えてほしい。類の気持ちを」
言い終わる前に。
苦しいくらい強く、抱きしめられる。
「……本当、司くんは格好良いなあ。面目が立たないよ」
「はは、そうだろうそうだろう。……だがな、類」
「オレは、余裕綽々な類も、余裕がない類も、どっちも好きだからな?」
「……僕も、思いをキチンと伝えてくれる司くんも、いつもスキンシップに照れて顔を真っ赤にする司くんも、どっちも大好きだよ」
お互い見つめ合いながらそう告げ、唇が重なり合う。
そんな俺たちの死角で、嬉しそうに微笑む2人に気づくまで、あと。