駆け抜けて激情「あっ…ぁ……もう…出して…っ」
「月島ぁっ…いいのか?」
「んん…もぉっいい、ですからっ」
「…うん、うん、あいがと月島っ…」
一気に頂まで駆け抜けたせいで、2人して息が弾んでいる。鯉登は命の尽きた獣のようにどうっとベッドに倒れ込んだが、いつもなら軽くキスをしたり頭を抱き寄せてくれる月島はすぐに起き上がってサイドチェストの水に手を伸ばした。
その姿を見て、なぜだか少しひっかかりを覚える。
誕生日前夜だ、付き合っている2人の夜は当然のように熱く激しい。 ましてやこの音之進、まだまだ成人したばかりの若造である。 向上心と好奇心の塊のお年頃なものだから、恋人との一夜一夜が全力も全力、それはもう常に身も心も煮えたぎる情熱そのものでぶつかっている。
例に漏れず今夜も激しく燃え上がったのはよいのだが、どうにも月島の様子がいつもとちょっと違ったのが今になって気にかかる。
具体的に何が違うのかというと……言葉にするのは難しい。
している最中はすべてに必死だから何も思わなかったのだが、いつものより、その、なんというか。ちゃんと盛り上がったけど…あっさりしてたような気が、する。
いつもならお互いもっとゆっくり時間をかける前戯も(しつこいと怒る前に「もう入れて…」なんて強請られたが!)、挿入してからの駆け引きも(月島が上になってくれたが動いてくれたが!)、果ててからスキンシップもなく起き上がったことも、何もかもがいつもより少しずつ足りなかった(イレギュラーは多かったとも言える)。
「月島、こっち向いて?」
もしやどこかを痛めていたり具合の悪いところがあるのかと心配になって声をかけたその瞬間、
ピピピピッピピピピッピピピピッ
水と同じくチェストに置かれていた月島のスマホからアラームが鳴り始めた。
「なん…」
驚いて体を起こした鯉登の隣で、ねじ切りそうな勢いでペットボトルに封をした月島が、なにかそういう競技でもあるのかと思うほどの早業でスマホ画面をタップしてアラームを止め、ばっと振り返って夜中とは思えない大声を上げた。
「鯉登さん!おめでとうございます!」
「え…なに…なにがおめでとう???」
人は急に祝われてもとっさにありがとうを言えないことが勝手に判明した。
「日付変わったんでもう23日です」
「あぁ…誕生日の」
そうですそうです、と珍しいほどニコニコと上機嫌になった月島がこれまた珍しく自分から肩にすり寄ってくるのを抱きとめると、今度は自分のスマホが震え始めた。
せっかくイチャイチャしているというのにタイミングが悪すぎる。
何かの通知ならそのまま無視しておこうと思ったが、ブーブーと続くバイブ音からして電話のようだ。
「……すまん、ちょっとだけいいか?」
この時間に連絡してくるなんてどうせ大学の友人のうちの誰かだろうが、起きているのに出ないというのもなんとなく気が引ける。ましてやそれが自分の誕生日を祝うための電話であるならなおのこと。
一言二言話してすぐに切ればいいだけだからと軽く考えたのがよくなかった。
「はぁ? 絶対にイヤですね」
さっきまでの笑顔はどこへやら、眉間に峡谷のごときシワを刻んでこちらを睨みあげてくる表情に、「昔」を思い出して心臓が締め上げられる心地がする。
「このタイミングで電話に出る? はぁ? 俺がなんのためにさっさとセックス終わらせたと思ってるんですか…!」
肩を押されて倒れたところにのしりと乗り上げてくる月島の表情はアッパーライトの光だけではしっかりと見えない。が、もう見えていてもいなくても同じだ。むしろ見えていないことに感謝したい。怖すぎるから。
とはいえ物申したいのはこちらも同じだ。
「ちょちょちょ…ちょっと待て、なんだその「終わらせた」って!」
「なんだもクソもないですよ、終わってなきゃ俺は今と違う理由で不機嫌でしたよ」
さっき感じた物足りなさはつまり、月島がわざとそうしたということだろうか。バレない程度に手を抜いて、それなりに満足した感じを出して適当に切り上げて?
「もしかして…おいは、下手くそなんか……?」
今までも常に最高のテクニックで快楽の淵に沈めているなどと自信満々に自惚れていたわけではなかったが、まさか長い時間をかけて触れ合うのが億劫になるほどの技量しかないとは思ってもみなかった。もしかしてマンネリなのか。マンネリっていつから感じるんだ。それとも悲しいことだが、本当に、純粋に、つまらないと思われているのか。
いずれにせよ大問題だ。自分の誕生日にそんなことを知るなんて!
