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    jodyheavn

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    軍曹会議6の記念本に寄稿した「書店員は連休に泣く」のサイドストーリーです。
    設定(現パロ/鯉登が人気上昇中の芸能人)が同じなだけですので、こちら単体でも読んでいただけます。
    鯉月たるものどちらも男前でいてほしいという願望のみが詰まっています。

    #鯉月
    Koito/Tsukishima
    #軍曹会議6
    #軍会6

    焼いて返して膨らんで「さっき店員と何話しとった?」
     1番大きいサイズってなんて言うんでした?と月島が未だに聞いてくるコーヒーショップで、山盛りのホイップをつつきながら鯉登は嫉妬の炎を燃やしている。

    「さっき? オーダーしかしてませんけど」
    「違う、その前の本屋の店員。レジにいたやつ」
     あぁそっち…と本日のコーヒーを一口飲み、「別に話したってほどじゃ」と言いながら月島はボディバッグから丸めた雑誌を出してきた。
     来月一緒に行く予定のテーマパークのガイド本とたまに買っているスポーツ専門誌、そして鯉登が初めて表紙を飾ったメンズ雑誌。
    「これ買ったんで、連休に行くんですかって聞かれただけです」
    「………で?」
    「それだけですよ、今あそこに立ってるのがこの表紙の音之進ですとか言ってないですから心配いりません」
     目の前に本人がいるというのにこちらには目もくれず、紙の中の鯉登の顔をしげしげと満足げに眺めいてる。
    「そんなことは心配しとらん」
     不満げな硬い声でこちらの言いたいことを理解したのか、月島は呆れ顔で視線を上げた。
    「……またですか」
     はぁ〜と大げさにため息をついた月島が熱さをものともせずコーヒーをごくごくと飲む。賢明な年上の恋人の、こうして怒りのピークが過ぎるのをきちんと待ってから話してくれるところが好きだと思う。思うけれども。
    「いつも言ってますけどね、馴染みの店で店員から話しかけられるのは当たり前のことです」
    「おいは月島みたいに話しかけられたりせん」
    「それはあなたがいつも行ってるお店が『わきまえている』からです、庶民の店はフレンドリーさが売りだったりするんです」
     何度も聞かされたお馴染みの説明は、タコができる前に反対側の耳から通り抜けていった。

     付き合い始めて3ヶ月しか経っていないというのに、鯉登が同じようなことで機嫌を損ねるのはすでにデートの定番となりつつある。
     自分でも器の小さい面倒な男だと思うが、どうしても気になって仕方ないのだ。
     やり場のない苛立ちで行儀悪くストローの先を噛み潰すのは月島の無言の圧力により止めておいたが、その代わりに緩くなってきたクリームをぐるぐるとかき混ぜるせいで、美しく盛られていたホイップは早くも半分以上見えなくなっている。

    「でも…旅行の本買ったくらいで話しかけたりせんだろ、普通なら」
    「そりゃそうですけど。いつもは文庫とかしか買わないんで珍しかったんじゃないですか?」
     通常の接客なら顧客のプライベートに踏み込むようなことを聞いたりしないと主張するも、あっさりと否定されるのでますます悔しい。
     でも。だって。月島の家の近くのコンビニでも。付き合ってから初めて連れて行ってくれた、行きつけだという居酒屋でも。鯉登の住んでいるマンションの管理人でさえも!なぜかみんな月島に親しげに声をかけるのだ。
     眼鏡とマスク、深くかぶったキャップでほとんど顔を隠した状態の鯉登が隣にいるにもかかわらずそうなのだから、一人でいる時なんて一体どれほどのものなのか。月島はよくあることだと言うが、絶対に「普通」ではないはずだ。

    「レジで雑談するくらいなんだっていうんです。人畜無害に思われてる証拠じゃないですか」
     少なくとも店の人に嫌われるよりマシでしょう?と言われても、そもそも店員が客のことを好き嫌いでジャッジすること自体に疑問があるのだが。
     気持ちはわかるがそれを表に出さないようにするのがプロではないのか。

