小さくて、大きな一歩。「じゃあ類、また15時になったらここに集合だぞ!絶対忘れないようにな!」
「うん、気をつけるよ。それじゃ、また後でね」
「ああ!」
手を振って、類に背を向けて歩き出す。
……さあ、類には秘密のミッション、開始だ!
ぐっ、と手に力を入れ、本来の目的のものを買うべく、歩みを早めた。
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「2人って、いちゃいちゃとかしないわけ?」
ある日の練習の日。
飲み物を買いにいったえむと類を待つ間、2人で台本読みをしていたのだが。
ふと、思い出したように寧々から話しかけられた。
「いちゃ、いちゃ……?」
「2人からしっかりと報告は受けたし、それに対して疑ってるとかじゃないけど。
報告から大分経ってるのに、ワンダーステージだけじゃなく、学校なんかでもそういう空気になってるとこ見たことない。」
「あー……」
寧々の言い分は、何となくわかる。
確かにオレは類が好きで、つい勢いのあまり告白して。
OKをもらって、付き合い初めて。
それこそその時のオレはスター性なんて全く感じないくらい顔が熱かったし、それに答える類の顔も真っ赤で、見たことないような表情をしていたし。
寧々が言いたいのは、そういうことなんだろうなということはわかる。
わかるのだが。
「何というか……互いにショーバカだから、なんだろうなあ」
「は?」
怪訝そうな顔をする寧々に、苦笑しながら口を開いた。
「2人きりでいても、ショーの話は尽きないからな。
互いに話したいことは沢山あるし、なんなら話している間にも湧いて出てくるくらいだ」
「……まあ、確かに2人らしいといえばらしいけれど」
「ああ。後は、まあ。……行動に移せない、というだけなんだが」
「…………は?」
ポカンとする寧々に、オレは思い出しながら掻い摘んで説明した。
正直ショーバカとはいえ、2人きりでそういう雰囲気になれば、自然とショーの話もできなくなるもので。
そういう時に、恋人らしいことにチャレンジしたりもしてみたんだが。
正直ドキドキしすぎて動けなくて、タンマを繰り返してしまい。
そのうちに雰囲気が霧散してしまう。なんてことを繰り返しているのだ。
ちなみに、タンマを言うのは、オレでもあり、類でもある。
その手のことに慣れなくて、全然前に進めていないのは、お互い様なのだ。
最近やっと手を繋げるようになったと言ったところで、寧々は絶句していた。
「信じられない……。あんた達ウブ過ぎるでしょ……」
「うぐぐ、何も言えん。……オレだって、前に進みたい気持ちは、あるんだがな……」
ポツリと言うオレに、寧々はため息をつきながら頭にチョップをしてくる。
でしっ
「っだ!?何をするんだ寧々!?」
「うじうじしたって仕方ないでしょ。それなら別方向から進んでいったっていいじゃない」
「……別、方向……?」
寧々に提案されたそれに、思わず首を傾げる。
「恋人同士なんだから、やることなんて色々あるでしょうが。
……例えば、あんたらが付き合ってから今までって、誕生日も季節のイベントもないでしょ。それなら、プレゼントをあげるとかもないんじゃない?」
「プレゼント……確かに、そうだな……」
確かに、それは盲点だった。
初デートもそれ以降もショー関係に染まりきっていたし、季節のイベントでない限り、
プレゼントをするという考えが浮かばなかった。
「確かに、進むにはいいかもしれん。ちょっと見繕ってみたいと思う。ありがとう、寧々」
「……グレープフルーツジュース、3日分ね」
そっぽを向きながら言われた言葉に苦笑しながらちょうど戻ってきた紫色を見やる。
プレゼント。
類なら、何なら喜んでくれるだろうか。
そう思いながら、戻ってきた2人に声をかけた。
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少しばかり息を切らしながら、早歩きで進んでいく。
あれから、ある程度ものを絞ったり、実際に店に下見をしたりもして、買うものが決まった。
さてじゃあ、いつ買って、いつ渡そうか。
そう考えていた矢先に、類と2人で備品の買い出しを頼まれたのだ。
これは逃せない。
残念ながらそのもの自体は、多忙だったのも相まってまだ買えてない。
だから、個々の買い物が終わって合流して2人きりになったら、オレが買ったものを渡す!
類みたく演出も何も考えられないだろうけれど、思いは人一倍込めるつもりだ。
そう考えて、意気揚々と個々の買い物へ別れたのだが。
(まさか、本来の買い物の方で時間を食うとは……!)
いつもなら店頭に並んでいたものが見当たらず、店員さんを呼ぶも後ろの在庫に手を入れる必要があったそうで、想像以上に時間がかかってしまった。
その後も。売り場位置が変更されていたり、店員さんがレジにいなかったりと、踏んだり蹴ったりだった。
なんとか本来の買い物も終わり、目を付けていた類へのプレゼントも買えたのだが。
その時点で待ち合わせ時間の5分前となっていた。
類には遅くなる連絡は入れたが、急ぐに越したことはないだろう。
何せ、彼へのプレゼントの購入によって遅れることになるんだから。
嫌な印象を持たれるのだけは嫌だなと、少しマイナスな思考になりながら、歩みを進めた。
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あれから、数十分後。
オレは、類の家に来ていた。
ゆっくり来ていいからね、と返信は来ていたが。
それでも遅れる、ということをあまりしたくはなく。
早歩きで戻ってきたオレに、類は驚きながら近寄ってきた。
「ゆっくりで大丈夫だったんだよ?そう連絡したんだし……」
「ああ。とはいえ、あまり待たせたくなかったからな」
そう苦笑しながら言うと、なら。と類が手を引いてきた。
「僕の家で休憩しよう」
「え、だが……」
「僕の家だから荷物も置けるし。……急いで戻ってきてくれたこと、労わせてほしい、な?」
そう、ちょっと赤くなった顔で言われたら、断れる訳はなかった。
コトン
「はい、司くん。お茶だよ」
「ああ。すまんな、類」
置かれたお茶を持ち、一口飲む。
そうした経緯もあって、類の家に来た訳だが。
(……プレゼントって……どう渡すんだ……!?)
