神様に気に入られた子は、神様に連れられていなくなっちゃうんだって。

子供の頃、近所の鬱蒼とした森にそんな噂があった。
朽ちた神社があったから、根も葉もない噂が立ったんだろう。
そもそも神様に気に入られるような子がいたら、家族に愛されてて学校でも人気者だし、行方不明になったら大騒ぎになる。
あの森はすごく静かで優しいのに。



「なるほど、獅子神君は神様に見初められていたのだろうな」
「はぁ！？」

　今の話聞いてそう思うか？
ふらりと家にやってきた天堂が相変わらず自分のことを神だ何だと言うものだから、少し揶揄ってやろうと昔話をしてみたら、機嫌を悪くするどころか慈愛の表情に磨きがかかってしまった。
まったく、こいつと話していると調子が狂う。いやオレの友達全員そんな感じだけど、そうじゃない。

　その日、国家救命消防局は騒擾の炎で燃え盛っていた。


　あまりの事態にバーニングレスキュー第三部隊長のイグニスは上層部に呼び出されて不在。残った隊員達を任された副隊長のレミーは頭を抱えていた。他の者も皆ただひたすらに困惑の表情を浮かべており、誰かが口を開いても「どうしよう」といった意味合いの言葉しか発さない。
その重たい空気……とはまた違う異様な空気を割くように、時間通りに出勤してきたガロへと既に一堂に会していた皆の視線が向き、叫ぶような勢いで口を揃えて彼へと問う。

「ガロ！お前リオから何か聞いてないか？自分の口座は確認したか？ポストに小切手が突っ込んであったりとかしなかったか！？」
「ちょっともーガロ……マジでヤバいコトになってるわよぉ」

　タキオンが私をソファに組み伏せ、唇を重ねてくる。
いい子だ、などと囁かれながら彼女に髪や服を乱される。唇や舌が肌を這うのがわかる。
けれど私は抵抗しない、彼女は一線を越えてこないから。
歯の浮くような言葉も触れ方も、私にとっては可愛らしいものでしかない。彼女がどれほど私をものにしようと愛を注ごうとも、大人と子供の差というのは埋められない。
今日もまた、お遊びが始まる。

愛情は足りている、寧ろ私からタキオンへと与える愛の方が重いくらいだろう。
私達は確かに愛し合っている。それでも、

彼女の背中をそっと撫でると、恍惚とした笑みを返してくる。なんてあどけないのだろう……こんな単純な触れ合いで満足するなんて。かわいい。この気持ちは愛、でもストルゲーの愛だ。タキオンから向けられている愛とは違う。

『本日のニュースです、連日世間を騒がせている実子監禁事件の……』

　大通りのモニターに流れるニュースを聞き流しながら、私は家族が用意してくれた高校へと向かう。
栄養状態も筋力も問題ない。知性に関しては……一般的な学力は勿論、外の世界のことも自分が置かれていた状況も把握していたつもりだったが、一般常識が欠けていた。信号を知らないと通りすがりの者に言った時の反応は……さほど重要ではなかったので忘れてしまった。
幸い、家族が手を回したのか私の名前は報道されなかった。それでも万が一に備え、家族のうちの一組の養子となった。養子となった家に初めて訪れた時、義父と義母は感激のあまり一日中涙を流し私を拝んでいた。

　私は世間を騒がせている、実子監禁事件の当事者だ。監禁、虐待、座敷牢などとニュースに出てくる単語には全くピンと来なかったが、一般的にはそう見えるらしい。

　プロメポリスは自由の街だ。

　プロメアによる地球崩壊騒動から　原理は包み隠さず全て世界中に公開された。しかし結局はクレイ・フォーサイトという黒幕の無期懲役、及びフォーサイト財団内のパルナッソス計画中枢部の懲役と社会貢献の責務を課すことで世間的には落ち着いたらしい。
……あんな奴でもマスメディアではただの極悪人に仕立て上げられているのを見ると、妙な怒りが湧いてくる。あの男に一切の同情はないがこの気持ちを何と表せばいいだろう、憐憫と言えばきっともの凄く嫌な顔をするだろうか。
　さて、表向きは司政官を失ったプロメポリスだが……今の元バーニッシュの扱いからプロメポリスの在り方に至るまで、牢獄の奥深くに居る筈のクレイがしばしば口を出しているらしい。その成果は街を歩けば嫌でも分かる。かつてはバーニッシュと非バーニッシュのデモ隊の衝突が絶えなかったらしいが、今は街中で元バーニッシュの処遇について声を上げる者はいない。僕達を含め、元バーニッシュは手厚い支援を受けていた。プロメポリスに住む者は勿論、他所の街や国に移住した者達にもフォーサイト財団の抱えていた資産のほぼ全てを費やして安寧を与えられている……事が全て終わってからようやく僕が目指していた『バーニッシュ達の町』が作られもした。ああ、なんて皮肉なものだ。

　トレセン学園を卒業したウマ娘達のトレーナーが男性の場合、後に婚姻関係となる確率は八割を超えている。
年頃の少女がトレーナー……年上の男性と一蓮托生で多感な時期を走り切れば、少女はトレーナーをひとりの男性として意識するのも無理はないだろう。
加えてウマ娘とは総じて見目麗しい女性であり、レースだけがウマ娘の生き方ではない。その美を活かしてモデルなどの職に就いている者も多く、トレセン学園内にも現役モデルの生徒もいる。つまり、ウマ娘は男女問わず美しいと見られる存在だ……ウマ娘である私がこう記すのは少々気恥ずかしいが。
然あれば、邪な心でウマ娘のトレーナーを志す男性もいる訳だが、トレーナー養成施設も傘下に置いている学園理事長曰く『杞憂ッ！徹底したトレーナー育成カリキュラムにより、真にウマ娘を愛する者しか採用していない！』とのことだ。厳しい訓練とテストを乗り越えてようやく八割が結婚か、とも思う。

　──はい、あの夜はその……あ、録音しているんですか？では、名乗るところから始めます──

　私は桐生院葵と申します、（※アグネスタキオンのトレーナーの名前、以下Ａと記述）さんとは仲良くさせて頂いている方だと思います。と言うのも、Ａさんは真面目かつ変わり者……と皆から扱われてまして。実際はマイペースで優しい人ですよ、確かに少々変わったところはあると思いますが個性の範囲かと……
　ともかく、トレセン学園のトレーナー同士以上の関係ではあります。あの日も彼女と二人、私の部屋でお互いのんびりとお酒を飲みながらお喋りをしていました。23時半を過ぎた頃でしょうか、Ａさんが「おつまみとお酒買い足してくるね」と言って電子マネーのカードだけを手にしたので、近くのコンビニへと向かったのだと思います……あ、監視カメラの映像ですか……確かにＡさんです。