優先なんて、しなくていい背中には、フェンス。
左右には、細身だけど、しっかりと筋肉がついた、腕。
……そして、目の前には。
「……もう、逃げられないよ。司くん。」
真剣な顔でオレを見つめる、類。
……どうして。
どうして、こうなってしまったんだ……。
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それを知ったきっかけは、まだルカがセカイに現れてから、間もない頃。
ルカを探していた時だった。
ルカを探していた時に、よく昼寝をしている場所だと教えてもらった、草原。
そこには、セカイでは珍しく、生花。……しかも、大半が蕾の状態で。咲き誇っていた。
探し当てたルカと共に戻る時に、蕾である理由を、聞いたら。
「あそこの花は、強いオモイで咲くのよぉ」
「強い……オモイで?」
「そう。そして蕾なのは、願った人がまだ自覚してないのねえ」
そんなものがあるのかと半信半疑だったオレに、ルカはそこで摘んだ花だと、細長い黄色い花弁の、一輪の花をくれた。
「これは、パボニアという花。花言葉は「安堵」」
「安堵?」
「ええ。そして葉の色は、その人を表しているみたいなの。……司くんは、心当たりないかしら?」
分からずに首を傾げ、そして考えて……ハッとした。
オレが、安堵するようなこと。
……咲希と、ひな祭りで起こったすれ違いを、解決した時だ。
気づいたオレに、ルカはそっと微笑みかけてくれて。
他の花も、気づくといいわねえ。なんて言って、笑っていた。
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それからというものの。
毎日ではないが、時折草原を訪れては、新しい花が生えてないか、確認するようになった。
そして、確認しているうちに、気づいた。
どうやら、オレのオモイだけでなく、他の皆のオモイも、ここには反映されるらしい。
アメリカに行く前に蕾になっていて、行った日の後に花が咲いたものは、葉がピンク色の、赤いガーベラだったのだ。
ルカに聞くと、花言葉は「チャレンジ」「限りなき挑戦」と教えてくれた。
そして、ピンクと言えば。
夢も現実も、といっていた、あいつらしいなと、思わず笑みが溢れたものだ。
でも、それが微笑ましいものじゃなくなったのは。
それから、数ヶ月が経った、ある日のことだった。
「……ん……??なんだ、この花……?」
ある日増えていた花が、オレのいつも知っている姿とは、別のものだった。
恐らく小さい花がいくつもあるものなのだろうと思われる、複数の蕾。
そして……紫色で、先っぽだけが黄色の、2色の葉。
葉っぱが2色なんて珍しい、なんて思いながら、ルカを呼んで、花と花言葉を確認してもらった。
本来は蕾であるうちはそれを調べないようにしていたが、2色もあって、そのうち片方がオレの色となると流石に気になる。
快く引き受けてくれたルカから発せられた花言葉に。
オレは、思わず呼吸を止めてしまった。
「紫のライラックね。……花言葉は、「恋の芽生え」」
オレじゃない。オレじゃないとしたら。
紫なのは、あいつしかいないんだ。
(類が、オレのことを、)
背筋が、ぞっとする。
嫌悪ではない。
ただ純粋な……恐怖だ。
オレは、ルカにお礼も言えないまま、セカイを後にした。
不安げに見つめる、ルカを残して。
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『司くん、今日は一緒に行けそうかい?』
「……すまん。一緒に行けない。……っと」
スマホにきた類からの連絡にそう返すと、目の前のプリントの山に向き合う。
本来であれば、もう1人の委員長に言えば、引き取ってもらえるであろう、この仕事。
でもオレは、今日はそれを自ら引き取って、やっていた。
少しでも、類との時間を、減らすために。
類の気持ちを知ってしまった後。
自室に戻ったオレは、ゆっくりと考え。そして、決めた。
蕾であるということは、まだ類はその気持ちに気づいていないということだ。
つまり、知らん振りをしていれば、そのうち類も気持ちを忘れるかもしれない。
オレが類にあまり接触しなくなれば、尚更忘れてくれることだろう。
オレはその日から、類との時間を極力減らすよう、動くようになった。