     むしゃくしゃした気持ちで吸い続けていたドリンクに空気が混ざってズゴッと音を立てる。月島の眉間に影が浮かび、再びため息が聞こえた。
    「というか、そもそも俺個人がモテてる訳じゃないと思いますけどね」
    「どういうことだ?」
     月島自身じゃないなら一体が何がモテているというのだろう。
    「俺ね、いわゆる苦学生だったんでずーっとバイト漬けの生活してたんですよ。
    コンビニ、スーパー、ドラッグストアでしょ。居酒屋はもちろん、引っ越しや年賀状配達もやりましたし、単発でライブの警備なんかも。とにかくあらゆるバイトをやったんで『内側で働く人』の気持ちがよく理解できるんです。だから…」
     言いながら月島が視線を鯉登の奥にやる。
     さりげなく振り返ってみると、大学生くらいのやんちゃそうな団体が、わいわいと騒いで返却カウンターの周りを塞いでしまっているようだ。
    「例えばああいうの。スタッフが注意したら場が冷めたって文句言いだす奴がいたりするんです。でも俺みたいな見た目の男が『ゴミ捨てたいんですけど』とでも言えば全員避ける」
     見ててくださいねと立ちあがり、月島が盛り上がる若者に近づく。

    「すまんがそこのペーパー取らせてくれるか」

     特に大きな声を出したわけではないのに、全員がハッとしたように通路を空けて端に寄る。
     毅然とした声と物腰の柔らかさがかえって効果的だったのか、ぺコペコと頭を下げつつ一行はそのまま店を出ていった。
     お見事と言いたくなるほどスマートな対応に、鯉登も思わずおぉと目を見張った。
     成り行きを見守っていたスタッフやついでにゴミを捨てることに成功した他の客がその背中に感謝の視線を向ける中、月島はなんでもないようにペーパータオルを数枚手にしてこちらに戻ってきた。まさに英雄のご帰還!

    「ね? わかりました?」
    「いや、わかったというかなんというか…」
     たしかに月島の言った通りではあるが、ちょっと男前が過ぎるんじゃないだろうか。
     今回はスタッフが絡む前だったから特に何も言われはしないが、もし先に誰かが絡まれていて仲裁に入ったのだとしたら……。
     何事もなかったかのように再びコーヒーを飲む姿に周りから熱い目線が向けられていることに、本人はまったく気づいてもいないようだ。
     呆気にとられた鯉登が黙ったのをどう思ったのか、少し気まずそうに「今のはちょっと荒っぽいやり方でしたけど、いつもじゃないですからね?」と謎のフォローを入れてくるところもまた可愛い。

    「まぁとにかくこうしてほしいんじゃないかってつい先回りしちゃうんです。それが店側からしたら『いいお客さん』に思えるんでしょうね。
    だからあなたの言う『モテ』ってことじゃないんですよ」
     月島は簡単にそう言うが、どう考えても「いいお客さん」レベルではない。なんなら予想よりはるかに上をいく『ガチモテ』の可能性すら感じる。それなのに本人の認識が甘すぎるせいで、これでは毎日あちこちで月島ファンが増えてしまいかねない。

     しかしここで他人に優しくしすぎるなと言ってしまうほど鯉登も傲慢ではない。
     月島が自分よりも周りの人間を大切にしてしまいがちなのはよく知っているし、そこをいじらしく愛おしく思う。
     とはいえ本当に赤の他人の世話まで焼かれると、かつての「閣下」だった頃の記憶が浮かんできて、どうしても「私だけの右腕なのに!」と大声で喚き散らしたくなってしまうのだ。

     月島の優しいところは美点だ、そのままでいてほしい。でもそのいいところを周りに教えたくない、自分だけが独り占めしたいという醜い欲を、かつての「私」はどうやって抑え込んでいたのだろう。

    「言いたいことはわかった。あとは私の問題だから、これ以上口を出すことは控える……まぁできるだけ、だけどな」
     今日のところは私の負けだ。負けたからには素直に引かねば美しくないが、残念ながらそこまで割り切れないのが惚れた腫れたの世界なのだ。
    「そもそも月島が人気者なのは昔からだもんな。残念ながら私がヤキモチ焼きなのも変わっとらんが…」

    「あのっ!」

     珍しくこちらの話を遮った月島が、なぜか真顔でコーヒーを一気に呷る。
     コンッと音を立ててカップをトレイに戻すと、その昔重大な機密情報を話した時の様に、鯉登にだけギリギリ聞こえる小さな声で「ごめんなさい、俺…思ったより目立ちすぎたのかもしれません」と囁いた。
    「は?」
    「たぶん気づかれちゃってます。2つ隣の女の子たちに、あなたのこと」
     スパイ映画さながらの緊張感で言ってくるので思わず笑ってしまったが、月島はいたって真面目に警告してくれているのだろう。机に出したままだった雑誌をまとめてバッグにねじ込み、慌てて席を立とうとするのを、トレイを持つ手を掴んで制止する。
    「待て待てそんなに急いで出ていったらよけいに目立つ」
    「でも騒ぎになったら」
    「心配せんでもよかよ、こういうのは先手必勝って決まっちょ」
     掴んだ手はそのままに、隣の席のサラリーマンの頭越しにこちらを覗いている女性とわざと目を合わせる。
     相手が驚きつつも好意的な反応を示したのを確認してからにっこりと微笑むと、さらに目を見開いて小さく手を振ってきた。
     それに今度は少しはにかんだような、困ったような表情を混ぜて「静かに」と人差し指でジェスチャーすると、勢いのついたバブルヘッドのように頷き返してくる。
     この様子なら帰り際に手でも振っておけば暴走することはなさそうだが、こっそりとスマホを向けられる可能性もあるので、やはり早く退散するに越したことはない。
     ドリンクはまだ少し残っていたが、こうなってはゆっくり飲む気にもなれず、申し訳ないが処分するしかないだろう。