イベントでも何でもない、ただ贈りたいから贈るプレゼント。
そんなことは初めてだから、どう切り出せばいいのか全くわからない。
内心まごついていると、類が隣に座ってきた。
「そういえば、司くん何かあったのかい?買い物であそこまで時間がかかるの珍しいよね」
「あ、ああ。実はな……」
正直、俺もあそこまで踏んだり蹴ったりになるとは思わなかったから、類から話を振られて愚痴のように喋ってしまった。
類も、ふんふんと相槌を打ってくれて、話が終わる頃には苦笑していた。
「それは災難だったね」
「ああ……。オレもあんなふうになるとは思わなかった……」
「僕も遅くなったから慌ててたんだけど、司くんの連絡見てちょっとびっくりしちゃったよ」
はあ、とため息をつきながら話していたが、類の言葉にうん?を首を傾げた。
「……類」
「ん?どうかしたかい?」
「類も、遅くなったのか?珍しいな」
機材の部品を見る時、類は集中してしまって時間を忘れてしまうことが多々ある。
ワンダーランズ×ショウタイムの皆で買い物に行く時もそうなりかけて、探しに来たオレ達に頭を下げ、そうならないよう対策をすると言ったのだ。
オレもあの日から念の為に声をかけるようになったが、実際それ以降そうなることはほぼなくなったし、今日もそうなっていないと踏んでいたのだが。
そう思って類に投げかけると、類はピシリと固まった。
「……類?」
オレが声をかけると、類はすー、はーと深呼吸をして、オレに向き合うように身体の位置を変えた。
「……僕達、ショーバカだよね」
「……うん?」
まあ確かにそうだが。なんて思いながら頷く。
そうしているうちに類は、後ろからごそごそと何かを取り出した。
「2人でいたらショーの話ばかりで、恋人っぽいこと全然できなくて。
……まあ、これは僕もだから、お互い様なんだけどさ」
「ああ」
「でも。……僕は、少しでも進めたらいいなって、思ったんだ」
そう言って、後ろから取り出した、小さな箱。
見覚えのあるそれを開くと。
綺麗な指輪が、鎮座していた。
「…………!!」
「結婚指輪みたいに、高いものではないけれど。……ペアで、買ったんだ。よかったら、受け取ってほしいな」
そう言いながら、オレの分であろうそれを取り出して、オレの手を取る。
そしてその指輪を……
「……えっ」
「え」
指輪は、オレの第二関節のところで、止まってしまった。
大きさからしても、オレにぴったり合うようなサイズ。
そう思った時、俺はハッとした。
「類、これ、オレのサイズ測ったのか?」
「え?……う、うん。身体のサイズを測る時と一緒に……」
「多分これ、指のサイズを図ったからだな」
「え?」
「男性の指輪は、場合によっては指のサイズよりも、関節のサイズに合わせないと、入らなくなる時もあると聞いたことがあるんだ」
実際男性には多いらしく、指のサイズだけでやるよりも、関節も加味した方がいいと、そう聞いたことがある。
そのことを類に言うと、「そっか……」と言いながらがっくりと項垂れた。
「類」
「ごめん、司くん……。僕、本当に格好つかない……」
「類」
しょんぼりとする類の顔を、そっと上げさせる。
後ろ手に隠したそれに気づかれないように、オレは類の顔を見て、話し始めた。
「オレ達は、ショーバカだ」
「……え?」
「2人でいたらショーの話ばかりで、恋人っぽいこと全然できない。
……オレもだから、お互い様だ」
「…………」
類がした話を繰り返すように言うオレを、類は怪訝そうに見つめる。
でもオレは気にせず、にっこりと笑いかけた。
「……そして。一歩でも進みたいと、そう願うとこも、お互い様なんだ」
「…………え?」
そう言いながら、後ろ手に隠していたそれを、前に出す。
類と、全く同じ形状をした、箱を。
「……!司くん、それ……!」
「はは、考えることは同じだったな!」
そっと開けて、類の分を手に取る。
それをみて、類は不思議そうに首を傾げた。
「……ちい、さい?」
「ああ。……残念ながら、オレは類と違って、測りにいくことすらできてないからな」
手に取ったそれは、類の小指でさえも入らなさそうなサイズだ。
オレもそれは知っていたから、苦笑しながら説明する。
「だから、ネックレスでもいいかと考えたんだ」
「……ネック、レス」
「それなら、サイズは気にしなくてもいい。でも見る人はわかるのがいいかと思ってな」
そう言いながら、箱の隅に入っているチェーンを取り出す。
そしてそこに、指輪を通した。
類が買った分と、オレが買った分の、2つを。
「……類」
「うん」
「オレのサイズ測ってまで、送ろうとしてくれて、ありがとう」
「……っ僕こそ!……同じこと、考えててくれて、ありがとう」
2人で、一緒に指輪をチェーンに通して。
2人で、互いに付けあって。
自然に近くなった距離に、釣られるように。
オレ達は、初めてのキスを交わした。
オレの言葉を覚えていたかのように、完全にぴったりの指輪を用意して。
今度こそ、最高の演出で君に渡したいんだと。
盛大にプロポーズされて、泣くことになるのは。
遠い、未来のお話。