ライナスの毛布「ねぇ翔ちゃん。カーディガン知らない?」
「カーディガン?」
読んでいた雑誌から目をあげて翔が首を傾げれば、那月はうんと頷いて、数日前から見当たらないのだと伝えた。
「今日みたいに仕事終わってから翔ちゃんの家に来た時に着ていたんですけど、覚えてません?もしかしたら、その時に忘れて帰ったのかなぁって思ったんだけど」
「…………さぁ」
どこか素っ気なさ感じさせる返事をして翔は再び雑誌に目を落とす。その様は、なんだか自分の視線から逃げようとしてるように見えて、那月は軽く首を傾げた。
「多分もうちょいしたらひょっこり出てくるんじゃね?お前、そういうの多いじゃん」
「……もう少ししたら」
「ほら、言うだろ。少し時間をおいたら出てきたとか。なんか、そんなとこにあったのかー的に出てくるんじゃねぇの」
翔の目は決して那月の方に向けられない。雑誌に注目している体でやはり何か視線から逃げようとしている感じがする。
那月は少し考えて、そうしてからあぁと小さくこぼすとスマフォを取り出し、スケジュール帳代わりのカレンダーを開いた。
「……今月末には見つかるかな」
「なんでそう思うんだよ」
「なんとなくですよぉ」
クスクス笑って那月はスマフォを仕舞う、翔がようやくむけてきた視線。そこに垣間見える探るような感じは笑顔でかわす。
「そういえば翔ちゃん、もうすぐオーディションですよね。今回は自分で申し込んだんでしょ?」
「え、あ、おう!来週頭にアクションとか披露しての選考があって……けど、他の参加者がなぁ」
ほんの少し難しい顔。そこから読み取れるのは中々に厳しいオーディションだという事。
「……不安?」
「まぁ、そりゃぁ……」
はぁとこぼされたため息。那月は小さく笑って手を広げる
「ぎゅーってしてあげましょうか?」
「なんでそうなんだよ!」
「ぎゅーってしたら、不安が少し落ち着くかも。ほら、翔ちゃん」
「ほら、じゃねぇよ!いらねぇよ!」
「もう照れなくてもいいんですよぉ」
「照れてねーよ!やめろ、寄ってくんな!」
言いつつも翔はそこから立ちあがろうとしない、抵抗を見せるのは言葉だけ。抱きしめれば、文句は言うものの逃げようとはしない。
「頑張れのぎゅーですよー」
「あぁ!もう!いらねぇって!!」
言いつつもその瞳に僅かに浮かぶ穏やかな色。那月は見逃す事なく、だけどそれに対して何を言うでもなく、翔を抱きしめ続けた。
那月が帰った後、翔はクローゼットから一枚のカーディガンを取り出した。
那月が探していたカーディガン
「……気づかれてるよなぁ」
ぎゅっと抱きしめれば、なんとなくだが気持ちが落ち着くような気がする。
悪癖。自分でもわかっているが、どうにもやめられない。
デビューしたての頃、多方面からの社交辞令に振り回され、身も心もボロボロになっていた時に覚えてしまった癖。
那月の匂いがする物を抱きしめれば妙に心が落ち着くのだ。
だから、大きな仕事の前や今回のようなオーディションの前に、こっそりと服を失敬するようになった。
那月が軽い詮索で終わらせ、オーディションが終わった月末頃には見つかるだろうと言ってきたあたり、どうやら気付かれているようだが。
「ちゃんと返すから」
カーディガンに顔を埋めて、深呼吸を一つ。
那月の匂いがするとか、そういうことではないけど、覚える安堵感。
翔はハァと息を吐くと、カーディガンをクローゼットへと戻した