急に減らしたら怪訝な顔をされるだろうから、少しずつ、少しずつ。
ほぼ毎日、顔を合わせていたものが、2日に1回、3日に1回となり。
今では、1週間に2回まで減らせるようになった。
ショーの話もあるからそこはノーカウントで進めていたが、それでも大分減らせた。
むしろ今までが多すぎたんだなと、プリントを捌きながら思った。
類に、悪いことをしてしまったとは、思わなくもない。
オレが勝手に、類のオモイを見てしまったのが、悪いわけだから。
別に、同性愛に偏見があるわけでもないし、仮に類が男性と付き合っていても、類は類だと、胸を張って言える。
悪いのは、オレ。
……昔のことを、ずっと引きずっている、オレのせいだ。
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ぼんやりと考えながら作業をしていたら、あっという間に作業は終わって。
先生に提出し、ぐっと伸びをする。
「さて、急いでワンダーステージに向かう、か……?」
早足で下駄箱に向かうと、見慣れた紫色が見える。
思わず止まってしまうと、オレの声が聞こえたのか、スマホに落としていた視線を此方に向けた。
「ああ。待っていたよ、司くん」
「待っていたって……一緒にいけないと言っただろう」
驚きながらもそう声をかけると、類はにっこりと笑いながらスマホを指さした。
「僕は「わかった」とも、「先にいってる」とも言ってないよ。ちなみに、既に2人には僕も遅れることは連絡済みさ」
「は?なんで、」
「こうでもしないと、司くんが捕まらないと思ってね」
「……な、んの、ことだ」
「惚けても無駄だよ。もう気づいているんだ。」
じわじわと近寄ってくる類に、思わず後退りをしてしまう。
ダメだ。これ以上、聞いたら。
「司くん。君は一体何を、」
「っすまん!!!!!」
「ちょ、司くん!?」
類が口を開いた隙をついて、背を向けて走り出す。
そんなオレを、類は驚きながらも追いかけてきた。
走るなと怒鳴る先生の声をBGMに。
オレと類の鬼ごっこが、幕を開けた。
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「……司くん、聞いてる?」
「う、ぐ……」
類の声に、意識が戻ってくる。
あの後。
闇雲に走っていたオレに対し、類は作戦をたて、オレを追い詰めた。
オレの逃げる方向や反応を覚え、屋上に行くよう誘導してきたんだ。
オレが気づいたのは屋上に向かう階段の途中で。
それでも諦めきれずに逃げ回るオレを掴み、所詮壁ドンと言われる体勢になって、今に至る。
類の顔は近いしもう逃げられないしで、オレはもう、オーバーフロー寸前だった。
「……司くん。ちょっと聞いてくれるかい?」
捕まっても一向に話そうとしないオレに、類が口を開いた。
「僕はね、司くんが気づいたら、避け始めていて。本気で、嫌われたのかと思っていたんだよ」
「っそ、そんなことないだろう!?」
「うん、ありがとう。でも、実際ショーでは普通に会話してくれるから、僕も嫌われたんじゃないとは、思ってたんだ」
「…………」
「でも、ならなんで避けているのか。それが、わからなかった」
その言葉と共に、両端にあった腕で、強く身体を引き寄せられる。
オレは、類に抱きしめられていた。
「る、」
「ずっとね、変だったんだ」
遮られるように、言われた言葉。
その言葉は、いつもの類からは想像ができないくらい……震えて、いた。
「理由がわからないまま、避けられていて。でも、えむくんも寧々も、他の子も皆いつも通りなのに、僕だけで」
「…………」
「今まで1人でも、大丈夫だって、そう思えていたのに。……君が離れるのは、ダメだったんだ」
「それは、」
「ごめん、司くん」
ぎゅ、と抱きしめる力を強められて。
「今だけは、逃げないで。拒否しないで。……僕は、君が好きなんだ……!」
ああ。結局、ダメだった。
気づかせないように立ち回っていたのに、気づかせるきっかけになってしまったなんて。
……オレに、そんな資格はないのに。
でも、拒否されることを怖がって、一切力を緩めないそれを。
オレが沢山、傷つけてしまったのは、謝りたいし、どうにかしたい。
そう、思えた。
「知ってた」
「…………え?」
「すまない。前から、知っていたんだ。お前が、オレのことを好きだってこと」