「違います、そういうことじゃなくて!」
予想外のことにショックを受ける鯉登を見て冷静になったのか、怒りで緊張していた月島の体からふっと力が抜けた。その分腹の上にずっしりと重みを感じるが、あのまま締め上げられるかもという恐怖に比べたらなんてことはない。
「その…去年は23日になってるのにも気づかずにずっと夢中でしてたから、終わってからお友達のお祝いメッセージ見て気づいたじゃないですか。それがなんかちょっと悔しくて……馬鹿馬鹿しいって思いますよね、俺だって思いますよ。思いましたけど…」
人の腰の上に跨ったままもじもじとしている己を後で思い返して月島は落ち込まないだろうかと、全てを俯瞰して見ているもう1人の自分が脳内で囁くが、もちろんそんなことを顔に出してはいけない。これは己のテクニックに問題はないと保証されたから急に優越感に浸っている、私の愚かな部分が暴れているだけに過ぎない。
でもそうか、月島も「夢中」だったのか……。
思わず鼻の穴が膨らんでしまったが、どうか月島にはバレていませんように。
「馬鹿だとはわかっててもやっぱり今年は俺が絶対に1番に言いたくて…。だからアラームかけたんですけど、してる最中に邪魔されるのも嫌だなって直前に気がついたんです」
だからつい焦ってしまって…別に鯉登さんが下手とかじゃなくて……などとゴニョゴニョと言い連ねているが、正直なところ後半はほとんど頭に入っていなかった。
神様仏様、私の月島が可愛すぎるんですがなにかのバグですかこれは。
あの、あの、あの月島が!私の誕生日ごときに!なんなら日付変更なんて些細なことにこんなにこだわってみせるなんて!
「わっっっっぜむぜぇ」
つい薩摩弁が漏れてしまったが、深夜に猿叫を響かせなかっただけマシだと思ってもらいたい。
これが世にいう「尊い」というやつだろうか。愛しさと可愛さが胸の奥まで刺さり込んで、意味もなく涙が滲みそうになってきた。
月島基34歳、男性、筋肉ダルマ。世界で1番大好きで大好きで大好きな、私のことが大好きな私の恋人。
「うぅ…生まれてきてよかった…」
誕生日万歳だ。
自分の命と同じだけ大切な恋人が、かつてないほど抜群の可愛さを見せてくれるなんてこれほど良い日が他にあるはずがない。
「あいがと月島、そんなにおいのこっ好いてくれて嬉しかよ…おいも月島んこっわっぜ好いちょっど」
月島の両手を握りしめて今再び心からの愛を告げる。涙で煌めいているはずの私の瞳に吸い寄せられるように見つめ合い、そして熱いキス……をしたかったのだが。
「いやあの、なんか浸ってるところ申し訳ないんですが…」
キス待ち顔で唇を突き出したまま起き上がってくる私を見た月島の声が笑いに震えている。
今の雰囲気でよくそんなことが言えるなとカッと目を見開いてしまったが、それがまたおかしかったのか、今度はついにふっと吹き出されてしまった。
「つきしまぁ〜〜〜?」
そうだ、月島は私の感情が高ぶるほど逆に一歩引いて己の感情を整えるタイプなのだった。
頬を膨らませて抗議を示すと、なだめるように月島も頬を寄せてくる。
少し髭が痛い時もあるが、こうされるとなんだか小さい子供になったような気持ちになって心がホワホワとしてくる。
はぁ…やっぱい月島好っじゃ……
なんて甘い感情に浸ろうとしていたのに。
「この後も電話に出ないんなら、俺はもう1回…したいんですけど?」
まったく予想外の奇襲攻撃を耳からモロに受けてしまったものだから。
キエエエェェェェェェ!!!!!
今度こそ見事な猿叫を決めてしまったがもういい。どうせこのマンションなら多少の猿叫くらい漏れたりしない。
つられたように月島も声を上げて笑っているし、考えてみればずっとだし。言いたいことがいっぱいあるような気もしたが、据え膳食わぬはなんとやらだろう。
「月島のバカ!すっに決まっちょっじゃろうが!!!」
もつれ込んだベッドの脇で再びスマホが震え始めていたが、2人揃って知らないフリで、それでもうすべてが完璧な誕生日の始まり。