    「さて、大丈夫そうだし行くか」
     軽く伸びをしながら立ち上がると、月島も荷物とトレイを持って腰を上げた。
    「鯉登さん、それ飲まないんですか?」
    「ん?あぁ…」
     月島は食べ物を粗末にするのを嫌うから、もったいない!と叱られるかもしれないと、つい言葉を濁してしまう。
    「じゃあ俺が飲みますからください」
     まさかコーヒーはブラックしか飲まない月島が?と驚いて見れば、さらにまさかなことに月島が、あ、と口を開いて待っている。
    「荷物あるんで、そのままください」
     催促されるがままストローを咥えさせると、そのままちゅうっと一息で最後まで飲み干した。
     最後にぷはっと息を吐いた顔がどうしてかいやらしく見えて、その瞬間ファンの女性たちのことはすっかり頭から抜け落ちてしまった。



     コーヒーショップを出た月島はずっと無言で歩き続けている。
    「月島、どうしたんじゃ急に黙ったりして」
     甘いものを飲むことになったのがやっぱり嫌だったのだろうか、それともその前に鯉登がドリンクを捨てようとしたことが許せないのか。もしくは純粋に口に合わなかったのか。
     いずれにしても鯉登は謝ることしかできない、せめて次からは1番小さいサイズにすると約束することくらいしか。
    「つきしまぁ」
    「…あなたさっき自分がヤキモチ焼きだなんて言ってましたけど、俺も相当なもんですから。よくよく覚悟しておいた方がいいですよ」
     信号待ちでやっと止まったと思えば、開口一番予想外の言葉が出てきた。
     こちらを睨みつけながら言うにしてはずいぶんと可愛らしい脅しだ。
    「人気商売だってのはわかってますけど、今度俺の見てないところであんなかわいい顔して『しぃ〜』なんてしたら本気でしゃつけますからね」
    「は?しゃっ?しゃつ?…なんち?」
     ぶつぶつと「ご自分の顔がいいのわかっててずるい」だの「あの子達にしてみれば一生の思い出でしょうね」だの、ずいぶんと褒められてはいるが、『しゃつけ』られるのがあまり良いことでなさそうなことがかえってよく分かる。

    「なんだ月島、まさかあんなことで妬いたのか?」
    「『あんなこと』…?」
    「いやすまんかった、訂正する。訂正するから」
     お願いだから心臓に悪いその顔はやめてくれ。『あな救』顔は簡単に出すようなもんじゃないだろう。
    「まったく…。『2度目』なんですからいい加減俺のこと分かってくれてもいいのに」
     そう言われると不甲斐ない自分を責められているようで面白くないが、こういう時に真正面から返してはいけないことだけは知っているのだ。100年も昔から。

    「それはすまん。でも月島が『いいお客さん』なように、私も鶴見中尉殿のことをすごくお慕いしていたから『熱心なファン』の気持ちが人一倍分かってしまう。だから多少のファンサは見逃してほしか」
     な?と問いかけると、一本取られたと思ったのだろう、悔しそうに腕を軽く小突かれた。
    「わかりましたよ、じゃあ俺もあなたに倣ってできるだけ口出ししないようにします。
    その代わり、家に着いたら『ファンサの厚い音之進』はさっきの本にサイン入れてくださいね」
     軽く、とはいえ月島の拳は本人が思っている以上に重くて痛い。思わず顔をしかめると今度は宥めるように擦ってくれるのだが、その手付きがまたしても艶っぽく感じるのだが。
     これは私の欲求なのか月島からのお誘いなのか……ちらりと月島の表情を覗うも、歩行者用の信号機を無表情に見つめているだけで答えは載っていない。
     しばらくして信号が青に変わり、歩き出した瞬間月島が小さく何か言ったようだが、街の音にかき消されてうまく聞き取れなかった。



    「『俺だけの鯉登さん』の時間はその後ですよ」
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