ぽかんとしたような声が、耳元で聞こえる。
顔が見れないのが残念だ。類がしっかりホールドしているから、見ることが叶わない。
「なん、で……。僕だって、自覚したのはつい最近なのに、」
「その理由は、また後で話す。……知っていたから、避けるようになったんだ。類が、それに気づかないように」
「っ、それは」
「類の気持ちに答えられないから、じゃない」
オレの言葉に驚いたのか、抱きしめていた力が緩む。
そっと腕を抜け出し、類の正面に立つ。
驚いた表情のままの類と、目が合う。
繋いだままの手は。……オレの手だけが、カタカタと、震えていた。
「……司、くん?」
「オレ、は。……類を、最優先に、できないから」
「……え?」
ぽかんとする類に、オレは続けた。
「昔、な。女子と、付き合ったことがあったんだ。好きではなかったけれど、付き合っているうちに好きになるからって」
「うん」
「……でも、1月も経たないうちに、別れた」
「……それは、どうして」
「『彼女を、一番にできないから』だそうだ」
「は?」
「当時、咲希のお見舞いによく行っていたし、空いている時間はショーの脚本に当てかわれていた。……それが、気に食わなかったらしくてな」
「…………」
「今思えば、自分から「好きになるから」と言っておきながら、何を言っているんだとは思うんだが。……その時にな、言われたんだ」
「……なんて?」
「『好きな人を一番にできない人が、恋なんてしないで』って」
「…………」
「それから、怖くなったんだ。好意を持つことが。優先度をつけないといけないことが。
……オレを好きになった人を、最優先にできない、笑顔にできないことが」
今でも、忘れることができない。
憎悪にまみれた顔で、言われたその言葉を。
好意を寄せられる、伝えられる度に、あの言葉がリフレインして。
「……今でも、家族やショー以上に、優先することなんてできない。だから、オレに好きになられる資格なんて、」
「もういい。もう、いいよ。」
ぐっと手を握られ、そっと頬に手を添えられる。
……いつしか、オレの顔は、ずっと俯いたままだった。
「ねえ。司くんはさ、家族やショー以上にすることができないって、言ったよね」
「…………ああ」
「でもね、司くん?僕を誰だと思ってるんだい?」
手を広げて、類が不敵に笑う。
その姿は。
「……変人ツー?」
「そういう回答がくると思わなかったよ変人ワンくん。……そうじゃなくてね」
「僕も、君と同じショーバカなんだ。好きな人を最優先には、できないんだよ」
「…………ぁ」
ハッとする。
そうだ。オレも類も、ショーバカで。
ショー以外を、最優先にすることなんて、できないんだ。
「というかね。僕はそれらに優先度なんてつけたくないんだよ」
「は?」
「ショーも、ロボットも、ワンダーランズ×ショウタイムも、司くんも。……全部、全部大切だからね」
そっと、オレの手を取る。
震えは、いつの間にか、収まっていた。
「優先度なんて、気にしなくていい。問題なのは、司くんが、僕へのオモイを、どこに置くかだけなんだ」
「…………」
「……さて、改めて、言わせてもらうよ。……僕は、天馬司くんが好きです。付き合って、くれませんか?」
類の真剣な眼差しに、目が逸らせない。顔が、熱くなるのを感じる。
ゆっくりと、息を吸い、吐いて。……口を、開いた。
「……わからん。」
「……えっ」
「今まで、自分のオモイも、人の好意も、知らん振りしていたから……自分の気持ちが、わからなくて、な」
「そう、かい」
「だから、その。考えさえてほしい。しっかり考えて、それで、答えるから」
「……!うん。待っているよ」
類が、嬉しそうに、ふわりと微笑む。
ドキン。
「…………?」
一瞬、高鳴った胸に、思わず手を当てて、首を傾げる。
今のは、一体……?
「……司くん?」
「はっ!な、何でもない!そうだ!そろそろワンダーステージに行こう!待たせてしまっているしな!」
「ふふ、そうだね」
類と連れ立って、屋上を後にする。
……ちゃんと、オレ自身で、考えて。
類への感情に、答えが出せると、いいな。
「あらぁ~。ふふ。アツアツねえ」
微笑む、ルカの視線の先。
綺麗に開花した、紫で先が黄色の葉がついた、ライラックの隣に。
黄色で先が紫の葉がついた、全く同じ花が、鎮座していた。